連れて帰っては来たけど地元の観光案内とかわからず福利厚生に悩む大空星南
「ホラ、言ってみなさいよ。『いただきます』と同じ礼儀みたいなもんなんだから」
「え? 別にいいけど『はあ~ゴクラクゴクラク』……なぜだか恥ずかしい」
体が温まっているからか照れているのかわからない血色の良い顔で「騙しているのでは」と睨んでくるアムリラを横目に、縁の岩肌へ腕を広げる。数年ぶりの泉質はやはり肌に馴染んで気が休まる。
ここは実家の宿、その露天浴場。
連別府を養成学校へ編入させる為、三局戦況――というよりイデアエフェクトの指導を請け負ってくれた礼としてアムリラとロンデを誘ってみた。報酬も支払われてはいるが、それは愛近がしてくれたことで個人的には報いていないと感じていた。特にアムリラはロンデが就職してくれることがひたすら嬉しい――といった具合で、愛近からの報酬を受け取っていないこともある。
「温泉ならロンデ様が作ったのが一番と思ったけど、ここはなかなか素敵ね。さっきのエステも気持ち良かった」
とりあえず喜んでもらえてはいるようだ。湯面を撫でて自分へと波を寄せて楽しんでいた。照明も無い木々の間の穴ぼこと違って、湯けむりに金髪が意外に映える。
ここは女湯なのでロンデがいないのはもちろんだが、他の客もいない。表には清掃中の看板を出してある。単に他の客を避ける為だけではなく、実際にさっきまで掃除していた。
というのも実家に顔を出すなり親から数年分の怒りをまとめて浴び、色々と仕事を押し付けられたからだ。無理を言って飛び出したのに結局三局戦況の選手にならなかったのだから反論はない。
しかしながら連別府の編入が済んで以来妙にスッキリした気持ちになっているので反省の心境にもなれず、「魔王退治の勇者を連れて来たのでもてなしてやってください」と伝え全預金を渡すと呆れたようで両親はもうそのことを責めなくなった。
「ああ、なんてこと。この国で〝コタツ〟に続く罠を発見。寒くてお湯から出たくない」
「そりゃ真冬の豪雪地帯だもの。うんと温まってから脱衣所に駆け込むのよ。あ、前みたいにのぼせても一瞬で冷ませるから安心してね」
「国際宗教問題に発展するからボクがここで召されるわけにはいかないな」
精神的に楽になれたおかげでアムリラとも気軽に話せて嬉しい。もう「どちらが強い」は全然気にならない。まったくどうでもいいことだ。余程の機会があれば試すのも吝かではないが。
「立派な宿だね。ここが実家なら継ぐの? キミ三局戦況連盟とも切れて無職なんだよね」
「まあねえ……それもできなくはないのかもしれないけど、跡継ぎはもう他で話が進んでるから。今更そこにしゃしゃり出るのは、ちょっとね」
それに身長と肩幅があるので着物姿が絶望的に似合わない。
「〝フリーのイデアエフェクト技能者〟の需要もあるようだから、しばらくはフラフラさせてもらうつもり」
「ああ、ソレって昨日の仕事? 結局なんだったのさアレ」
本来は昨日のうちに実家を訪ねる予定だった。それが今日になったのは、直前におかしなメッセージを受け取ったことから始まる。
検索する限りは実在しない社名を名乗り「新製品の運用テストを頼みたい」という依頼。三局戦況の設備関連かと思い詳細を求めると、数時間後にはあの宿舎の前に降りてきたヘリコプターはその方面に詳しくはなくても「間違いなく軍用」とわかる物々しい作りだった。
どうやら架空の会社は匿名の軍事組織。正体については徹底して隠された。
「よくあんな誘いに乗ったよね。イデアエフェクトの軍事利用って国際法違反でしょ?」
「あそこまで行ったら断るほうが危ない気がしたのよ。偶川たちもそばにいたし。あのあと何があったかは口外しないよう誓約文にたくさんサインさせられたから聞かないで。……ただあれだけ大胆なことをするくらいだから連盟も一枚噛んでるかもしれない。私が訴え出たところでマトモに取り合ってもらえそうにないわね」
悪事を悪党の身内に報告したところで握り潰される。こちらは証拠も何もなく、携行端末に残る記録はチェックされて位置情報などの履歴も消された。この状態で話を聞いてもらえるツテが無い。
「……平和を望む勇者様だったらどう?」
期待を込めて視線をやると、アムリラは額に張り付く前髪を外へと撫でつけながら渋い顔をする。
「『勇者だったらどう』もなにも、ソレもしかするとハワードが首謀者の可能性だってあるんだよ。イデアエフェクトの技術利用は前からやってるし、アイツ金儲け好きだから。ヤだねえ」
勇者ハワードが社会で成功しているのはそもそもそういう流れがあったからなので、別段驚きは感じない。しかしやはり救世主には善人であってほしかった。
「一度メチャクチャ高額の寄付金をウチに寄越してきたことがあったんだけどね。教団の偉い人が相談し合って『裏がありそうだ』って断ったことがあるくらいだよ。仲間だとは思われたくないし」
「いや仲間ではあるでしょ。魔王退治仲間。それともあなたの中では『ロンデとその他』になっているのかしら? と言うか、なっているんでしょうね。『他の勇者じゃ束になっても敵わない』って」
笑って言い、「きっと
ところが、アムリラは明らかに表情をこわばらせた。ふしぎに思ってじっと見つめると、こちらの視線に気が付き無理に笑顔を浮かべる。
「そりゃもう、ボクにとってはロンデ様が一番……だからね。単にハワードが嫌いなのもあるけど。あっ、ウティティカのことは好きだよ。優しくて、良い人」
動揺で上ずった声。この違和感に気付かないほど鈍くはない。
「喧嘩でもした?」
「えっ」
そういった相談事をする間柄かは疑わしい。だが見咎めた以上は放っておけない。照れくさいので返事を待つのをつい嫌い、自分から話し続ける。
「恋人同士の悲喜こもごもなんて分からない私でよければ話くらい聞くわよ。でもまあね、二人の間に何があったとしても十年ぶら下がり続けたヒモがあなたに発言権を持ってるなんて思わないけど。……そうか。さてはロンデがまた無職に戻ったせいで落ち込んだの?」
勇者同士で比べるようなことを話したので経済・社会的にはハワードに完敗していることを気にしたのかもしれない。
「それなら大丈夫よ。安定した職に就いてほしいなら、いっそ養成学校に行けばいいんだから。私厚かましくも紹介状書いてあげる。家庭を築いて裕福に暮らせるくらいの額は期待できるはずだわ。あとは、えっと……」
偉そうにアドバイスでいる半生を送ってきていないことは自分でよくわかっている。それでも何か役立てたらと羞恥心に負けないよう意識してペラペラと話していたが、急にニンマリと笑ったアムリラに苦しい胸中を見抜かれた気がして言葉が止まった。
「……何よ」
「別に。『世界を救えてよかったな』って、今思った」
勇者にしか吐けないセリフを聞いて、一瞬羨望の眼差しを向けそうになった。なぜだか悔しいので堪える。
すっかり気分を持ち直したらしいアムリラはうっとりとした口調で語り始める。
「ボクね。ロンデ様に好きになってもらいたいんだ」
「ヒモに愛情とお金を注ぎ込んでも、返ってくるのは請求書だけよ」
恋模様はわからないがヒモを飼うことの不毛さなら想像がつくのでピシャリと言い切る。アムリラは顔から乙女の高揚を消して非難の目で睨んできた。
ただしそれもつかの間、ふっと笑うと元の乙女の表情に戻る。
「そんな偏見には負けません。ロンデ様は世界を救った恩人で、ロンデ様が作ったアスレチックと温泉は大人気なのだから」
「アスレチックと温泉は置いといて、『世界を救う』以上の社会貢献はあり得ないものね。それを言われたら何も言えないわ。……DV夫を『あの人にも良いところがあるの』って庇ってるみたいで心配なのは変わらないけど」
実際のところどうなのかはともかくとして、勇者たちの中でのパワーバランスはロンデが飛び抜けて破格であるとアムリラは考えているらしい。まるで彼が一人で魔王を倒したかのように話す。
「あのねえ、ボクはキミのことだってロンデ様に好きになってもらいたいと思ってるのに、なんなのその態度!」
二度に渡って否定したからか、アムリラがとうとう怒り出した。
元々二人を労う目的で招待した旅行でイラつかせていては台無しになる。かと言って余計なお世話については反論したい。
「いや、憧れも尊敬もするけど、別に好かれたくは……。功績と個人は別だもの」
「なんでさ!? ロンデ様ステキじゃん!」
「惚れてたらそう思うんだろうけどね。でもこっちはもう居酒屋で飲んだくれてはあなたに代金を払わせる姿を何年も見続けてるのよ? 『人間的にはちょっとね』って思ったって仕方ないじゃない」
「救われておいて感謝もないワケ?」
「そこを弱味みたいに言われたって困るのよ。私だって『間に合わなかった天才』と呼ばれた女。当時そこにいれば――いや、やめとく。これを言うのはあまりにもミジメだわ」
生まれた時代が合っていたなら自分も――という主張は当時八歳で年下のアムリラが参加している以上通らない。それに、虚しい。
「ロンデ様に好かれろ! 好かれなくちゃいけないんだ!」
「いや『好きになれ』ならまだわかるけど、なんなのよあなたって子は……」
こちらは冷静になれたもののアムリラはまだまだヒートアップしている。このままではまた湯あたりするので浴場を出て浴衣に着替えさせたのちに「温泉宿での揉め事はこれで解決するのが作法」と騙し遊技場で卓球に興じてボコボコにした。
「偉いかもしれない誰かが言いました。『正義は勝つ』」
卓球台に突っ伏して肩で息をするアムリラを見下ろし、固い白球を掌で弄ぶ。
「うぐぐ……ロンデ様に、ロンデ様に仇を討ってもらうもん!」
「彼、多分卓球知らないでしょう。どうやって暮らして来たのかふしぎなところがあるし」
「ロンデ様は絶対に負けたりしない。必ずキミをコールド負けさせる」
「うん? もしかしてあなたも卓球を知らなかった……? まあでも面白いじゃない。私とロンデなら、負けたほうが就職することにしましょう。そもそも彼が定職に就いていたなら何も揉めなかった話なのよ」
今夜からしばらく二人が泊まる部屋は独立した離れで、そこに待たせていたロンデがいなくなっていた。
「ああ、どうしよう! 退屈で出て行っちゃったんだ。どこかで良くない人間に絡まれているかもしれない」
「子供じゃあるまいし、そんなの何の心配もないでしょう。……やっぱり急いで探すわよ」
連別府や偶川の指導を請け負っていたのだから、加減はできるはずだ。だがあの茫洋と浮世離れした雰囲気には不安を一抹以上に感じた。
まずは旅館の中でロンデの姿を捜す。アムリラは「捨てられる」と涙ぐみまっすぐ歩けない状態で、二次遭難されても困るので手を引いて歩いた。
「いないわね……。恋する乙女のふしぎなチカラで愛する人の居場所がわかったりしないの?」
「ううっ、さっきから気を遣ってたくさん話しかけてくれてる。キミってぶっきらぼうな印象があるのに、実はあったかい血が流れてるんだ」
「うるさいわね。余計なことを言ってるとロビーのマッサージ椅子に縛り付けるわよ」
「……ところでさっきからスタッフの人の視線が気になるんだけど」
いくらか落ち着いたらしいアムリラに指摘された通り、通路ですれ違う従業員がこっちを見るなり明らかに血相を変えて道を空けていく。疑問視されてもおかしくはない。
「キミ、この立派な家の子なんでしょ。なのに『ひさびさに帰ってきたお嬢様お帰りなさいませ』って感じじゃないよね?」
「あー、この家を出ることに反対されて、それで……ちょっとだけ揉めたのよね。当時働いていた人はそのことを知ってるから」
「『ちょっとだけ』? 嘘だあ。さっきエステの間に色々聞いたもんね。メチャクチャ荒れたらしいじゃない」
思わず「うっ」と呻き声が漏れた。
アムリラはさっきまで泣きべそをかいていたくせに上目遣いにからかいを混ぜてくる。元気になってくれたのならそれはそれで喜ばしいが、過去については知られたくなかった。
「……まあね。でも未だに恐がられるとは思わなかったわ」
「そりゃ説得しようとする親類縁者片っ端から投げ飛ばして、挙句の果てには家に火を付けようとしたらそうなるんじゃないの」
過去についてはあまり知られたくなかった。
引き続きロンデを探すも旅館内には見つからずに表へ出ると、すぐ異変に気が付いた。あの練習場が整備されていた時と同じ感覚に襲われる。
駐車場に大きな雪像が幾つも並んでいる。背の高さと変わらない単なる三角錐から始まって、離れていくほど造詣が細かい。一番遠いものは何かのキャラクターらしき人型ロボットの立像。こうなると制作者は知れていて、ロンデがスコップを肩に担ぎこちらへ歩いてくるところだった。はしゃぐ子供たちに囲まれているから、この子たちのリクエストだと思う。
「これはもう……私の負けだわね」
地元の子供たちに懐かれているさまを見せつけられ、実家に帰省して怯えられる身としてはこのあと卓球で挑む気にはなれなかった。
どうやら就職先を探すのは私になりそうだ。
《》
イデアエフェクト・リベンジ 燃え尽き教官と地方教育 福本丸太 @sifu
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