1-7
病院から戻り、ベッドの上で今日のことに思いを馳せていると、スマホが大きく揺れ始めた。勉強机から持ち上げ、画面を確認すると遥香さんからの着信で一気に背筋が凍り付く。
一度深呼吸をしてから、画面の通話ボタンを押して電話に出る。
「……遥香さん?」
「しばらく会わないでって、私言ったわよね」
いきなり本題を話す声はいつもより低く、どっしりとした言葉の重みから相手が怒っていることは明白だった。スマホの前だけど、私は身体を小さくして素直に謝るしかなかった。
「ごめんなさい」
何から怒るか考えているのか、呆れて言葉も出ないのか、私の謝罪に続く言葉はすぐには出てこなかった。しばらくして、スピーカーから大きく息をつく声がした。
「陽奈が言ってたのよ。『あの人はまた来ないのですか』って。行く度にそれを聞かれたから、あなたのことは相当覚えてたみたいね」
少し重ためな口調で、今までのことを話してくれた。その話し方が、私には何かを諦めたかのようにも聞こえていた。
「陽奈に会うのは、許してあげる」
気持ちを切り替えたのか、話し方が私のよく知っている遥香さんに変わってから告げられたのは、幼馴染に会う権限だった。
「いいんですか?!」
「また密会でもされるぐらいなら、その方がマシよ」
「すみません」
上ずった声で勢いよく返事をした私を戒めるかのようにまた声のトーンが低くなり、うな垂れるはめになっていた。そんな私のリアクションが面白かったのか、その後に小さく吹き出していた。
「ちょっと意地悪してみたかっただけよ。お医者さんも、落ち着いてる今のうちに日常生活を送りながら様子を見ましょうって言ってたから、また陽奈のことお願いね」
笑って少し気が抜けたのか、今度こそいつもの優しい雰囲気へと戻っていた。
「はい」
少し気になる反応だったけど、私は小さく返事をしてその期待に応えられるように意気込みをみせた。
「……くれぐれも、無理に思い出そうとはしないでね」
通話の終わり際に、呟くようにまた重たい口調で言って電話を切っていた。
何だか、ずっと気持ちが安定していないような、そんな気がして色々考えてみたけど、結局心当たりはなかった。遥香さんの態度は私に一抹の不安を残しつつも、ようやく私は幼馴染みとちゃんと再会を果たすことが出来たのだ。
* * *
陽奈が退院してから数日経ち、彼女は私の通う高校から大通りを挟んで向かい側の高校に行くことになった。行く場所も近くであったため、私たちはなるべく一緒に通うことになった。
その初日の朝、私は陽奈のアパートの前で降りてくるのを待っていた。すると、小さな駆け足と共に、陽奈が扉の奥から出てきた。
「おはようございます、明希さん」
その挨拶にはまだ余所余所しさがあるけど、今はまた会えたこと、こうして一緒にいられることの方が嬉しかった。呼び方とかは、後からゆっくり直せばいいから。
「おはよう、陽奈」
微笑みかけると、陽奈もにっこりとして返してくれた。そんな何でもない一日が、今の私には貴重で大切だった。
挨拶も済ませたところで、私たちは並んで駅に歩いていく。
街が始まりの季節を迎えたのと同じように、私達もまた新しい関係が始まろうとしていた。
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