第13話 彼女はうつ病、そしてAV女優

 あたしが自分のに気付いたのは、小学校5年の時。一緒に遊んでいたのは男子と女子で計5人。ある女子児童のことが気になり始めた。


 この気持ちは一体何だろう? と思っていた。お母さんにも相談してみた。お母さんは笑っていた。でも、ちょっと人と違うね、と言われた。


 どうやら、あたしは恋をしているようだった。それも、女子に。


 お母さんはお父さんと離婚しているので一生懸命働いてあたしを育ててくれた。あたしはお母さんの姓を名乗っていて、横浜千奈津というの。


 女の子が恋愛対象のあたし。


 今、あたしは20歳で大学2年生。1歳年上の彼女がいる。彼女もレズビアン。


 彼女との出会いは1度行ってみたかったバー。


 ――ある日の夜、飲み屋街の一角にひっそりと佇むモダンな建物。真っ黒な壁でシックな印象があった。店内に入ってみるとカウンターの奥でグラスを磨いている店員が静か目に、いらっしゃいませ、と言った。店内は薄暗く、大人の雰囲気が漂っているように思えた。初めて行く所なので緊張していた。女性客が1人いてあたしが来たのに気付かないのかグラスに入っている氷をグルグルとまわしていた。あたしは彼女から離れた場所に座った。あたしは店員に、ソルティドッグ、と注文した。


 少しして、店員がソルティドッグをあたしの目の前に置き、もう一杯、あちらのお客様からです、と言った。あたしは女性の方を見た。笑顔で手を振っている。あたしは、どうも、とぎこちなく言った。どうしてご馳走してくれるのだろう? と疑問に思った。人見知りするあたしは、まずソルティドッグを一口飲んだ。おいしい! と思った。次に彼女がくれたカクテルを飲んだ。これも美味しい。何ていう飲み物だろう? そう思い、

他にお客さんがいないので少し離れた所にいる女性に話し掛けた。

「あの、すみません」

彼女が振り向いた。途端に笑顔になる。

「はい?」

あたしの緊張の度合いが高まる。

「このカクテル何ていうんですか?」

「スクリュードライバーっていうの」

「あっ!聞いたことあります。とても美味しいですね! ありがとうございます」

彼女は、

「お隣に行ってもいいかしら?」

と、言った。

「どうぞ」

あたしはそう答えた。真っ赤な彼女はチャイナドレスを着こなしている。とても艶っぽい。髪はしっかりと頭の上で団子状に結んでいる。

「あなた、清楚な感じでかわいいわね」

突然、何を言い出すかと思いきや。

「あ、ありがとう」

あたしは動揺している。

「名前、訊いていいかしら?」

一瞬、躊躇った。会ったばかりで名前を言うことに。なので、失礼を承知で訊いてみた。

「あの……出会ったばかりだから偽名でもいい?」

ちょっとだけ彼女の顔つきが変わった。でも、

「いいわよ」

「ありがとう。あたしねあおいっていうの。あなたは?」

「葵。可愛い名前ね、偽名とはいえ。わたしは心愛ここあっていうのよろしくね。あ、あと年は21。これは本当よ」

心愛は笑みを浮かべている。それも意味深な。

「あたしは20歳」

付け加えるように言った。

「あ、わたしより若い! いーなー!」

最後の、いーなー、は本心で言っている気がした。でも、

「大して変わりないじゃない」

あたしはそう言うと、

「その1歳が大きいのよ。29と30じゃ違うでしょ?」

なるほど、と思った。あたしが黙っていると、

「ね、納得したでしょ」

と、自信ありげにそう言った。


 あたしは気になっていることを話した。

「心愛さんてさ、男と女どっちが好き?」

彼女は驚いた顔つきで、

「ドストレートにきいてくるわね。女よ」

「レズビアン?」

心愛さんは頭を縦に振った。

「あたしも!」

嬉しくなり、あたしは満面の笑みを浮かべた。こんな綺麗な人と知り合いになれて。それも伝えると、ありがとう、でも、心は汚いのよ。心愛さんは苦笑いを浮かべていた。あたしはどうだろう、外見は普通の女だと思うけれど、内面は汚い……のかな? わからない。あたしは思ったことを言っているだけなんだけど。嘘や偽りも嫌いだし。そう考えたら案外自分は真面目なのかもしれないと思った。

「マジで?」

「マジだよ」

心愛さんも表情に花が咲いたように明るくなった。

「連絡先交換しよう?」

と心愛さんは積極的な人だと思った。

「いいですよ」

あたしたちはLINEを交換した。その時、心愛さんのスマホが鳴った。画面を見るなり、うわっ、と言葉を発した。

「どうしたの?」

不思議に思ったあたしは訊いてみた。

「元カノから。最悪……」

彼女に何があったのだろう。聞いている限りでは、嫌な別れ方をしたような気がする。元カノからのLINEは返さず、カウンターにスマホを置いた。

「会ったばかりだけど、わたしの話し聞いてくれない?」

「う、うん。いいよ、聞く」

正直、躊躇った。でも、聞いてあげることにした。

「……今、思い出してもムカつくし、悲しいけど束縛が酷くて、挙句の果てに浮気された。そしたら、彼女への気持ちが冷めちゃった……。でも……今でもたまに思い出して独りで泣いてる。冷めちゃったはずなのにね」

悲しんでいる姿を誤魔化す為か心愛さんは笑い出した。

「でもね、彼女、来月浮気相手と籍入れるんだって」

その瞬間、心愛さんの表情は落ち込んだ。

「新しい恋をすれば、変わらない?」

あたしがそう言うと、

「うーん……どうだろ。変わればいいけど」

彼女との会話で疑問が湧いた。籍を入れる? 

「もしかして、彼女はバイセクシャル?」

「そうね」

「なるほど」

「もし、嫌じゃなければこれからカラオケ行かない? 発散したい」

あたしは大きく頷きながら、

「いいよ! 行こう」

と、言った。少しでも今日会ったばかりの心愛さんが元気になって欲しい。


 カラオケ店にはタクシーで行った。黒っぽい壁で2階建て。結構混んでいる。店員に伝票とマイクが2本入った籠を渡され、10号室です、と言われた。3時間2人で熱唱した。特に心愛さんは歌う時、力が入ってた。

「暑い!」

心愛さんがそう言うと、あたしは可笑しくなって声を出して笑った。

「確かに暑い。冷房冷房! 18℃設定にしないと、汗かいちゃう」

あたしは、リモコンを持って操作した。

「ふー! 歌った。気持ち良かった!」

心愛さんはすっきりした顔をしている。それにしても彼女は歌が上手い。

「よかったね!」

あたしも歌って気持ち良かった。

「カラオケ付き合ってくれてありがとね」

「いえいえ。あたしで良ければこれくらいのこと」

その時だ。

部屋の電話がけたたましく鳴った。傍に座っていたあたしが電話に出た。そして延長しないという旨を伝えた。

「さあ、あたしは帰ろうかな。お腹空いたし。心愛さんはどうするの?」

彼女は何か寂し気に見える。どうしたのだろう。

「今から、一緒に葵の家に行って良い?」

内心、えっ! まじで、と思った。なので、

「散らかってるしなぁ、それでも良ければ」

心愛さんは、笑みを浮かべた。

「そんなの気にしないよ、だから行きたい」

「仕方ないなぁ」

と、業とにそういう言い方をした。

「仕方ないって、酷いなぁ」

心愛さんは頬を膨らませていた。何だか可愛い。

それを伝えると、

「えっ! マジで?」

「うん!」

彼女は頬を赤らめていた。それもまた可愛い。これは伝えていないけれど。


「葵は歩いて来たの?」

あたしの左側を歩く心愛さん。辺りはすっかり暗くなっていた。空を見上げると星と三日月が見える。

「そうだよ」

「あたしは生活保護だから歩くかタクシーしかないんだ」

ふーん、と興味がない話しなので軽く流してしまった。

「それとね、もう1つ聞いて欲しいことがあるの」

「何?」

心愛さんの表情が暗くなっていく。どうしたのだろう。

「わたしね、うつ病なの。だから働けないから生活保護をもらってるの」

そう、とだけ言って黙っていた。あたしが思うに、うつ病と医者から言われているのだからうつ病なのだろう。でも、果たして彼女はまた働く気はあるのかな、働かない生活を続けているといざ、働こうとしてもその気にならないのではないかな、と思う。次に心愛さんが言ったことは衝撃的。

「それとね。わたし、AV女優なの」

まあ、悪いことをしているわけじゃないけれど、驚いた。まあ、いいか、それも含めて心愛さんなのだから。


 それにしても心愛さんの元カノからのLINEの内容が気になる。


 15分くらい夜道を2人で歩いた。北海道の海沿いにあるこの小さな町は夜8時を過ぎると街中は閑散とする。寂しいくらいに。今はまだ春だから風が冷たい。


「葵さん、そろそろ本名教えてよ」

そうね、そろそろいいかなと思い、

「あたしは、横浜千奈津っていうのが本名。心愛さんの本名は?」

「あっ! LINEに本名書いてたね。忘れてた。笑いながら、わたしは荒井由香っていうの、よろしくね!」

「こちらこそよろしく」


 あたしは三階建てのアパートの305号室に住んでいる。そこに着いて鍵を開けようとしたら既に開いていた。あたしは、えっ? と思いドアを開けた。中には人がいる気配はない。施錠のし忘れ? と思ったけれど、すぐに施錠したことを思い出した。誰が開けたんだろう? 気持ち悪い……。

「どうしたの?」

不思議そうな顔をして由香はあたしを見ている。

「鍵が空いてたの」

「えっ! 誰が入ったか心当たりはないの?」

あたしは首を傾げた。

「うーん……。考えられるとしたらお母さんかな」

ここで留まっていてもしかたないと思ったので、とりあえず室内に入ることにした。


 あたしの部屋は2K。まず、リビングには誰もいない。もう一部屋を開けるのが怖い。でも、見てみないと! と思い、由香、あたしの後ろにいてね、と告げる。彼女は、うん、とだけ声を発した。きっと、彼女も怖いのだろう。思い切り戸を引いた。でも、誰もいなかった。一体どういうことだろう? お母さんに確認してみよう、来たかどうかを。スマホをバッグから取り、電話を掛けた。6回目の呼出音が鳴って繋がった。

「もしもし! お母さん!」

『どうしたの? そんな焦った声で』

「今日、あたしの部屋に来た?」

『うん、行ったよ。おかず置きにね。それがどうしたの?』

「もしかして、鍵締め忘れた?」

『あっ! 忘れてた!』

「なんだ! やっぱお母さんだったか、入るのは良いけどちゃんと鍵締めてよ! 凄い焦ったんだから! 怖かったし!」

『そんなに怒らなくても良いじゃない、ごめんね、うっかりしてた』

「それと、入ったら入ったと連絡ちょうだい!」

『わかったよ』

安心したからか一気にまくし立てた。でも、言い過ぎたとは思わない。悪いのはお母さんだから。

「千奈津さん、随分怒ってるね」

由香さんは随分呑気に構えてるなぁと、思った。まあ、人のことだからそんなもんか。

「まあ、お母さんだったから良かったけどさ」

由香さんは、うんうんと頷いている。

「ごめんね」

あたしは言い、冷蔵庫を開け麦茶をコップに注いで彼女にあげた。あたしも麦茶飲もう。緊張したら一気に喉が渇いた。


 それにしても疲れた。あんなに焦って怖い思いをしたのは久しぶり。それと同時に安心したせいか泣けてきた。


「あらら、千奈津さん、大丈夫? わたしの胸でよければ貸すよ」

あたしは、遠慮はせずに彼女の胸に抱きつき泣いた。

「よしよし、怖かったね」

言いながら頭を撫でてくれた。由香さんの優しさが心に染みた。

「好きになっちゃいそう……」

「なればいいじゃん」

優しい口調で由香さんは言った。

「好きになったら付き合ってくれる?」

由香さんは笑顔で、

「もちろん!」

と言った。


 これまでが荒井由香さんと付き合うまでの経緯。これから彼女と2人で楽しく過ごしていきたい。


 















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