第4話

「さてと…どうぞ召し上がってください。お口に合うと良いのですが…。」

目の前には豪華な料理が並べられ、とても良い匂いがする。

でも料理の数が多すぎて全部食べられるかどうか、少しだけ不安になってしまった。

「…いただきます。」

「ええ、どうぞ。」

まずは目の前にある綺麗な花が浮いている透明なスープをスプーンですくい、口の中へと入れる。

「これは…。」

だがスープは何の味もせずにただの水のように感じ、舌が緊張のあまりにおかしくなってしまったのかと思い、彼女の方を見ると彼女は肩を震わせて笑っていた。

「ふふふっ…それは手を洗うためのお水ですよ?」

「………知ってたさ。」

強がってみせるが恥ずかしさのあまりに顔が赤くなっていくのがわかる。

知っているのなら教えてくれても良いじゃないか…。

「それにしてもさっきの貴方の反応、とても可笑しくて終始、笑ってしまいました。」

「それはこの水を飲んだこと?それともここにくる前のこと?」

「両方です。」

彼女はさっきのことを思い出し、また肩を震わせて笑っていた。

結果から説明すると彼女は僕の怖がる姿がとても気に入ってしまったらしく、屋敷へ来るまでの間にあんなことを言ってもっと怖がらせていたらしい。

「君が僕のことを怖がらせようとするから、僕は恐怖のあまりに気を失ってしまいそうだったんだよ。あんなことはこれっきりにしてほしいよ…。」

「ええ、考えておきますね。ただ貴方の怯える姿がとても愛くるしく見えたので。もしかしたらまたやってしまうかもしれませんが。」

「それだけは勘弁してほしいね…。」

僕はそう言うと料理を食べ続けた。

彼女の作ってくれた料理は優しい味がしとても美味しい。

彼女はというと僕をただ微笑みながら見つめていた。

「一つ聞いていいかな…。」

「…どうぞ。」

「君は食べなくてもいいの?」

さっきから気になっていだのだが、僕の前にはこんなに豪華なご馳走が並んでいるにもかかわらず、彼女の前には何も置かれていなかった。

「私は…いいのです。お腹が減っていませんから。そんなことよりも答えは見つかりましたか?私が吸血鬼なのかどうか。」

彼女の言葉に僕は手を止める。

「それは…分からないよ。ただ思い当たる点はいくつもある。例えば心臓が動いていないことだとか…君の手が氷みたいに冷たいとかね。僕の読んでいた本には吸血鬼には感情がない、つまりは心がないと書かれていた。でも、僕には君に心があるように見える。僕を困らせては笑っている姿を見てそう思ったんだけど…。」

僕の考えに彼女は何も答えず、ただ僕の顔をじっと見つめていた。

「吸血鬼には心が…ない…ですか。それはどうなのでしょうね。貴方が言った通り、私には感情があると思います。ただ、この感情が貴方の考えているようなものなのかは私には分かりません。」

彼女は自分の胸を押さえながら話していた。

彼女を見て思ったのだが、彼女は意外と表情が豊かだ。

今は哀しそうな表情をしており、さっきは僕のことをからかってにやけていた。

そんな彼女に心がないとは思えない。

もしかするとあの本は吸血鬼にあったことがない人が書いたのかもしれない。

ただ、その本に書いてあった、吸血鬼は人間のように食事はしないと書かれていたことは彼女へ当てはまっている。

今も僕は食事を手に取り、食べているのだが彼女の目の前には食事はなく、ただ僕が食べているのを見つめているだけだった。

「多分、君の中にある感情は僕の思ってるものと同じものだよ。だって心がないならあんなに僕のことをからかって楽しんでいないと思うしね。」

「確かにそうですね。あの時はとても楽しかったですもの。」

彼女はさっきのことを思い出し、肩を震わせていた。

意外と彼女は悪戯っ子なのかもしれない。

「それで…もし本当は私が吸血鬼だとしたら貴方はどう…しますか?」

真っ直ぐに僕の目を見つめながら平然とした態度で彼女はそう言うがよく見てみると彼女の目が少し揺らいでいるように見える。

きっと僕の答えを聞くのが怖いのかもしれない。

もし彼女があの泉で言っていたことが本当のことだとしたら彼女は何十年、いや何百年も人と関わってきていないのだろう。

やっと出会った僕を彼女は手放したくないのかもしれない。

まぁだけどそんなこと関係なしに僕の答えは決まっているけど。

「どうもしないよ。君がもし吸血鬼だとしても僕は君から離れたりしないよ。ただあんまりからかわれると分からないけどね。」

彼女が笑ってくれると思い、冗談っぽくそう言うが彼女は目を大きく開け、固まっていた。

「えっと…なんか失礼なことでも言ったかな?」

そう尋ねると今度は下を向きながら肩を震わせて

首を横へ振っていた。

「違います…。ただ、最近はそのように口説いてくる人がいなかったので…少し可笑しくて笑ってしまっただけです。」

一瞬、嬉しくて泣いているのかと思ったけどそんなことはなくいつも通りの彼女だった。

「口説くって…違うに決まっているじゃないか。僕はただ…その…。」

「ふふふっ。ただ…何ですか?」

「…何でもないっ!!!」

彼女に散々な目にあわされた僕はなんだかとても恥ずかしくなり、急いで食事を済ませると立ち上がり、部屋を出て行く。

「おや、どこへ行くのですか?」

後ろから声が聞こえてきたが構わずに部屋から飛び出し、屋敷の中を歩いて行く。

僕は少し気になっていた部屋があり、そこへ向かって歩いて行くと玄関へたどり着いた。

「確かこっち…だよな。」

近くの階段を登り二階に上がると目の前には大きな扉が現れた。

「そこの部屋が気になるのですか?」

振り返ると後ろには彼女が立っていた。

足音も何も聞こえていないのにどうやってついてきていたのだろう。

「ここは?」

彼女へ尋ねると彼女は少し嬉しそうに扉を開けてくれる、僕は恐る恐る扉の中へ入って行くとそこの部屋はただの大きなダンスホールだった。

「ダンスホール…。」

「なんの部屋かとお思いに?」

「特には何にも考えていなかったよ。ただ、あんなに大きな扉だったから気になってね。だけどこれは凄いな、こんなに立派なダンスホールは見たことがないよ。」

部屋の中を見渡すが部屋中がキラキラと輝き、目の前には美しいステンドグラスが見え、そして天井には太陽の紋章が描かれていた。

「ジルさんはダンスを?」

「いや…一度も…。」

「それは残念ですね…。こんなにも立派なダンスホールがあるのに踊れる人がいないとなると…はぁ…とても残念です…。」

わざとらしく落ち込みながら溜息をつく彼女はチラッとこっちを何度も見てくる。

彼女は少し子供っぽいところもあるようだ。

「はぁ……ダンスってどうすれば?」

僕も彼女と同じように溜息をつくとそんな子供っぽい彼女へ聞く。

「あら、ジルさんはダンスに興味がおありのようですね。それならば仕方がありません。私が教えて差し上げましょう。」

彼女は両手を合わせると目を輝かせながら僕の方へ歩いてくる。

本当はこういうことは苦手なんだが、彼女のために覚悟を決めることにした。

「さぁ、私の手を。」

「先にお辞儀とか決まってるんじゃ…。」

「そんなものどうでもいいのです。今は私達しかいないので。」

彼女が指を鳴らすと何処からか音楽が流れ始める。

部屋のムードが一気に変わり、なんだかドキドキしてくる、彼女を見ると彼女は小さく頷き手を指し伸ばしてくる。

そんな彼女の手を優しく握ると腰に手を当てた。

「こんな感じ?」

「さぁ…私にもわかりません。」

彼女は嬉しそうに笑いながらそう答えた。

てっきり彼女はダンスの経験があるように思っていたがどうやらそれは間違いらしい。

こうして彼女の体へ密着しているとわかるが彼女は意外に背が低く、僕の顎までしか身長がない。

こうしてみるとか弱い少女に見えなくもない。

彼女の顔を覗き込むと、とても嬉しそうに目を輝かせていた。

彼女は彼女で楽しんでいるようだ。

それからしばらく僕達はゆったりと体を揺らしながら寄り添っていた。

途中、何度か彼女の足を踏み、彼女はその度に僕に微笑む。

そんな幸せな気分を僕達はお互いに噛み締め合いながら過ごしていた。

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