進路相談をしてる場合じゃないのではと訝しむ偶川依風

「そういうことでしたら是非協力させてくださいませ! ワタクシの全権力と友情で、連別府さんの願いを叶えさせていただきましてよ! この愛近初花が加勢する以上、今後一切の不安は無いものと思ってくださって結構ですわ!」

 コーチを告発するつもりでやってきた「お嬢様」が調子の良いことを言って高笑いするのを横目に見つめる。

(でもこの人、ここまで空を飛んで来たんだよね。養成学校って首都の向こうなのに……)

 感心していたら、大空さんと本人が丁度そのことについて話し始めた。

「学校からここまでノンストップ? へえ、やるじゃない。一定箇所での安定飛行ならともかく竜穴泉を乗り継ぎながらの長距離移動なんて評価には繋がらないのに、よく練習してたわね」

「フン! この程度、基礎を高めていれば応用でこなせますわよ」

 謙遜というよりも傲慢だからこそ誇らない「この程度」の出来事。そう言っているように聞こえた。それに大空さんも褒めてはいても驚いてはいない。

(竜ちゃんたちが着いてすぐ追い着いたってことは多分特急電車より速いよね。……イデアエフェクトって本当に凄いんだ)

 映像の中だけの出来事じゃなかった。こんなものがスポーツに転用されていいのかと疑問が湧くような、戦争の技術。

 使い方次第で農機具や農薬だって危ないから、特別恐ろしいとは感じない。とんでもない兵器が無くても、文明が無くても、人は戦争を繰り返してきた。単に最初に戦争で登場したというだけで、その後平和的な活躍の場を見つけた技術や発見はたくさんある。

 ただしそこに自分が混じって行くというところでは、正直尻込みする。

(うへえ……。竜ちゃんのことは手伝ってあげたいし、他に入部してくれる子がいなかったから仕方ないんだけど。こんな人と同じ部でやってくのかあ……)

 養成学校への編入を目指す竜ちゃんをこの駅で見送ったのが今朝早く。そして昼過ぎには逆に向こうからこっちへ編入する生徒を迎えて部活を作ることになった。しかもその相手は竜ちゃんの知り合いで、養成学校ではかなりの優等生らしい。

(ワタシ、ついて行けるのかなあ……)

 迎えに来てもらった父の部下が運転するバンに揺られながら、これからついて考える。

 一番の不安要素はどう考えてもワタシだ。三局戦況はチーム戦だから足を引っ張りかねない。というか、間違いなくお荷物になる。竜ちゃんはワタシを責めないだろうけれど、お嬢様のほうは気がかりだ。

(がんばるだけでゆるしてもらえるか、なんて今から考えても仕方ないか)

 車の座席は三列。中列に竜ちゃんとお嬢様がいて、グイグイ迫るお嬢様に竜ちゃんがちょっと引いている。二人の思い入れはバランスが違っているらしい。

 不意に隣から膝を突かれた。大空さんだ。駅から私たちの町までは四時間かかると話したときに受けたショックからは回復したらしい。

「あの、完全に巻き込んだ形になっちゃってるけど……本当にいいの?」

 人見知りなつもりはないけれど、この人に近くにいるとつい緊張してしまう。何もかも、やたらと見た目が良いせいだ。

 運動選手でも女子にはなかなかいない短髪。化粧なんてしてないのに目元をクッキリさせる濃い睫毛と小さな顔。背が高い細身でひょろっとした印象にならないのは肩幅があるから。そして冗談みたいに脚が長い。ただでさえ〝男役〟ぽいのに、車に乗るとき自然な素振りで(別にいらないのに)手を貸して支えてくれた。

 竜ちゃんからさんざん見せられた画像や動画で知ってはいたけれど、こうして隣にいると別世界の人みたいに綺麗で、常に顔の周りに額縁を想像していないとドキドキして正気を保てない。平常心を取り戻すには車内の距離は近すぎる。

 ワタシの脈拍なんて知らない当人は大真面目に語っていた。

「将来性のことはあなたが希望すればイデアエフェクト関連ならコネでなんとかする。ただ一般の大学関係は……いいえ、何とかして見せる」

 どうやら三局戦況の部活を作ることで、ワタシの学校生活――と言うより人生に影響を与えることに責任を感じているらしかった。この地域の高校生にイデアエフェクトの教育は不要、という話をしたから。

「ワタシのことなら心配しなくても平気ですよ。ワタシが好きで、竜ちゃんの為にしていることなんですし」

 三局戦況というまったく触れたことがないジャンルに飛び込むことは知らなかった世界を教えてくれそうで、けっして自分の人生を棒に振ることになるとは考えていない。それに、悪い意味にしかとられないだろうから口には出さないけれど「所詮部活動」だから。

「それより指導はコーチにしていただくとして、設備はどうなるんでしょうか? ワタシそこまでは手を付けてないんですよ。何が必要かもよくわかりませんし」

「そうね……。ごく最低限として起動弁は人数分あるから、あとは練習場をできるだけ実際の試合場に近付けることね。大丈夫、本当にコネはあるから。学校の試験では私とチーム組んでいたからこそ課題も試験もクリアできてたのに、私を置き去りにしてしれっとプロ入りしてる奴や関連企業に就職した奴に恩を返してもらうわ」

 彼女は直接連盟に関係している人間なのに「コネ」とはどういうことだろう。連盟との間に溝があるのかもしれない。あとで竜ちゃんに聞いて確かめてみよう。

 それよりもまず、知りたいことがある。

「コーチは地方の部活動でも、養成学校に負けない成果を出す自信があるんですよね?」

 問いかけへの返答はぎこちない頷きだった。大丈夫だろうか。

(ワタシは別にいいけど、そこはちゃんとしてもらわないと竜ちゃんが困るのに……)

 ちょっとムッとしてしまって、追及することにした。

「コーチはもしかして連盟の指導内容に不満をお持ちで今回思い切って出奔しゅっぽんなさったのかもしれませんけど、ワタシたちが競うことになる相手は養成学校だけじゃないってことわかってらっしゃいますか?」

 キョトンとされて不安が膨む。

「だってイデアエフェクトの指導ができる人材はコーチだけじゃないでしょう? 三局戦況養成学校を卒業した人が全員残らずプロ入りしたわけじゃありませんよね」

 新しいスポーツなのでプロリーグのチーム数は他の競技に比べると多くはないはずだ。それならきっと漏れた人がいる。

「コーチが今からなさろうとしていることを、既にやっている人がいるかもしれません。と言うよりも、いるはずです。……設備の確保は急いだほうがよろしいかと」

 言い終えるとコーチは慌てて誰かと音声通話で話し始めた。

 先行きは不安だけれど、当てがあるのは本当だったことにひとまずホッとする。行動が早くて、年下が生意気な口を利いたことに怒り出すような性格じゃなかったことも嬉しい。

(ワタシがお世話するの、竜ちゃんだけじゃなくなっちゃったなあ)

 なにしろ今夜自分が泊まる場所も考えていなさそうだから。

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