14話 彼女はバイセクシャル


「ねえ、あたしと付き合ってよ」


 そう言い出したのは三浦加奈ちゃんだ。僕は躊躇した。彼女は僕が通う病院の外来の看護師。今、僕らはファーストフード店にいる。僕はいいが加奈ちゃんは患者である僕といてバレることを気にしないのだろうか。きっとこれだけお客さんがいるから病院関係者もいるだろう。


 彼女は終始笑顔。そんなに僕といることが嬉しいのだろうか。加奈ちゃんが言い出したことは僕には衝撃的だった。女性から告白されたことが初めてだったから。でも、彼女を見ながらコーラを飲んでいるとどことなく悪戯な表情をしている気がする。僕をからかっているのか。加奈ちゃんの目線は定まっていない。あちこち物色するかのように、いや値踏みするかのように周りを見ている。


 加奈ちゃんにそう言われ僕は、

「え? いいの?」

 と、言った。その後に、

「でも僕、精神障害者だよ?」

「それが何だっていうの?」

 僕は言葉に詰まってしまった。

「それでもいいんだね。でも、僕は加奈ちゃんのことは何も知らないよ」

「これから知ればいいじゃない」

「そうだね。僕でよければ」

「一つ付き合う前にあたしのこと教えてあげる」

 僕は、うんうんと何度も頷いた。

「あたしね、バイセクシャルなの」

「うん、前に聞いた気がする」

「うん、でね、彼女がいるの。でも、彼氏はいないよ。だからいいでしょ?」

 彼女がいる? 彼氏はいない? 両方愛せるということか。


 結局、彼女の押しに負けて付き合うことになった。

「よろしくね! ダーリン」

「うん、よろしく。ひとつ訊いていい?」

「なに?」

「前に付き合っていた、健という男性はどうなったの?」

 加奈ちゃんはニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべた。

「別れたよ、振った。つまんないからね、あの人といても」

 僕はその話を聞いて、酷い女だな、と思ってしまった。でも、加奈ちゃんは外見が凄く可愛い。僕も加奈ちゃんの外見は凄くいいと思う。でも、今の言い方は、僕と付き合ってて詰まらなかったらフラれるパターンだろうか。ちょっと不安に襲われた。


 でも、僕に彼女ができた。彼女のいる女性と。果たして上手くいくだろうか。

 それと、看護師という職員と患者の立場は問題ないのかな。いつまで続くか分からない、この微妙な関係。バレたらマズくないのだろうか。

 疑問は膨らむばかり。


 ファーストフード店内も大分混んできたので、

「そろそろここ出よう?」

「え? どうして」

「若いお客さんが増えてきたから。それも、高校生」

地元の制服を着た男女の高校生が入り浸っている。感じが悪い。僕としては年下の高校生より、年上の社会人を好む。男女問わず。どうしてこういう好みになってしまったのか。自分でも分からない。


 少し汗ばんできた。なので、

「僕、暑くなって汗かいてきた。気持ち悪いよ」

 Tシャツをパタパタさせると、汗の臭いがした。

「そんなに気になるなら、あたしの家でシャワー浴びればいいじゃん!」

 僕は、えっ! と思った。

「いやいや、シャワーなら自宅で浴びるよ」

「いいから、あたしに家においで!」

 相変わらず強引だな、と思った。

「でも、」

「あたしの家で休もう! 決定!」


 強引な女性は嫌いではない。でも、強引過ぎるのでは。そう思いながらも僕は加奈の車の助手席に乗った。彼女の車は赤い軽自動車。僕は加奈の車について質問してみた。ちなみに付き合っているから僕は加奈と呼び捨てにした。

「加奈の車っていつ買ったの?」

「去年よ」

「新車で?」

「もちろん! どうせ長く乗るなら新車でしょ!」

僕は彼女の顔を見ながら訊いた。改めてみると綺麗な顔立ちをしている。メイクのお陰なのか、シミ一つない。僕は思い切って訊いてみた。

「加奈は肌がめっちゃ綺麗だけど特別なスキンケアしてるの?」

彼女は笑いだした。

「特別なことはしてないよ。朝と晩の洗顔と、化粧水をなじませてるだけだよ」

「それだけでそんなに綺麗な肌でいられるんだね」

僕は感心した。


 加奈の肌に触りたくなった。いや、イカンイカン。いやらしい気持ちは抑えておこう。それに今、彼女は運転中だし。そう思うと、やましい気持ちは消えた。


「ふーっ」


「どうしたの?」

 不思議そうに加奈は訊いてきた。今の吐息はやましい気持ちが消えたからしたのだ。言えやしない。

「いや、何でもないよ」

「疲れた?」

「いや、そんなことはないよ」

「何か気になる」

「何が?」

「今の溜息」

「そんなに知りたい?」

「うん! 知りたい!」

 仕方ない。言うしかないようだ。

「加奈の顔を見ていたらやましい気持ちになっちゃってさ」

「え?」

 もう、これ以上は言いたくないので僕が黙っていると、

「剛輝にもそういう気持ちあるんだね、いいことだわ」

 意外な発言に、

「え? いいこと?」

「そうじゃない。人間の三大欲求だよ」

 なるほど! と思い一言、

「確かに」

 と、僕は言った。

「性欲のない男は仕事をさせても上手くいかないと思う」

「なんで?」

「欲がないと仕事もはかどらないからね。お金が欲しいと思えば欲が出て一生懸命働くはずだから」

 僕は思った。彼女は性こそバイセクシャルだけれど、考えはしっかりしていると。


 5分程車を走らせると加奈の住むマンションが見えてきた。

「着いたらすぐにシャワー浴びるといいよ」

「あ……下着がない」

 僕はボソリと呟いた。すると、

「買ってきてあげるよ、トランクスでいい?」

「あ、うん。悪いね」

「シャツとトランクスのサイズは?」

「Mだよ、ありがとう! 帰って来たらお金渡すね」

 そういうと加奈は渋い顔をした。何を言われるかと思いきや、

「お金なんかいいから、気にしないで。あたしも戻ったらシャワー浴びるから」

「わかった。ありがとう」

 加奈は長い髪を縛りもせずに茶色い髪を垂らしている。白いTシャツに黒いハーフパンツを履いており出て行った。


 優しい彼女だ。気が利くし。さすが看護師。僕は玄関の鍵をかけて浴室に向かった。


 全裸になった僕が浴室に入ろうとした時、ピンポーンとチャイムが鳴った。このタイミングで。どうしよう。僕は脱いだ物を再び身に着けて玄関に急いで向かった。

「はーい」

返事をすると、

「NHKです。受信料をことなんですが」

インターホンでそう言うので、僕は、

「僕、この家の者じゃないんですよ。だから、また今度にして下さい」

その後は何も聞こえなくなった。何か言っていなくなれ! と思い、腹がたった。加奈は真面目に受信料を払っているのかな。帰ってきたら訊いてみよう。


 再度、浴室に向かい今度こそシャワーを浴びた。浴室は綺麗に掃除されていて、カビもないように見える。綺麗好きな女はいい女だ。加奈のことを考えている時間が増えてきた自分に気付いた。果たして結婚までいくだろうか。彼女もいると言っていたから果たしてどうなるものか。


 僕は身体を洗い洗顔をした後、洗髪をした。と、その時。鍵が開く音が聞こえた。加奈だろう。ドア越しに声が聞こえる。

「剛輝ー。買ってきたからパンツとシャツ置いておくね」

「ありがとう!」

と、叫んだ。加奈はなんてやさしいのだろう。気がきくなぁ。そう思いながら下着を身に着けた。


 いま、家のなかは加奈と僕のふたりっきり。調子はあまりよくないけれどでも彼女といると気持ちが平穏になれる。彼女と出逢えてよかった。加奈とは共通の部分はあまりないけれど、波長があうというのか、気分がいい。彼女はどう思っているのだろう。おなじ思いならいいのにな。


 下着を着て、僕は脱衣所から居間にきた。加奈は正座をして背筋もまっすぐにしてテレビをみていた。再放送なのかドラマが放送されている。


 いまはあまりその気になれないけれど、いずれ加奈を抱きたい気持ちになれるといいな。これは僕の想像だけど、加奈は性欲がつよいかもしれない。

がっかりさせたくないのでがんばらなきゃ! とりあえずは会話をたくさんしてもっとおたがいのことを知ろう。抱くのはそのあとかな。あまり性行為についてはこちらから触れないようにしよう。絶倫というわけでもないし。どちらかというと苦手かもしれない。うまくできないというか。

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