第6話
「お隣、失礼しますね。」
後ろから彼女の声が聞こえ、僕の隣へ座る。
「今日は災難でしたね。」
「本当だよ…。今頃、僕の家はどうなっていることやら。」
「荒らされているのは確かでしょうね。彼らは貴方の居場所を突き止めようとしてるはずです。その為にも部屋中の家具や日記など読んでいる最中なのでは?」
それはなんともまぁ嫌な行為だ。
見られて困るものだってあるのに。
「それで…ジルさんはここのことを何か残すようなものは置いて来ましたか?」
「いや、あったとしても地図ぐらいだよ。その地図だって僕が大事にカバンの中に入れ………ないっ!!!」
僕は急いでカバンの中のものを外へと放り投げる。
そこには外へ出した物の中にはいつも手放すことのなかった地図は見当たらなかった。
「まずいっ、これじゃ…。」
あの地図にはここの場所が書かれている。
彼女の屋敷から帰る時に忘れないようにリナの印の上から僕は印を書いていた。
もし、あの地図が奴らへ見つかってしまえば間違いなく、奴らはここへ向かってくるだろう。
僕は何てことをしてしまったのだ…。
「ぷっ…ふふふっ…地図とはこれのことでしょう?」
僕が頭を抱えて何か打開策がないのか考えていると彼女は急にクスクスと笑いだし、僕の前に地図を広げた。
地図にはリナの書いてくれた印や僕の書いた目印がつけてあり、完全に僕のものだった。
「なっ…やめてくれよ、心臓が止まるところだったよ…。」
「ふふふっ、あまりにも貴方の反応が面白くてつい。」
僕はクスクスと笑う彼女の手から地図を受け取る。
「もしかして忘れ物ってこれのこと?」
「ええ、屋敷の机の上に置きっぱなしになっていたので届けに行こうと街へ向かっていたらリナと出会いました。」
そのおかげで僕は今ここへいることができるのだ。
リナには感謝しなければいけない。
「それで…貴方はこれからどうなさるのですか?」
「………。」
正直、迷っていた。
僕はもうあの街へ戻ることはできない。
あの街にはあの爺さんとカイルがまだ僕のことを探しているかもしれないからだ。
だが、だからと言って街のことを見過ごすことはできなかった。
あの街の人たちは僕のことを匿っていた。
それが彼らにバレた以上、彼らは町の人達に何をするかわからない。
それなのに彼らを見捨てて逃げることなど僕にはできなかった。
「僕は…街を守りたい。あの街の人は僕のことを匿ってくれていたんだ。それなのに僕だけ逃げるなんて…やっぱり出来ないよ。」
「なるほど…ユージンさんやリナさんが助けてくれた命をわざわざ捨てに行くと?」
「そんな言い方は…。」
「他に相応しい言葉などありませんよ。彼等は命を懸けてでも貴方を守ろうとしたのです。それなのに貴方は彼等のご厚意を踏みにじってでもまた街へ戻り、街を守りたいと言っているのでしょう?それがどれだけ無謀なことだか、貴方は分かっているのですか?」
彼女はきつい言葉を僕に浴びさせてくる。
だけどそれはもしかすると僕のことを守りたいからなのかもしれない。
「そんなこと分かってるさ。僕ができることは人を治すことと診ることぐらい、それ以外はからっきしにダメなことぐらい分かってるよ。でもそれでも今まで街のみんなに守ってもらってたから…だから…。」
「その恩返し……ということでしょうか。ですが私はやめておいたほうがいいと思います。何故ならその行為自体が無駄になる可能性があるからです。」
「どういうこと?」
僕が彼女へ尋ねると彼女は少し間を開け、重い口を開いた。
「アノーレスという国は残虐で非道な国だということは知っていますか?」
残虐で非道、そんな噂は聞いたのは初めてだった。
どちらかといえばアノーレスは統治もしっかりしており、住みやすい国だとも聞いていた。
「どうやら知らないようですね。では何故、彼等は若い男だけではなく、女を連れて行くのか分かりますか?」
「それは女性の方が手先が器用だから物を作るために…。」
「違います、あの国では女性はただの道具として扱われます。つまりは男達の慰み者です。彼等は彼女達を強引に抱き、嫌がる娘がいれば嫌がるのをやめるまで痛ぶる。そんなことをほぼ毎日しております。そして壊れてしまった娘は牢屋へ入れられ、今度は頭のおかしい連中の相手をすることになるのです。それがあの国のしていることなのです。」
「君は何故、そのことを?」
「それは……話さなければなりませんか?」
彼女の目から尋常じゃないほどの怒りが伝わり、僕はすぐに口を閉じた。
彼女の過去に何があったのだろうか。
「………。」
彼女はそれからしばらく黙ったまま遠くを見つめていた。
僕は彼女へかける言葉が見つからずにただ横顔を眺めることしかできない、こんな時、ユージンなら気の利いた言葉が話せるだろう。
「……もし貴方が私の話を聞いて考えを改めているのなら…私と一緒にこの屋敷で………住みませんか?」
「へっ?」
「今、その…考えていました。今の貴方には居場所がありません。それならばその…いい考えだと思って。」
彼女は僕と顔を合わそうとはせずに反対を向いている。
「それは…いい考えだね。」
「私は全然、構いません。貴方が…そうしたいと仰るのなら…ですが。」
とても素晴らしい提案だ。
彼女と一緒に住むことになれば彼女とずっと一緒にいられる、こんなに嬉しいことはない。
…と前の僕なら思っていたと思う。
だけど、やっぱり街のことを見捨てることはできない。
あそこにはリナの弟や近くに住んでいる老夫婦、行きつけのお店なんかも沢山ある。
しかもその全てが僕のことを匿ってくれていた人達だ。
そんな人達を置いて僕は逃げることなんて出来ない。
彼らを見捨て逃げること、それこそ恩知らずだと僕は思う。
「とても有り難い話だけど、やっぱり僕は戻らなきゃ。ごめんね、カーラ。」
「………そうですか………そこまで言うのなら仕方がない…ですね。それで、街を救う案は考えておいででしょうか?」
「それはこれから考えようと…。」
「はぁ?」
今まで聞いたことのない大声を彼女は出すと額へ手を当てる。
「いや、どうすれば彼らを街から追い出すことができるのかこれから考えようと思ってて…。」
「何か策はお考えではなかったのですか?ってきり私は考えがあってあそこまで言っていたのかと思いましたが…。」
正直、何も考えていなかった。
「まったく…このまま行かせてしまえば貴方はすぐに捕らえられ連れて行かれるでしょう、これでは貴方のことを行かせることはできなくなりました。」
「だけど、彼等を…。」
「だけどじゃありません。貴方は何もかもを甘く考えすぎなのです。今考えていたんじゃ、何もかもが遅すぎます。きっと事態は悪化していく一方でしょう。それがお分かりですか?」
「………。」
彼女の言葉に何も答えることができずに黙って膝を抱えていた。
確かに彼女の言う通りだ、ここでこうして話している間にも街の状況は悪化していってしまう。
彼等を助ける方法は何か無いものなのか。
「……街にいた兵士はおそらく五人ほど。その中の二人は貴方と面識のある二人でしょう。彼等は私達と同じように馬車へ乗ってここへきたみたいです。武器は…おそらく所持しているとは思います。例え、彼等を追い返したとしてもすぐにまた今回よりも多くの兵士を連れてくるでしょう。それに比べてあの街には老人や子供しかいない、真っ当に戦おうとすれば確実に負けます。あの街は私から言わせて貰えばもうお終いです。助かる道などはありません。下手に逆らってしまえば逆に彼等を怒らせ、見せしめとして街を焼かれてしまうでしょう。ですが…方法はあります。彼等を助けたいのなら………貴方が彼等に着いて行く。
それしか無いと思います。」
彼女はそう言うと立ち上がり、屋敷の中へと入って行った。
「僕が言う通りにすれば彼等は国へ帰る…か。」
そろそろ覚悟を決めるべきなのかもしれない。
僕はそう思いながら彼女の跡を追うように屋敷の中へと戻って行った。
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