隣がドン引きしようとこんな風になりたい連別府竜子

「うわぁ……レーザー? 可視レベルの熱量って、一体どうなっていますの?」

「そんなもん星南さんには効かないさ! ホラでっかい盾で防いでる。やったぁ! 戦車の列がまるで自転車のドミノ倒しだ!」

「すごいやー。っていうか、引くねー」

 視聴覚室で三人、並んで土と炎が舞う映像を鑑賞する。

 戦車、ロケット車、ごっついヘリコプター、砲身が付いたドローン等々。星南さんが動く度に紙のオモチャのようにぼっかんぼっかん盛大に吹っ飛んでいく。

「アワワワワ、これ本当に無人兵器ですわよね?」

「所属国籍のシンボルを入れてないなあ。情報漏洩対策はバッチリか。ちぇー」

 こんなに楽しいのに他の二人がなんだか沈んでいるのが信じられない。

「大丈夫だって。見なよ、最初のレーザーだって今のミサイルだって、向こうは当てるつもりで撃ってない。星南さんが自分から飛び込んで迎え撃ってるんだよ」

「誰もこの女の心配なんてしていませんわよ。きっと召喚した軍部は『イデアエフェクトの使い手が最新鋭の兵器を前に怯えて降参』というプランだったのでしょうね……。ですが、指名した相手があまりにも悪く、こうなったものかと。今頃白目を剥いて倒れているでしょうね。お可哀そうなこと……」

 星南さんは個別のカメラが追い切れない速度で動いていて、あとには爆発のような砂煙だけが映っている。俯瞰の視点じゃないと捉え切れていない。熱光線の直線の中に姿が消えたかと思ったら砲身のほうが吹き飛んで、爆発の中から現れる。次に「正解はこうする」とお手本を見せつけるみたいに未成質量を放射すると辺りが地形からして変わった。

「ゲームの無敵状態みたい。この人、一体いくつ〝戦い〟のイメージを持ってるんだろ」

「数々の自殺行為ができるのも本能的なレベルで『自分が地上最強』だという確信があるのでしょうね。これを拝見する限り誰も異論を唱えませんわ」

 拳をグッと突き上げたかと思うと地中からビルみたいに巨大な槍が突き出して戦車の列を呑み込んでいく。空中のドローンは更に上空に浮かんだ超々巨大な盾が落ちて来て押し潰した。こんなスケールはプロの試合でも、星南さんの過去の試合でも見たことがない。

「つくづく……今までいかに手加減していたか――ということがわかりますわね」

 映像は複数の視点を合成したもので、星南さんからの視点には音声も含まれていた。

『これ三局戦況の新競技に起用できないかしら。障害物競走とか、そんな感じ?』

 編入前には毎日聞いていた声が、もうこんなにも懐かしい。

 和んでいたら初花が「ひぃっ」と短く悲鳴を上げた。

「この女、ワタクシたちに何をさせるつもりですの? 話しているのは〝短距離障害走〟のことじゃありませんわよ。未知の新兵器と戦いながら運動会感覚だなんて。こちらはこれが同じイデアエフェクトなのかを疑っているところですのに」

「うーん……。これを数値にまとめたデータがあるんだけど、五キロ四方を一周するのに三秒かかってないんだってさ。そりゃ既存のルールに収まらないよね、この人」

 ドヴィーク先輩のため息が誇らしい。「どうです、これが大空星南。あたしの先生です」と自慢したい気分だった。さっきからニヤニヤが止まらない。

「この土地の未成質量の埋蔵量が少なくて抵抗できずに惨殺されるかと心配したワタクシが愚かでしたわね……。映像には出ていませんけれど、新兵器が未成質量を貯蔵するなら恐らくそれを奪っていますわよ」

 初花の解説が奇妙で、首を傾げた。

「えっ? 何言ってんの、見えるじゃん。レーザーとかよりもっと派手なことできそうな量が溢れかえってるよ。星南さんが回収できてないくらい。……ヨソから持って来た未成質量がたまっちゃって、ここの竜穴泉が刺激されてる」

 スクリーンに映っているままを語ると、二人ともふしぎそうな顔をした。つられる。

「……どうかした?」

 ポカンとしていた初花が、段々と満面の笑みに変わっていく。

「どうやら同じ映像でも、見えている内容に違いがあるみたいようですわね。……さすがワタクシの竜子さん! どうです、これが連別府竜子。ワタクシの親友ですのよ」

 なぜか勝ち誇られたドヴィーク先輩が困っている。そう言われても星南さんの活躍を再生している前だと何を言われてもとても喜べなくて、しかもついさっき自分が考えていたのと同じ言葉で褒められてムズ痒い。

「違うものが見えるのは、もしかして映像に留まらなさそう。それも気になるけど……とりあえず、機械より人力のほうが効率が良いことがわかって『実験は失敗』ってことになるのかな。どちらかというと新兵器より〝天才大空星南〟のお披露目になっちゃってる」

「必ずしもそうとは言い切れませんわよ。機械の価値は『誰が扱っても同じ結果になる』ところにありますもの。『比較対象を間違えた』、この一言に尽きますわね」

「大空星南の底力を確かめるに至らず――ってとこかあ。それにこの人多分まだ全力じゃないよね。実験に付き合うつもりでいたみたいだし」

 二人が難しい話を始めてしまったので、放っておいてスクリーンへ集中を戻す。

 依風ちんが発見した未成質量を導く線の扱い方。強い流れを味方につけ、弱い流れの脆さを突く。あれを星南さんは拡大して使いこなしているように見えた。膨大な量の未成質量が氾濫して荒れる線が締め上げられ、星南さんへと集まっているのが分かる。

「すごいなあ……! 未成質量を燃料や火薬の代わりにしてるだけで、イデアエフェクトで対抗されなかったらここまで自由にできるんだ」

 次々と空から降下してくる兵器たちは未成質量を満載して、星南さんに無限の栄養を与えてしまっている。これならここまでじゃなくても、三局戦況の選手なら誰でも結果は似たようなことになっていたかもしれない。わかっていてもミサイルに突っ込めるのなんて星南さんくらいだと思うけれど。

「……あ、なんかすごいのくる……見て見て初花!」

 隣の肩を叩いて画面を向かせるのが間に合ったかどうか。

 星南さんがその場でくるんと回ると、まだ着地していなかった空中の物も含めて見える限りの兵器が残らず爆散した。油の燃焼とは違う白い輝きがキラキラと画面のあちこちで踊る。大地と大気の振動が画面越しにも伝わってくる錯覚を起こした。

 ものすごい勢いで広がった未成質量が一帯を埋め尽くしたのはわかったけれど、具体的に何をしたのかはわからない。

 すかさずドヴィーク先輩が解説してくれた。

「これね、強度と柔軟性を持った〝斬れる鞭〟のような長い長~い武器を作って、全部一度に攻撃したんだってさ。画面全体攻撃だよ」

「長いって……キロ単位で、ですの?」

「うん、そう。もうあれだね、マジメに考えるのが馬鹿馬鹿しいくらい強いね。攻撃を伸ばすだけなら未成質量の量と才能でなんとかなるのはわかるけど、先輩的には狙った通りに当ててる精密動作のほうが恐い。遠隔操作には自信があったのに、こんなのを見せられたらもう独り言でもそんなこと言えない」

「事実上軍隊を圧倒しているんですもの、ひとりで世界征服できそうですわね」

「できるよ、きっと。そうなったらまた勇者に集まってもらわないといけないね」

 星南さんをまるで悪者のように批評されるのはつまらない。話に参加する気になれなくてスクリーンを見ていたら、並んだ映像の一つが突然回転して乱れた。さっきまで遠くから俯瞰していたのに、ゆっくりと地面と空とを繰り返し映している。

 落ちている。そう思った途端、急に平常に戻った。水平に映像が安定して、再び焦点が星南さんを捉える。

 何が起きたのかは知っているようで、ドヴィーク先輩が呆れ調子で息を吐く。

「今のもね、報告書にあるんだけどさ。『うっかり撮影用のドローンを攻撃しちゃったから、とりあえず直しといた』……らしいよ」

「は?」

「飛行ドローンのプロペラをね、斬っちゃったらしいんだ」

「……それではまさか、破壊したそのプロペラをイデアエフェクトで補い、元通り飛べるようにした――ということですの? 動体の動きを妨げることなく補修するだなんて、想像もできない難易度ですのに」

 うろたえる初花を横目に見ながら、あの宿舎で星南さんに教わった座学を思い出した。

 イデアエフェクトで具現化するものは基本的に身に付ける物に限られる。イメージは自由ではあるけれど、自分の体から離れた位置に物を出現させるのは極端に難しいからだ。「『できない』って断言していい。私はできるけど」と話した星南さんに初花が悪態をついたことをよく憶えている。

「公開試合で見た三年首席さんは端っこを握ってたし、そう言えばドヴィーク先輩も手元に呼び出してから分けるよね」

「そうなの。それが普通のイデアエフェクトによる飛び道具の基本。掴んで投げるのが普通」

「でも星南さんは初花との一対一で複数の槍を空中に出してた。あれはお手本にしちゃいけないやつだったんだ」

「その通り。基本でも応用でもなく、〝異様〟ですわよ。根本的に教官には向いていませんの、あの女は」

 そう言いながら、初花は掌に載せた金具を撫でる。星南さんの起動弁だ。その手つきが愛おしそうに見えたので、前に見た時よりも嫉妬は湧かなかった。

「あたしたち……本当にすごい人に教わったんだね」

 改めて誇らしい気持ちになり、スクリーンに目を戻す。

 見れば増援が止まっていて、星南さんはキョロキョロと辺りを見回したあと一つのカメラに向かってポーズを取った。顔の横に両手でピースサインをして、チョキチョキと動かす。ほんの少し笑っている。

 自分の口からも隣からも悲鳴が上がった。

「ぎゃあー! クールな星南さんがたまに見せる可愛さ! ココの画像ください! データだけ貰えたら、あとはこっちでやるんで!」

「おお、嫌ですわ! 軍隊を相手取ってなんの気負いも無いだなんて! 靴ひもが綺麗に結べた時だってもう少し喜びますわよ」

「軍事兵器を撃破したことにはなんにも感じてないんだと思うよ。被験者のコメントとして『どうです。三局戦況は素晴らしいでしょう』とかトンチンカンなこと言ったらしいし」

「今のが三局戦況だと、当人は思っているということですの?」

「うん。多分さ、これで選手の地位とか競技への注目度が上がるとか考えたんじゃないかな。『先生がんばったよ』くらいのことしか頭になさそう」

「同じことを期待されても困ります。そもそも危険視されるだけですわよ」

 初花は顔を青くして腕の鳥肌を擦っている。まったく共感してもらえなくて寂しかった。

「そうなんだよね……これは危な過ぎる……」

 そう呟いたきり、ドヴィーク先輩だけは急に静かになった。肩を突いて画像を催促しようとしても反応が無い。考え事に没頭してブツブツと何か呟いている。

 揺すって気付かせようとしたら初花に止められたことでハッとして、ドヴィーク先輩が漏らす声に耳を澄ました。

「……軍隊を圧倒するような人間がどうして放置されるんだろ。調べたら養成学校は大空星南をまだ解雇してない。前回無断で起動弁を持ち出しただけでも処分どころか逮捕されたっておかしくないのに、何も無かったみたいに済まされてるのは不自然過ぎる。この特別扱い、危険物というより気を遣って大切にされてるみたいな――」

 初花と顔を見合わせて頷き合い、ドヴィーク先輩の口元へそっと耳を寄せる。

 この数週間しか知らないけれど、先輩はいわゆる〝スパイ〟だと思う。情報を集めて誰かに送っている。初花が言うには「お父君の差し金ではないかしら」だそうだ。ただしその途中、考えをまとめる時にこんな風に頭の中身がガバガバに漏れてしまうせいで発覚した。

「ふうん……今回は概ね予想できる内容ですわね。『大空星南は危ない』――そういうことでしょう。こんなものを見て他に感想なんて抱きようがありませんけれど」

「解雇されてないってことはさ、星南さん戻って来る?」

「いえ、本人は退職手続きをしているつもりですもの。単に手続きに不備があったのなら学校側から当人に連絡がいっているでしょうし……。何か企図があって籍を残しているのは事実かもしれませんわね」

「星南さんが特別扱いで大切にされるのは当たり前のことだよ」

「うぅ……まあ、続きを聞きましょう」

 最初はビックリしたけれど、初花と相談して「別に知られて困ることも無いし、実害も無いし」という風に落ち着いて、「何かまずいことを言い出したらその時に止めよう」と決めている。こんな変な癖があったら将来ドヴィーク先輩自身が困ることもありそうだから、卒業前には教えてあげよう、とも話してあった。

「未成質量の兵器が開発される以前に、こんな選手が育ってしまうんじゃ三局戦況は戦争を避ける手段にならない。もし噂される通りに、勇者たちがいなくなったあとにも戦力を維持する目的の為に三局戦況があるんだとしたら、急にこんな兵器を作り出したのはどうして?」

「ああ、その噂あるよね。『魔王の復活に備えてる』ってやつ。魔王の島はモニュメントが建っててそのうち観光地になるって噂もあるけど」

「ええ、ただそれが事実なら、並行して兵器の開発をもっと早い段階で始めているはず、という点はドヴィークさんも疑っているのでしょう」

 初花が用意してくれた紅茶で喉を潤す。星南さんの動画を見て歓声を上げていたから喉が渇いていた。

「逮捕の可能性について追及されると、ワタクシのほうが余程危ないことをしてしまったので困りますわね。……あの時は竜子さんがいなくなったショックで動転していたもので……」

「あはは、あれはカッコ良かったよね」

 一度目の公開試合で手も足も出せずに負けて帰り着いた地元の駅。初花は空を飛んで駆け付けてくれた。正直あの頃は初花がどうしてそこまで気にかけてくれるのかわからなかったけれど、今では欠け替えのない仲間になっている。縁を繋ぎ直してくれたのが星南さんだからなおさら大切にしたい。

「カッコ……良かったとおっしゃいました? 竜子さん、あの女とワタクシを比べてどちらがより『良かった』と思いますの?」

「そりゃ星南さんだよ、何言ってんの。あといい加減にさ、星南さんを『あの女』って呼ぶのやめて。ムカつく」

 至極当然のことを言うと、喜んでいた初花が「すみません」と呟いて一気に落ち込んだ。

 前々から気になっていたことをとうとう言ってしまった。

 初花にも星南さんを好きになって尊敬して憧れてほしいけれど、初花には別の〝理想の選手〟いるんだと思う。だからと言って「あの女」呼ばわりは違う。

「……うー、こっちもゴメン」

 沈黙が気まずくなって、頭を下げる。初花は驚いているけれど、一方的に文句を言って平気でいられない程度には後ろめたさを無視できなかった。

「うんとね、初花が星南さんのことを嫌な感じに言うのがムカつくのは本当だけど、あたし前から初花が星南さんに気に入られてるのが羨ましくて……妬んでるんだ。『それなのに』っていう気持ちがあるから今ガマンできなくなったんだと思う。要するに八つ当たり」

 自分がいかにみっともないかを説明するのは恥ずかしくて、笑うしかない。

「あたし調子乗ってた。置いてきぼりにされたくせに、『大空星南の弟子』のつもりでさ。良い成績を取れば認めてもらえると思ってたら、ドヴィーク先輩にはいいようにあしらわれて敵わない。こんなんだから、初花のほうが可愛がられて当たり前だよね……」

 心の内を隠さず話しているのに、目の前の初花は納得しない様子でどんどん困惑していった。

「ちょっとお待ちくださいまし? どうしてワタクシがあのおん――大空教官に好かれて可愛がられていることになっていますの? 同じことを偶川さんにも言われたことがありますけれど、あまり愉快な気持ちにはなれませんの」

「だってあたしや依風ちんよりたくさん話しかけられてたし、課題も多く出されてなかった? それって期待されてるからだよ」

「ああしたことは『好かれている』ではなく『絡まれている』と言いますのよ? 始めたばかりの竜子さんや偶川さんよりもワタクシのほうが三局戦況の選手としてまとまっているせいで口出しし易い――という事情はあったと思いますわ。他に『経験者のくせにどうしてできない』という憤りと、あとは不本意ながら一緒に住んでいたというのも大きいのではないかと」

「この映像を見た直後で星南さんに対抗意識を燃やせる根性もすごいと思うよ。『大空星南の一番弟子』の座は譲るね……」

「要りませんわよそんなの! 」

 初花が涙目で取り乱した大声を出して、さすがにドヴィーク先輩が我に返った。

 星南さんのピースサインで停止したスクリーンを眺めて、取り繕うようにすまなそうにする。

「ゴメン、なんかボーっとしてた。頼りない先輩だと思われちゃったらヤダな。飲み物とか奢ったら無かったことにしてもらえる?」

 再生が終わったばかりだと思っているみたいだ。初花がほほ笑んで、新しいカップに紅茶を差し出して手渡す。

「飲み物ならもうありましてよ、少し冷めていますけれど。どうも貴重な映像を見せていただき、ありがとうございます。さすが先輩は頼りになりますわね」

「えっ、そうかな……。こちらこそありがとう。優しい後輩に恵まれて、先輩嬉しい……」

 今回もまた筒抜けスパイ先輩はダダ漏れになっていたことに気付かないまま独り言を終えた。「じゃあデザート買ってこようか」と照れて顔を赤くしている。

 何か酷いことを企んでいる極悪人とはとても疑えない。あたしたちや星南さんの情報を誰かに渡しているとしても、こっちはそれ以上のものを受け取っている。仲間としては隠し事をされるのは寂しいので「いつか打ち明けてくれたらいいな」とは思うけれど、今は笑顔の星南さんの画像を貰えたらそれで満足だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る