今回も女子会のような雰囲気にはならないと察している偶川依風
ワタシもドラム缶風呂で汗を流したあと、宿舎の畳間で今日からのチームメイトと膝を付き合わせた。
「あの無責任教官、初日から職場放棄しましたわよ。信じられます?」
「星南さんはクールな大人だから、一日の終わりにはお酒が必要なんだよ」
「あー、お酒かあ。それは考えてなかったなあ……。明日からは用意しとこう」
宿舎に置いてきぼりにされて正直呆気に取られた。まだ知り合って半日経たないくらいだからどういう人かまだよく知らないけれど、いきなり放り出されるなんて思わなかった。
(訓練中はあんなに熱血丸出しだったのに。って言うか普段と性格変わるよね。口調とか、声もちょっと低くなるし……。あの声がまた――いやいや何考えてんのワタシ)
顔が熱くなったのはお茶のせいにして湯呑みを置くと、畳の上でゴロゴロ転がっていた竜ちゃんが足にぶつかってきた。
「星南さん、どこの店に行ったのかな」
「さあ……この辺には詳しくないわけだから検索してナビを参考にするだろうし、町の方に行くんじゃない?」
「市街まで行くなら星南さんは『バー』だよ『バー』! カウンターで、麦茶みたいな色のやつでこう……氷をカランって鳴らすの。カッコいい!」
竜ちゃんが風呂上りだけが理由ではなさそうな赤い顔でうっとりと語る。この陶酔にとことん付き合うと決めたからには呆れてはいけない。
「じゃあ今日はもうご飯食べたら解散にしようか?」
それしかないと思って提案すると、お嬢様から反発が起きた。
「それは困ります! 連別府さんはここに泊っていってくださいな! そうでないとワタクシ今夜こんな山奥に独りになってしまいますもの」
ただ単に竜ちゃんと一緒にいたいだけかもしれないけれど、彼女の不安は理解できる。
知らない土地の山奥のボロ屋で、入口は内側からつっかえ棒をするしか戸を塞げないのにコーチが外出しているからそれもできない。そんな環境で独り夜を過ごせと言われたら恐いのは当たり前のことだ。
「じゃあ竜ちゃん、ワタシたちも今夜はここに泊まろうか。竜ちゃんのおうちには『ワタシのうちに泊まる』って連絡しとくから。週末だし、別におかしなことないよ」
竜ちゃんがぎゅっと縮めていた肩に手を置いて撫でたら、泣きそうな顔で見つめられた。勝手に外泊したら責められることを知っているから、そんなことはさせない。
(お嬢様が渡した謝礼金のことも確かめないといけないからね……!)
静かに怒りを燃やしていたら、いつの間にか竜ちゃんの肩を掴む手に力が入っていた。「痛い痛い」と小さな悲鳴を聞いて緩めると、今度は手首を掴まれる。お嬢様だ。
「連別府さんさえワタクシのそばにいてくださるなら、貴女はお帰りになっても構いませんのよ? 色々と手配なさる準備も必要でしょうし、初めての訓練でお疲れではありませんこと?」
細めた割に力のこもった眼差しが「帰れ」と語っている。竜ちゃんと二人で過ごしたい魂胆が丸見えだ。
(いやまあ、別に帰ったって構わないんだけどなあ)
でもそれは名案には思えない。なぜならワタシたちはチームメイトだから。避けられていいわけがない。
「いいえ、折角だからワタシも泊まります。ワタシも竜ちゃんみたいにお嬢様と仲良くなりたいので」
「えっ……ワタクシと連別府さんみたいに?」
音が聞こえそうなくらい一気に、お嬢様の頬がピンク色に染まった。この人は色が白いからとても目立つ。
「おかしいでしょうよ。これで動揺するなんて、竜ちゃんとどう仲良くするつもりだったんですか」
「だってその……貴女、ワタクシのこと好きなの?」
察するに、彼女は竜ちゃんのことを特別視し過ぎているんだと思う。そこにワタシが並ぶようなことを言ったせいでおかしなことになっている。
「
自分の立ち位置がチームメイトであると話して示すと、お嬢様は緊張を解いて息を吐いた。ワタシに何をされると思って、竜ちゃんと何をするつもりでいるんだろう。
「親しくするだけがチームの信頼ではありませんけれど、それに越したことはありませんものね。どうぞよろしく。食べ物とお布団をありがとう」
「どういたしまして。これからは『お嬢様』じゃなくて『愛近先輩』って呼びますね」
笑顔で握手を交わす横で「お嬢様って言うなら依風ちんも」と余計なことを言いかけた竜ちゃんの口を塞ぐ。
「そもそもワタシたち、まだちゃんと自己紹介してませんでしたね? ワタシは偶川依風。竜ちゃんとは同級生で、七年くらいの付き合いです」
「長年の付き合いがあるからと言って調子に乗らないでくださいます?」
単に繋がりのある部分で説明したつもりだったけれど、地雷を踏んでしまった。
「いえでも、愛近先輩と竜ちゃんの絆には敵いませんよ。もうずっと会ってなくて、約束したわけでもないのに再会したんですもんね」
「ええ、そうでしょうとも。ワタクシは愛近初花、連別府さんと運命を共にする片翼です」
取り繕ってテキトーなおべっかを使うと、あっさり機嫌を良くして得意げに胸を反らすのを見て「チョロいなあ」と感想を抱く。これなら多少失言をしたってあとからいくらでもフォローできそうだ。
「凄いですよねー。ほんの何日か見てただけで、喋ったこともない間柄でそこまで思い込めるなんて」
「貴女何をおっしゃりたいの?」
「だって竜ちゃんはイデアエフェクトだなんて知らずに愛近先輩を助けたんですよ。よく再会を信じられましたよね」
竜ちゃんが三局戦況にハマって養成学校を目指したのは愛近先輩との架空の約束の為ではなくて大空コーチに憧れたからだ。もしそうならずに竜ちゃんがグレ続けていたら愛近先輩は多分次はプロリーグで待ち続けることになったと思う。
「だからこその運命なのですわ! デスティニーでしてよ! 端から見れば不確かなようでも、必ず結びつきますわよ」
何にしてもその強い動機のおかげか彼女は養成学校では優等生だったそうで、そして今はここにいる。これだけ気に入っているんだから竜ちゃんのことを苦しめるワケがないし、ワタシとしてはとても心強い味方だ。
向こうはどう受け止めているかわからないけれど、とりあえず邪魔者扱いはされなくてよかったと満足していたら唐突に竜ちゃんが勢いよく手を挙げた。
「ハイハイ! あたし連別府竜子! 将来は大空星南さんみたいな人になります!」
自分の番が待ちきれなかったという勢いはそれが言いたいだけと言う気もする。
「いや知ってるし。でもコーチへの憧れってビジュアル含めてでしょ? 竜ちゃんがああなるにはムリがあるよ」
「なんだと」
「ワタシわかってなかったから今まで聞き流してたけど、実際会ったらもうね……」
刃物みたいに鋭いのにどこか気だるげな雰囲気を伴うあの魅力に竜ちゃんがあと何年かでたどり着くなんて想像できない。〝野性味〟という点を広く考えれば共通してはいても、ファッション誌の表紙を飾るような「ワイルド」と実際に野山を駆け回る「ワイルド」の違いは大きい。
「ねっ? 星南さん凄いでしょ。っていうかあの運動着ヤバいよね! 体にピッタリしたのは他の三局戦況選手も標準装備がレオタードみたいだからボディライン出てるけど、全然違ってさ、なんかエロいよね!」
「うわっ、敢えてワタシが触れなかったことにあっさり触れた。いやホント、なんなんだろうねアレ。別に何かしてるわけじゃないのに。目のやり場に困って落ち着く先の顔が一番良いってところがまた困る」
盛り上がる私たちを脇に、愛近先輩はサンドイッチを片手に悲しそうな顔をしていた。コーチは好みじゃないらしい。
「あの、どうして連別府さんはあんな教官に魅了されますの? 折角ワタクシたちチームメイトになれたのですからもっと素敵な、共通の目標を掲げてほしいのに……。例えばプロデビューして同じチームに入るとか」
愛近先輩の不満はちょっと理解できる。一緒に切磋琢磨しようとする相手が違う方向を向いている寂しさ。そういうのはわかる。
昔、竜ちゃんが荒れていた頃。非行に走って大人と揉めて、進んで自分を
あのときのワタシは完全に第三者だったにもかかわらず勝手に腹を立てて干渉したけれど、今の愛近先輩にとってはチームメイトのことだから意見する道理もあると思う。
他にもワタシにはわからないこととして、アスリートの〝我〟というものが理由になるんじゃないだろうか。競技の世界で生きて行こうとする選手には「誰にも負けない」「自分は凄い」という自負があると思う。それが竜ちゃんには無くて無邪気に憧れていることが愛近先輩は歯痒いのかもしれない。
「あたしは別に……プロとかにはこだわらないかな。星南さんみたいになりたいだけで」
竜ちゃんが返事をした瞬間、愛近先輩の心に嵐が吹いたのがわかった。
「あんな終わった女――」
「ハイ、そこまで。先輩ストップ」
目に涙を溜め、何か叫ぼうとしたのを間に入って止める。
「不満があるなら意見をするのはいいですよ、チームなんだから。でも意見を言って伝わったのに、思い通りにならないからって言い続けるのは良くありません。それ以上は相手を責めることになるだけです」
愛近先輩が聞き入れてくれたかを確かめるのは待って、次に竜ちゃんに目を移す。
「竜ちゃん、さっきのは良くないよ。愛近先輩は要するに『がんばろうね』ってことを話してたのに、『こっちは勝手にやるんで』って断っちゃってるんだから」
どちらかじゃなく二人の両方をここで
「それじゃコーチだって指導する甲斐がないんじゃない? 竜ちゃんをプロ選手にする為に来てくれてるんだから」
これでやっとわかってもらえて、竜ちゃんは血相を変えて愛近先輩に頭を下げた。
「ごめんなさい! がんばるつもりがないわけじゃなくって、ただ星南さんが好きで、だからあんな風になりたいって思ってるだけなの。それに星南さんは三局戦況が強いからあたしも強くならなきゃなんだ。あたし星南さんに褒めてもらえるならどんなに辛い練習でも平気だから見捨てずにイデアエフェクト教えてください!」
必死な口調の謝罪を受けて、愛近先輩は口をパクパクさせた。頼られて嬉しいのと、まだコーチのことばかりこだわるから悔しい気持ちでくちゃくちゃになっていそうだ。
これ以上はちょっとフォローが思いつかないので、ワタシも竜ちゃんの横で一緒に「よろしくお願いします」と頭を下げた。
しばらく歯ぎしりをしていた愛近先輩がため息と共に無事心を沈めると、コーチに頼まれていた通り基礎を教えてくれることになった。
「あのー、先輩。起動弁を何回も鳴らせば未成質量はどんどん増やせるんですか?」
「個人が一定の土地から抽出できる未成質量の量は決まっていますので、何度鳴らしたところで同じ――というのが模範解答ですわね。ただし抽出量は集中力次第で増減して、一度で最大値を引き出せる選手はそういませんの。ワタクシも八割程度ですわね。ですので現実には二度目以降も追加されることはあり得ますわよ」
未成質量の量は土地だけでなく集中力に左右される、とメモを取る。
「誰かが先にたくさん未成質量を抽出しても、そのあと別の人が取り出す際には量が減るようなことはありませんの。ここが通常の資源と違う点ですわね。それぞれの口座に預金が保管されているようなもので、奪い合いになるのは抽出したそのあと」
「それだと一旦相手が出すのを待って、こっちは獲得のほうをがんばったらいい風に聞こえるけど……。あんまりそういうのがうまくいった試合を見たことがないような……」
竜ちゃんはイデアエフェクト自体には詳しくないけれど、さすが普段から試合中継をチェックしているからこその意見を出す。
「ああ、一時期流行りましたわね。一人は獲得で妨害するのみに専念し、残りの他二人が先行して攻めたり。結局はチームのバランスを欠くような戦術は淘汰されましたの。なにしろまだ未成熟な競技ですもの、色んな戦法が検討されるのは自然なことでしてよ。今では獲得をどこでやめて先手を取るか、くらいの駆け引きになっていますわね。……そういう様々な工夫をすべて無意味にする人間が現れるまでの話ですけれど」
急に暗い口調。何かと思えば、竜ちゃんが顔を輝かせたからそれがわかった。
「それって、コーチのこと?」
愛近先輩は疲れた風にほほ笑んで頷く。
「そう、我らが大空教官。未成質量は莫大、獲得速度は異常。彼女の存在は未デビューの在学時代で既にプロリーグを震撼――というより恐怖させたのですわ。最新のルール変更はいかにその脅威から競技を守るか、という趣旨だったように感じますの。不憫ではありますけれど、それほど既存の選手と違いがあったのでは仕方ありませんわね」
思わずエビフライを摘まむ手が止まった。
愛近先輩にここまで言わせるなんて、ワタシたちはもしかしなくてもとんでもない人の下に付いてしまったんじゃないだろうか。訓練中は別人のようだと思いはしたものの、まさかそこまでの人物とは思わなかった。
「……寝ようか。明日は多分今日より厳しいし、たくさん休んでおかなくちゃ」
「ええっ? 今から星南さんの試合動画観て盛り上がるんじゃないの?」
練習に付いていく自信を喪失しそうだからそれは遠慮したいので竜ちゃんを無視して布団を敷いた。コーチと愛近先輩の分しか考えていなかったので二組しかない。コーチ用を残しておかなければならないことを考えると、ワタシたち三人は一つの布団で眠らなくてはいけなくなる。くっ付いて並んでもムリのある面積だ。
そういうことに頭がいかない竜ちゃんは掛け布団にくるまってゴロゴロと転がっている。
「綺麗でゴワゴワしたシーツ、好き」
「連別府さん! ワタクシ慣れない環境で恐くてたまりませんの! 眠るまで手を繋いでいてくださいな」
「いや竜ちゃんは友情ぶっ壊すくらい寝相が悪いからよしたほうが……まあいいか」
騒ぐ二人は放っておいて、ワタシは毛布を体に巻いて横になった。まだ寒い時期じゃないからこのくらいでも平気でよかった。
こうして三局戦況部(申請中)が始まった初日からいきなりの合宿は、この先の色々な不安から目を反らしつつ夜を迎える。
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