内心パジャマパーティーを希望するも同じ寮暮らしで他二人が同室同士ではただお邪魔するだけと悟り黙っておく新メンバー

 天井が解放された試合場から薄明かりの通路へと二人が去って行くのを見送り、ヴィーシャは手首の携行端末を見つめ、ためらう素振りを見せてから意を決して通話を発信した。

「もしもし。言われた通り同じチームになったけど」

 音量は可能な限り絞って、誰の耳にも入らないよう周囲に目を配る。幸い休日の試合場には誰もいない。映像記録も既に止めた。

「……話を聞くのはこれから。離れただけでケンカ別れとかじゃなさそう。根拠? だって専用の起動弁を譲り受けてたから。そっちはまだ何にも……そんなこと言われたって……」

 通話が剣呑な内容なのか、緩んでばかりいたヴィーシャの目元が険しく陰(かげ)る。

「あのね。こっちはちゃんと言われた通りにしてるから、そっちもちゃんとやってほしい。……お金なんかじゃなくって! ママに優しくあげてって言ってるの!」

 いい加減に辛抱たまりかねて、言うだけ言って通話を切った。

 腰に手を当て鼻息を吹き、ストレスの原因よりもイラついている自分に苛立つ。こういう感情は慣れなくて落ち着かない。

「ああもう、ヤダヤダ。どうして父親と話すだけでこんなにイライラしないといけないかな」

 今でこそ金銭的な支援を受けてはいるが、生活を共にしたことは一度もない血縁上の父。魔王退治の勇者にして破竹の実業家ハワード。

 ただ、その娘――ヴィーシャ・ドヴィークにとって彼の名声などはどうでもいいことだった。

 彼女は母が「若かったから」と苦い顔で笑うのをやめさせたいだけだ。そんなつもりで言っているわけではないのだとしても、それを後悔にされてしまったら自分の存在が否定される。

 魔王退治以前は住所不定の無職だったハワードが現在生活・教育面で出資してくれているのは彼が突然父性に目覚めたからではなくまず経済的な余裕ができ、そして利用価値を感じているからに過ぎないとヴィーシャは理解している。

 そんなことをしてほしいわけではなかった。

 母は特別裕福ではなくとも経済的に自立できている。父親のことも加味されているとはわかってはいるが、プロからのスカウトを受けたのでこれからは自分も支えられる。

 だから、父から欲しいものは金ではない。母のパートナーであってほしいだけだ。その為なら住所不定無職でも構わない。

「やっぱり、〝成功〟が邪魔だよね……」

 父を「ただのハワード」に戻す。それがヴィーシャの目的だった。そうすればきっと母の所へ戻って来る。

 さて、その為には何をすべきか。

 理由は判らないが、ハワードは大空星南や勇者ロンデ・アムリラが気になるようだ。だからこそ彼らに縁がある編入生のチームに入るよう指示してきた。

 だがそれはあまりにも妙だ。

 ロンデとアムリラについては同じ勇者なのだからハワード本人が誰より詳しいはず。それをどうして娘まで使って探らせるのか。

「調べてみたら、何かわかるかな……」

 そもそも勇者たちは謎が多すぎる。肝心の魔王退治に関する情報は封鎖され、イデアエフェクトの開祖でありながら直接的な映像などの情報が資料化されていない。知られると困る秘密が徹底的に隠されている。そうとしか思えなかった。

 それを暴くにはどうすべきか。

 勇者アムリラは教団の広告塔で、その存在はオープンだが接点は望めない。

 勇者ロンデはヴィーシャにとって叔父にあたるが、繋がりが父親を経由するだけに悟られず接触を図ることは難しい。他の親類は魔王退治以前のハワードを厄介者扱いで遠ざけ、現在は一族を代表する出世頭として媚びているらしい。その影響がヴィーシャのところまで度々及ぶので、親類を訪ねて回るのはどうしても気が進まなかった。

「とりあえず手を付けられそうなのは、大空星南――元教官、か」

 いずれにしても、新しいチームメイトを頼りに向こうからの接触を待つ他なさそうだ。

 方針が決まって頷くと、試合場の記録や使用に関する手続きを携行端末から行い、通路から出て校舎へと移る。そこで、思い当たった。

 秘密を探る材料ならここにある。三局連盟養成学校。イデアエフェクトにまつわる情報なら、たとえ隠されているとしてもここに残っているはずだ。

 そしてヴィーシャはこの学校を建設中にハワードに連れられ何度か訪れたことがあり、その際に配布された通行用のパスカードを持っている。そのカードは本来出資者であるハワードに用意された物なので権限はとても強い。

 どうせ校内でしか使わないものだから、と面倒がったハワードから預かったままになっているカードの存在を思い出し、ヴィーシャは期待で顔を輝かせた。

「アレを使えばハワードをうまく失脚させる材料が……。アレを――アレ? どこやったかな、あのカード……捨ててないからどこかにあると思うけど」

 まずは部屋の掃除から手を付けなくてはいけないことに気付き、少し気持ちが落ち込む。目的を考えると同室の生徒に手伝ってもらうわけにもいかない。

「……仕方ないか。どうせ卒業する時には片付けないといけないんだし」

 自分を納得させ、いつの間にか止めていた足を動かし再び廊下を歩く。

 しかしながら今日の午後は新しいチームメイトと視聴覚室で戦術検討をすることになっている。それはそれで楽しみではある。ただスパイのような立場でさえなければ「後ろめたい気持ちなく付き合えるのに」と思わずにはいられなかった。

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