第8話

扉の奥から現れたのは血に染まったカーラ達だった。

「遅くなって申し訳ありません。」

カーラは二人を抱きかかえながら屋敷の中へ入るとリナとジャンを床へ優しく下ろし、カーラも床へしゃがみこんでいた。

「カーラ…何が…。」

僕はすぐに彼女の元へ移動し、体を支える。

彼女の体からは煙の匂いと血の匂いが混ざり合った匂いがしていた。

「少し…肩を貸して…。」

カーラは僕の肩に頭を置く。

よっぽどのことがあったのだろう、彼女はいつもよりも青白い顔をしていた。

彼女を支えている手のひらからぬるっとした感触が伝わる。

僕はすぐに彼女の腹部を確認するとそこには矢が突き刺さり血が流れていた。

「これは…誰にっ?」

「気にしないで…下さい。それよりも早く…抜いてっ!!!」

カーラから今まで聞いたことがないほどの大声がだされ、彼女は驚いている僕の手を矢へ押し当てる。

だがこれを抜いてしまえば間違いなく、彼女は大量の血を流すことになり、死んでしまうかもしれない。

彼女の苦しそうな顔を見た僕は迷っている暇などなく、彼女の腹部に刺さっていた矢を強く握る。

「いいかい、少し痛むかも知れないけど…我慢してよ…。」

彼女は僕の服を口で強く噛むと頷いていた。

「ぐっ…うぅっ…はぁ…はぁ…ああっ!!!」

腹部に刺さっている矢に力を入れて抜いていくとその度に彼女は大きな喘ぎ声をあげながら僕の腕や肩を力強く握る。

「もう少し…もう少しだから…。」

「わかっ…てますっ。」

そして最後の力を振り絞り、彼女の体に刺さっていた矢を引き抜くと彼女は全身の力を抜き、僕にもたれかかってきた。

血が流れてこないように彼女の腹部をしっかりと抑えると彼女を床に横にさせる。

彼女の傷口を見ると驚いたことに傷が瞬時に修復されていき、すぐに傷口は塞がれていった。

普通の人間ならこんなことは起きるはずもなくこれは彼女が吸血鬼だと言う真実を伝えているようなものだった。

「傷口が……もう大丈夫だよ、カーラ。」

僕はぐったりとしているカーラへ優しく話をかける。

傷口は塞がり、彼女の傷は消えたはずだった。

だけど彼女はまだ顔を歪ませ、苦しんでいた。

「どうして……傷は癒えたんだろう?それなのにどうして…。」

僕が動揺していると彼女は急に目を大きく開き、僕の体へ抱きついてくると一言、

「ごめんなさい。」

そう聞こえた途端、首元から痛みが伝わる。

僕は一瞬、何をされているのか分からずに固まってしまっていた。

だがしばらく経つと彼女の行なっている行為について分かってきた。

彼女は失った分の血を僕から取り入れようとしているのだ。

首からは彼女が必死に血を吸っているのが伝わってくる。

どうやらあの吸血鬼の本には偽りしか書いてないようだ。

あの本には人が血を吸われると快楽に溺れるとか何とか書かれていたがそんなことはなく、ただ首元を吸われている感覚しかなかった。

それと最初にあった痛みも気づけば無くなっており、何も感じなくなっていた。

もしかすると吸血鬼の唾液には感覚を麻痺させる毒のようなものが出ているのかも知れない。

僕がそんなことを考えていると彼女は満足したのか僕の首元から顔を離していた。

「気分は?」

「……最低です…。」

口元を袖で拭う彼女は下を向くとそう答えた。

それは僕の血が不味いと言うことなのだろうか…。

「緊急事態とはいえ、まさかこのような形で血を飲んでしまうとは…。」

彼女は頭を押さえながらブツブツと何かを呟くと下を向いていた。

何故か、酷く彼女は落ち込んでいるようにも見える。

「カーラ…えぇっと、大丈夫?」

カーラの名を呼ぶが彼女は返事を返さずに下を向いたままだった。

様子が何だかいつもと違う。

少し心配になった僕は彼女の顔を掴むと自分の方へ向かせた。

そこには僕の知っている彼女の姿はなく、翡翠の色をした瞳は赤と黒に染まり、彼女の口には牙のようなものが生えていた。

「やめて…。」

彼女は僕の手を振り払うと膝を抱え込み下を向く。

彼女が何で僕から顔を逸らしているのかその答えがわかった。

きっと彼女は今の姿を見て欲しくなかったんだ。

瞳の色が紅く染まり目元に赤い筋を浮かべ、口には長い牙を生やしている。

これがきっと吸血鬼の本当の姿なのだろう。

突然、ドンッと体に衝撃が伝わり、僕の体は壁に叩きつけられる。

「んぐっ…。」

背中から痛みが走り、僕は思わずむせてしまった。

「ごめんなさい…。ジル…私はしばらく…一人になります。」

カーラの言葉が聞こえたと同時に彼女の体を黒い影のようなものが包み込む。

すると一瞬で僕の前から姿を消した。

「カ…ラッ…かはっ…はぁ…はぁ…。」

床へとうずくまる僕は必死に息を整えようと深呼吸を繰り返していた。

しばらくうずくまったまま、息を整えていると少しずつ楽になっていく。

カーラのことも心配だったがまずは彼女を追いかけるよりも先にリナとジャンのことを見てあげなければいけない。

動けるようになった僕は床で寝転がっているリナとジャンの元まで近づき、二人の体に怪我がないかを確認する。

どうやら二人はたいした怪我もなく無事なようだ。

一体、街で何があったのだろう。

床に落ちていたカーラの腹部に刺さっていた矢を手に取る。

矢にはまだカーラの血がついていた。

何故、カーラはあんなにも苦しそうな表情をしていたのだろう。

吸血鬼は痛みを感じないとあの本には書かれていたがそれも嘘なのだろうか。

あの本には吸血鬼に有効なものがあると書かれていたのを思い出す。

僕は矢を隅々まで調べるとあることに気づいた。

どうやらこの矢は銀で作られたものらしい。

だからカーラはあんなに苦しんでいたのだ。

でも何故、銀の矢を彼らが所持をしているのだろうか。

彼らが吸血鬼など信じているようには思えない。

彼らとは別の存在にカーラ達は襲われたのだろうか…。

考えれば考えるほど謎がどんどん深まっていく。

「ジル…。」

ソファーからリナの声が聞こえ、僕はリナの方へ歩いていく。

「リナ…気分は?」

「最悪よ…頭がガンガンするし…。それよりも貴方が目の前にいるってことは…帰ってこれたってことよね…よかった。」

彼女はいつもの元気が無く、弱々しい姿で僕の目を見つめていた。

「リナ、もう少し休んだほうがいい。疲れただろう?」

「うん…そうする。だけど…カーラにお礼を言わなくちゃ。カーラは…どこ?」

リナは起き上がろうと体に力を入れている。

「………カーラなら少し疲れたから休むって部屋に戻ったよ。お礼なら後で伝えればいいさ。」

僕は起き上がろうとするリナをまたソファーへ寝かせるとリナのおデコを優しく撫でてあげる。

リナはとても気持ちよさそうにまた目をつぶって眠りにおちていった。

リナが眠ったことを確認すると僕は立ち上がり、カーラを探しに屋敷の中を歩いていく。

だが屋敷の中を一通り歩くがカーラの姿はどこにもなく、見つけることができないまま、また玄関へと戻ってきてしまう。

カーラは一体、どこへいるのだろう。

「ジルさん。」

リナ達の様子を伺っていると後ろから声が聞こえる。

振り返るとそこには何だかさっきとは様子の違うカーラが立っていた。

「カーラっ、どこへいたんだ?」

「すみません、少し頭を冷やしていました。それで…お話があるので一緒に来てもらえますか?」

彼女はそう言うと僕の前を歩いていく。

目の前を歩いていく彼女の後ろをついていくがどこへ僕を連れて行こうとしているのだろう。

彼女はどんどん屋敷の奥へと僕を連れて歩いていく。

こんな奥までは来たことがなかった僕は少しだけ不安になってくる。

彼女は青い色をした扉の前に立つと急に立ち止まり、僕の方へ振り返る。

「ここです、中へ。」

彼女は扉を開けると僕が中へ入るのを待っていた。

その場から部屋の中をのぞいてみるがカーテンを閉め切り中は真っ暗で何も見えなかった。

「ここは?」

部屋について彼女に尋ねるが彼女は何も答えずにただ僕が入るのを待っていた。

僕はゴクリッと固唾をのむと覚悟を決めて部屋の中へと入っていく。

部屋の中へ入っていくと扉が閉まる音が聞こえ、振り返るがカーラは一緒に入って来てはおらず、僕だけ部屋の中へ閉じ込められてしまった。

扉のノブを回そうとするが外から鍵でもかけられているのかドアは開かずビクともしない。

外へ出ることは諦めて部屋の真ん中まで歩いていくとあることに気がついた。

部屋の中には外にいたはずのカーラがベッドで横になっている。

彼女は間違いなく外にいたはずだ。

それなのに何故、彼女はベッドで横になっているのだろう。

「カーラ?」

寝ている彼女へ声をかけるが彼女は返事を返さずに目を瞑っている。

「起きてる…かな?」

相変わらず返事は返ってはこなかった。

心配になった僕は彼女の側に移動すると彼女の頬を手で触れる。

頬からは普通の人間のような体温は感じられずに氷のような冷たさしか感じない。

吸血鬼の生存を確かめるためには何を調べればいいのだろう。

心臓が動いていないと言うことは脈を調べても意味はないし、光ならもしかしたら反応をするのかもしれないけど、確か吸血鬼は光に弱いと本には書かれていた。

結局、何をしたら彼女が目覚めるのか方法は思いつかず、僕は彼女のベッドの隣にある椅子へ腰をかけた。

ふと彼女のベッドの上に目をやると黒い猫の人形が置かれているのを見つけた。

人形を手に取り眺めていると、

「その子の…名前はサラ。私の友達です。」

いつのまにか彼女は目を覚まして人形を手に持つ僕のことを見ていた。

「サラ…か。可愛い名前だね。」

「ええ…とてもいい子なんですよ。私のことを悪いことから救ってくれる子なんです。」

カーラはそう言うと僕の手から黒猫のサラを手に取ると大事そうに抱えていた。

「街で何があったんだい?」

カーラは僕の質問に何も答えようとはせずにただ人形を撫でていた。

「カーラ?」

「その話は後で話をします。今は別のお話がしたいです。そうですね、何か童話のようなものはありませんか?」

街でのことが気になりが彼女はまるで小さい子が眠る前にお話を聞くように彼女は僕に話をしてほしいと頼んで来た。

「話かい?えっと…。」

思いつく話は一つしかなかったがその話を彼女へしていいのかどうか僕は悩んでいた。

だがいくら考えても思いつくものはなく、結局、その話をカーラは話すことにした。

「これは…最近、読んだ本のお話なんだけどね……。」

彼女へ話した童話は吸血鬼の話だった。

一人の吸血鬼が若い女に恋をする話。

その話の結末はとても悲しい話だったが、僕は最後の部分だけ少し変えて彼女へ話した。

「それで吸血鬼と若い女は結ばれて幸せに暮らしたって話だよ。えっと、こう言うの初めてだったからその…どうだった?」

彼女へ感想を尋ねると彼女は少し、悲しい目をしている。

「……そうですね。とてもいいお話だと思います。ただ……本当にそのようにはいかないと思いますけどね。」

彼女の言う通りだった。

話の結末に幸せなどとは書かれてはいない。

二人は結局…。

「お話をしてくれてありがとうございます。そろそろ、リナ達の元へ戻りましょうか。私も着替えたら向かいますので先に向かっていて下さい。」

「えっ…ああ、そうだね。それじゃ、先に向かってるよ。」

僕は立ち上がるとカーラの部屋を出て行こうとする。

「嘘つき…。」

部屋を出る時にカーラが小さな声で何かを呟いていたが僕は聞き取ることができずに気にせずに部屋を出て行った。

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