第3話
いつまでこうしていればいいのだろうか…。
下では目を輝かせている狼が二頭、僕のことを見上げて唸っていた。
「…どうしたもんかな…。」
僕は木の上から狼のことを見下ろしながら頭を掻いていた。
あれから地図を頼りにリナの言っていた屋敷へと向かっていたが森に入った途端、運が悪く狼と出くわした。
そして命からがらに逃げ出し、今は木の上で狼がいなくなるのを待っているのだった。
「僕なんか食べても美味しくなんてないから…どこかへ行ってくれないか?」
下で僕のことを食べようとしている狼に言うが、言葉が伝わることなく狼は僕のことを見ている。
このままここで餓死してしまうのか…なんていうかっこ悪い死に方だよ。
なんとかこの現状を打破するための考えを探していたが何も思い浮かばず、気がついたら辺りは暗くなり始め、日は完全に沈んでいた。
「グルルルッ…。」
下ではいまだに狼の唸り声が聞こえる。
いい加減に諦めて何処かへ行ってくれよ…。
そんなことを考えていると森の奥の方から小さな光が見える。
その光はどんどん僕の方へと近づき、光は突然に消えた。
「キャンッ…。」
光が消えた途端、狼の叫び声のようなものが聞こえ、下から物音がしなくなる。
何事かと思い、木の上から首を出しながら下を見るが暗すぎて何も見えず、何が起きているのか分からなかった。
だが突然、下から黒い影が僕の元まで飛び上がる。
飛び上がってきたのは黒いマントに身を包んでいた彼女だった。
「ジルさん、こんなところで何を?」
彼女は僕の顔を見ると僕へ手を伸ばしてくる。
「あははっ…その泉へ向かってたんだけど…さっきの狼に追われて…。」
彼女の手が僕の首元へ触れる。
その瞬間、激しく走ったせいで上がっていた体温が冷え、とても気持ちが良かった。
「それは災難でしたね。ですがもう大丈夫ですよ、下にいた狼は去っていきましたから。さぁ、下へ降りましょうか。」
彼女は僕の体を支えると地面へ飛び立つ。
「あっありがとう、それで…えっ…と。」
お礼を言う僕の唇に彼女の人差し指が触れる。
「近くにまだ狼が潜んでいるようです。早くここを離れましょうか。」
彼女の言葉に頷く僕を見るとランタンを取り出し、灯をともす。
どうやらさっき見た光は彼女の持っていたランタンによるものらしい。
「それにしても驚きました。泉へ向かう途中で狼の鳴き声が聞こえたので何事かと思い、向かって見たら貴方が必死に木にしがみついていたので。」
「なんか…かっこ悪い姿を見せちゃったね。」
「ええ、確かにかっこ悪かったです。」
頭を掻く僕を見て彼女はクスッと小さく笑う。
そんな彼女を横から見ていた僕はなんだかとても嬉しくなる。
だけどすぐに彼女の表情は変わっていき、眉がVの文字みたいになっていく。
「それにしてもまたこんな夜更けに灯りも持たずに一人で歩いているなんて私が通りかかったから良いもののこれからはもっと気をつけるべきだと思います。」
そう言いながら頬っぺたを軽く膨らませ、ムスッとしていた。
「返す言葉がないよ…。まさか本当に狼に襲われるなんて…。」
「普段からもっと用心しておくべきですね。」
「…そうします…。」
反省した振りをしながら彼女の横を歩いていると急に僕の目の前に地図が広げられた。
「これは、ジルさんの物ですか?」
僕は鞄の中に手を突っ込み、持っていた地図を探すが見当たらず、どうやら狼達に襲われた時に落としていたようだった。
「そのようだね、助かるよ。」
彼女から地図を受け取ると大事に鞄の中へとしまい込む。
僕は昔から地図が無いと道に迷う癖がある。
まぁ地図があっても迷うものは迷うけど…。
「それで…泉へ向かっていると言っていましたが本当に泉へ向かおうと?」
「えっ…そう…だけど…。」
彼女の言葉に僕は嘘をついてしまった。
「本当に?」
彼女は立ち止まると僕の前に立ち、真っ直ぐに僕の目を見つめてくる。
「……えっと…。」
そんな彼女の目から目をそらそうとする。
だが彼女は僕の頭を両手で掴み、顔を近づけてきた。
彼女からは香水の香りがする。
「私、嘘は嫌いです。貴方の持っていた地図には印が記されていました。それはあなたの住んでいる街から泉を越えた先です。貴方は印の場所へ…そこへ向かっているのではありませんか?」
「……そう…です。」
真っ直ぐな瞳に見つめられた僕は嘘をつくことが耐えられなくなり、彼女へ本当のことを話す。
「その…リ…友達から聞いたんだ。この印の場所に大きな屋敷があるって…それでそこには吸血鬼がいるかもしれないって…。」
僕の言葉を聞いた彼女は手を離し、屋敷へ続く道の方を見る。
「吸血鬼…ですか。それならば貴方は何故、吸血鬼に会おうと?」
「それは……もしかしたらそこに君が住んでいるかもって思って…。いや、だからって君のことを吸血鬼だと思ったからこの場所が怪しく思ったとか、そんなことは全然考えてなくてっ…。あはは…えっと、僕何言ってるんだろうね。」
僕はだいぶ焦ってしまい、自分でも何を言っているのかよく分からなかった。
だけど彼女はそんな僕のことを見るとまたクスッと笑い出す。
「つまり…吸血鬼だと思った私に会いたかったから…と言うことでよろしいですか?」
彼女の言葉に僕は顔を赤く染めながら頷くと僕の腕を掴み、道をまた歩き出した。
「では、吸血鬼のお屋敷へ向かいましょうか。本当のことを確かめに…ね。」
暗闇でよく見えなかったが一瞬、彼女がニヤッと笑うのが見えた気がする。
「ねぇ、君は本当にんぐっ…。」
彼女へ真実を聞こうとするとまた人差し指で唇を塞がれる。
「本当のことを知りたいのでしょう?それならば黙ってついてきて下さい。ただ…屋敷へ入ったらもしかするともう二度と外へは出られないかもしれませんがね…。」
なんだか彼女の言葉がとても恐ろしく感じ、体が若干震えだす。
僕はもしかして取り返しのつかないことを言ってしまったのではないか…。
そんなことがふと頭に浮かんだ。
チラッと彼女の横顔を見ると彼女は楽しそうに微笑んでいた。
あの微笑みはなんの微笑みなのだろう。
ますます心が不安になっていく。
だがもう後戻りができないことに今更に気づいた僕は覚悟を決めて彼女へ連れて行かれた。
森の奥へ入れば入るほど木々が恐ろしく不気味に見える。
進めば進むほどに甲高い獣の声やら、木々が揺れる音が聞こえる。
その音や目に入る光景が僕の不安をさらに駆り立てていく。
体の震えも止まらなくなり、正直なところ恐怖のあまり気を失いそうになってしまう。
「そろそろ着きますよ。」
彼女の声が聞こえ、ふと我に返ると僕は前を見る。
そこには大きくて立派な屋敷がたっていた。
暗闇のせいかとても恐ろしく感じる。
「立派な屋敷でしょう、さぁ中へ入りましょうか。」
彼女はそう言うと僕の手を離し、先へ歩いて行く。
そんな彼女の背中を見つめながら僕はこの場から逃げ出そうかどうか悩んでいた。
「ここまで来たのにお帰りになるのですか?まぁそれでも私は構いませんが夜道には気をつけて下さいね。夜の森は大変危険ですので…。」
後ろから突然、獣の雄叫びが聞こえた僕は逃げ出すことをやめ、彼女の隣へ移動する。
「賢明な判断ですね。」
歩けば歩くほど近づく屋敷を見ると心臓が張り裂けそうになり、僕はカバンを強く抱きしめながら彼女の隣を歩いていく。
「さぁ屋敷の扉の前へ着きました。ドアを開けてもらえますか?」
何故かは分からないが彼女の言葉を聞いた途端、震える手が勝手に動き出し、ドアノブに手をかけた。
キィィイッと音を立てながら扉は開いていく。
外からでは暗すぎて中の様子が分からなく、僕は彼女の顔を見る。
「さぁ…中へ。」
僕は固唾を飲みこむ。
今では少し、後悔している自分がいる。
もう少し考えてから行動をするべきだったと。
彼女はそんな僕の背中に手を置くとポンッと前へ押しだした。
心の準備ができてなかった僕は情けない声を上げながら中へと入って行った。
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