魔王編
自分一人だけめでたしめでたしみたいな感じを出されて憤る愛近初花
『――ってワケで、それを渡しておいてほしいのよ』
とりあえず最後まで話を聞いてから――と黙っていたものの、感想は変わらなかった。やはり呆れ返る他ない。
「あーら? あれだけ無責任に投げ出しておいて、よくもまーその翌朝に連絡をよこせたものですわね。しかも竜子さんにではなくワタクシに、更には用があるのはワタクシでもなく」
通話と同時に送られてきた動画を確認すると、イデアエフェクトの実演で「ワイヤーで頭上を抑えるのも良いけど地面を這わせても面白い。できるなら二本に増やせたら花マル」という提案を実演する映像だった。
転換武装は一度イメージが固定されるとあとからの変更は難しく自在にはいかないというのに、完璧にあの首席生徒の武器が再現されている。
その点に驚きはあるが、映像にはその実演よりも気になったことがあった。
何しろ背景に三か月を過ごし見慣れた宿舎がある。標的にされているのも、昨日まで同じチームメンバーだった部長――偶川依風。可哀想にヒイヒイ泣きながらワイヤーから逃げ回っている。公開試合で彼女が攻略したオリジナルより数段素早く複雑に動くのだから無理もない。
天才〝大空星南〟は三局戦況選手養成学校を離れたのちに田舎で揃えた生徒を連れて舞い戻り、見事一矢を報いたあと姿を消した。そういうことになっている。
そんな人物がこうしてしゃあしゃあと連絡を取って来るからもう。
『……あれ、愛近? もしかして怒ってる?』
「そりゃーもー、怒っていますわよ。どうしてそちらに戻ってらっしゃいますの? 竜子さんが知れば帰りたがって泣きますわよ。必然的にワタクシも泣きます」
『だってホラ、本当は編入が済んだ時点でこっちは廃部の予定だったじゃない? それを偶川が続けることになったから、新たに指導者を調達しなくちゃいけなくなってるのよ。そのままロンデに任せるのは不安だし』
「それはそうでしょうねえ」
もしそうなったら近日中に木製のレジャーランドが開園する。
『誰でもいいってわけじゃないけど、公開試合を見て興味を持った関係者はたくさんいるから、そう時間はかからないと思うわ』
「それもそうでしょうねえ」
なにしろプロ選手でも不可能なプレイを見せつけて、チーム〝編入希望〟の中で最も強烈な印象を観客に与えたのは依風さんなのだから。プロチームだってとりあえず声をかけておくくらいはしたくなる。
『そうそう、あれも今後当たり前の技術になるだろうから、愛近も今のうちに身に付けておきなさい。未成質量が流れる線よ、線。私もさっき試したらできるようになったから、がんばればスグよ』
「大きなお世話ですわよ。……用が済んだならもう切ってよろしいかしら」
『えっ……何、本当に怒ってるの? あのね、あなたたちに用が無いわけじゃないのよ? 渡したい物を預けてあるから職員に聞いて――』
慌てた早口の向こうで「コーチって自覚無いけど愛近先輩のこと大好きですよね」と話す声が聞こえ、癪に障ったので一方的に通話を切った。すぐさま呼び出し音が鳴っても消音に切り替えて放置する。
「……まったく、どうしようもない方」
わかっている。彼女はもう三局戦況への想いに区切りをつけている。迷惑なまでの天才はどれだけ願っても競技の世界に戻って来ることは無い。だからこそ「後任を見つけたらそのあとはどうするのか」を尋ねる気になれなかった。
(ああ、悔しい! ワタクシにあれ以上の才能があればメタメタにして差し上げますのに……)
息を吐き、ベッドから腰を上げる。
編入で戻って来られたこの寮で竜子さんと相部屋になれたのは嬉しいはずなのに、それを素直に喜ぶこともできない。竜子さんは無事編入でき、自分も二年で元のままの形に戻ることはできた。しかし何も解決はできていない。すべてはこれから、というほど前向きになるのも難しかった。
憧れの人物に教われないと知った竜子さんは荒れると思ったけれど、そうはならなかった。やけに張り切って手当たり次第練習試合を申し込み訓練を積もうとしている。その虚勢はそばにいて痛々しく感じるほどだった。
(さて、今はどこにいますかしら……)
今朝、寮の食堂で朝食を食べ終えるとすぐにどこかへ出かけてしまった。自分がそばにいるのに立ち去った他の誰かのことで動揺されるのは寂しいという想いもあって、そっとして置くことにして部屋に戻ったら元凶から連絡が入ったというわけだ。不愉快極まりない。
(いい加減拗ねるのはやめにしないといけませんわね。ワタクシも……竜子さんも)
編入が済めばそれで終わり。そういうつもりではなかったのだから前進しなくてはいけない。
部屋を出て歩き回り、寮のロビー・訓練場・講堂を巡って姿を探すと、教職員控室の前で竜子さんを見つけた。丁度扉に手をかけようとしているところだった。
「何をしてらっしゃいますの?」
こちらに気付いて振り向くと、背負った「挑戦者求む」と書かれた
「あー、初花」
明るく弾ける元気な声が自分の名前を呼ぶ。まだ慣れなくて、つい照れてしまう。彼女のほうはまったく気にしてない風なのが少しつまらない。
「誰でもいいから訓練に付き合ってもらおうと思ったのに、上級生も相手にしてくれないんだ。みんなやる気ないのかな」
養成学校の生徒なら当然誰もが公開試合の内容を把握している。竜子さんと競ってどうなるかは想像がつくので避けるのも仕方がないことだった。
それは何も「勝てないから」ということではない。長所と短所がハッキリしている彼女を想像通りやりこめたところで訓練にはならないからだ。
本人には言えない。せっかく養成学校の編入という夢だけを叶えた彼女に、「あなたは弱い」なんて残酷なことは言いたくない。
「……今日は日曜ですもの。普通はお休みしていますわ」
「えーっ? それは困るなあ。ああ、でも丁度良いか。生徒が受けてくれないから、この際先生の誰かにお願いしようと思って職員室に来たんだ。星南さんほどじゃなくたって先生なら強いよね?」
「残念ですがご期待には添わないかと。養成学校で教えているのはプロ入りが叶わなかった――或いはその後の競争に敗れた元選手ばかりですもの。大空教官と立場は同じでも事情が違います。上位なら生徒のほうが実力は上ですわよ?」
「えーっ? それじゃつまらないなあ」
割と不遜なことを言っていることについては注意するべきだろう。ただ今ばかりは気が進まない。彼女の気持ちが落ち着くまで待つ代わりに、それまでの間はいくらでも立とう。
「訓練の相手ならワタクシが務めて差し上げますから、先に用を済ませますわね」
職員に「渡す物を預けてある」と通信で言われたことを思い出して控室に入り当番で出勤していた職員に話をすると、大空教官が使っていたというロッカーを案内された。
「……どうしてでしょう。ワタクシ嫌な予感が致します」
「星南さんのロッカー! 残り香いただきます!」
「あっ、急に開けると中身が……片付いていますわね。そうですわよね、退職したんですもの」
在職中から職務を放棄していたのでロッカーを利用することがなかっただけ、そういうわけでもないらしい。中には紙袋が二つ並んで、それぞれ「連別府へ」「愛近へ」と大きな字で書きこまれていた。
二人それぞれ自分の名前の物を選んで受け取り、中身を確認する。
まず紙の束が目に入った。
「あら? 紙の書類なんて今時珍しい」
手書きの字でトレーニングの種目がつらつらと並べてあって、その横に書かれている数字の大きさにたじろぐ。養成学校の通常メニューの三倍はある。
「まさか、これをワタクシに『やれ』と? ……でもこの紙、随分と傷んで――ああ、そういうことですの」
古さからして昨日今日用意した物とは違う。これは「お前がやれ」ではなく「私はやった」の証明だ。
本当に、腹が立つ。越えられない壁の上から見下ろされている気分になる。
「うわーっ、星南さんからのプレゼント! あたし一生の宝物にします!」
隣ではしゃぐ竜子さんの手には二つの輪が握られていた。起動弁。ナックルダスター型の特注品だ。女子らしくは無いデザインではあるものの、それを拳に握り込んで打ち合わせたら迫力があっていいかもしれない。三局戦況の教官からの贈り物としては気が利いている。
彼女の袋の中身はそれだけだったようだ。
そう言えば自分の紙袋にはまだ重みが残っていることに気が付いて逆さに振ってみると、金属片が滑り出てきた。
正体を知っていなければ何か判らなかったかもしれない、靴のヒール部分。五センチ程の高さを縁取る枠で運動靴にも装着できるように加工されている。これは大空教官本人が使っていた起動弁だ。
「あらやだ。竜子さんには特注品で、ワタクシのはお下がりですのね……ハッ!」
視線の圧力を察して横を見ると竜子さんにもの凄い目で手の内の起動弁を覗き込まれていた。悔しいことに彼女は教官のファンなので、愛用の起動弁は自分が譲り受けたかったに違いない。
「あの、竜子さん。よろしければその……交換致しましょうか?」
こんなことで妬まれるのは嫌なので手渡そうとすると、激しく首を振って固辞された。でも目は釘付けになっている。顔が左右に動いているのに瞳孔の位置が変わらなくて少し怖い。
「それはダメ! だって星南さんが『初花に』って望んで託したんだから、ちゃんと受け取らなきゃだよ。あたしにだって星南さんがくれた起動弁があるんだし。きっと初花は『星南さんみたいな選手になる』って見込まれてるんだよ」
「そんな、ワタクシ嫌ですわよ! あんなゴリラになってナックル歩行なんてしたくありませんもの。ただちに投げ出したいですわ」
「ダメ! ちゃんと大切に使って! ……でもたまにあたしも使わせてもらっていい?」
嬉しくないプレゼントを受け取ったので早速訓練場で試そうと意気込む竜子さんをなだめ、訓練場ではなくまずは寮を目指した。
「今のワタクシたちには訓練よりも決定的に足りないものがありましてよ。チームメイト」
「あ、そう言えばそうだね」
三局戦況は三人一組のチーム戦。二人のままでも参加はできても不利は否めない。
「依風ちんが抜けた穴埋めかあ、見つかるかなあ? 依風ちんの代わりは誰にもできないって、あたし思うよ」
「……本当にそうですわね」
竜子さんが言っているのはプライベート的な意味合いだとは思うものの、戦力に置いても同義になる。彼女は貴重な才能だった。
「ワタクシに当てがありますから、どうぞお任せになって」
「ふうん。……でもここの生徒さあ、訓練にも付き合ってくれないくらいなんだよ? チームになんて入ってくれるかな」
不安そうな竜子さんを励ましながら寮に着き、清潔な廊下を歩く。
ここには草地も無ければ虫もいない。遠く離れた今だからこそ思う。あの宿舎と練習場が好きだった。
(……別に決別したわけでも、捨てたわけでもありませんわよ)
長期休みに入ったら遊びに行けばいい。そう思い直し、目当ての部屋の扉をノックする。返事は待たずにノブを引いた。
「あん……? 愛近テメッ、最上級生の部屋に勝手に――」
「お邪魔致しますわね」
同室の誰かさんは無視して中へ踏み込む。目当ての人物はベッドに寝そべっていた。アイマスクを外し、眩しそうにこちらを見る。肩に届かない短い髪と華奢な体。最上級生の貫禄はまったく無い。
「……愛近初花、それと連別府竜子、いらっしゃい。『きっと来る』と思って覚悟してた。でもなかなか来ないから、『勘違いだったかも』って不安になってた。来てくれて良かった……」
無機質な話し声とは対照的な満面の笑みを掌で示し、竜子さんに紹介する。
「こちら三年生、ビーシャ・ドヴィークさん。勇者ハワードの娘さんでしてよ」
竜子さんは大空星南一筋で魔王退治の勇者にはあまり関心がないようだけれど、関係者が同じ学校の生徒と聞いては違うのか瞳に好奇心を浮かべて「ほへー」と声を漏らし気持ち前のめりになった。
手応えを感じて、向き直る。
「実はワタクシのチームには只今空きがございまして、『もしよろしければ』と思いお誘いにあがりましたの。これからどうぞよろしくお願いいたしますわね」
「誘ってくれてありがとう。うん、一緒にがんばろっか」
手を差し出すとドヴィークさんがふにゃっと笑って握手に応えようとしたのを、同室の誰かさんが止めに入った。
「愛近テメッ、勝手なことほざいてんじゃねーぞ! ヴィーシャ、お前もお前だ! こいつらのチームに入るってことは、今のチームはどーすんだよ?」
「うーん……それはみんなが自分で考えたらいいんじゃないかな。あっ、でもママに『ハワードの名前で近づいて来る人には気を付けなさい』って言われてたんだ。……気を付けなくちゃ」
腰をずらして壁際まで離れていく。三局戦況の記録ばかりで人格については何も知らなかったけれど、一つでも年上だというのにビックリするほど言動が幼い。
(まあ、竜子さんに無害ならなんでも構いませんけれど。実力は知っていますし)
勇者の名前を出したのは紹介するうえで通りがいいと思っただけで、代わりに出場してくれるわけでもなし彼女の父親に何かを期待はしてはいない。
「急ではありませんわよ。以前から練習風景を拝見していて『センスのある方だな』と感じていましたの。あと一人を選ぶなら貴女の他にいませんわ」
「そっか、ずっと見られてたんだ。……嬉しいなあ。急じゃないなら平気だね。ヨロシク」
改めて手を握り合い、「この人大丈夫かしら」と心配になる。将来については父親がいくらでも保証してくれるだろうけれど。
「こちらこそよろしくお願いします! 親睦を深める為に早速訓練場に行きましょう!」
続いて握手を交わした竜子さんが腕をブンブン振って早速張り切る。
「うん、いいよ。懐の深い先輩って思われたいから付き合うよ。着替えてくから先に行ってて。訓練場の使用申請は――あ、愛近ちゃんが詳しいよね。出しゃばってゴメンね」
「構いませんわよ。上級生に対して敬意を払って差し上げるくらいの心の余裕、この愛近初花は立派に備えていますもの。どうぞ気兼ねせず先輩面をなさってくださいな。〝ちゃん〟付けも甘んじて耐えましょう」
「理解のある後輩を持って先輩は幸せ……」
チーム加入と訓練の約束を取り付けた。同室の誰かさんが騒ぐ声を聞き流して部屋を出て、訓練場に移る。使用申請はその間に送信して無事受理された。
《》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます