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「ほら。陽奈、行くよ」
幼い頃の私が、手を差しだす。その後ろには、県内で指折りの知名度を誇る水族館が待ち構えていた。
学校の遠足でここにやって来たのだが、慣れない場所に不安を隠しきれずにいる陽奈は、人を盾にして近づくのを躊躇している。私の顔と建物を交互に見比べながら、おどおどしながらゆっくりと手を握り隣に並んで、触れ合う柔らかい感触に安心したのか泳いでいた目は私を捉えて、小さく笑みをこぼしていた。
「やっぱり苦手なの?」
縮こまって隣を歩く陽奈にそう聞いてみると、一度だけこちらを向いてすぐに俯き、そのまま頷いていた。
この頃の彼女はクラスメイトと話すことも苦手で、初めての場所や出来事には身体が固まり上手く対応することが出来ないことが多く私が相手の時だけよく喋るような、そんな内気な女の子だった。
「私と初めて喋った時はあんなにぐいぐい来てたのに」
そう話す私の右頬には、今朝も結ってくれた小さな三つ編みが風に靡いて揺れている。
教室で髪を結われた日から一年近くが経っていたけど、あれ以降押しの強い姿は未だ見たことはなく、本当に彼女自身だったのか自分の記憶すら疑いたくなっていた。
「だ、だって……あの時は……」
私の問いに、もじもじしながら答える陽奈は女の子らしい可愛さがあって自分と正反対な印象を強めていた。けれど、そんな調子で今後やっていけるのか、不安な要素でもあった。
「明希ちゃんと、話してみたかったから……」
言い終えてから、恥ずかしさを隠すように視線を逸らして、顔を赤くしている。そんな態度を取られると、こっちもつられて恥ずかしくなってきて、咳払いでこの変な雰囲気を打ち払っていた。
「……気持ちは嬉しいけど、他の人ともちゃんと話さないと駄目だよ」
恥ずかしさの中で話すので、声が変にたどたどしくなってしまう。その気持ちを抑えつけながら幼馴染を気にかけるが、当の本人は小さく頷くだけで私に身を寄せて小さく縮こまるばかりだった。
もう随分前の記憶だけど、これが私のよく知る姿だった。
人前に立つことや初めてのことに触れることを躊躇い、周りを気にしながら私の後ろをついていく。明るく笑うのは、主に私か遥香さんが相手の時がほとんどで、別れる瞬間までその性格に大きな変化は見られなかった。
そんな陽奈をずっと見てきたからそう簡単には変わらないだろと、ずっとこのままなのだろうと心の何処かで根拠のない確信を持っていた。
それがこんな形で目の前で起きるとは、この当時の私は知るはずもなかった。
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