1-3

 当日になり、私は陽奈の降りる駅に予定より三十分以上早く着いていた。一緒に来る予定だった遥香さんは、引っ越しの都合でここに来られてはいない。私の分も任せたと言われ、余計に落ち着かず一人そわそわしている。

 電車が来る度に、人が乗り降りしていく様子を電柱にもたれかかりながらぼんやりと眺めたり、スマホを取り出して適当にいじったりして到着する時間になるまで過ごしていた。アドレスとかを知っていてたらお互いに連絡が取れたけど、私も陽菜も最近になってスマホを持たせてくれたらしいので、連絡先なんて知る由もなかった。


 今どんな姿をしてるのだろう。背は伸びているとは思うけど、やっぱり小さめな方なのかな。向こうではどんな友達と一緒にいて、どんな部活をしてたのかな。


 聞きたいこと、話したいことが絶えず浮かんできて、一向にまとまりそうにない。そんな話ですら黙って聞いてくれて、時には相槌や返事をくれて、まったりとした時間に変わっていくんだろうな。

 会ってからのことを考えている間も、色んな人が改札口を通ったり出たりを繰り返している。そんな様子を少し離れたところから眺め、幼馴染の驚く顔を想像していた。





 電車の到着のアナウンスと共に、相変わらず大勢の人が通過していく。もう何度目かの光景かなんて、数えてすらいない。

 遥香さんから教えてもらった時間から既に一時間以上が経過しているが、未だに陽奈が現れる様子はない。意識しなくても聞こえてくるアナウンスからは、電車の遅れを知らせる言葉はなく、通常運行を続けていた。 少しずつ募る不安に私の落ち着きはなくなっていき、余計に周囲を見回してそれらしい人を探す。それでも、彼女の姿はなかった。


 さすがに少し遅いような……。何かあったのかな。


 焦りをみせる心が、私から余裕を無くしていき、今まで会えなかった時に感じていたものとは違う苦しさが胸を締め付けていた。

 そんな気持ちを知る由もない私のスマホが、濁った空気を割って鳴り響く。頭の中をぐるぐると回る思考に気を取られていたせいで気付くのが少し遅れて、慌ててスマホを取り出す。画面を確認すると、そこには着信のアイコンとこの間追加したばかりの遥香さんの名前が表示されていた。


「はい、もしも」

「明希ちゃん?!」


 ボタンを押して電話に出ると、息を切らしながら喋る声が大音量で響いていた。普段取り乱したことのない人からの声に、只ならぬ事態が起きたのかと余計に不安は大きくなっていく。


「どうしたんですか?」

「陽奈が、陽奈が……!」


 枯れる声で状況を矢継ぎ早に説明されたが、話し終える頃にはもう何をどう喋っていたかなんて耳に入ってきていなかった。



 ——『病院に運ばれた』という言葉以外、私は何も覚えてなんかいなかった。





 汗で身体に纏わりつく服を気にも止めず、無我夢中で自転車を走らせ、隣街の病院へ駆けていく。時々人とぶつかりそうになりながらもペダルを漕ぐことは止めず、ただ一心にそこへ行くことだけを考えていた。

 ようやく病院の姿が見えてくると、最後の力を振り絞って走り込む。駐輪場に差し掛かった辺りで飛び降り、急いで空いたスペースに自転車を滑り込ませる。休憩の一つもとらずここまで来たので、服は汗でぐっしょりと濡れていて、息をするのも苦しいほどに荒れていた。だが、今はそれを気にしている余裕なんてなかった。

 中に入ると、少し落ち着きを取り戻した遥香さんが私を出迎えてくれた。


「陽奈は?!」


 すぐさまにかけ寄り、安否を確認しようとするが身体が空気を吸うことを優先しているせいで上手く話す事ができない。


「落ち着いて、明希ちゃん。まずは無事よ」


 肩にそっと手を添えられ、ゆっくりと呼吸をして落ち着くように促されながら待合室の一角に座らされる。遥香さんからの言葉でひとまずの安否が確認できて、全身から力が抜けて倒れこむように寄りかかっていく。そんな私に手持ちのペットボトルの水を取り出し、飲むように差し出してくれた。


「ありがとう、ございます」


 そう言って、受け取った水を一気に流し込む。まだ長袖でも肌寒さを感じるほどの気温だが、冷えた水は喉を潤し、全身の熱を爽やかに冷やしてくれた。

 上がっていた体温が戻り、ようやく落ち着きを取り戻した私は遥香さんに向き直っていた。


「何があったんですか?」


 その質問に重苦しく口を開き、事の顛末を話し始めてくれた。

 県を繋ぐ大きな橋を電車で渡った陽奈は、私鉄に乗り換えるために街中を両親と一緒に歩いていた。そこに、前方不注意で信号を見ていなかった車が突っ込んできて事故が起きてしまった。幸いなのは、死に繋がる大怪我をしていないことぐらいで、未だ終わらない手術に依然緊張は解けないままであった。

 状況を説明してくれている間も、遥香さんの表情は虚ろなままで、己に対する恨み辛みをぼそぼそと呟き、私はそれを黙って聴いていることしかできなかった。


「こんな羽目になるくらいなら、一緒に帰ってた方が……!」


 口にする後悔は次第に大きくなり、彼女の言葉はまるで自分が身代わりにでもなれたらと言っているような気がしてならなかった。そんな遥香さんの手にそっと触れて私は小さく首を振る。


「……そんな風に言わないでくださいよ。もし、同じような事になったら、陽奈が悲しみます」


 私の言葉に耳を傾けてくれたのか、少し取り乱していた遥香さんははっとして今にも泣きそうな顔を向けていた。


「そうよね……。ごめんなさい」


 それだけ言うと、気持ちを落ち着かせようと下を俯き何も喋らなくなっていた。宥めていた私も、本当は今にも狂いそうなくらいに心が不安と恐怖で押しつぶされそうなくらいに胸が痛かった。これ以上何かが起きれば、じっとしていられる自信なんてない。今こうしていられるのも、陽奈が今のところ無事だという事実があるからこそでだった。

 私たちの周囲の時間は、そこだけ止まったかのように静まり返り、これ以上の会話は何一つなかった。



 もし神様がいて、どうしてこんな目に合わせるのか問いただせるのならそうしてみたい。私はただ、幼馴染と一緒に入られたらそれでいいのに。

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