人選は間違えていない自信はあってもこのメンバーなら自分が支えなくてはと肩に力が入る愛近初花

 訓練場で先に体を動かしていたらドヴィークさんが室内着のままやって来た。

「お待たせしたね。……愛近ちゃん、いつもそんなに汗だくになるまでアップするの?」

「……少々、思うところがありまして。トレーニングを、重めに……したいと」

「息切れすごい。既に何試合かこなした感じが出ているよ」

 待ち時間の間に大空教官のメニューに挑戦し、ムリがあることだけはわかった。

 途方もない体力があったとして、すべてをこなすには時間がかかり過ぎる。腕立て伏せやスクワットで落下速度が上がるようなことでもなければ間に合わない。そして重力増加あるいは上から圧力をかける手段に心当たりはあるが、さすがに「まさか」と思う。

「その意気込みに付いて行けるか、先輩なんだか早速不安になってきたな……。緊張する前に始めよっか」

「あれ、先輩はアップしないんですか?」

「んーん。始めればすぐ整うから平気。編入生ちゃん得意のコンフリクトでいいよね」

 さっさと試合場に上がってしまった。

 標準の起動弁を鳴らし、取り出した未成質量を転換した武装はこれも標準のタイツ型。歩きながらしれっと流れるようにこなす淀みの無さはさすがに三年生の風格がある。

 竜子さんが「いいの?」と言う風な顔でこちらを見ていたのでほほ笑みを返した。

「ドヴィークさんは本人が動く戦術ではないので、心配要りませんから遠慮せずにどうぞ」

 小首を傾げ、それでも期待に満ちた楽しそうな顔で試合場の段を駆け上がるのを見守る。

「……竜子さんにはとても良い勉強になると思いますわよ。色々と正反対ですから」

 胸が痛む。ここで竜子さんに思い知ってほしい。公開試合を通して彼女が〝勘違い〟を起こしているなら、できるだけ早いうちに修正しておきたかった。

 大空教官に教えを受けて苦手分野が埋まり、竜子さんのイデアエフェクト技能は既に養成学校の二年生レベルでも通用するほどになった。

 しかしそれはただの技術。技術というものは、競り合った時に少しでも上回られると決定的な差になってしまう。正々堂々のぶつかり合いさえできれば負けない――そんな風に考えていたら痛い目を見る。定められたルールの範囲で競技する以上「正々堂々」という言葉は何の意味も無い。

「じゃあ先輩、全力でいきますからね!」

 竜子さんが武装するのを見てドヴィークさんが新式で未成質量を足して武装を追加した。胸の前で開いた掌の間につるんとしたキューブが浮かぶ。一見して武器には見えないそれが、無数の板に分かれて大きく宙に広がった。

「自由に動く飛び道具? ――ワイヤーの人に似てる戦術……でもあたしには関係ない!」

 相手が何をしているかも観察せず竜子さんが飛び出す。ぶつかれば問答無用で粉砕する練度の高さを誇りにするのはいい。ただし全幅の信頼を置けるほど確かなものではないとここで学んでほしい。

「えっ、あれ?」

 大きな動作で薙刀を振るった竜子さんはドヴィークさんが目の前からいなくなったことに驚いたようだった。直立不動で予備動作を一切見せなかったからだろうけれど、事前に「本人は動かない」と説明したことをもっと考えておいてほしかった。

「こっちだよー、連別府ちゃん」

 ドヴィークさんが試合場を滑走する。姿勢は直立したまま、その足元にはキューブから分裂した板が滑り込んでいた。

 これが彼女の戦闘スタイル。移動さえイデアエフェクトに依存するものぐさにして圧倒的な手数を誇る連打の女王。

「ヴィーシャ・ドヴィーク。彼女は些細な力を効果的に使うことにかけては名選手ですのよ。おそらく竜子さんが最も苦手とするタイプになると思いましたので、『けっして敵にしておきたくない』と考えてチームにお招きした意味もありますの」

 竜子さんにここで学んでほしいことは、口が裂けても言えない。それをドヴィークさんに頼みたい。

 けれど、ちゃんと伝わったようだった。

「あー! ごめんなさい、調子乗ってました! イダダダ! 痛い痛い! 愛近これ録画しといて! 終わってから研究――ああもう、痛い!」

 無数の板が蛇のように列をなして宙を駆け、絶え間なく竜子さんの顔面に激突しては砕け散っている。ダメージこそななくとも紙束で叩かれ続けている感覚に近いはずだ。

 ドヴィークさんは散った分の未成質量を失うことになるが、ここで彼女の才能がきる。

 彼女は未成質量の獲得にける。竜子さんの武装が強固でもやはりわずかには摩耗し、そこからさえ吸い取って総量を増やし続けていた。

「リキむのもリキまれるのも苦手なんだよね。恐いものには近づきたくないし。編入生ちゃんはリキんでて恐いから、絶対に近付かないよ。……あっ、でも訓練中だけだからね。普段は仲良くしてくれたら、先輩嬉しい」

 彼女の武器は厚みのない洗顔鏡ほどの大きさの板だけ。攻撃とも呼べないような些細な力で決着へと漕ぎつける――その戦術によって自身は上位でこそないものの、生徒間では立派に存在感を示している。攻撃力を兼ねた三年首席よりも遠距離複数同時制御に特化した、チーム戦において真価を発揮するサポート型だ。

「燃費にも優れますので追いかけっこは長引くほど不利になりましてよ。仲間に邪魔されるチーム戦では本当に手が付けられませんの。さあ、竜子さんがんばってー!」

 当初の目的を果たせて胸のつかえが取れたら、あとは思う存分応援できる。

「そんなこと言ったって、こういう自分が前に出ないタイプはプロの試合で見たことないから一体どうしたら――ぐえっ」

 竜子さんが踏み出した足の下に板が入り込むと滑って転ばされ、空中でも顔面を押されて後頭部から床に激突する。さすがにこれは効いたようだった。防御が前面に偏っている弱点を突かれた。

「あっ、竜子さんに何をしますの、卑怯者!」

「初花! 野次はいいからアドバイスをちょうだい!」

「ドヴィークさんの弱点は『地味で華が無い』ことでしてよ」

 今のところ竜子さんの評価も似通っている。遠距離からチクチク攻める戦法と、まっすぐ行って激突するという戦法。どちらも単調にならざるを得ない。

「そういうのじゃなくて、どう攻略すれば――うわぁっ!」

 竜子さんが大量の板の波にのまれ、場外に押し出された。

 この〝板〟の最大の特徴がこれだ。当人が移動に用いているくらい、極めて攻撃性が低いおかげで試合場の防護幕にも遮断されない。

「うふ、先輩の勝ぁち。公開試合でもあったように、やっぱりこれが一番手っ取り早いね。他の生徒もみんな知ってることだから空中機動が最初の課題だね」

 勝者は試合場の隅に屈み込んで余裕の笑みを見せる。顔を斜めに倒すとそこだけ伸ばした横髪が揺れた。

「技術的には一年生とは思えない出来だよ。小突かれたら今季絶望になりそうだから先輩ヒヤヒヤしちゃった。壁を作って目隠ししても平然とまっすぐ突っ込んでくる神がかった勘の良さはサーチ戦で役に立つかも」

 でもその程度で連別府竜子を「見極めた」と考えているならそれは甘い。

「先輩、もう一回しましょう! 日が暮れるまで何回でも! あ、明日は忙しいですか?」

 竜子さんはその場で足踏みして、あるはずの悔しさを押し退けて興奮している。

 これが彼女の真骨頂だ。幼い頃、諦めず屋敷の壁に挑み続けた彼女の本質。これにはあの大空教官さえ舌を巻いた。それ以上続けたら竜子さんを壊してしまうという意味ではあるけれど。


 そのあと試合場のシステムからストップをかけられるまで連戦が繰り返され、燃費の良さが売りのドヴィークさんがヘロヘロになって床にノビた。一方竜子さんのほうは元気いっぱいで、少なくとも心身的なタフさでは勝った、と誇らしい気持ちになる。

「あー、今日はもう試合したらダメなんだ。……別の試合場なら大丈夫だったりしないかな」

「ひぇぇ、こんな安全措置があるなんて二年とちょっとこの学校にいて初めて知ったのに、編入初日の一年生がそれを破ろうとしている。チーム入りしたの、先輩ちょっと後悔だな」

 一戦目の決まり手「場外への押し出し」は二戦目にはもう対策が立った。

 同じように外へ押し流されるところで竜子さんは防護幕自体を攻撃し、威力を伴うイデアエフェクトを遮断する防護幕はそうすることで壁となり通過できなくなるった。そうすればどんな力で圧されても竜子さんなら耐えられる。

 ドヴィークさんが「何を仕掛けてくるのか」を知る度に対応しようともがき、行き当たりばったりの中に試行錯誤がちゃんとある。最後には「武器を構えてゆっくり近づく」というスタイルで転ばされることは無くなったけれど、次は「遅いので追いつけない」という課題が持ち上がっている。それをどう解決するか、次は何をするのか、とても楽しみだ。

 失敗に尻込みせず挑戦する気質があるから、竜子さん自身と――あと編入しなかった偶川さんは急速な成長を遂げることができた。

 初めは大空教官との訓練の記録映像を趣味として眺めていた竜子さんに、偶川さんがあれこれと質問をする形で「自分と相手が何をしようとしているのか」を客観的に理解することに繋がった。失敗が具体化し、挑戦すべき課題が見えてくる。それを探す思考が身に付く。

 そばで見ていて二人の成長速度に「先輩ぶれなくなる」と焦りを感じたのと、単純に混ざりたい欲求から参加したことで個人的にも見えてくるものがあった。残念なことに同じように自分の映像を見ていた大空教官が「こうして見ると私もムダが多いわね」と言い出し、彼女の改善のほうが早かったので一矢も報いることはできなかったけれど。

「せっかく次は勝てそうな気がするのになあ。まだ試してみたいことがあるんだ」

 当人も充分な手応えがあったようで、だからこそ再戦を求めている。

「そうですわねえ……。竜子さんには飛行も含めた追走の良い訓練になるのでぜひ続けていただきたいところですけれど……会場を替えてもシステムは運用データを共有していますし、起動弁を交換しても別人と誤認されるようなことはありませんもの。続行は難しいですわ」

「じゃあ試合場じゃなくていいから、広いとこがあればそこでやろう。システムなんて無くてもコンフリクトなら関係ないし。あたしたち最初はそうだったよ」

 少し困った。竜子さんの望むようにさせてあげたい。しかしそれでは学校に問題視される。ただでさえ「あの大空星南の教え子」という酷い悪評が付いているのだから、決まりごとに従順である姿勢を示しておかなければ将来プロ入りに際して苦労しかねない。

 迷っていたら、もう一人のほうが激しく難色を示し始めた。

「あのあの、先輩思うんだけど、今は訓練より二人と仲良くなりたいな。お金は出すからジュースとお菓子でチーム結成記念パーティしようよ。養成学校を離れてた間のこととか聞きたいし。『大空教官はこんなだったー』とか」

 彼女の言う「仲良くなりたい」は本音ではあるのだろうけれど、とにかく連別府さんの気を訓練から逸らしたい意欲が第一に伝わってくる。

 しかしながら話題の切り替えはこれ以上なく最適なものだった。竜子さんはそれはもう大喜びで食いつく。

「星南さんはすごかったですよ! 一回だけ寝坊してて、あたしたちが宿舎に行ってもまだ眠ってたことがあったんですけど、起き抜けの姿がハチャメチャにエロくて……。こう、肘を枕に寝ぼけて『んん?』って――そうだ、その時の動画出しますね」

「先輩が知りたいのはそういうんじゃないけど、そんなに嬉しそうにされたら止められないな」

 去年の秋からこの年明けまでの期間、三局戦況に関わる者なら誰しもが関心を持つ出来事ばかりだった。やる気を出した大空星南、特別コーチの勇者二名、ゼロから整えた訓練環境、編入しなかった部長の特殊技能。

 ただ、ドヴィークさんの場合は事情が一部異なる。なぜなら彼女の父親が勇者の一人で、ロンデさんはその弟だからだ。そこに関しては彼女のほうがよほど詳しいかもしれない。勇者ハワードは実業家としての評判しか知らないが、一般的な社会に身を置いている点だけでもあのロンデやアムリラよりは付き合い易い常識人であることは間違いない。

 むしろこちらもその辺りの話を聞いてみたいと思い、パーティ案に賛成することにした。

「では午後は先程の録画を確認しながらの感想戦をしてはいかがでしょう。相互の気付きを打ち明け合って、一人分の手応えよりも深く実になる経験にすると致しましょう」

「あ、大空さんとしてたやつ? やるやる」

 まだ懐かしむほどは遠くない記憶に浸り、竜子さんが目を細めて嬉しそうな顔をした。

 編入前は手が空けば映像を見て同じことばかりしていたのに、竜子さんにとっては教官との実戦形式後に設けられていた面談が最も印象が強いらしい。

 「基本的にパワー不足なのよね」「もう少し視野に幅を持てない?」「愛近ならもっとできるはずなんだけどなあ」「あっ、もしかして具合悪い?」等々、毎回散々にこき下ろされるだけだったので個人的には思い出したくもなかった。

「あれ? 暗い顔してどうしたの初花。あっ、お腹空いた?」

 竜子さんまで似たようなことを言うから余計に辛い。

「じゃ、ごはん食べてからにしよっか。ちょっと早いけど。たしか、ここっていつでも食べ放題なんだよね?」

「ええ……それはまあ。内容は記録されますのでムチャな食事をしていれば指導が入りますけれど。そうですわねえ、お腹に優しいお茶だけでもいただきにまいりましょうか」

 ドヴィークさんが試合場の記録持ち出し手続きや明日以降の放課後使用申請をしておいてくれると言うので頼み、竜子さんと二人でその場をあとにする。

「とりあえずチームも結成できましたし、これからいよいよワタクシと竜子さんの養成学校ライフが始まりますのね。改めて、よろしくお願い致しますわ」

 歩きながら一礼すると、竜子さんは「おおげさ」と言って笑った。

「でもヨロシクはお願いしたいよ。……あたしねえ、一人だと結構ダメなんだ。今までは依風ちんに支えてもらってて、『いい加減自立しなくちゃ』とは思うんだけど、初花が見ててくれるから安心しちゃってる。あたしのこと甘やかさないで、厳しくしてね」

 はにかんだ笑顔が、自分でも考えていたことを言い出して驚いた。

 それが許されるなら優しいだけの時間を過ごしたい。たが彼女の才能を潰してしまうようなことはしたくない。教官も部長もいなくなってしまったのだから、その役を担うのは自分だと密かに決心していた。その想いを認めてもらえて、それだけで報われた気持ちになれた。

 体から力みが抜けて、ほうっと息が抜ける。意識していなかったけれど竜子さんの前でも安らげないくらい気を張っていたようだった。自分の気持ちを、心境を、わかっていてもらえるだけでこんなにも楽になる。

「ああ……これから先の人生で今以上に幸せな気持ちになれるのか、不安になりますわね」

「何言ってんの、色々あるよ。まずは学校内でトップ入りでしょ? それからプロデビューしてすぐに国内リーグ制覇から海外移籍! そうだ、入るチーム初花はどこにする? どこだろうと世界大会で会おうね」

「ワタクシは竜子さんより一年早くデビューするのですから、ワタクシと同じチームを選んでくださらないと嫌ですわよ? やっぱり留年を……ああでも、一年でリーグを牛耳っておいて、挑戦者としての竜子さんを待つのも素敵かもしれませんわねえ……」

「それいいねえ! ボッコボコにしちゃうからね」

 笑って手を取り合い、通路を進む。

 自分でどこをゴールに定めようと、それからも幸福は続いていく。心からそう信じられた。

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