第20話
ザーッザーッと雨の降る音が聞こえる。
ポタッポタッと雫が僕の髪の毛を伝い、地面へ落ちていく。
あれから僕は家には戻らずに彼女の墓を眺めていた。
本当に彼女は死んでしまったのだろうか。
まだどこかで本当は生きているんではないのか。
身近な人の死を体験したことのなかった僕は死への乗り越え方が分からず、こうして座って彼女の死を受け止めることできずにいた。
それにこうして墓石を眺めていると心の中の何かが反応する。
まるで彼女について何か大事なことを忘れているようなそんな感覚がした。
なんでこんなにもリナの死を悲しんでいるのに涙が一切、流れないのだろう。
僕は本当は悲しんでいるフリをしているだけなのかもしれない。
そう思うとギュッと胸が締め付けられる。
彼女は僕の事を愛してくれていた。
あの時、カーラが僕にそう教えてくれたのだ。
それなのに僕はリナのことを子供だと思って接していた。
今、思えば彼女は立派な女性だ。
芯を強く持ち、優しくて明るく、そして何より可愛らしい、そんな女性だった。
そんな彼女に僕は愛されていたんだ。
僕はそんな彼女の気持ちに気づかないフリをし、今まで誤魔化して彼女と過ごしてきた。
彼女の気持ちにちゃんと答えていれば、こんな気持ちにはならなかったのかもしれない。
それと僕は許せないことが一つある、それはユージンのことだ。
彼は僕達のことを裏切り、そしてリナを死に追いやった。
彼の具体的な居場所は分からないがアノーレスのどこかにいることは確かだ。
だったらやることは一つだけ…ユージンを殺す。
いや、ユージンだけじゃない。
この世界を残酷な世界へと変えたアノーレスを壊滅させてやる。
僕の心の中に真っ黒な感情が生まれ出す。
もう僕は誰にも止めることはできない。
立ち上がると彼女の墓の前に移動し、しゃがみこむ。
そして彼女の墓に手をあてた。
「君はこんなことを望まないかもしれない。だけど僕は彼を殺すよ。君が命をかけて僕を守ってくれた。本当に感謝してるよ。だけどね、やっぱり僕にはユージンが許せないんだ。ユージンだけじゃない…この世界を変えてしまったアノーレスが僕には憎いんだ。君が助けてくれたこの命をわざわざ危険な目に合わせてごめん。謝っても許してはもらえないだろうけど…。」
彼等を殺したとしても彼女は帰っては来ない。
そんなことは分かっている。
だけど、それでも誰かがやらねばいけない。
僕は彼を殺すために蘇った。
リナの無念を晴らす為に。
まずはアノーレスを攻める前に兵士を集めなければならない。
流石に一人であの国を壊滅させることは無理だろう。
確か、カーラはこう言っていた、マアトルにはまだアノーレスに抵抗するための残党がいると彼等に僕も仲間に入れてもらえるように話をつけなければ。
「ジル…?」
後ろから声が聞こえる。
きっとカーラの声だろう。
「なんだい…カーラ。」
「いえ…その…。」
「僕のことならもう心配はいらないよ。いつまでもウジウジなんかしていたらリナに怒られてしまうからね。」
出来るだけ、カーラやジャンは巻き込みたくはない。
今度はちゃんと僕一人でやってみせる。
「そうですか…それならいいのですが。」
カーラはそう言うと僕の肩を抱き寄せ、僕の肩に頭を押し付ける。
「変なことは考えないでくださいね。私から言えるのはそれだけです。」
「君が何を考えてるのか分からないけど安心してよ。心配かけてごめんね。それじゃ、ジャンの元へ帰ろうか。」
僕は彼女の先を歩き、隠れ家へと戻っていく。
だけど、いつまでたってもカーラの足音は聞こえない。
「カーラ?」
後ろを振り返り彼女の名を呼ぶと彼女は何かを思いつめた表情をしていた。
だけどすぐに僕の方を向き、
「わかりました。」
と彼女は後を追って隠れ家へと戻る。
隠れ家に戻るとジャンが口元を真っ赤にしながらコップの中の赤い液体を飲んでいる。
そして僕達に気づくと笑顔で話をかけてきた。
「ジルおじちゃんっ、もう大丈夫なの?」
「うん、心配かけてごめんね。それで…ジャンは…何を飲んでるの?」
「これは「ただのジュースですよ。」
とてもじゃないがただのジュースには見えない。
なんていうかあれはまるで血液だ。
「………。」
ジャンの飲んでいる赤い液体を見ているとやたらと喉が渇く。
「…ル。…ジル?」
彼女に呼ばれ、僕はハッと我に返り、カーラのことの方を向く。
やっぱり、少し体の具合が悪いようだ。
雨に当たりすぎて、風邪でも引いてしまったのだろうか。
「ジル…貴方に話さなければならないことがあります。少しお時間頂けますか?」
僕は頷くと移動する彼女の後を追い歩いていく。
そして彼女の部屋へ着くと中へ入る。
「適当に座ってください。」
彼女の言うことに従い、近くの椅子に座ると彼女が僕の前に座った。
「何と伝えればいいか…その…貴方のお体の話なのですが…最近、何か体に違和感を感じたりは?」
ない…と言えば嘘になる。
「最近、やたらと喉が渇く、それに鏡に自分の姿が写らないんだ。何かの病気かって思ったけど、こんな病気は僕は知らない。」
「あの時、ちゃんと話せていませんでしたね、貴方はここへ来る前に深い傷を負っていたんです。
それも命にかかわる程、危険な状態でした。貴方を助けるには他に方法が思いつかなくて…私は貴方のように医療の知識などないから…。」
彼女の言いたいことは僕にちゃんと伝わった。
薄々だが感じてはいた。
おそらく、彼女は僕のことを吸血鬼へと変えたのだろう。
「大丈夫だよ。何となくだけど感じてはいたから、それにそのおかげでこうして生きていられるんだ。むしろ僕は感謝してるよ。」
「ですが…不死と言うものはとても辛いことなのです。他に選択肢がなかったからとは言え、貴方にこんなことをしてしまった自分が…私は…。」
僕は彼女を抱きしめる。
「安心して…僕なら大丈夫だから。それに僕には君がいるだろ?それにこれからは君にも僕がいるわけだ。それなら寂しくなんかないだろ?」
「………。」
彼女は何も答えずに僕の胸に頭を押し付ける。
こうして抱きしめていると彼女の体が小さく感じる。
「本当に…ごめんなさい…。」
何度も何度も彼女はそう僕へ謝り続ける。
彼女は悔やんでいるのだろう、僕を吸血鬼へと変えたことに。
彼女の体験してきたことは僕が思っているよりも辛かったのかもしれない。
そんな目に合わせようとしている自分が彼女には許せない。
だからこうして何度も僕へ謝るのだ。
そんな彼女の頭を僕は優しく撫でてあげる。
「大丈夫だから…さ。そんな顔しないでおくれよ。いつもみたいに笑ってくれ。僕は君の笑顔が好きなんだからさ。」
「…本当にごめっ。」
まだ彼女は僕に謝ろうとする。
だから僕は彼女が喋れないように人差し指で彼女の口を閉じさせた。
「笑いなさい。」
彼女の頬を掴み、優しく横へと引っ張り、笑顔を作る。
「いひゃいふぇふ。」
「ぷっ…あっはははは。」
彼女のこんな顔を見たこともない。
それがなんともおかしい顔だった。
「ひぃふひもおかえひへふ!
彼女はよくわからない言葉を口にすると僕の頬をつねり、無理やり上に上げる。
「ちょっ…いひゃいっへっ!!!」
思いのほか彼女の力が強く、頬の肉が剥がれてしまいそうな程痛い。
「ほぉへぇんっへ。」
「ゆるひまはぇん。」
真面目に頬が痛い。
正直、離して欲しかったが彼女には伝わらなさそうだった。
まぁでも彼女が楽しそうにしている姿を見ることができたから良しとしようか。
「あら…もう終わりですか…?」
頬から手を離すと少し残念そうに彼女はそう呟く。
「まったく、僕はそんなに強くつねってないって言うのに…。まぁそんなことはどうでもいいんだ。それよりもこの喉の渇きをどうにかしたいんだけど…どうすればいいかな?」
「……手っ取り早いのは人の血を飲むことですが…。」
「それは…ちょっと抵抗があるかな…。」
いきなり、人の血を飲めと言われても僕にはそんなことは出来そうにない。
「そうですね、それなら食事室でお待ちいただけますか、準備をしてきますので。」
準備って何の準備だろう。
不安に思いながら出て行こうとすると、
「ジル。」
名前を呼ばれた。
「ん?」
「…何でもありません。」
彼女の様子が少しおかしい気がする。
ただの気のせいならいいが。
部屋を出るとドアに背を預け息を吐く。
なるべく、ユージンのことを考えないようにしていた。
彼女の前では心を読まれてしまう可能性があるからだ。
だけど、あの反応からするともしかしたら何か気づかれたかもしれない。
これからはもっと気をつけないといけないな。
けど、この力があれば…ユージンを殺すことができる。
これは願ってもいないチャンスだと僕は思った。
今の僕は不死だ。
只の人間なんかじゃ、今の僕には相手にはならないだろう。
だが、まだまだこの力について知らないことが多すぎる。
今、計画を実行したところでアノーレスを壊滅させれるほどの力はないだろう。
時間はまだまだたっぷりとある。
その間に力をつけ、仲間を手に入れなければ。
それまでの間、精々楽しんでいるがいいさ。
必ずお前達に地獄を見せてやるよ。
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