2-3
午前中の授業が終わって昼休みのチャイムが鳴ると、教室や廊下から賑やかな声が沸き上がっていた。授業中の張り詰めた空気とは一変して、この時間帯は和気藹々としていた。
「陽奈、お昼食べよ」
「いいですよ」
チャイムを聴いて動いた早瀬さんが机を向けてくる。それに対面するように自分の机を引きずりながら合わせて即席のテーブルを作っていた。その上に母が作ってくれたお弁当を広げる。対する早瀬さんはコンビニで買った惣菜パンを並べていた。
お互いに合掌してから、昼ご飯を食べ進めていく。合間で繰り広げられる雑談にも華が咲き、私たちのお昼休みも和やかに過ぎていた。
残り時間が十分ほどになってそろそろ次の準備をしようとした時に、廊下から他のクラスの生徒が早瀬さんの姿を見つけると、名前を呼んでそばに駆け寄っていた。
「凛、今日日曜に行く映画の予定立てるから、放課後校門に集合ね」
「はいはい。てか、そのぐらいメッセで送ればいいじゃん」
「だって凛気付くの遅いし、見ても大体既読スルーしてるでしょ」
その人は、早瀬さんと顔馴染みなのだろうか、教室にいる誰よりも親しげな態度で接していた。
そして、二人の話題は会話にある映画の内容へと変わっていく。端から聞いてる限りでは、昔流行った漫画を実写映画化するみたいで、配役のことやお気に入りのシーンの演出の仕方とかを話す二人はとても楽しそうにしていた。
そんな光景を、私はただ漠然としか見ることしかできなかった。
午後の授業の予鈴が鳴って、二人は手を振って別れる。そのまま席に戻った早瀬さんに先ほどの生徒のことを尋ねていた。
「さっきの方は?」
「同じ文芸部のメンバーで、中学からの腐れ縁のやつよ」
「……そう、なんですね」
あっけらかんと答えているため一見雑に扱っているように見えるけど、それは仲の良い人同士によくある入ってもいい領域に近付き、どこまでも相手のことを気の許せる親密さに似ていた。
そういうことを考えると、私には明希さんがすぐに思い浮かんでくる。彼女とは小学校からの幼馴染で、よく一緒に遊んだりしていたらしいと本人からそう聞かされていた。
——だけど、今の私たちに彼女達のような親しさはなかった。
長い付き合いをしてる人がいるのに、私たちとはこんなにも違う。今まで見えなかった明希さんとの距離が、こんな形で示されるとは思いもしなかった。
その違いが次第に胸の痛みとなって現れ、気を逸らそうと話題を映画へと移す。
「ところで、さっき話していた映画って何なのですか?」
「『君と一緒に』っていう漫画の実写化なんだけど、ニュースにもなるくらいに話題になってたのよ。私たちも載ってる月刊誌が出る度に買って一緒に読んでたぐらいにハマった作品なんだけど……覚えてないよね」
最初は意気揚々と話していたのに、私の顔を見ると次第に眉がハの字に下がっていき、最後は小さく萎んでいた。その姿は、明希さんと一緒にいる時もたまに見ることがあって、明らかに気を遣わせてしまっていた。
「ごめん、さっきのは忘れて」
早瀬さんが手を合わせて謝るのと同時に午後の授業のチャイムが鳴る。そこから、教室は一気に静かになりいつもの張り詰めたような空気が広がり始めていた。
昔のことを覚えていないだけで、仲良くしてくれる二人に遠慮させている。
私は、ただ普通に話していたいだけなのに……。
そのことがもどかしくて、クラスメイトが熱心にノートにペンを走らせる音を背景に流し、私の心は何処か宙を舞っていた。
放課後になると、早瀬さんに別れを告げてから駆け足で教室を飛び出していた。いつもは早瀬さんか明希さんのどちらかと一緒に帰るのだけど、今日は二人とも部活のため、帰りは一人で駅に向かっていた。
そのまま帰りの電車に乗り込み、揺れる車内の中で昼休みの会話の作品をスマホで調べ始める。
ストーリーは、主人公の住む街にヒロインの女の子が転校してきて惹かれ合うという王道的な恋愛漫画で、巧みな心情描写が話題を集めていた。連載が始まったのが八年前で、完結するまでの六年間に知名度もあって八巻も刊行していた。
本の概要を追いかけているうちに表紙画像が何枚も流れ、画面をスクロールするのと一緒に次々と変わっていく。幸運なことに、その表紙たちは自室の本棚の隅に置かれているのを覚えていた。
この漫画が手元にあるということは、昔の私はみんなと一緒に流行を追いかけていたのかな。……明希さんも、この漫画を知っているのかな。
不意によぎる明希さんの顔に、胸の奥がうずきだす。
彼女と、早瀬さんたちみたいに話せたら——。
そんな想いが胸の中を駆け巡る間に家の最寄り駅到着し、電車を降りて再び帰路につく。
駅から早足のまま家を目指し、玄関をくぐる。挨拶だけはするけれど、この時間は両親は仕事に、お姉さんは大学に行っている為誰もいない。
自室へ戻って鞄を机に置いてから、本棚に向かいあい視線を泳がしながら表紙を探していると、自分の記憶通り棚の一番端に全巻揃った状態で仕舞われていた。
早速その漫画を全て取り出して鞄の隣に積み上げる。そして、ベッドを背もたれに一巻から順にそのページを送り始めていた。
読んでいる途中で家族が帰ってきたり、夕ご飯やお風呂に入ったりして中断される時間もあったけど、日付が変わる二時間前には全てを読み終えていた。
率直な感想を言ってしまえば、面白かった。その一言に尽きている。
評判通りのストーリー展開に心情描写、それらを支える高い画力が過去の作品でも色褪せるどころか、私には新鮮にさえ感じていた。
……でも。
でも、どうしてなんだろう。
何かが、足りない。
作品に対して何かが欠けているとか、表現が変とかそういったところはなかった。それどころか、この漫画は巻を増すごとに技術が上がっていて、名作と言われるだけの理由がちゃんと備わっている。
じゃあ、なぜ?
私の心が抱く違和感の正体を、私自身が分からずもやもやとするけれど、その答えは分からないままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます