3-7
相談を終えて別れた時には夜もすっかり更けてしまい、帰りのホームには人がまばらに座りながら電車が来るのを待っていた。
今頃、陽奈はどうしているのかな。
先に帰っているであろう親友を思い浮かべてみる。その中での彼女は、今までと何も変わらない優しい笑顔を私に向けてくれていた。
あの頃から陽奈は変わったものもあるけど、変わらないものだってあるはず。
今はそれを信じてみたい。
ずっと溜まり続けていた不安が和らぎ、気持ちを整理して新たに進もうとしたところで帰りの車両が目の前で止まる。他の人たちと混ざって乗り込んでから、揺れ動く車内から覗く景色を眺めていると、日頃の疲れのせいか視界は微睡み、夢心地の中へとしばらく潜っていた。
そんなぼんやりとした意識を、聞き慣れた声が起こしてくれる。
「明希ちゃん?」
「……遥香さん」
思いがけない人を前に、だらけた姿をしていたのを慌てて直す。その様子を可笑しそうに笑ってから、隣の席に座っていた。
「珍しいわね、こんな時間に」
「ちょっと部活で遅くなってしまって。遥香さんはバイト帰りですか?」
「ええ。そうよ」
お淑やかに答える遥香さんは、相変わらず落ち着いていて私たちとは違う雰囲気を醸し出していた。並んで座っているだけで空気の違いに肩身が狭くなりそうで、夢の狭間を彷徨っていた意識はしっかりと醒めていた。
「最近、陽奈はどう?」
しばらくはお互いに何も話さず、流れていく夜の風景を窓越しからぼんやりと見つめていたが、唐突に遥香さんの方から話掛けていた。
「昔のことも聞いてくることはなくなりましたし、ここのところは落ち着いてますよ」
大学で離れている時間が長いのに加え、この間少し揉めたことがあったらしいので、本人のいない時にこうして会うとたまに様子を聞いてくることがある。陽奈は遥香さんの態度を心配しすぎだと言うことがあるが、実の妹に起きたことを考えると私より近い距離でも気がかりになるのは仕方のないことだった。
努めて明るく話す私の返事で何事もないことに安心して、小さく肩の力を抜いていた。
……陽奈のこと、遥香さんにも話したら何か分かるかな。
私よりも近い距離にいて、その本人も冷静な人だから先輩とは違う視点を持っている。そんな人から見てくれると、解決策が何かあるかもしれない。
不意にそう思った私は、遥香さんにも打ち明けてみることにした。
「ただ、最近——」
声に気づいてこちらを見ていたが、話の途中で到着のアナウンスが入り、会話を遮断されてしまう。
「とりあえず、降りましょうか」
私が何かを伝えようとしたことは察してくれていたようで、そう促されてから駅に降り近くの街灯で話を再開させる。
ここ一か月近くの変化のことや、それに自分が付いていけず過去の姿が未だに残ってしまい幼馴染の変わっていく様を受け止めきれないことを、先輩に話した時よりも鮮明に伝えていた。
「……そう」
全てを聞き終えて、遥香さんは噛みしめるようにそう呟く。
私たちを照らす明かりに虫が羽音を立てて集まり、ぱちぱちと火花を散らす。それが大きく聞こえてしまうほどに、今は周りに遮るものは何もなかった。
「……ねぇ。率直に言うけれど、それが本当ならあなたのことを親友って呼んでいいのかしら?」
遥香さんから返ってきた言葉は予想していたものとは大きく異なり、何処かで目を逸らしていた現実をはっきりと突きつけていた。
余分な音もないため、彼女の台詞が強く頭に響き、頭痛と共に声にならない息だけが口から漏れ、視界が揺らぎそうになっていく。
和らいでいたはずの痛みが、今までにないほどに強く確実に私を刺していた。
「気を悪くしたらごめんなさい。でも、あの子だって昔のままでいるわけじゃないのよ。その変化についていけないのなら、あなたにあの子の親友は相応しくないかもしれないわね」
前へと進むために変わろうとする幼馴染のことを、受け入れられない自分が本当に側にいても良いのか。今の陽奈を見守っていくと言っておきながら、ずっと昔の姿に囚われる私が本当に『親友』と称してもいいのか。
ずっと奥底で存在していた恐怖に触れられて、更にそれを彼女の家族に言われてしまうとなおのこと返す言葉はなく、今の自分の弱さに打ちひしがれるばかりだった。
そんな私を前に、遥香さんは依然として微動だにせずただじっと私と相対していた。
「ねぇ、明希ちゃん。そっちはこれから夏休みに入るのだから、いっそのこと少し距離を置いてみたら?」
長らくの沈黙の中、言い当てられた感情にどう応えるか必死に考えていた私に掛けられた言葉は、今まで考えようとはしなかったことだった。
「時には考える時間を作ることも必要よ。その上で、陽奈のことをどうするのか決めてもいいんじゃないかしら」
一番陽奈のことを理解し、私も信頼している遥香さんの言い分はごもっともだと思う。けど、先輩の言っていたことだって、間違いではない。
じっと見つめられる瞳の奥に映る私はひどく狼狽していて、問い詰められるかのような眼差しは顔を逸らすことさえ許さなかった。それはまるで、言動に齟齬のある私を責め立てるような、静かな怒りのようなものが見え隠れしていた。
私は、どうしたら……。どっちの言葉を信じたら、良いんだろう。
二人からのアドバイスが食い違い、答えを求めたはずが返って袋小路になり、出口の見えない複雑な感情が混ざりあっていく。
静かに照らされる空間で強い威圧感を放つ相手に、未だ拭い去れない弱さをどうすればいいのか、見えない答えを探してみてもその行方は暗く何も見えないままだった。
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