3-8
空がまだ薄暗さを残す頃、日の当たらない外は夜の間に冷えた空気で充満していて、歩く度に身体に優しく纏わりついてくる。この時間にもなると人通りはほとんどなく、ジョギングをしている人と一度だけすれ違って以降は誰の姿も見ることはなかった。それは電車に乗ってからも変わることはなく、各車両に数人ずつしか座ってはいなかった。
がらんとした車内をぼんやりと眺めてから、俯くように自分の膝を見つめる。そんな私の両隣にも人の姿はなく、一人ぼっちだった。
陽奈には、今日も朝練があるから一緒には行けそうにないことは伝えてある。聞き分けが良い友達だから、何の疑いもなくそのことを了承してくれていた。
「少し距離を置いてみる、かぁ」
昨日言われたことを、誰にも聞こえない大きさで口に出してみる。
あれからというもの、硬直してしまった私は何かに答える気力をなくし、その場は遥香さんに促される形で別れることになった。
そして、今に至るまであの言葉がずっと耳に残って離れず、囁くような声で聞こえてきていた。時折先輩のアドバイスも流れてはくるけれど、それを掻き消してしまうほどに放たれた一言は衝撃的だった。
——向き合いきれないのなら、その選択も間違ってはいないのかな。
こうして悩んでいる間にも、陽奈はどんどん前へ進もうとしている。彼女のことで迷っている時点で、自分のことを親友と呼ぶのは不誠実かもしれない。
開いていく距離感に未だ悩まされ続けるのなら、遥香さんの言っていたように離れて一度気持ちを整理した方がお互いの為のようにさえ思えていた。
その方が、陽奈を苦しめることなんてないのだから。
普段の騒がしさとは正反対な静かな朝に、朝焼けの光が差し込む。その眩しさに目を覆いながら、揺られる社内を一人佇んでいた。
今日が終われば明日から夏休みになり、私たちはしばらく会えなくなる。
そのことを認識してしまうと、またあの時の寂しさがこみ上げて連絡を取りたくなってしまう。
けれど、今は距離を置いた方がいい。
大会に集中するためにも。陽奈との関係を守るためにも。
私を乗せた電車は、朝の光に溶けそうになりながらも市内へとゆっくり進む。
胸に痛みを抱えているのに加え、孤独と寂しさを背負いながら学校を目指す私の後ろには自身の影が大きく伸びていて、誰かに塗られたかのように黒く、他の色をのせないほどに染まっていた。
心、揺らめいて さぬかいと @stone_89
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