連別府竜子の憧れ養成学校生活
夢にまで見た養成学校生活。目当ての星南さんはいなくなってしまったけれど、めげずにがんばって三局戦況のプロ選手を目指すことにした。強くなったら大空さんが戦ってくれるそうで、それって星南さんもプロ入りするという意味になるからとても楽しみだ。諦めていた星南さんの正式な試合が見られる。
将来だけじゃなく今の学校生活も楽しい。普通の授業はほとんどなくて、三局戦況の座学が少しとあとは体育(というかイデアエフェクトの実技)ばかりでしょっちゅう実力を試される緊張感がある。一日のスケジュールがぎっちり詰まっていて生徒はみんな「既に競争の世界にいる」ことを理解しているのがなんとなくわかった。ムダに気づまりなわけじゃないからプレッシャーに耐えることだって充実感に繋がる。
あと学食がおいしい。おかわりするのに遠慮しなくていいから心置きなく食べられて嬉しい。運動選手の学校だけあってむしろしっかり食べないと叱られる。最初に基礎能力測定を受けるようメールが届いてたのを読んでいなくて怒られたから、こっちでは優等生でいようと思う。
必要な学費は住まわせてくれていた親戚からえらい金額が振り込まれていたからそれを当てた。元は昔初花を助けた(らしい)その謝礼金を依風ちんが交渉して取り返してくれたそうだ。親戚については、厄介になっていたのは事実でどちらかというと境遇を恨んで自分から居心地を悪くしていた部分もあると思うから、あんまり思うところはない。去り際に文句を言うより将来プロ入りしてから「お世話になりました」とお礼をするほうがカッコいい。
昔はこんな風に考えるなんてとてもできなかった。人の縁に恵まれたんだと思う。依風ちんと初花、それに星南さん。出会った人たちが助けてくれて三局戦況の選手になる為の学校にいる。一度は諦めかけた、願った通りの人生になった。
新しいチームメイトも良い先輩みたいだ。みんな目的意識がハッキリしているからだと思うけれど、生徒同士で小競り合いが無い代わりに「後輩の面倒を見る」という習慣がないらしい。なのにドヴィーク先輩は色々教えてくれるのはチームだからだけじゃないと思う。プロ入りが確定しているそうなので本来ならデビュー後の為に時間を使った方がいいはずだから。
「うまくやってるから、依風ちんはあたしのこと気にせずそっちで楽しくやってねー……っと、録音終了」
入学から一週間経って、ここ最近の出来事をまとめてメールに送る。とにかく空き時間があったら試合場を借りて一対一の模擬戦をして、その内容を視聴覚室で振り返る、という流れがお決まりになっていた。映像をひとつ再生するだけなら携行端末でもできるけれど、複数同時や解析ができる専門の設備があって便利だ。
今も音声メールを録っている間、再生準備を済ませた初花を待たせていた。
「部長――ではもうありませんでしたわね……。偶川さんの様子はいかがかしら。彼女のことですもの、きっとうまくやっているでしょうけれど」
「新入部員に上級生が入って来たから部長を押し付けようとしたのに断られて鬱だって。町の方からも中学生が見学に来たりして賑やかみたい。新しい顧問は星南さんの紹介なんだけど、『あの大空星南の教え子なのにマトモだ』っておかしな感動されてるんだって」
「偶川さんが〝マトモ〟……? 節穴ですかしらその方」
「最近なんかあったっぽいんだけど、あたしに隠してるんだよね。きっとすごい特訓してるんだよ。どんくらい強くなってるのか、楽しみ!」
「とにかくあちらの上達が順当でも破格でも、ワタクシたちは油断していられませんわよ。さぁ、前回の模擬戦を振り返りましょう」
録画を眺めて一番意見を出すのは、やっぱり三年生だけあってドヴィーク先輩が一番多い。この人も三局戦況が好きみたいで、プロの試合を参考にする観点も持っている。
「編入生ちゃんはさ、飛行の上達を待つより先輩が手伝うほうが手っ取り早いんじゃないかな。そういうのプロチームでもあるんだし。板一枚貸してあげる。大丈夫、先輩上手だから」
プロ選手には主体的には得点に絡まず他選手のサポートに徹する役回りを演じる人もいる。ドヴィーク先輩がそれを目指していることはなんとなく伝わった。
「んー、それはあたしも楽だと思うんですけど、でもあたしの目標は星南さんみたいなオールラウンダーなので。『みたいな』っていうか星南さんになりたい」
「竜子さんの願いはすべて叶えて差し上げたい……。ですが、あの女はオールラウンダーというよりも『自分以外全部破滅』ですわよ。あんな風になられては困りますわ。それに、いくらドヴィーク先輩がスタンプ戦でも一度にすべてのフラッグを落とせる複数制御の技量があるとは言っても、竜子さんの移動を請け負ってしまうとさすがにかかりきりになってしまうのではなくて? あと単純に先輩が卒業なさったあとで困ります」
「あ、そっか。……少しでも役に立ちたいと思って先輩出しゃばっちゃった。ゴメンね。でも編入生ちゃんは未成質量を固めることだけじゃなくて爆発的に放射することも得意だと思うから、もうその分野に絞って伸ばしたほうが良いって思ったんだ。ホラ、何かに特化した選手が出てる試合って面白いし。歩く鈍器か爆発物みたいな選手になれるよ」
「それでは竜子さんが目標に近づいてしまいますからいけません」
いい加減にそれぞれの能力と性分を把握できたので「そろそろチーム戦がしたいね」という結論で練習相手を探してみることになった。一年生は上級生との合同授業が無いのでまだチームプレイを実戦形式で試せていない。
「あー、あのね。編入生ちゃんが好きそうなネタがあるんだけどな」
模擬戦の感想を終え一息ついたところで、ドヴィーク先輩がイタズラをしかけた子供みたいな笑顔でそんなことを言い出した。初花はあんなにたくさん砂糖を入れていたのに、紅茶のカップから口を離して苦い顔をする。
「なぜでしょう。ワタクシ、とっても嫌な予感がいたしますの」
「うん、〝大空星南〟関係のネタなんだけどね」
「何ソレ知りたい!」
とっさに飛びつくと横でため息が聞こえた。
「あの女、今度は何をしでかしましたの?」
「どこにいようと大活躍だよ星南さんは。……でも『大空星南』の情報ならあたしネット監視してるんだけどな?」
ふしぎに思うと、ドヴィーク先輩がニヤリと笑った。普段からどこかぼんやりして眠そうな目がますます細くなる。
「これはねー、機密情報だから一般には知られてないヤツなんだあ」
「〝機密〟とおっしゃいますと?」
「うふ、軍事機密」
一瞬、思考が固まった。
「えっ? それって……」
「あらぁ……あの女、今度は何に関わっていますの?」
ドヴィーク先輩から詳しく聞くと、未成質量を組み込んだ新兵器の運用テストに「既存の戦力ではその価値を計れない」と主張する開発陣が仮想敵に〝大空星南〟を指名したらしい。
「というわけで、その某国の軍事演習映像を秘密ルートで入手してまーす。入手ルートは聞かないでね」
「多分勇者ハワードだ」
「お父君から貰ったんですのね」
「んもう、秘密だって言ってるのになぁ。んじゃあ再生するよー」
さっきまで自分たちの練習が映し出されていたスクリーンに、趣の異なる画が浮かんだ。
上空から見下ろした荒野の風景。いや――そこに一点、中央に人影を捉えている。
「あっ、星南さんだ! 久しぶりですー!」
思わず叫んで手を振ると隣で初花が怪訝な態度を表すのがわかった。けれど、もう画面に釘付けで目を離せない。
「あの……兵器対〝人〟でしょう? 万が一の話ですが、ワタクシたちこれからスプラッタを見せつけられるのではなくて?」
不穏なことを言っているけれど、そんなことあり得っこないことは誰にでもわかっているはずだった。
「心配しなくても、これは兵器対〝大空星南〟だよ」
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