第9話

玄関までくるとリナは起きていてジャンの頭を優しく撫でていた。

彼女は僕に気づくと僕のことを手で招く。

「こっちに来て。」

僕はリナの近くまで移動するとリナの隣に座る。

「少し…いやだいぶ疲れたわ。」

彼女は僕の肩に頭を乗せる。

小さな頭が肩に乗せられ彼女の暖かさが体へ伝わる。

「街の様子は?」

僕の言葉に彼女は言葉を詰まらせる。

「……それは…酷い状況だったわ。私…いや貴方も何もかもが間違ってた…。奴らだけじゃない…誰も信じたらいけなかったの…。あんなことまでするなんて…みんな人の皮を被った悪魔よ…。」

誰も信じたらいけないとは一体どう言うことなのか。

「何があったんだ?」

彼女は次第に体を震わせ、僕の肩に顔を押し付けて声を押し殺しながら泣いてしまう。

しばらく僕は黙ったまま彼女の背中を撫でていた。

屋敷の中では彼女の泣き声や鼻をすする音がしばらく響き、徐々に落ち着きを取り戻していく。

「大丈夫かい?」

「……うん。」

彼女の目元は赤く腫れまだ少し肩を震わせていたがさっきよりは落ち着いて来たらしい。

そして彼女は何が起きたのかをポツリポツリとと小さな声で話してくれた。



私達はここを出てから真っ直ぐに街まで向かった。

私はその時、内心すごく後悔してた。

今から街に向かうことに対してじゃなくて街にジャンを一人で残して来たことにね。

けどそんな私を見てカーラが言ってくれたの。

「きっと大丈夫。ジャンは生きているから。」

ってね。

私はその言葉を聞いて少しは安心したわ。

それで街に着くまでの間、カーラと私はずっと作戦を練ってた。

まず、私が街の構造について説明してたの入り口は全部で3箇所あって…みたいな感じでね。

それからカーラと話してある程度の作戦が決まって私達は街に着く前に馬車を隠して徒歩で街に向かったの。

外から見てる限りだと中の様子は特に変わった様子もなく、いつもと同じような気がした。

けど街へ近づけば近づくほどそれは間違った考えだってことに気づかされていくの。

街に近づけば近づくほどにへんな匂いがして来た。

何かが…焦げて焼けてる肉の匂いが。

街に着くとその匂いの正体が分かったわ。

焼かれてたのはね、ジル…貴方のお家よ。

それにそれだけじゃなかった、貴方を匿っていた人達も皆、焼かれていたわ。

焼かれてる人や今から焼かれようとしてる人達の叫び声がね、私には……耐えきれなかった。

あの中には親のいない私やジャンに優しくしてくれた人達もいたの。

あの人達のあんな姿…私は見たくなかった…。

みんな目の前で生きたまま焼かれる人達を見て、様子が変わり出したの。

次に彼らが口を開いた時にはこう言っていたわ。


ジルの居場所なら分かります。だから命だけはお救いください。


あいつはよく一人で何処かの泉に行ってんだ。俺が案内するよ。だから助けてくれ。


あいつは前から気に入らなかったんだ。

私を生かしてくれるって言うのならあいつを差し出す。

だから助けてくれっ。


って言い出したの。

彼らの気持ちも分かるわ。

だって目の前で自分も焼かれてしまうって考えたら恐ろしくて堪らないもの。

だけどね、私が一番許せなかったのは彼らが貴方のことを侮辱し始めたこと。

ジルは私達のことを病気や怪我から助けてくれた。

中には命を助けてもらった人だって何人かはいたはず。

それなのに彼らは貴方の恩を忘れ、自分だけでも助かろうとしていたことが許せなかったの。

私だったらそんなことは絶対にしない。

貴方はジャンやユージンを助けてくれたんだもの。

絶対に貴方を売るようなことなんてしないわ。

そんな彼らの様子を眺めていると後ろからカーラに声をかけられた。

「リナ…連中が彼らに気を取られているうちに先へ進みます。それで貴方の弟、ジャンの居場所は?」

私はカーラの言葉に頷いてジャンを助けに行った。

どうやら彼らは街のみんなを焼くので忙しかったみたいで私の家の周りには運良く誰もいなかった。

私はすぐに家の中に上がってジャンの元まで走ったわ。

部屋の中に入るとジャンは無事だったみたいでいつもみたいにベッドで横になりながら眠っていた。

私とカーラは顔を見合わせるとジャンを抱えて外に出ようとした。

「ここがジルという医者と仲が良かったと言う、女の家か。」

けど外から声が聞こえて私達は咄嗟に隠れた。

外を確認するとそこにはジルの家に来ていた偉そうなおじいさんと無愛想な若い男が立っていた。

「カーラ…。」

私はどうすればいいかわからずにカーラへ助けを求めた。

「この家には他に出口は?」

「……裏口ならっ。」

私達はすぐにジャンを抱えたまま裏口から外へと飛び出した。

そして彼らが玄関のドアを叩いている間に私達は彼らから逃げ出すことに成功したと思ったの。

けど……それは違ったわ。

あの偉そうなおじいさんと一緒にいた若い男は普通じゃなかった。

すぐに若い男は玄関を蹴破ると裏口から逃げた私達の後を追いかけて来たの。

「カーラっ、あいつら気づいたわよっ!!!」

「分かってますっ。今は何も考えずに全力で走りなさいっ!!!」

カーラと私は必死に走った。

捕まったらどんな目に合うか分からないから。

だけど、相手の方が一枚上手だった。

あいつは私達をあの広場まで誘導しながら追いかけて来た。

そのことに気づいた時にはもう遅かった。

私達の前には街の人を焼いていた兵士達が武器を構えて待ち構え、後ろでは若い男が逃げ道を塞ぎながら歩いてくる。

あの時の私はもうダメだと思った。

周りにいた住民も私達のことに気づいた。

その瞬間、住民達はみんな揃って私達に冷ややかな目を向けてきた。


そこの小娘は良くあいつの家に通ってたんだっ。だからあいつの居場所を知ってるっ。


あの娘なら私達よりもきっとあいつのことに詳しいからあいつに聞きなさいっ。


みんなはもう私の知ってる人達ではなくなってた。

その時に私は彼らを助ける気なんてなくなったの。

だってそうでしょう、彼らは自分のためなら他人を売ることができる人間なのよ。

そんな奴らの命なんて救ったところで何にも返ってなんて来ない。

「黙りなさいっ!!!」

何も言うことのできない私の代わりにカーラは叫んでくれた。

だけど彼らはさらに私達のことを酷く言ってきた。

「黙らんかっ!!!!!」

突然、後ろから大きな声が聞こえて、私達が振り返るとそこには男と一緒にいたおじいさんが歩いて来たの。

おじいさんはみんなを黙らせると私達の前に立った。

「貴様らがいくら叫ぼうと我々はお前達を助ける気などない。お前達にこれから訪れるものは死のみだ。こんな村なくなったところで何も問題はないからな。それよりもそこにいる少女よ。貴様はジルという男と親しいそうだな。居場所を教えてはくれないか。そうすれば貴様だけの命は助けてやろう。」

おじいさんはそう言っていたけど私にはジルを売る気なんてなかった。

だから私は言ったの。

「彼の居場所は知っていたとしても貴方達には話さない。」

けど彼らは私達のことを鼻で笑うだけだった。

変なヒゲの男はそれから若い男へ小さな声で何かを言っていた。

多分、その後の行動のことを考えれば私達を捕まえろとかなんとか言ってたんだと思う。

若い男はすぐに剣を取り出すと私達の元へ走って来た。

その瞬間、カーラは私を背に男の振り下ろした剣を手でつかんだの。

普通の人ならそんなことできるはずがない、それなのにカーラは表情を変えずに剣を相手から奪い取っていた。

「っ!?」

若い男はカーラからすぐに離れると後ろにいる変なヒゲの男の方を見る。変なヒゲの男もカーラを不思議そうに見ていたわ。

「そこの女よ、貴様は何者だ?何故そのような技を使うことができる?」

「残念ですが…これは技ではないので。」

あの時のカーラはすごく頼り甲斐があってかっこよく見えた。

ジルとは違ってね。

それから奴らとカーラと私達の戦いが始まるの。

それはまた後で話すわ。

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