渦の中で浮き沈みする大空星南
「ああっ! クッソ、話にならない……!」
放送を打ち切って毒づく。端末を足元に叩き付けるのは思い留まった。車外へ出て伸びをし、長く座っていた間に強張った尻を揉む。運転席のホルダーから飲み物を取って喋り付かれた喉を潤すと、ようやく気分が落ち着いた。
「……愚痴を吐く相手がいないんだから、自分でしっかりしないと」
過去に三局戦況に関わりを持ちながらも現在養成学校やプロリーグからは外れた、私と同じ立場の者たちへ呼びかける放送。結局うまくはいかなかった。
からかい目的の誹謗中傷、利益にばかりに集まる関心。
それが自体は拒絶しない。野次とは話題性、利益とは社会性だ。どちらもプロスポーツには必要になる。
多少実のある話も「イデアエフェクトによる犯罪の対策について」に逸れてしまい、私の身にはならなかった。敢えて発言せず様子見をしていたは連中が今後連絡してくるかもしれないが、私個人を頼られても大したことはできない。だからこそ複数の知恵が集まるキッカケを掴むべく、放送という手段を使った。
好感触とは言えなかったが、しかしそれは副題に過ぎない。主目的は大前提として必要な、養成学校への編入の可能性を作ること。
その為にとりあえずは三局戦況連盟にこちらの〝本気度〟が伝わればいい。放送自体に建設的な意見がなくとも、活動の意思があるとわかれば人気を二分しかねない別のリーグが立ち上がることを彼らは懸念する。起動弁を一手に管理する有利はあっても未成質量は新式で抽出できる。連盟と敵対しても三局戦況は充分に可能だ。
予想に沿って、連盟から面談を要望するメッセージが届いた。退職以来初めての連絡。焦らしてやりたいイタズラ心は自制して「日時が調整でき次第こちらから返事をする」という旨を社会人らしく丁寧に返した。
設備を都合してくれた元チームメイトからは「プレゼンは負け。でも場外乱闘で勝てるね」とメッセージが来た。しっかり狙いが伝わっていて、くすぐったい気持ちになる。
地名こそ伏せたものの、現在養成学校の外でイデアエフェクトの指導を行っていることを放送で明かした。ロンデとアムリラが加わっていることを発表したときには期待した通り、かなりの反応があった。そして、伝説の勇者は他に二人残っている。少しでもその気がある元関係者たちは「出遅れた」と感じ、この先競争は私と繋がりのない所で加熱する。
だが私の目的は勇者を揃えることでも競争の先頭に立つことでもない。もちろん叶うならそのほうがいいが、放送でも繰り返し訴えたように欲しいのは教育プランだ。思い付きを繰り返すのではなく次の世代に残るような試行錯誤が起きてほしい。その中には今すぐ活かせるものもあるはずだ。
(ここ二日で一番強く感じた確信は私が教育者に向いてないってことだもの。借り物でもいいから、ゼロから積み上げていかなきゃね)
もう一度大きく伸びをして、運転席に戻りエンジンをかけた。訓練を始める放課後までにはまだまだ時間がある。のんびりが許されるほどの達成感は得られていない。
偶川の話では高校から宿舎及び練習場間への移動時間は行きが三十分、帰りが五分。自転車と斜面の都合でそれだけ異なるそうだ。放課後車で迎えに行って、荷物を載せたらランニングで向かえば丁度良い準備運動になる。
そんなことを考えながら自動運転で宿舎へと戻る。二、三連絡を片付けながら到着すると、また練習場の風景が変わっていた。丸木を組んで呼ぶ予定もない観客の席ができていた。言うまでもなくロンデの作だ。
「なあ、他にすることあるか?」
世界を救った元ヒモの働き者が次の仕事を求めてきた。眼差しが陰気に死んでいる割にどこで手に入れたのか幅広のズボンと袖の無いシャツ姿は活動的で、印象を決めづらい。
「……ひとまずの支払いは私じゃないとはいえ、勇者を雇うということが恐ろしいことだと思い知らわれるわね……」
彼が退屈をしているのなら、バカな申し出をしてもいいだろうか。連別府たちを鍛えることとはまったく関係のない頼み事。
「もしよかったら……私とお手合わせいただけますか」
心臓が高鳴り、手足に強く血が巡る。戦闘に向けて体が切り替わっていく。
けれど、ロンデは薄く笑って背中を向けた。
「仕事が無いなら散歩でもしてくる」
冷や水を浴びせられた気分で落ち込む。
まるで相手にされない。それは私が彼に比べて弱いからか、それともやはり理由が無いからか。わからないながら敗北感で胸の内はいっぱいになった。
傷心を抱えて宿舎に入ると、寝起きらしいアムリラに出迎えられた。
「そりゃムチャだよ。ロンデ様は納得できない無益なことを絶対しないから。行いはすべて人類の愛の為。尊いお方なんだよ」
湿らせたタオルで顔を拭きながら、アムリラは馬鹿にした風に笑う。それこそ私が納得できない。
「毎晩他人の財布で飲み食いする合理主義者が『尊いお方』ねえ……」
「おっ? ロンデ様の悪口を言ったな。ボクならいつでも相手になるよ。悔い改めるまで付き合うのが宗教家だからさ。汝、己の罪を知れ。世界は人と人との助け合いによって成り立っているんだから、世界中の人は常に誰かにとってのヒモなのです」
「それで『そうですね』って改宗する奴はヒモになりたいだけでしょ」
「人は救いを求めて神にすがるんだからそれでいいんだよ。なりたいと願うのは自由。いつかなれると思うことが希望。その内容は問いません」
昼食用に昨夜の残りのソーセージを昨日のバーベキューにも使った鉄板の上で転がしながら話をする。未成質量式コンロはやはり火力の調整が難しかったので普通にガスコンロを選んだ。
「宗教の話は興味ないけどさ、あなたたち勇者の中で一番強い人って誰なの?」
「へえ、『天才』とか呼ばれてた割には平凡な質問するね」
さっきの発言を根に持たれているのかと思ったら、隣で皿に移したばかりのソーセージをつまみ食いするアムリラは例によって乙女の表情をしていた。それだけで察せる。
「……ロンデなんだ」
正解とばかりに笑みが強まる。
「あの方はとても強いよ。ボクらが束になっても、何年かけたって敵わないから挑むことだって諦めた。そういう偉大な方」
ロンデの人物像的に「けっして折れない勇気を持っている」といった風な精神論ではなさそうなので、実際に勇者たちは力比べをしたことがあるのだろう。
(……いいなあ)
全力を尽くして戦える好敵手。ロンデが破格だとしても、彼らはそういう間柄なのだろう。心の底から羨ましい。
(私なんか本気で戦ったことなんて一度だって――いやいや、彼らは選手じゃなくて戦士なんだから、比べちゃダメダメ……)
ため息をついていたら「ネガティブが料理に移る!」と叱られた。作っているのは私でアムリラは皿を持って待っているだけなのだが。と言っても私は焼いたあとで調味料をかける程度のことしかできない。せっかく色々と用意してくれている偶川に悪いくらいだ。
焼き上がった気がするソーセージとスクランブルエッグをパンに挟んで皿に乗せる。
「わぁ質素だねえ。清貧の誓いを立てていなかったらブチ切れているところだよ」
牛乳をコップに注いで渡しながら「大人なんだから不満なら自分で何とかしなさい」と言いかけて、すっかり敬意を失くしていることに気付く。そう言えば彼女は私にとっては憧れの勇者様なのだった。それに雇用関係にあるとしても礼は尽くすべきだ。
「待遇については今後少しずつ改善させていただくとして。……生徒たちの指導をしばらく二人に任せることになると思う。私はこれからちょっとやることが増えるから」
「それね、何やったの? 教団からもの凄いたくさんメッセージ来てて、要するに『お前何やってんだ』って端末がうるさくて起きちゃったんだけど」
放送で彼女の名前も出したので、身内からリアクションがあったようだ。関係者である以上は今後の方針について説明しておかなくてはいけない。
「ちょっと準備中。三局戦況連盟には編入の窓口を作ってもらって、野良のイデアエフェクト使いには組織化したうえで自主的に自己練磨してもらうの」
「あー、うん。意味がわからない。あの三人の子たち以外にも育てるつもりなワケ?」
「養成学校と交渉するには『地方でもイデアエフェクト教育はできるぞ』って危機感を持たせる必要があって、その為に現状燻っているイデアエフェクト関係者を焚き付けなくちゃいけないの」
「オッケ、わかった。教団とは『決められた重要な行事ごとでしか帰らない』って約束してるから今は平気。でも、だからこそ年末と年始の二週間は断れないかな。編入を賭けた試合をする予定なのは年明けだっけ?」
「うん、そこにねじ込む」
「だったら最後の大詰めは手伝えないかな。ごめんね」
「それは無理強いできないから。給与支払い主にも説明しておくし、そもそも雇っているつもりなのはロンデだけなんだから」
その頃は終盤で、ある程度は三人だけでも質の高い訓練ができるようになっていてほしいという願いもある。
ソーセージと卵のサンドを牛乳で流し込んだアムリラがなんとなく何かを言い出しそうにしている空気を察した。すると、向こうもこちらが察したことを察したようで気まずそうに苦笑いをした。
「あとさあ……メッセージが、ハワードからも来てるんだ」
「勇者ハワード?」
アムリラは「アイツが『勇者』って一番似合わない」と言って今度は快活に笑った。
魔王討伐以前の勇者ハワードは住所が不定なタイプの無職だったらしく、その点では現在のロンデ以下とも言える。魔王討伐後に名声を活かして出資を募り、実業家として成功していったニュースしか知らないファンでは抱きにくい感想だ。
「その〝勇者ハワード様〟が全面的に支援してくれるんだって。『スポンサーのロゴ入りのユニフォームは要るか?』って。ちゃっかりしてるよね。ユニフォームの製作費もスポンサーに出させて身銭切らないつもりだよ、アイツ」
「出資者が付いてくれるのはありがたい話だけれど、学校の部活動には不適切よね」
養成学校に編入して解散することが前提のチームなので、今から決まった色に染めたくはない。プロデビュー後にそのスポンサーと関連するチームに属するとは限らないからだ。
「それともう一つ、ハワードの子供さんが養成学校に通ってるんだってさ」
「えっ? そんな生徒がいたら私見つけてるはずなんだけど」
「籍は入れてなくて役所の登録上は他人になってるんじゃ、データ見たくらいじゃわからないって」
「ああ、そういうこと……」
現在養成学校に在籍しているなら少なくとも十五才以上。その子が五歳までは父親が無職で住所不定だったことになる。
「その子を養成学校から引っ張って来させてもいいって。……勝手な親だよね」
アムリラ自身も実の親から教団へ引き取られた孤児なので感じるところがあるのだろう――と心中を察っする以前に「あいつ許せねえ」と露骨に吐き捨てた。
私の皿から砂糖をたっぷりかけた卵焼きを口の中に突っ込んでやって表情が和らぐのを見たあとは、今度はこっちが眉間にしわを寄せる番だ。
「勇者ハワードの子かあ……。きっと強いんだろうなあ……けどなあ……」
腕組みをして唸る。父親の横暴は判断材料の外に置くとしても、あまり気が進まない。
「それをやっちゃうと偶川を弾くことになるでしょう。人数があぶれたら戦力外が出るのは普通でも、好んでそれをやっちゃうのは教育者としてなあ」
三局戦況もプロならば控え選手が存在し、セット間で交代したりもする。しかし養成学校のチーム編成では活躍の場を欲する生徒が控えに甘んじるはずもなく、常にギリギリの三人一組を選ぶ。
特にプロ入りの希望を持たない偶川なら喜ぶかもしれないが、部への貢献が著しい彼女を試合に出さないとなると本格的に雑用係になってしまう。
「でもあの子ここまではがんばってるんだし、その話をしてやめちゃうのは嫌だなっていうのは私のエゴかな? ……別に三局戦況がこの世のすべてなワケじゃないんだし……。でも動機はどうあれ『やるからには最後まで』って思うのはおかしなことじゃないよね? がんばればなんとかなると思うし……」
愛近に「根性論ゴリラ」呼ばわりされる幻聴と戦いながら頭を抱えて悩んでいると、目の前でアムリラがニコニコ笑っていた。つい睨んだらバカにしているわけじゃない、と小さく首を振って示す。
「ボク、キミのことちょっと好きになった。てっきり自分の名を売りたくってロンデ様やあの子たちを利用してるんだと思ってたんだよね。でもでもどうだい? 良い先生やってるじゃない。生徒本人より真剣に考えてるっぽい」
「あの子たちが『マジメじゃない』みたいな言い方は好きになれない。そりゃまだ自発的には動けないけど、目の前のことで手一杯になるのは子供なんだから仕方ないことで――」
それをサポートするのが大人の役割。
そう言いかけて、自分にもそういうときには支えてくれた誰かがいたことに今更思い当たった。そうでなければのうのうと養成学校の教官には収まりはしない。
だというのに私は己の運命を嘆くばかりで感謝を伝えたことがなかった。不義理をした申し訳なさを反抗心で覆い隠すには、私は少々子供から離れ過ぎている。
「……私、大人になったんだなあ」
しみじみと感傷に浸っていたら、アムリラ(未成年)が「大人の世界にようこそ」と肩を叩いて来たのでその未成年の長い衣を引っ張り上げて顔に巻き付けてやった。
食器を洗ったあとは予想した通り連絡に追われる。
養成学校との面談予定を打ち合わせる前にまずは突然退職したことを改めて詫び、短い期間ながら雇ってもらっていたことに謝意を伝えた。返事は「がんばりなさい」だった。後ろ足で砂をかけたのに優しくされて涙が出そうになる。
その他にもいくつか個人から問い合わせもあって、技術的なことについては元チームメイトに回した。
放送の反響としては基本的にネット上の各所で元々話題に出ていたことが盛り上がった程度、と言ったところが現実のようだ。その中で具体的な行動に踏み切る決心をした者たちが養成学校、或いはプロチーム、果てはチームを抱えられるような大企業へと働きかけ始めているらしい。
時代が動き出した。この流れの中でできるだけ先頭に近い所を走っていたい。その為に私は命を懸けよう。
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