第14話

「おはようエド。」

家の中から眠たそうな顔をして出てきたエドに僕は挨拶をした。

「えぇ…おはようございます…。」

「昨日はよく眠れたかい?」

「……頭が痛いです。」

そりゃそうだ。

昨日の夜にあれだけ飲んでいたらそりゃそうなる。

吸血鬼も二日酔いは起こすようで彼女は頭を抑えていた。

「それで何か昨日のことを覚えていることは?」

「…確か…二人で泳いで…その後は……っ!?」

彼女は突然、立ち止まり肩を震わせて顔を抑え出した。

「ああ……私は昨日…お忘れ下さいましっ!!!」

彼女はそう言うと家の中へと戻っていく。

朝から騒々しい彼女はどうやら昨日のことを覚えているみたいだった。

これで少しはしおらしくお淑やかに変わってくれることを願うよ。

それにしても陽の光が苦手とエドから聞いたがこうして太陽の下で光に当たってみてはいるけど特には何にも感じなかった。

本当に吸血鬼は陽の光が苦手なのだろうか。

他にも疑問に思うことは多数ある。

物を食べなくてもいいとか睡眠のこととかどう言う理屈で僕はこうして生きているのだろう。

それともう一つ気になっていることといえば肉体的な変化だ。

皮膚は恐ろしいほど硬く、傷すらつかない上に倒木を持ち上げることができるほどの怪力を手に入れた。

最初の頃は力の加減が分からずによく色んなものを壊してしまった。

その度にエドが僕のことをからかっていたのだが…。

「エド?」

エドの名前を呼ぶが返事がない。

仕方なくエドの様子を伺いに家の中へと戻っていく。

だが何処にも見当たらず、部屋の中をウロウロしているとベッドの方からガサッと物音が聞こえた。

「はぁ…エド…いつまでそうやって隠れている気だい?」

「………。」

ベッドの上にはエドが布に包まれて隠れていた。

「まったく…いい加減に出ておいでよ。そんな所にいるよりも外の空気を吸った方が酔いも覚めるかもしれないだろ?」

「陽の光は私達にとって天敵です。だから却下です。」

「……はぁ…めんどくさいなぁ。」

僕は布を掴むと強引に引っ張った。

だが布はがっしりとエドに掴まれ引き剥がすことができない。

これは…どうしたものか。

「エド…今日は君が言ってた泉に行くんだろ?だったら出ておいでよ。」

「泉には夜中行きます。」

どうしてもここを動く気にはならないみたいだ。

これは思っていた以上にめんどくさい。

「安心しなよ。僕は何も聞いてなかったからさ。」

「では…私は昨日どうやってここまで帰ってきたのですか?」

「そりゃ、僕のことが大好きって言って離れなかったから仕方なく抱き上げて帰ってきたけど。」

「……バカ…。」

自然と笑みがこぼれてしまった。

なんとも可愛らしい生き物なんだろう。

めんどくさくて可愛らしい女性だ。

「ほらっそんなこと言ってないで早く出てきなさい。」

「ゼッッッタイに嫌。」

まるで駄々っ子を相手にしている気分だ。

まぁこんな彼女を相手にするのも悪くはないけどいつまでもこんな状態じゃ、流石にダメか。

「ゴホンッ。エド、一度しか言わないからちゃんと聞いてね。昨日の言葉は酔っていたにせよ。とても嬉しく感じたのには変わりないよ。僕も…多分…君のことが好きだと…思うし。」

頭で考えていた通りの文章が出てこない。

途中から自分でも何を言っているのか分からなくなってしまった。

思っていた以上にこれは恥ずかしい。

死ぬほど恥ずかしい…いや死ぬことはないんだけど。

僕の言葉を聞いた彼女の反応はというと。

モゾモゾと動いていた布が時間が止まってしまったかのように止まり出す。

「今…なんと?」

彼女はガバッと布を払いのけると驚いたような顔をし僕の方を見ている。

「一度しか言わないって言ったろ。ほらっそろそろ行くから着替えて。」

僕は本来なら赤くなっているだろう顔を彼女から逸らし逃げるように外へと飛び出した。

外へ出ると陽の光が僕のことを出迎えてくれる。

そよ風が体を包み込み僕の気持ちを落ち着かせてくれる。

後ろからはドタバタッと音が聞こえてくるが僕は気にせず外の空気を吸っていた。

僕が記憶を失い、彼女に助けてもらってからもう半年近くは経っている。

いや、それ以上かもしれない。

こうなってしまってから時間や日付を気にしなくなった。

僕達は永遠に生きていけるからだ。

もう病気にもならないし寿命に怯えることもない。

とても素晴らしい人生が始まったのだ。

永遠の時を彼女とともに生きていける。

それが僕には嬉しかった、だけど本心を伝えてしまうと彼女はきっと調子に乗るだろう。

だからこれは僕だけの秘密だ。

「ジルっ、おまたせしましたっ。早く行きましょうかっ!!!」

彼女の声が聞こえたと同時に彼女は僕の腕にしがみつき、僕を連れて歩いて行く。

後ろから見る彼女の姿はとても生き生きとし、とても愛らしい。

僕は幸せだ。

こんなにも可愛らしい女性が近くにいてくれる。

それが何よりも嬉しくて楽しくてとても……。

「エド、君の連れて行きたいって言ってた場所はどんな場所なの?」

「素敵な場所ですよ、きっとジルも気にいると思いますっ。」

「それはとても楽しみだ。それよりも歩きづらいから手を離しては「嫌です。」

さっきの出来事のせいで彼女は幼児退行でもしたのだろうか。

彼女の反応が幼い子供のように見える。

「ジルは…こうしているのは嫌ですか…?」

「そんなことは全然ないけど…。」

「それならばいいではないですか。それにここには私達以外、いませんしね。」

確かにその通りだけども。

だけどやはりまだ慣れないものだ。

少しばかりこっぱずかしい。

「まぁね…だけどやっぱり少しは緊張しちゃうかな?」

「ふふふっ…ならこれならどうですか?」

そう言うと彼女は僕の手から離れ、今度は背中に乗っかってきた。

僕は彼女が落ちないように慌てて彼女の体を支える。

まったく…この前とは別人みたいだ。

「こっちの方が恥ずかしいよ…。」

「それで構いません。だって私は幸せなのですから。」

「そんなこと言って…また布に包まれて隠れたりしないでよ。」

「そんなことを言う人にはこうしてあげます。」

僕の首に手を回すと彼女はきつく僕の体を抱きしめてきた。

「もうっ…苦しいよ。」

「これはお仕置きなのでやめません。」

しおらしくなるどころか余計に悪化したように感じる。

まぁ…それも悪くはないけど…。

「はぁ…重たい…。」

突然、頭に彼女の手が飛んできた。

「重たいとは…レディーに向かって言う言葉ではないです。」

「君はレディーってよりは無邪気な少女に見えるけどね。」

「あっ…またそんなことを言って…ジルは女心というものが分かっていないようですね。まったく…。」

僕は彼女をからかいながら彼女の言う目的地まで彼女を背に背負いながら歩いて行く。

そして意外にその目的地は遠く、気づけば辺りは暗くなり始めていた。

「ねぇ、それでまだその場所とやらにはつかないのかい?」

「……グゥ……んっ…すぅ…。」

彼女へ声をかけるが返事は返ってはこないが代わりに彼女の寝息のようなものが聞こえてきた。

「エドさん…もしもし?」

軽く彼女の体を揺らすように上半身を揺らすがその度にんっと言う声が聞こえてくるだけだった。

彼女は完全に寝ているようだ。

これではますます幼い子供だ。

「エドっ?」

大きな声で彼女の名前を呼ぶ。

「ふぁぁ……んっ?どうか…しましたか?」

「どうかしたって…君はもしかして寝てたのかい?」

「いいえ…そんなことは…ふぁぁ…ないですよ。」

「………手を離すよ?」

「そんなことをすればジルの首が締まるだけですよ?」

何が何でも彼女は僕から離れる気はないらしい。

「あっ…そろそろ着きますよ。」

彼女は僕の背中に乗ったまま道の先を指差している。

前にはまだ道しか見えないが近くまで来ていたらしい。

僕は大きな少女をおんぶしながら道を歩いて行く。

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