3-2

 到着のアナウンスが車内に広がり、外の景色に目を向けると市内でも規模の大きいショッピングモールが私たちを待ち構えるように建っていた。バスを降りてから日向を避けるように歩いて中に入ると、スーパーや呉服店など多種多様な店が軒を連ねる通りを多くの人が行き交っていた。

 その人だかりを横切り、エスカレーターを上がっていく。傾斜を滑るように人や構えた店の看板が次々と流れていく光景はどれも目を惹くものはなく、大して代わり映えするようなものではなかった。

 しかし、隣にいる陽奈は移り変わっていくものに瞬きをしながら目に焼き付けるようにじっと眺めている。まるで、小さな子供が初めて見るもの全てに興味を持つかのように無邪気で、時折目を輝かせたりもしていた。


「そんなに珍しい?」

「……実は、昨日から落ち着かなくて。初めて来る場所だから、何があるのか楽しみにしてたんだよ」


 私の声に振り向くと、子供っぽい振る舞いをしていたことを気恥ずかしそうにしながらもこやかに笑っている。その表情に、以前まで記憶がないことを気に病む様子は感じられなかった。

 週の半ば、中学の時から使っていた部活用のシューズに穴が空いてしまい、それを買いに行くことを話していたら一緒に行っていいかと聞かれ、休みの日にこうして来ることになった。

 県内有数の場所とよく言われているが、私が小学生の時には既に建っていて、昔は遥香さんも交えて三人で映画を観たり服を買ったりしていた。そのせいもあって、多少施設が変わっても見慣れた内装でしかなく、大きな関心もなければ思い入れがあるわけでもなかった。

 そんな私とは違い、今の陽奈は未だにショッピングモール内の物に目移りしている。新しい物に向ける好奇心に安心している間に私たちは目的の階へと辿り着き、上がっていく視界の先には大きく開けた通路が広がっていた。

 エスカレーターから離れて、並んで立つ陽奈が辺りを見回す。


「あの奥?」

「そうだよ」


 通路の突き当りにあるお店が、英字でスポーツを掲げてお客さんが来るのを待っていた。そこへ案内するように一歩先へ歩み出る。


「……藤城さん?」


 そこに、突如として聞こえてきた馴染みのない声がして、揃って動きを止める。振り返ると、そこには陽奈の学校と同じ制服を着た生徒が何人か集まっていた。

 その人達を見るや否や、私に「ちょっと行ってくるね」とだけ言って駆け足でその輪の中に入っていく。遠くから聞こえてくる限りの内容は、特別なことを話しているわけではなく私も学校の子とする他愛のないものだった。

 けれど、そこにいる陽奈の表情は今までにないくらいに溌剌としているのが私の目を惹いていた。

 ほんの数分ほど話し込んだ後に、お互いに手を振って再び隣に戻ってくる。


「知り合い?」

「クラスメイトだよ。皆には記憶がないことも受け入れてもらって、色々良くしてもらってるんだ」


 うきうきとした声で答える陽奈に、自分のことを話すことに躊躇う様子はなくありのままの姿を伝えることに抵抗がないようだった。



 ……話してたんだ、記憶のこと。



 言葉にしようとして出なかった台詞が、喉を通らず静かに頭の中で繰り返される。

 あまり言ったりしていないものだと勝手に思い込んでいたが、それをどうするかは本人次第なのでそれ以上言及するような言葉は全て飲み込んで平静を装っていた。


「それじゃあ、行こう。明希ちゃん」


 そんな私の内情なんて露も知らない幼馴染は、自分の用事ではないのに意気揚々と歩いていく。少しだけ遅れて、私もその後を追いかけていた。



 六月の夜に話したあの日から、陽奈は昔のことを気にする素振りをしなくなり、記憶がないことも前向きに捉えるようになっていた。今もこうして、彼女にとって初めての場所に行くことを躊躇わなかったり、学校でも記憶喪失のことを含めて色んなことを話したりもしているらしい。

 徐々に明るく変わっていく姿が、今までの悩みが消えたことを示唆し、そのことに安堵する私は、そんな長馴染みを見守っているだけで充分だった。



 けれど。

 どうしてだろう。



 その姿が……私の胸を時々痛くするのは。

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