第16話


「落ち着いたかい?」

僕はリナの体を抱きしめながら彼女へ尋ねた。

彼女の体はとても細く触れただけで崩れ落ちてしまいそうな体をしている。

「うん…。」

リナは僕にもたれかかりながら遠くを見つめていた。

取り乱していた時よりもだいぶ彼女は落ち着いてきている。

「聞いてもいいかな、リナは大事なものを失ったって言ってたよね…。それってもしかして…ジャンの…?」

「………。」

黙り込んだままリナは反応をしなかった。

否定もしないし、肯定もしない。

彼女の性格からして恐らく生きていれば教えてくれるはずだ。

返事がないってことはつまりは…。

「思い出させてごめん。辛かっただろう…だから少し休んで…。」

彼女の体を優しく抱き寄せるとリナは少しだけ嬉しそうに微笑みながら頷き、眠りに落ちていく。

リナはやはり強い女性だ。

彼女はたった一人の家族を失ってでもこうして僕のことを守ってくれていた。

例え、彼女が僕に嘘をついていたとしてもだ。

「ありがとう…リナ。」

彼女の頭を撫でながらお礼を言うと僕は立ち上がり、彼女のことを背中に背負う。

空を見上げると月が沈みかけ、朝を迎えようとしていた。

朝が来る前にここから去ろう、またあの家でリナと一緒に暮らせばいい。

きっとリナは僕がカーラやユージンのことを助けにいくと思って黙っていたのだろう。

バカだな…。

彼女に言った通り、僕はリナから離れる気は無い。

自分勝手なことは分かっている。

あの二人は僕を守るために命をかけてくれた。

だけど、こんなにも大切なリナから離れることなんかできない。

今の僕にとってリナは命よりも大切な人だからだ。

「ジ…ル…ごめん…なさい。…貴方に…言わなきゃ…いけないことが…。」

「なんだい?」

彼女から返事はなく、ただの寝言を言っていたようだった。

今の言葉から他にも彼女は僕に何かを隠していることがあるのだろう。

気にはなるが…今はそっとしといてあげよう。

きっとまだ頭の中では混乱しているに違いないから。

「リナ…大丈夫だから安心して。僕は君から絶対に離れないから……ねっ。」

「……ありがとう…大好きだ…よ。」

「ああ、僕もだよ。」

本当に寝ているのかは分からないが彼女の言葉に返事を返す。

それから僕は背中に背負った彼女をなるべく揺らさないように歩いていく。

帰り道は真夜中だと言うのに道が明るく照らされ何だかとても不思議な気分だった。

それに普通なら獣の唸り声やら木々のざわめきも聞こえて来るはずが何も聞こえてこない。

この森には獣などいないのでは無いだろうか。

今までそんなことを考えてきたことがなかった。

だけどこうして考えてみると何だかとても不思議だった。

そんなことを考えながら歩いていると我が家が見え始める。

こうしてみるとやっぱりボロボロでヘンテコな形をしている。

リナはあれを可愛らしくてあのままでいいって言ってはいたけど、正直、雨漏りだけは避けたいから手直しはしておかないと。

我が家の扉を開け中へ入ると彼女をベッドへ運ぶ。

それにしてもまさかリナだったなんてな。

思い返してみれば少し子供っぽいところとか表情をコロコロ変えること、お酒を飲んで酔っ払っていたところとか思い当たるところが何度かあった。

そんな彼女の頬へ手を添える。

彼女は寝ぼけているのか、僕の手を握ると嬉しそうに微笑んでいた。

ユージンの言っていたことは本当のことだったみたいだ。

彼女は僕のことが大好きらしい、あの時は気のせいだと思っていたけどそれは勘違いだったらしい。

僕はリナの隣へ寝転ぶとリナの寝顔を見ながら頭を優しく撫でてあげる。

リナさえいれば他には何もいらない。

そう考えていた。

だけど、やはりきになることがある。

何故、リナは吸血鬼へと変わってしまっているのだろう。

もしかするとまだ取り戻していない記憶の中に彼女が吸血鬼はと変わっていく理由が分かるのかもしれない。

だけどもう一つ僕には考えていることがあった。そもそも彼女は本当に吸血鬼なのだろうか。

彼女の歯にはカーラのような牙はついていない。

寝ているリナの胸元に手を置くと心臓の鼓動を確かめる。

だが鼓動を感じず、やはり心臓は動いていなかった。

けど何か違和感を感じずにはいられなかった。

リナだけでは無い、今いるこの場所、この山もそうだ。

もう半年近くはここにいるのに冬がいくら待っても訪れず、夏に生える草や花が咲いている。

まるでこの場所の時だけが止まっているように。

だけどそんなことがあるはずはない。

きっと僕の気のせいなんだろう。

単なる思い違いだ、そう思うと途端に体が重くなっていく。

今日は僕も少しだけ疲れてしまった。

リナの体を抱きしめると僕は眠りにつく準備をする。

彼女の額に軽くキスをするとリナは嬉しそうにこちらを見ていた。

「起こしちゃったかな?」

「ううん…ただ目が覚めちゃっただけ。」

いつから起きていたのだろう。

平然を装っていたがなんだかとても恥ずかしくなってくる。

「ねぇ…ジルは私と初めて会った時のこと…覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ。」

忘れるはずがない、リナとの出会いは色々と刺激的だったからだ。

「そっか…嬉しい。」

「だっていきなりお代を体で払うとか言い出すんだもん。忘れるわけないだろ。」

あの時の彼女は完全に混乱していた。

「…しょうがないでしょ…お金がなかったんだから。それに私が服を脱ごうとしてる時に鼻の下を伸ばしてたの…私…知ってるからね。」

「えっ?」

そんなはずはない、あの時は確か、必死に見ないように顔をそらしていたはずだ。

「嘘に決まってるでしょ…ふふふっ、馬鹿なんだから。」

小さく笑う彼女はあの時の少女とは違い、可愛く見える。

僕は思い切って彼女へ疑問に思っていたことを尋ねることにした。

「リナ…聞いても…いいかな。気になってたことがあって…その髪の色って…。」

「……ちょっとね…。」

リナはそういうと自分の髪の毛を手でとかしていた。

彼女の髪を良く見ると所々に赤い毛も混ざっている。

完全に銀髪になっているわけではなかったようだ。

僕は彼女の頭に手を置くと髪の毛を優しく手でとかしてあげながら頭を撫でてあげる。

その時に気づいたのだが彼女からは微かに煙のような匂いがしていた。

「ねぇ、ジルは私が貴方のお家に押しかけてた時、私のことをどう思ってた?」

「ん〜そうだな…。若干、申し訳なく思ってたかな。なんて言うかな、僕って部屋の掃除とかあまりしないから汚い部屋を毎日掃除させてたわけだしね、だけどお陰で綺麗な部屋で過ごすこともできたから感謝したよ。」

「確かに…恐ろしいほど汚かったわね。あんなゴミ屋敷今までで見たことがなかったわ。」

ゴミ屋敷とは酷い言われようだ。

「ゴミ屋敷って…酷いな。」

「本当のことでしょ?」

そんなに部屋を汚くしてた覚えは無かったけどな。

ただ、足の踏み場は確かになかったけど。

「けど、その汚い部屋を掃除するのが私にはちょっとだけ楽しみになってたけどね。ジルに毎日会える理由がそのおかげでできたんだもん。」

「リナは…その…いつから僕のことを?」

「好きになってたかって?」

僕は彼女の目から顔をそらすと頷いた。

こんなことを聞くのは恥ずかしいがさりげなく聞いて見ることにした。

「…それは…教えてあげない。」

「いいじゃないか。」

「嫌よ、恥ずかしいから。」

彼女のクスクスと笑う笑い声が聞いているとなんだかとても落ち着く。

「そうだ、明日からどうしよっか?」

「どうするかって?」

「僕はリナのことを思い出したわけだろ?だから今度からエドじゃなくてリナともう一度いろんなところへ行って思い出を作りたくてさ。だから明日からまた昨日行った海みたいな場所を二人で見つけてさ、大切な時間をリナと一緒に過ごしたいって思って…ダメかな?」

僕の言葉を聞いた彼女は目を大きく開くと嬉しそうな表情を浮かべる。

この時、瞳を潤ませているのは嬉しいからだと僕は思っていた。

「そうね…大切な時間を…過ごしたい。私も同じ気持ちよ。だけど…ちょっと遅すぎたけどね。」

「遅すぎたって?」

「私って気づくのが遅すぎたってこと。本当はもっと早く気づいて欲しかったんだから。」

そんなことを言われてもここまで変わってしまっていたら、もし記憶を失っていなかったとしても分からなかったと…僕は思う。

「リナだって…最初に教えてくれても良かったんじゃないの?そうしたら僕も記憶を取り戻すのがもっと早かったのかもしれないし。」

「そう言われてもね、貴方は…カーラにぞっこんだったから…。そう言えば、記憶を取り戻したってどこまで取り戻したの?」

僕が覚えているのは関所からの帰り道、カーラと一緒に屋敷へと戻る最中までだった。

そのことをリナへ伝えるとリナは思いつめた表情を浮かべ何かを考えていた。

「だったらその先のことは覚えていないわけね…ジル…貴方は………本当に鈍臭いのね。」

「鈍臭いって…リナはそこから先のことを覚えているの?」

「覚えているけど…貴方には教えてあーげない。」

彼女は無邪気な笑顔を僕に見せると僕の唇へ唇を当てる。

彼女の唇の感触はとても柔らかく触れる度に心が落ち着き、なんだか癖になってしまいそうだ。

「ほら、もう寝るわよ。ジル、貴方が行ったんだからね、明日から大切な時間を過ごしたいって。だから明日からまた忙しくなるわよっ。」

彼女はそう言うと僕の体へ密着し、離れようとはしなかった。

「こんなにくっつかれたら暑苦しくて眠れないよ。」

「そんなこと言っても離れないからねー。」

「はぁ…こりゃ困った。」

「ジル…おやすみ。」

「ああ、おやすみ…リナ。」

そうして僕達は眠りについた。

これから僕はリナと共にこの地で大切な思い出を時間を過ごしていく。

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