第5話

「ふふんふふふーんふふふふーん。」

あれから彼女のお屋敷で僕は1日を過ごしていた、彼女は別れる時に少し暗い表情を浮かべていたがいつまでも彼女の屋敷へいるわけにもいかず、こうして我が家へと向かっていた。

家の扉を開け、彼女と踊っている時のことを思い出しながら椅子に座る。

昨日のことを思い浮かべ、鼻歌を歌い出すと何処からか声が聞こえてきた。

「ねぇ、ユージン…私、夢でも見てるのかしら…。」

「いや、現実だと思うけど…。」

目を開けて扉の方を見るとそこにはユージンとリナがコップを片手に椅子に座り、目を大きく開いて唖然としていた。

「なっ…なんで君達がっ!!!」

「私は借りてた本で読み終わったのがあるから返しにきただけだけど…。」

「僕は昨日のことを謝りにね。だけど、驚いたな、まさか君が鼻歌を歌い出しながら踊り出すなんて…。」

一番見られたくない人に最悪な姿を見せてしまった。

二人は表情を変えていき、ニヤニヤとしだす。

「どうやら昨日はお楽しみだったようね。心配して損したわ。」

「まったくだよ、君があの噂の屋敷へ向かったとリナから聞いて心配していたと言うのに…。」

心配していたと言っている割には優雅に過ごしていたように見える。

「それで屋敷の方へ行ったのよね。どうだった?」

「どうだったって?」

「吸血鬼の噂は本当なのかってことよ。」

吸血鬼…。

今の僕にはそんなことはもうどうでもよくなっていた。

それにいたのは悪戯好きな子供っぽい彼女だけだ。

「どう…だろうね。」

「はぁ…あんたねぇ。」

「まぁまぁ、そんなことよりもジルはどうやらその屋敷で素敵な時間を過ごしてきたみたいだけど、何があったんだい?」

イライラしているリナをなだめるとユージンはあの屋敷で僕が何をしていたのかを聞いてきた。

だが僕は本当のことを言うのが恥ずかしく思い、適当に彼等に嘘をつく。

「特にはなんにも。ただ、中が思いのほか綺麗で少しだけゆっくりしてきただけだよ。」

「まったく、帰りが遅いもんだから心配してたのに。もういいわよ、ジャンのことを見なきゃいけないから私は帰るわ。」

リナは立ち上がると勢いよく扉を閉めて外へ出て行ってしまった。

僕はなんで彼女が怒っていたのか分からずにユージンの方を見ると彼は肩をすくめてパイプを吸い始めめていた。

「リナの気持ちも分かってやってくれよ。彼女、君のことを凄く心配してたんだからさ。私があの屋敷のことを教えちゃったから…もしかするとジルは獣に襲われたのかもって言いながら僕の元までやってきて、鍋の蓋と小さなナイフを持って僕を連れて君のことを探しに行こうとしてたんだぜ?」

だから机の上に鍋の蓋とナイフが置かれていたのか。

「そうだったのか…リナが…。なんだか彼女には申し訳ないことをしちゃったかな。」

あのリナがまさかそこまで心配してくれているとは思ってもいなかった。

「ああ、リナはジルのことが大好きみたいだからね。あんまり悲しませてやるなよ。」

「それはとても光栄なことだね。けど…えっと…それは僕は聞いてもいいことなのかな?」

「まぁバレたら殺されてしまうだろうね。」

僕とユージン彼女が顔を真っ赤にして殴りかかってきたときのことを考え、二人同時に笑い出していた。

「まぁ女の子は男の子よりも気持ちが大人へ近づくのが早いんだよ。それにリナはこのまま成長するときっと美人になるぜ。君が惚れてしまいそうなほどにね。それで、もしリナに言い寄られたら君はどうするのか見ものだね。」

「多分、一生尻に敷かれながら生きていく気がするよ。」

「だろうね、彼女は強いからね。けどその分、彼女は君に尽くしてくれそうだけどね。」

「だけど彼女はまだ子供だろう?」

僕がそう言うとユージンは首を横へ振っていた。

「分かってないな、彼女はもう立派なレディーだよ。それに子供って言っても君と二つしか離れていないだろう?君がこの街で医者を続けていくんだとしたら彼女と結婚して助手にでもなってもらうのもいい考えだと思うけどなぁ。この街にまだ住む気でいるならだけどね。」

確かにそれも良さそうだ。

彼のいう通り彼女が少しでも医学を学んでくれる覚悟があるなら僕は喜んで彼女へ教えるだろう。

ただ、彼が最後に言ったこの街にまだ住むとはどういう意味なのだろうか。

「別に僕はこの街から出て行こうとだなんて考えていないよ。この街は僕には住みやすい街だと思うし。

「そうかい、そう言われると僕も嬉しいよ。この街は僕の故郷だからね。だけど戦争のせいでだいぶ、変わってしまったけど。そうだ、君に話さなきゃいけないことがある。」

彼はそう言うと外に誰もいないことを確認し、窓を全部閉め、扉に鍵をかけていた。

「どうしたんだよ、急に…。」

「この辺で兵隊を見ていないか?」

「兵隊?見てないけど。」

「それならいいんだが…。この辺りの村で最近、20歳を超えてないにもかかわらず、兵士が若い男や女を連れて行くらしいんだ。何でも国が相当なダメージを受けたらしくてもしかするとここにもくるかもしれない。君みたいな医者はきっとすぐに国へ連れていかれるだろう。だから、気をつけたほうがいい。もし可能なら…っ!?」

突然、扉をノックする音が聞こえ、僕とユージンは二人して飛び跳ね、ユージンはすぐに僕の体を掴み、近くの机の下へと投げ込んだ。

「こんな夜分に失礼する。扉を開けてはくれないかっ。」

扉の外で男性の声が聞こえる。

机の下からユージンの顔を見るとユージンは人差し指を立て、僕の隠れていた机の上に赤い布をかぶせる。

「おいっ、扉を開けろっ!!!」

外から聞こえる声はだんだん乱暴な声に変わり始め、ユージンは扉の近くまで歩いて行く。

「そんなに大声で叫ばなくても聞こえているさ…まったく…。」

ユージンは扉を開けるとそこには…ここでは足しか見えないがおそらく五十半ばの男と若い男が立っていると…おもう。

「ここへ何の用だい?」

「我々はアノーレスからの使者だ。ここにジルという若者が住んでいるとの噂を聞き、ここへやってきた。」

「あーはいはい、ジルね。ジルならまだ帰ってきてないよ。どうせ、あの子は外でお友達と遊んでいるんだろうよ。」

ユージンはめんどくさそうに男達の相手をしている。

「そうか。だったらそのジルが帰ってくるまで中で待たせてもらおう。」

男達は勝手にズカズカと中へ入る。

そして僕のお気に入りの椅子に腰をかけると何かをしているようだった。

「まったく…偉そうな連中だよ。そんで5歳の男の子に何の用だい?」

5歳の男の子、ユージン達は僕が兵士に連れて行かれないようにそう嘘をついているらしい。

「5歳の男の子…ねぇ。それよりもお前のその足、いいものをつけているな。それはお前が自分で?」

彼らは僕が作ったユージンの義足に興味があるようだ。

「ああ、これかい?僕は手先が器用でね、作ったんだよ。まぁちょっと歩きにくいけれどね。」

「ほぅ、ジルと言う男はそんなものまで作れるのか。実に優秀な人材だな。なぁ、カイル。」

どうやらもう一人の若そうな男はカイルという名らしい。

返事が聞こえないあたり、頷いてでもいるのだろうか。

それよりも彼らは僕の秘密に気づいているのか、さっきからユージンのことを信じていない。

「話を聞いていたか?これは僕がっ「下手な芝居はやめろ。我々は知っているのだ。ジルと言う男は5歳の男の子ではなく、17の若造だってことを。しかも彼はこの街で唯一の医者なのだろう?是非とも我々の国へ来てもらいたいのだよ。」

「…ふざけるなっ。あの子はまだ成人を迎えていないんだぞっ。確かあんたらの国の決まりでは成人を超えた者しか徴兵できないはずだろうがっ!!!」

ユージンの大きな叫び声が聞こえたと思ったら、今度は机をバンッと叩く音が聞こえた。

「確かに先代の王はそう命じていた。だが、その先代の王は死に今ではその息子ヴィラド様が跡を引き継ぎ、国や全てが変わったのだよ。戦えるものは年齢に問わず、兵士としてアノーレスへ集結することとね。」

「なっ…そんなの滅茶苦茶だ。そんなことをすれば民が黙ってはいないはずだっ。」

「ふん、貴様らのように力を持たぬ民に何ができると言うのだ。それに我々はその代わりに多大な報酬を街へ送っている。それの何がそんなに不満なのだ。」

ユージンが怒るのもわけない。

これでは兵士ではなく奴隷のようなものだ。

「何故、そこまで兵を集める必要があるんだ。聞いた話では戦争はこちら側が優勢なのだろうっ?それなのにこれ以上、兵を集めてお前達は何をっ。」

「それは貴様達は知らんでもいい。それでジルと言う男はどこへ隠れている。この近くに隠れているのはわかっているんだ。居場所を教えんかっ。」

「あんたらの話を聞いた以上、あいつをお前達には渡せない。」

「そうか、それでは力づくでも吐いてもらおうか。カイルっ。」

男はカイルの名を呼ぶとカイルは椅子から立ち上がり、ユージンへ一方的に暴力を振るう。

「ぐっ…かはっ…。」

悲痛な呻き声が部屋中に響き渡り、ユージンは床へと倒れ込んだ。

僕は机の下から外の様子を確かめると彼と目があった。

ユージンは鼻や口から血を流し、僕と目が合うと弱々しく笑い、ウィンクをする。

彼は絶対に僕のことを売る気がないようだ。

「いい加減に吐いたらどうだ。痛いのはもう嫌だろう?」

「…誰が…テメーら何かに居場所を…吐くかよ。」

男の溜息が聞こえ、次の瞬間、ユージンの義足が壊される音が聞こえる。

「カイル、もうこの男に用はない。またあいつから情報を得よう。」

男がそう言うとゆっくりとユージンへカイルが近づいていくのが見えた。

僕はもう我慢ができずに机の下から飛び出そうとする。

だが次の瞬間、外から叫び声が聞こえた。

「何だっ!!!」

男とカイルは何かに気づき外へと飛び出して行った。

「ユージンっ!!!」

僕は男達がいなくなるのを確認すると急いで彼の元まで向かう。

「…へへっ…俺のことなら心配はいらないさ…。それよりも奴らが気を取られているうちに早く、ここから逃げるんだっ。」

「ダメだっ、それでは君が殺されてしまうっ。君は僕のことを命をかけてでも守ろうとしてくれたんだ。それなら今度は僕が君のことを守る番だ。」

ユージンを無理やり立たせると僕は裏口から外へと向かった。

「馬鹿だなぁ…君は。僕はもう十分、君に助けられたのに。」

彼の言葉が聞こえたが僕は構わず、彼を支えながら裏路地を入って歩いて行く。

「ジルっ、こっちよっ!!!」

奥から僕の名を呼ぶ声が聞こえ、顔を上げるとリナが僕等の方へ手を振っているのが見えた。

「リナっ、どうして君がっ。」

「説明は後っ、今はこの馬車に乗って逃げるわよ。」

彼女がそう言ったと同時に馬車が物凄い速さで僕等の前へ現れる。

「早く、乗りなさい。」

誰なのかわからないが御者は黒いマントを頭まで被り僕達に馬車へ乗るように告げ、僕達は急いで馬車へと駆け込んだ。

「出してっ!!!」

全員が乗ったのを確認するとリナは御者へ伝える。

馬車は御者によりすぐに出発し、街からどんどん離れて行く、そして僕は怪我をしているユージンの治療を開始した。

揺れる馬車の中では少し苦労をしたけど、なんとかリナの助けがあり、ユージンを助けることができた。

「ありがとう、リナ。君のおかげでなんとか助かったよ。それであの人は?」

「そうだったっ、紹介がまだだったわね。彼女はカーラ。なんでも知り合いに忘れ物を届けに来たらしいわ。」

「えっ!?」

僕はリナの口から出た名に驚くと急いで馬車の御者に目をやる。

そこには僕のことを見ている彼女の姿が目に映った。

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