第15話
「着きましたよ。」
彼女の声が耳元で囁かれ顔を上げるとそこには今までに見たことのない綺麗な景色が広がっていた。
この世界にはまだこんなにも素晴らしい景色が残っているなんてとても信じられない。
「とても綺麗な景色でしょう?」
彼女の言葉が聞こえてきたが僕には返事をすることができなかった。
星空と海が繋がり、どこまでも続く宇宙の真ん中に立っている。
そんな気分になれる場所だった。
けどこれと似た景色を僕はどこかで見たことがある。
その場所がどこかは思い出せないがとても大切な場所だ。
彼女の顔を見ると彼女の群青の色をした瞳が僕のことを真っ直ぐ見つめ、優しく微笑んでいた。
「座りませんか?」
僕は頷くと彼女と一緒に砂浜に腰を下ろす。
「ここはつい最近、道具を探しに訪れた時に見つけた場所です。朝に訪れるのも良いのですが…やはり夜中の方が景色は綺麗に見えるので。それと貴方ならきっと気に入ってくれると思って。」
彼女の考えは合っていた。
僕はこの場所のことをとても気に入り、ずっと景色を堪能していた。
波の音が心地よく潮風が気持ちいい、そして目の前には宇宙が広がる。
こんなにも素晴らしい場所など他に存在するのだろうか。
「エド…ここは本当に…素晴らしい場所だよ。こんなもの今までできっと見たことがない。ありがとう、エド。僕をここへ連れてきてくれて。」
彼女は僕の言葉を聞くと嬉しそうにはにかんでいた。
「気に入ってもらえたようで何よりです。私はここを見つけた時にジルのことが頭に浮かびました。大切な人と……ジルとここでこうして景色を眺めていたいと思いました。だから…その…私は貴方のことを…。」
彼女はそう言うと群青色の瞳で僕のことを真っ直ぐに見つめる。
彼女の言いたいことは目を見ればなんとなくわかってしまう。
だから僕は彼女の手を優しく握ると彼女の方へ向き直す。
「ふふふっ…何だかしおらしくて君らしくないな。いつもの君はもっと無邪気な感じでさ、抱きついてきたりしそうだけど。」
「貴方に私のことがどう見えてるかは分かりませんが…私だって街の女性と同じように…夢を見ることだってあるのです。いつか白馬に乗った王子様が私のことを迎えにきてくれる。そんなことを考えたりもするんですから。」
「ふふふっ、白馬の王子様か。だけど僕は君が思ってる王子様とは違うよ。お金なんかないし、名声もない。おまけに頼りないしね。だけどそんな僕でも一つだけ言えることはある。それは……君のことが好きだってこと。君と一緒にいて分かったんだ。僕には君が必要だって、ここまで生きてこれたのも僕が笑っていられるのも君の存在があるからなんだ。だから…その君のことを僕は…愛…してる。」
僕の言葉を聞いた彼女は目を大きく開くと嬉しそうにゆっくりと頬を上げ、口元を緩ませていく。
そして幸せそうに微笑むと僕の胸に抱きついてきた。
「私は今…すっごく幸せです。何故だかわかりますか?」
「どうしてだい。」
「こうして…貴方と…大好きな人と星を見ることができるんですもの。これ以上に幸せなことなど他にはありません。……私は前に大事なものを失いました…。命よりも大切なものを守ることができなかったのです。そんな私が途方に暮れていたところ、ジルと出会いました。これ以上、大切なものを失いたくなかった私はジルを命に代えても守ることに決めたのです。私がこうして今を生きているのは貴方のおかげなんですよ?あの時、貴方と出会っていなければ私はきっと自らの命を絶っていたでしょう。だから、お礼を言わせてください。ありがとう。」
彼女がどれだけ辛い思いをして生きてきたのかは僕には分からない。
だけど今の僕はそんな彼女を幸せにして生きたいと思っていた。
今までの辛い記憶を吹き飛ばすような楽しい思い出を彼女と作っていく。
それがこれからの目標だ。
「エド、僕は誓うよ。これから先、何十年、何百年経ったとしても必ず君の隣でこうして君の手を握ってる。だから君も…。」
「ええ、私も約束…いえ、誓います。貴方が私の隣にいてくれるように私も貴方の隣で貴方の手を取り、生きていくことを。」
彼女はそう言うと目を閉じ、僕のことを待っていた。
僕は何も言わずに彼女の頬に手を添えると顔を近づけていく。
僕等の頭上には何千もの星が僕達のことを照らして輝いていた。
「ここら辺には人って住んでるのかな?」
「何故ですか?」
「いや、ここら辺に移り住むのもありかなって。今いるところも良いんだけどさ。この近くならいつでもここへ来れるわけだろ?それなら…。」
「それじゃ…ダメですよ。毎日来てしまえるようになれば見慣れてしまい感動が薄れていきます。それならこうしてたまに訪れる方が楽しみがあって良いものだとは思いませんか?」
「それもそっか。」
彼女の膝の上から見上げる星はいつもみている星とは違い、綺麗に見える。
彼女の顔を何だかとても綺麗で見ていると心を奪われていく。
僕は本当に幸せ者なのかもしれない。
「あれ…見てくださいっ。流れ星ですっ!!!」
彼女は子供のように無邪気な声で空を指差していた。
空には星が何度も何度も流れ落ちていく。
噂には聞いたことがあるが目の当たりにするのは初めてだった。
「あれは…流星群というらしいよ。僕も始めて目にするから…なんというか…凄いな…。」
「流星群…。ふふふっ…知っていますか?流星群を見た二人はこれから先、何があってもずっと一緒にいることができるらしいですよ。」
「……始めて聞いたな。そんな噂。」
「ええ、私が今考えたものですから。」
彼女の言葉が頭の隅で何かに引っかかっていた。
今と同じような言葉を何処かで聞いたような気がする。
「こんなものまで見ることができるなんて…まるで神様が私達のことをお祝いしてくれているようですね。」
「あっ…ああ、そうかもしれないね。」
知っていますか、この泉の噂を。この泉では真夜中に会った男女は必ずし結ばれると言う噂があるんです。もしかしたら貴方は私の…ふふふっ。
突然、頭の中で誰かの声が聞こえた。
「…泉…。」
「んっ?今、何か言いましたか?」
あの時、泉での記憶が戻っていく。
「翡翠の色を…した瞳……彼女はブロンドの色をした髪の色だった。」
彼女はあの時、僕の隣に座り微笑んでいた。
「………ジル……。」
「あの時…あそこにいたのは……君じゃなかった……彼女は……カーラ……だったら…君は?」
「………ジルっ、ダメよっ。それいじょうはっ……。」
彼女は僕の頬を両手で触れると額を合わせる。
「お願いだからっ…それより先は……。」
「………。」
あと少し、あと少しで何かを思い出すことができそうだった。
だけど彼女はそれを拒むように僕の体を抱きしめる。
「……君の名は……。」
だけど止めることなどできなかった。
僕は記憶を取り戻していく。
「私はエドっ、私の名前はエドよっ!!!」
「違う……君はエドじゃない…。エドはこの世界を旅した人の名前だろ?君は僕を手に入れるために
こんなことをしたのかい?」
「違う…違うのよ…。私はただ…貴方を…助けたかったから…。騙そうとしてたわけじゃ…それに貴方は私のことを愛してるって…。」
「ああ、…愛してるさ……けど…本当のことは…知りたかったかな…。」
僕は彼女にそう言うと弱々しく微笑む。
「…っ!?……ごめんなさい……ごめんなっさい。」
彼女は僕の服を掴むと崩れていく。
吸血鬼は涙を流すことができないがそれでも彼女は涙を流しそうなほど瞳を潤ませていた。
「……大丈夫…だから…。」
僕はそっと彼女の背中に手を回すと彼女の体を抱きしめた。
彼女はきっと自分のことがバレないように必死にカーラを演じてきたのだろう。
飲めないお酒や彼女の言動を真似て僕が記憶を戻さないように偽りの自分を演じてきたんだと思う。
実際に一目見ただけじゃ彼女とは分からないくらい姿は変わり果てていた。
髪の色も体格も全てが変わってしまっていた。
僕に気づかれないようにするためかそれとも吸血鬼化した時に変異が起きてしまったのか分からないが、僕はそれに気づくことがなく今まで彼女と一緒にいた。
「聞いてもいいかな…カーラやユージンのこと、それから君がなぜ吸血鬼に変わってしまっているのか…。」
「………。」
彼女は何も言わずに僕の服を掴んで震えている。
僕は彼女が話してくれるまで待つことにし、その間、僕は星を眺めながら彼女の背中を撫でていた。
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