第17話

次の日、目を開けると隣にいたはずのリナの姿はなく、僕一人でベッドに横になっていた。

ゆっくりと起き上がると辺りを見渡す。

どうやら部屋の中にはリナはいないようでいつものような賑やかさが部屋にはない。

リナはどこへ行ったのだろう。

顔を洗うついでにリナのことを探しに外へと出ると膝を抱えて座り込んでいる彼女の姿を見つけた。

「リナ、ここにいたのか。君の姿が見当たらなかったから探しちゃったよ。」

結構、大きな声で彼女へ話しかけたはずなのに彼女の返事が返ってこない。

どうしたのだろう。

近づいていくとシクシクとすすり泣いている彼女の声が聞こえた。

「リナっ!!!」

僕は慌てて彼女の体を抱きしめる。

だけど彼女の体に触れることができずに前のめりになって倒れてしまった。

その瞬間、地面に穴でも空いていたのか僕の体は下へと落ちていく。

自分でも何が起きているのか分からなくなってしまい、混乱していた。

下にどんどん落ちていくと声が聞こえてきた。


真実から目を逸らさないで…彼女はもう。


カーラの声だった。

彼女が何を言っているのかは分からないがこれはどうやら夢の中らしい。

真実から目を逸らさないで。

一体、何のことだろう。

そして地面が下に見え、ぶつかる直前に僕は目を覚ました。

そこにはちゃんとリナの姿が見え、僕は安堵の息をする。

今度はちゃんとリナに触れることができるか確認するために彼女の頭を撫でるとちゃんと触れることができた。

「よかった…。」

僕が頭を撫でていると彼女は眠りながらとても嬉しそうに微笑んでいた。

どうやら今度はちゃんと現実世界に帰ってきたみたいだ。

「ふあぁ。…ジル…おはよう。」

彼女は目を覚ますと僕におはようのキスをしてきた。

「リナ、おはよう。」

僕は彼女よりも先に体を起こし、椅子へ座る。

ベッドにはまだリナがボーッとしたまま天井を見上げている。

彼女は朝が弱いらしく、ああして起きた後は頭がスッキリするまでボーッとしていたいらしい。

その姿は何とも言えない可愛らしさのある姿だ。

半分ほど目を開け、鼻をヒクヒクと動かし、小さな小動物みたいだった。

「リナ。」

僕が名前を呼ぶと彼女はゆっくりと僕の方を向き、両手を広げる。

彼女の考えていることが分かった僕は立ち上がり、彼女の広げた両手の中へと入っていく。

彼女の体からは暖かさは感じることは出来ないがそれでも彼女の心の暖かさは僕へと伝わった。

満足した僕は彼女から離れようとするが彼女は僕の体をがっしりと掴み、離そうとはしなかった。

「まだこのまま…。」

寝起きの小さな声で彼女は僕の耳元でそう囁いた。

「けど、いい加減に起きないともうお昼になっちゃうよ?」

「それでもいい。」

困った彼女だ。

それから僕は彼女が満足するまで彼女と一緒にくっついていた。


リナ、甘えん坊で小さくて心の強い僕にとって愛しい人。


そんな人が僕のことを好きと言ってくれる。

こんなにも嬉しいことなど他にはない。

「ほら、そろそろ本当に起きないと…ねっ。」

「…ブー…。」

彼女はそう言いながら不満そうな表情をしていた。

「そんな顔してもダメなものはダメだからね。」

正直、彼女の反応がいちいち可愛すぎて許してしまいたくもなる。

だけどここは心を鬼にしなければ。

「…分かった…。けど、また帰ってきてから引っ付いてやるんだから。」

にししっと笑う彼女。

彼女は僕から手を離す。

何だかとても名残惜しい。

そんな甘々な時間を朝からリナと一緒に過ごしていた。

他の人が見ていたらきっと砂糖を口から吐いてしまうのではないかと思うほど甘々だ。

だけどそんな暮らしも悪くはない。

きっとこれから先も彼女とはこんな生活をするのだろう。

それが今の僕には楽しみでしょうがない。

だけど、そんな幸せには必ず終わりが訪れる。

僕はこの時、そしてこれからも何も分かっていなかった。

彼女がどんな気持ちで今まで過ごしてきたのかを。

もしも、願いが叶うのなら彼女を幸せにしてほしい。

どこの誰よりも世界中の誰よりも一番彼女のことを幸せにしてあげたかった。

そして何も分かってない僕をぶん殴ってほしい。

何が何十年、何百年と一緒にいるだ。

そんな出るはずもない約束を彼女としてしまった僕を叱って欲しかった。

けど、そんなことは出来なく、僕は全てをまた忘れてしまう。


どうか…許してほしい。

本当にごめん。


僕は何度も彼女のお墓に謝る。

その言葉が彼女へちゃんと届いているかも分からないのに…。


こんなにも幸せなことなんて今まで他にあったかな。


ジル、私にとって最愛な人。


頼りなくて少しダサくてめんどくさがりやな彼。

だけどそんなあなたのことを私は愛している。

世界で一番、私は彼のことを愛している。

この気持ちは誰にも負けない、そんな自身が私にはあった。

彼の隣でこうして過ごすことができるのが私には何よりも幸せだった。

でもそれももう終わり。

数日後、彼はこの世界から消えてしまう。

彼は元の世界へと帰って行かなければいけない。

それが嫌だった私は彼をこの世界に残そうとも考えたことがある。


だけどやっぱり…そんなわけにはいかないよね。


ジルは帰らなきゃいけない。

彼はまだ生きなければいけないのだから。

私とは違う。

彼は何も知らない。

知らないんじゃない…知ってはいけないんだ。

知ってしまえば彼は永遠にここへ閉じ込められてしまうから。

だから黙っていなければいけない。

前にジルから借りた本にはこう書かれていた。

幸せには必ず終わりが訪れると、本当にその通りだ。

終わりが来ることは分かっていた。

だけどもしかすると彼が勝手に全てを思い出し、ここに残ってくれるかもしれないと期待をしていたのも本当だ。

彼に出会わなければきっとこんな気持ちにはならなかったのだろう。

だけど彼と出会えなければ、こんな風に人を好きになることなんてなかったかもしれない。

楽しくて笑うことも悲しくて泣くことも好きな人を好きっていうことも出来なかったはずだ。

時間が止まればいいと願ったこともある。

そうすれば彼と一緒にいることができる。

ずっと一緒にいたい…もっと触れ合いたい、名前を呼んでほしい、頭を撫でてほしい、キスをしてほしい。

他にも彼に望むことは山ほどある。

だけど本当の私の願いは…彼のお嫁さんになり、彼からキスをして欲しかった。

たった一人の彼の花嫁にそして世界で一番幸せなキスを。

だから私は決めたの。

最後の日が訪れる前に彼と式を挙げると。

まだ彼には話をしていないわけだけど、彼は私のことを受け入れてくれるかな、もし嫌だと拒絶されてしまったら…私は泣いてしまうかもしれない。

だけど彼は優しいからきっと受け入れてくれるだろう。

今からが楽しみだ。

そして最後は絶対に泣き顔は見せない。

彼には笑顔を見せる。

悲しいお別れなんて私は望んでいないからだ。

彼とのお別れは楽しくそして幸せの終わり方をしたい。

そして一番綺麗な私の姿を彼には見せて、私の役目を終えよう。

後は…カーラに任せる。

カーラならきっとジルのことを…幸せにしてくれるから。

だけど彼の初めては私。

これは彼と私だけの秘密。

カーラには絶対に口が裂けても言うことができない秘密。

私の隣でとぼけた顔をした愛しい人。


貴方は私のことを本気で愛してくれてましたか?


もしカーラの代わりに私のことを愛してくれていたのだとしてもそれでも私は嬉しい。

だから私の名前を1秒でも多く呼んで、そして世界が終わる日まで私にキスをしてほしい。

そんなことを思いながら私は彼に思いを伝える。

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