第11話

「ジルッ。」

彼女は僕の体を掴み、茂みの中へ連れて行く。

そして彼女は人差し指を唇の前に立てると奥を指差していた。

すると僕達の目の前を馬に乗った兵士が通り過ぎて行く。

「お気を付けてください、見つかったら全てがおしまいですよ。」

彼女はそう言うと茂みの中に身を潜めながら関所を覗いていた。

僕も彼女と同じように関所を見る。

関所の周りにはいくらか兵士がいるが中には隠れて欠伸をしている兵士など他にも気の抜けたような兵士ばかりだった。

「これなら何とかなるかもしれませんね。」

確かに彼女の言う通り何とかなりそうだがまだまだ情報を得たかった僕らは近くで彼らの1日の行動を見ることに決めた。

「特にこれだけ時間が経っても変わった様子は見られませんね。一つ分かったこととすれば彼等はお酒を飲むのが好きなようです。」

カーラの指差す先には何人かの兵士がを酒を飲んでいる姿が見える。

これはもしかすると役にたつかもしれない情報かもしれない。

「他の兵士も歩き回ってるだけで真面目そうには見えないな。まったく…ちゃんと仕事を遂行する気があるのかな…。」

「ですがその方が私達にとって都合が良いかもしれませんね。ああやってお酒を飲んでサボっている姿を見るとここには滅多に人など来ないのでしょう。」

「…どうやらそうでもないみたい。」

大きな馬車が関所へと向かって行くのが見える。

馬車は関所へ到着すると兵士が二人ほど近づいて荷物の中身を調べ始めていた。

酔っ払っている状態で分かるものなのだろうか。

何かを見つけた兵士はギャーギャーと騒ぎ何かを御者へ言っている。

だが御者は慣れた手つきで瓶のようなものを取り出すと兵士へ渡していた。

瓶を受け取った兵士はすぐに態度を変え、馬車を通らせていた。

「どうやら彼等は相当な酒飲みですね。今、彼の方が彼等に渡したものはおそらくお酒でしょう。呆れたものですね。」

「お酒ね…そんなにいい物とは思えないけどな。」

「あら…お口にしたことがおありに?」

「何度かね。」

お酒に関する記憶はどれも嫌な記憶しか残っていない。

大抵はユージンが水だといい、お酒を僕に飲ませるのが原因だ。

その後は………できれば思い出したくはない。

「ふふふっ…それでは今度一緒に星空の下でお酒でも飲みましょうか。」

「いいけど…僕はあまりお酒は強くないけど…。」

「構いませんよ。相手がいるってことが大事なことなので。」

ユージンは拒んでも無理やり飲ませてくるからそれと比べれば僕もゆっくりと出来るのかもしれない。

「それなら喜んでお誘いを受けるよ。だけどそれはこの国から脱出してからね。」

「そうですね、これでまた一つ楽しみなことが増えました。ではその為にも作戦でも考えましょうか。」

「ああ。」

それから僕とカーラは兵士の行動を知る為に一日を共にした。

それからは特に兵士に動きはなく、酔っ払っているか話をしているかのだけで情報は得られそうになかった。

そして次の日の朝にはもう僕達は帰りの準備を始めていた。

「大体の情報を得ることができました。それでは屋敷まで戻り、リナ達と共に作戦について話し合いましょうか。」

僕は頷くと彼女の用意していた馬車に乗り、屋敷まで移動をする。

「それで話してた薬についてだけどそれなら屋敷の近くの森の中で材料は手に入る。だけど問題は彼等の喜びそうなお酒についてだけど…。」

「それなら問題はありません。屋敷の地下に蒸留酒がいくつもあるのでそれを使えばいいでしょう。」

「いいのかい?それは君の大切に飲んでたものなんじゃ?」

「ふふふっ、大丈夫です。そこはちゃんと選んでおくので。」

彼女は本当にお酒が好きらしい。

昨日も寝る前に隠れてお酒を飲んでいたのを見かけ、彼女は影で見ていた僕を見つけると慌ててお酒を背中に隠していたが彼女からはほんのりと臭いがしていてバレバレだった。

「それにしても昨日は驚いたよ、君が隠れてお酒を浴びるように飲んでいたからさ。」

「なっ浴びるほどは言い過ぎですっ。それに何度も言いましたがあれはお酒ではなく………ただのお水です。」

「お水にしては匂ったよ?それに今も少し匂うし…。」

彼女に向かって鼻を突き出すとペシッと彼女は僕の頭を軽く叩いた。

「レディーに対して匂うとは失礼極まりないですよ。ジルさんにはデリカシーがないのですね。」

「冗談だよ、いつもからかわれるからそのお返し。」

「そうですか。」

彼女は少しムッとした表情で馬の手綱を強引に引きしぼる。

「わっ!?」

すると馬は急に止まりだし、馬車が大きく揺れ、僕は態勢を崩した。

手から大きくて柔らかな感触が伝わり、すぐに顔を上げる。

「あら…そんなところを…大胆なこと…。」

彼女の声が聞こえ、僕は慌てて手を離す。

「なっごっごめんっ。」

「分かってます。私のような華奢な体じゃ満足出来ないことなど…申し訳ありません…。」

「いやそういうことを言ってるんじゃなくて…それにどこが華奢なんだよ…。」

彼女のスタイルは出ているものがちゃんと出て素晴らしいスタイルをしていると思う。

それで華奢って言ったらリナはぶちぎれるだろう。

「出ているものが出ているですか…それはどこのことを言っているのでしょうか?」

口に出していないはずなのにこうして彼女は心の中を覗いたかのような発言をすることがある。

そのことについて尋ねて見ても彼女ははぐらかすだけで何も答えてはくれなかった。

もし彼女がそんな力を持っているのだとしたら下手なことは考えない方がいいかもな。

「ジル、出ているところとは?」

それともう一つ彼女はちょっとばかしめんどくさい。

「もうっ、いいだろどこでも。それよりもカーラに聞きたかったことがあるんだ。」

「聞きたかったこと?」

「うん。」

彼女の気をそらすために咄嗟にそう言ったが特に何も考えてはいなかった僕は黙り込む。

「何をお聞きに?」

「えっと…君のことが知りたいんだ。」

「私のこと?……胸のサイズ……ですか?」

彼女はそういうと服をはだけさせ胸元をアピールしてくる、僕は目を離すことができずに何秒間か眺めていた。

「ちっ違うっ!!!もう胸はいいからっ!!!」

すぐに顔を横へそらすが彼女は相変わらず服の乱れを直さずに僕のことを横目で見ている。

「ふふっ、ジルはウブなのですね。そんなんでは悪女に騙されてしまいますよ?」

「もう騙されてるよ。」

僕がそう言うとまた頭に彼女の手が飛んできた。

「私は悪女ではなく聖母です。私のような寛容な心を持っている女性はきっとこの世界にはいませんよ。」

「まぁ確かに人を馬鹿にしてからかって楽しんでる人なんて君以外はいないと思うよ。」

「まぁ…いいのですか、そんなことを言って…リナに言いつけますよ?私の体をスケベな目をしながらジロジロと見てきたと。」

「それだけは本当にやめて下さい。」

そんな下らない会話を彼女としているとすぐに屋敷が見えてきた。

屋敷の外にはリナが立っており、僕達を見つけると手を大きく振っている。

カーラから後で聞いた話だが彼女は僕達のことが心配で外で帰りを待っていたらしい。

こうして帰りを待ってくれている人がいるだけでカーラはとても嬉しいんだとか。

彼女の気持ちは僕にもなんだか分かった。

こうして彼女やリナの顔を見るととても安心する。

彼女達のためにもこの国を抜け出さなきゃいけない。

彼女達や僕達が安心して暮らせる世界、アストラへ。

だけど僕達は何も分かっていなかった。

この幸せは長くは続かない。

もっとちゃんと考えておくべきだったんだ。

そうすればあんなことにはならなかったはずだ。

運命の歯車はひたすらに狂い出している。

もう後戻りはできない。

僕達はただあの悲劇へ向かって進んでいくことしかできなかった。

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