本番に臨む大空星南一行

 訓練に明け暮れるうちにアッという間に月日は経ち、年が明けた。公開試合への招待と成績次第で編入可という約束も取り付け、今はその会場となる養成学校に向けて移動する電車の中。向かい合わせの座席で気合を高めている教え子を眺めている。

「いよいよ今日が本番! 色々あったけど、みんながんばろうね!」

「本当に色々ありましたわよえ。……部長が『イデアエフェクトどんどん強くなるサプリ』などというフザけた詐欺商品に引っかかったり」

「ちょっ、それ言わないで……。まだ引きずってる」

「あれ凄かったよね! 星南さんが売ってた会社に乗り込んで行って、ビルごと無くなって、一旦逮捕されて」

「それ私も引きずってるからやめてね。……そういうのよりちゃんと、試合に向けて結束を高めるような思い出話をしなさいよ」

 話題が妙な方向に逸れていたので指摘して修正すると、三人はワイワイとこの三か月弱を振り返って語り始めた。元気いっぱいにはしゃぐ様子は連別府と愛近は素のようでも偶川は少々無理をしているように見える。緊張が強いのだろう。

 気になるので声をかけてみることにした。

「偶川、試合が不安?」

 一瞬戸惑う顔つきをして、それから作り笑い。更に時間をかけて小さく頷いた。

「正直に言うと……はい。なにしろ本当の実戦は初めてですし、知らない人と戦う――試合するのって初めてだからどうしても……すみません」

 本人は意識しているのかいないのか、偶川は出会った当初に比べ自分の気持ちを素直に打ち明けるようになった。虚勢というより自分自身に無関心であるような部分があったので、こうして気持ちを打ち明けてくれると励ますこともできてそばにいて安心できる。おかげで私への苦情も増えたけれど。

「そんなに心配なさらなくても、教官以上に恐ろしい相手なんていなくってよ」

 愛近が私のことを引き合いに出しながらフォローする。偶川が「そうだよね」といくらか顔色を良くして緊張を解いたので、私は私の教育手段を疑わなければいけなくなった。

「心配には及びませんわ。依風さんはスナイパー役なのですから、黙って後ろで見ていればワタクシと竜子さんで終わらせますから。ワタクシと連別府さんの共同作業をしっかりと見ていてくださいませ」

「……愛近が言いたいのは『最大の負担は請け負うから心配しなくていいけれど、何かあったら手助けしてほしい』……ってことでいいのよね?」

「そうです。今のはワタシを心配して言ってくれたんですよ」

 以前に愛近の本心がわからないところが気になり、偶川に相談すると「コーチが鈍すぎるだけです」と言われて以来こうして本心を言い当てる訓練をしている。

 今回やっと正解できた満足感に浸っていると、愛近はモジモジと座席の上の尻を動かしながら「別にそんな」と居心地悪そうにしていた。

「始まれば一瞬のことですし、オロオロしている間に終わるので緊張することに不安なんて感じなくてもよろしいですわよ……」

 愛近は公開試合に何の気負いも感慨も無さそうだ。ほんのひと冬離れていただけなので遠征合宿でもしたつもりでいるのかもしれない。

(油断があるようなら試合前に尻を叩いておかないとね)

 ただし、私がその辺の不得意で苦心するよりも、偶川が勝手にうまいことやってくれそうな気もした。

「先輩の最初の試合はどんなでした?」

「そうですわねえ……。本格的な試合形式は一年の夏くらいから体験するのですけれど、ワタクシは入学早々から優秀でしたので自信満々に挑んで……思うようにいかなくて驚きましたわね。『二度と油断はしない』と誓ったものですわ」

 愛近の表情が引き締まった。早速やってくれたようだ。

「愛近先輩は二年生って言ってもこの間の冬になったばっかりで、その時点で優等生だったってことはそのあとはうまくできてたんですよね?」

「ええ。どんなことでも慣れは必要ですもので。でも貴女は大丈夫ですわ。試合形式の密度が一般の生徒とは段違いですもの」

「そっか……。そうですよね」

 偶川も程よい緊張感に落ち着いたようだ。人格面でならこの二人は案外とバランスが良いのかもしれない。

 連別府はというと、じっと携行端末で表示したデータに集中していた。今朝発表された今日の試合の参加選手リストだ。

「星南さん、この人たちなんですけど――」

 連別府は選手について質問してきた。彼女なりに試合への準備をしようとしている。ほんの三か月前まで同じ路線の電車で泣いていたときと比べたらずっと前向きな落ち着き。

 その想いに応えてやりたくはあるものの、養成学校の生徒については「顔を見たことはある」くらいしか答えられない。なので必然的に愛近に振るしかない。

「愛近、どうなの?」

「えっ、ああ、そうですわねえ……」

 ほとんどのチームは以前から固定で組んでいるそうで、おおよそ把握しているようだった。頼りになる。

「まったく。元は養成学校の指導員だったというのに生徒のことをてんで把握していないなんて、情けないことこの上ないですわね!」

 頼り切ったことですっかり威厳が失われてしまったようだ。

 これは取り返しておかなくてはいけない。そうでなくては必要な指示に従ってもらえなくなる。別に調子に乗っている愛近が気に入らないわけじゃなく、あくまでも指示に従ってもらうためだ。

「対戦チームの分析は――ハイ、愛近さん」

 授業で教師がやるように愛近を指差すと、愛近はいかにも嫌そうな顔をする。教官らしさを求めたのは彼女だ。付き合ってもらう。

「……対戦チームの分析は、まずエースから」

「ハイ、正解。じゃあ続けて」

 ぐぬぬと唸って、それでも連別府に向き直って説明に戻る。

「チームの色はエース次第。戦略や陣形などもエースの能力次第で変わってきますわね。相手選手をマークして個を制するか、自分たちのフォーメーションを築いて場を制するか……連別府さんはワタクシをどんな色に染めてくださるのかしら」

「いやエースは愛近よ。勝手に変えないでよ」

 ウットリと瞼を閉じる愛近に思わずツッコむと、偶川が続いた。

「まず竜ちゃんがコーチ色に染まってるじゃないですか。それより早く続き。移動時間にだって限りはあるんだから」

 偶川に肘でつつかれ、妄想を続けたかったらしい愛近が不満そうにしながらリストに目を戻す。

「実を言うとどなたも『大したことない』という印象が強いのですけれど……。特に困らされた覚えがない方たちばかりですもの」

 公開試合には全生徒が参加するわけではなく、当然養成学校の広告効果を期待できる生徒が名を連ねている。要するに指折りの実力者揃いなのだが、それをしてこう言い切れるのだからさすがは優等生だ。

「愛近はレベルが高いオールラウンダーだから、逆に言えば愛近の気に留まるほどの生徒は本当に要注意という証明になるわね」

 つい口を挟むと「褒められた」「偉い」と連別府が身を乗り出して愛近の頭を撫で回した。力任せにぐりんぐりんと首をねじられてもまんざらではなさそうだ。

「もうおよしになって。それ以上続けたら髪が乱れてしまいますわ。友情の線引きも」

「初花は養成学校で上から何番くらい?」

「学年ではトップ、全生徒では、そうですわねえ……十位内に入ることは確実でしてよ」

 黙って話を聞きながら鼻を鳴らした。二年に上がりたてで十位というのはかなりのものだ。それでも、愛近ならもっと上を目指せる気もするが。

 一方偶川は気弱な顔つきで陰気な息を吐く。

「それじゃ他に九人、先輩より凄い人がいるんだぁ……。三人ひとつのチームにまとまってたらどうしよう」

「あらあら、凡人は心配症ですわね。ですがどうぞご安心なさって? ワタクシがその地位に甘んじていたのはそこの『イデアエフェクトお上手ゴリラ』に鍛えられる前の話ですもの。これで強くなっていなかったら詐欺での訴訟を検討いたします」

 じっと見つめられてのドヤ顔。苦笑するしかない。

「確かに私はあなたたちに特別な訓練をしたけど、その間ライバルたちが休んでいたわけじゃないんだから調子には乗らないように。愛近はそこを踏まえて注意すべき選手を考えてみなさい。得意が伸びていたら、不得意を補っていたらを考慮して」

 要求すると愛近は改めてリストを眺め、眉を寄せた。

「そう言えば……随分三年生が少ないですわね」

「そこは多分〝事故防止〟で参加を見合わせたんじゃないかしら」

 思い当たる理由があるので説明する。

「三年生の実力者なら既にプロチームから声がかかっているはずなのよ。もし仮契約でも結んでいたら契約先の許可無しに勝手な試合はできない。学校行事でも今日のは正式に公開されるわけだからね。そうじゃなくてもこれからスカウトを待つ身でみっともない試合は見せられないでしょう?」

 今回の公開試合は前回と違うブロック戦。私たちのことを警戒していなくても同学年とも当たるのだから、負けを考えないではいられない。卒業後の進路が確かな確かな選手ほど出場を望まないことになる。

「それじゃ、三年生の強い人は出てない――ああ……そっか」

 喜びかけた偶川が「そうじゃない」と気付いて言葉を止める。

 その不安は正解だ。負けを一切考えずに参戦できる例外が一人だけいる。それすなわち全生徒最強、三年首席。

「彼ですわね。ワタクシ以上のオールラウンダーで……強いですわよ」

 リストを愛近が指差す。データの中にある顔写真には、私は特に見覚えがあった。前回の公開試合は負傷欠場した、養成学校を去る前に私が吹き飛ばしたあの男子生徒だ。



 入場口の一つに立ち、各参加チームが試合場に整列し開会の宣言が告げられる様子を見守る。スタンドは超満員。学校行事であるにも関わらずプロの試合と変わらない盛り上がりを見せている。

 式が終わり、一旦退場する流れを小走りで乱し戻って来る教え子たちを迎えた。

「コーチ、なんなんですかコレ! ワタシたちもしかして嫌われてます?」

 移動中手に入れたはずの落ち着きを失くして偶川が涙目で騒ぐ。養成学校に挑戦する図式になる以上はアウェイであることは事前に話してあったものの、正直ここまで遠慮なく観客からブーイングを浴びるとは想像していなかった。

「多分私のせいね。鳴り物入りでデビューするはずが落ちこぼれた、メッキの剥げた〝元・天才〟が率いるチームだもの」

 私のアンチがそのまま付いているのだろう。プロ選手なら注目度は好材料だが、今の私は指導者だ。教え子たちが巻き添えを食うのは心苦しい。

「それよりもワタクシはチーム名が気に入りませんわ。なんですの? チーム『編入希望』とは。媚び売るんじゃありませんわよ!」

 予想された不満は聞き流す。

 ここでありがたいのは下がらない連別府のテンションだ。見るからにやる気を漲らせ、今にも試合場に飛び出して行きそうにウズウズしているのがわかる。

「どう? ほんの三ヶ月前に手も足も出ずにやられた、同じ試合場なわけだけど」

「『あのときとは違う』っていうところを早く見せつけてやりたいです。星南さんをバカにする連中の度肝を抜いてやる……!」

 単に気合が入っているだけでなく、私の為に怒っているらしい。目頭が熱くなって、鼻の奥がツン染みた。

 連別府と偶川の肩を掴むと、自然と四人円陣になった。

「私のことなんて考えなくていいから、自分たちの為に戦ってらっしゃい。あなたたちは必ず勝てる。だって私の自慢の生徒なんだから。さあ部長、号令」

 偶川に促すと、戸惑いながら声を上げた。

「えっと……チーム『編入希望』、ふぁいとぉーっ!」

 おう! と声が揃い、愛近だけは「やっぱりそのチーム名は」とボヤいた。


 三人が上ると、即座に試合場を防護幕が覆った。これまでの練習場と同じ仕様や観客の声に偶川はいちいちビクつき、連別府はやる気充分、愛近は悠然と構えている。

 そこへ、会場全体に声が響き渡った。

『さあ、Aブロック第一試合。本日最初の試合はゲストチーム〝編入希望〟との対戦です』

 学校行事に過ぎないというのに実況アナウンサーを呼んでいるらしい。連盟の意気込みが窺えるものの、この公開試合は各ブロックの勝者から統一優勝チームを決める繰上り戦を予定していない。その辺りは弱腰だ。

(連中が心の奥に隠している恐れを白日の下に晒してやりなさい)

 こちらを振り向く三人に入場口から片腕を上げてエールを送る。何も心配していない。

『さあ本日の実況は解説を養成学校教頭にお任せしています』

『よろしくお願いします』

『ゲストチームを率いるのはあちら入場口にいらっしゃいますね、かの大天才……大空星南選手――ああ、いえ選手ではありません。大空先生――おっと、もう先生でもなかった』

 観客席で笑い声がこだまするのを聞き、苦味を噛み潰しながら各方面へ一礼を繰り返す。連別府に私のあとを追わせたくない為にワガママを通した私は非難されても仕方ない。

『元・養成学校の教官が地方で興したイデアエフェクト教育。本場養成学校に挑戦する形になっているわけですが、その辺り教頭先生はどのようにお感じでしょう?』

『我々が望むのは三局戦況の発展です。それが誰の手によるものであっても構いません。大空先生が鍛えた生徒はきっと優秀でしょうから、本校の生徒にも学ばせてもらいたいと願っています』

 口調には余裕があるように感じた。それはそうだろう。八つ当たりで牙を剥いた破れかぶれ、そんな印象を持たれて当たり前だった。

『できれば養成学校で教鞭を取っている間にそのやる気を出してほしかったですね(笑)』

 気が済んだのか選手紹介に移った。

 今日初試合となる選手を紹介する段取りらしい。これは第一試合なので全員が対象となる。まずはホーム側、相手チームから。

 愛近に言わせれば「大したことない相手」で、ただしそれは愛近を基準とした評定になる。公開試合への参加を認められるくらいなので養成学校では標準以上の実力者であることは間違いない。ここで善戦できなければ今日の挑戦は土台無謀だったことになる。

(実力を披露するのはまだ先……。まずは作戦がハマるかどうか)

 正直落ち着かない気持ちをつま先に載せて地面を叩いている間に、私たちのチームに紹介が映った。

『対するはチーム編入希望。学校は――聞いたことがないので省略しましょうか(笑) イデアエフェクト未開の田舎からやって来た健気な三人娘に皆さま温かい声援を!』

 パラパラと観客席から拍手が届く。しかし気分の悪い野次のほうが多い。

『代表者は――なにしろ実績がない以上何もわかりませんね。偶川依風! ……あっ、ちょっと待ってください。一つだけ情報がありますよ。以前話題になったイデアエフェクトに関する詐欺商品に引っかかった被害者のようです。涙ぐましいですねえ』

 全国的に広まったニュースなので観客席からまた笑いが起こった。幸いというか、その後の私の凶行については当事者以外噂程度に留まっている。あれが広まると連盟も非難の的になる。ここで持ち出されることはないだろう。

 未だ緊張の極致にいる偶川は向けられる悪意にも気づいていないのか四方に向けてペコペコしていたが、こればかりは伝わったようで赤面してその場に屈み込んでしまった。

(気持ちはわかるけど、そこはもう戦場なのよ。切り替えなさい)

 今ここで声をかけるわけにもいかずにじっと見守っていると、うずくまる偶川に愛近が寄り添った。しきりに話しかけて励ましているのがわかる。私にはああして気遣ってくれる相手がそばにいないので、ひとり拳を握り込んで怒りに耐えるしかなかった。

『次の選手は連別府竜子! 同じく無名ながら、彼女は前回も公開試合に参加していますね。映像出ますか? あ~……これは酷い(笑)』

 観客席の各所に据え付けられた巨大スクリーンに試合の映像が映った。例の、連別府が一方的に防戦を強いられている試合記録だ。観客席が意地の悪い笑いで揺れる。幸い、連別府は腕組みの仁王立ちで目を閉じ意に介していない。

『独学で学んだところでやはり正規の学生には、ねえ? どうですか教頭先生』

『……ここからどれだけ進歩したか、楽しみです』

 教頭の口調は重かった。この様子では連別府の実力に気が付いているようだ。攻撃にこそ回れなかったものの防御は崩れない。新入生がそこまでたどり着くまでにどれだけの苦労があるか、それを理解していれば〝独学〟でそれを実現したことに驚かないはずがない。

(なんだ、もっとあなどってくれていたらいいのに)

 とは言え、内心穏やかではないだろう教頭の胸中を想うと溜飲が下がった。

『最後は愛近初花選手! 彼女は本来養成学校の生徒ということですが……いやはや、何を考えているんでしょうねえ』

 連別府は相変わらずのポンコツで、愛近もすっかり落ちぶれてしまった――というのが養成学校にとって理想的なストーリーには違いない。身の程知らずが挫かれて、道を外れた者は惨めに潰れる。

(けど、そうはならない。させないのよ……)

 段々と心臓の拍動が早まっていくのを感じながら、ほとんど聞き流していた実況の音声に呼びかけられていることに気が付いた。

『大空〝元〟教官。彼女たちの指導者として、一言コメントを頂きたいのですが、よろしいですか』

 丁度言いたいこともあるので、これ幸いと端末を指先で叩いて音声を繋ぐ。

「只今ご紹介にあずかりました、大空星南です」

 乾いた喉が張り付く。声を発した途端に観客席から聞こえた声の意味は考えずに続ける。

「まずは今回貴重な機会を与えてくださった養成学校及び関係各位の皆さまに深く感謝いたします。私の指導と私の生徒の努力の成果をご披露することで、ご厚意へ報いることになればと存じます」

 生意気に聞こえることを覚悟しながら意識して堂々と話す。

 見下されることで油断を突き、有利に立てたとしてもそれは初戦だけ。もちろんその一勝は欲しいがあとには続かない。それにせっかく好成績を収めても「まぐれ勝ち」と思われるようでは困る。しっかりと準備をし、勝つべくして勝ったのだと承認を得るには卑屈ではいられない。

「彼女たちは私の宝物です。それを自慢するつもりで参りました」

『その口ぶりでは、あー……「勝つ」とおっしゃられているように聞こえますが?』

 実況席からの不快な物言いには私を怒らせようという魂胆が透けて感じられる。唐突な退職といい、結果的に愛近を引き込んだことといい、客観的に見れば私は後ろ足で砂をかけるようなマネをしているから憎まれることは仕方がない。

 だが挑発には乗ってやらない。迷わず答える。

「はい。今日はブロック戦で四チームと戦いますが、そのうち三つは勝つ算段でいます」

 全勝とは言わない。しかし大きくは出ておく。

 また観客席が湧いた。愛近がこっちを睨んでいるが気付かない振りをする。

『その自信の根拠を窺ってもよろしいでしょうか』

「はい。我々のチームには大きな優位性があります。……私がいることです」

『なるほど(笑) もう結構です』

 たっぷりと侮られているが、アナウンサーは所詮部外者だ。

 肝心は対戦相手たちにどう思われているか。それは試合が始まるまでは不明――かと思われたが、その前に判明した。

 三局戦況はサーチ・スタンプ・コンフリクトの三つの種目のうち、競技直前に種目を選ぶことになっている。その選択権を決めるコイントスで、相手側が権利を放棄した。「そっちで好きに選べ」という態度で余裕を表している。

 どうすべきか戸惑いこちらを振り向く偶川の目を見つめて頷く。

(問題なし、予定通りいきなさい)

 意図は伝わったようで頷きを返した偶川が端末を操作し、スクリーンに「コンフリクト」と表示される。

『第一セット、コンフリクト。競技開始まで十秒です!』

 アナウンサーが叫んで、同時にカウントダウンが始まる。偶川が自陣へ駆け戻る。

 ここで声をかけたい気持ちをグッと抑えた。平然としているように思わせたい。

 スクリーンのカウントがゼロを刻むと同時、試合場の全員が起動弁を鳴らす。

「唸れ――――――――」

「――ワタシの――――」

「――――――竜穴泉!」

 選手六人分だけあって大きな未成質量が会場頭上に浮かび、会場の設備以上に強く輝く。

 そしてすぐに始まる引っ張り合い。獲得速度は偶川以外は見劣りしない。連別府は訓練を経てあれほど遅かった前回とはすっかり見違えている。それだけで胸にジンと来て、涙がこぼれそうになるのを堪えた。

 何しろここからは瞬間の勝負。気を抜けば決着を見過ごすことになる。勝負の時だ。


* 対戦相手、ホイマンの記録


「出戻り女の最初の対戦相手って俺ららしいぜ」

 公開試合の前夜、チームメイトが語るのを聞いてホイマンは「ああ」と頷いた。「出戻り女」というのは大空星南のことだ。スター選手になるはずが卒業直前に超新星爆発を起こしガスと化した燃え尽き教官。

 公開試合に彼女がチームを率いて参戦する。そういう話は前から噂として聞いていた。ブロック戦の組み合わせや試合順は当日の朝発表される予定のはずだが、それが事前に流れているらしい。

「養成学校は『潰す気』ってことでいいんだろうな」

 そのことに納得しての「ああ」だった。

「けどまあ、誰が相手でも同じだろ」

 選手の参加は自主性に任されているとはいえ、枠には限りがあるので完全に自由とはいかない。勘違いした一年生のような応募者は排除され選りすぐりに限られる。

「秋からの数か月で、指導は逆恨みこじらせた大空教官じゃなあ。実質相手は愛近一人みたいなもんだろ。うちのチームは校内十位以内で揃ってるんだ。負けるワケがねえ」

「うん。ああ……そうだろうなあ」

 愛近初花。二学年筆頭優等生。今回の対戦相手になるからというだけではなく、ずっと注目していた。それは彼女が入学した時点からなので実力を気にしてということではない。

(学年も違うし、今まで特にキッカケなかったからな……。卒業前に良いチャンスが巡って来てよかった。明日の公開試合が終わったら、告白しよう……!)

 試合に勝ち、その後告白して実力に惚れ込まれて愛近が涙ながらに受け入れる。そんな風にうまくいくことしか考えていなかった。


 その翌日の試合開始直後、突撃してきた見知らぬ対戦相手に吹き飛ばされ、視界にその愛近初花の姿が舞った。

「ごめんあそばせ」

 彼女の足が腹部に突き刺さったとき、「良いチャンスじゃなかった」という考えを最後に意識が途絶えた。



* 大空星南


 第一試合、その第一セットとなったコンフリクトは十秒で終了した。

 一人は転換武装の喪失、一人は場外、一人はギブアップ。無論相手側が、だ。会場が唖然として静まり返る。

 最初に正気に返ったのはアナウンサーだ。

『あっ、という間に一種目めが終了してしまいました。……な、何が起こったんでしょうか? 教頭先生』

『……解説しましょう』

 たった今終わった試合映像がスクリーンに映ってスロー再生される。

 全員で抽出した未成質量の回収が半ばほど進んだところで、最初に連別府が飛び出す。作り出した装備は以前と変わらない鉢金と薙刀という軽装。奇襲狙いが見え見えの手だ。

 それを見た相手選手の手近な一人は半身に立ち無造作に剣を前へと突き出した。こうしていれば勝手にぶつかって自滅するだろう、という算段だったようだ。

 だが連別府は武器を構えることすらせずに突進を続け、剣に鉢金をぶつけて粉砕した。強度が違う。そのまま体当たりを喰らった対戦相手は画面外に弾き飛ばされる。切り替わった先のカメラで愛近が飛び蹴りで場外へ叩き落とすシーンが映った。

 その間に連別府は戸惑う二人目と接触して武装を破壊。一度転換したあとでの全武装解除は協議続行不可能と見なされる。三人目に至っては連別府と愛近に睨まれた段階で両手を頭の上に組み降参の姿勢を見せた。

 以上の動画を参考にしながら教頭が解説を入れる。

『まずは連別府選手について、未成質量の凝縮度が桁違いですね。一見薄く見える武装ですが強度はかなりのものです。並の選手ではぶつかり合うことすらできません。実は先ほど観客の皆さまもご覧になった前回の試合でも、彼女はこの技量の片鱗を見せていました。が、なにしろ他があまりにもお粗末だった。この短期間で苦手分野を修正し、才能を更に伸ばした大空先生の指導を称賛せずにはいられません』

 教頭の解説は正直だった。残念なことに動揺が窺えないのは予想できた範囲を超えていない、ということか。

『愛近選手はフォロー役ですね。見事な機敏さで場外へ押しやりました。これは当てどころによっては反則になるので、何気ないようでこの追撃は難しい。実に見事です』

 なんとなく、注目が集まっている気がしたので胸を反らして得意げな素振りをしておく。これが当然であると知らしめる。

『あー……偶川選手は一歩も動いていませんが?』

 教頭がマトモに褒めたせいでアナウンサーが戸惑っているのがわかった。あらかじめ養成学校寄りの実況をするよう指示されているのだとしたら、教頭が公正な解説をすればそういう反応にもなるだろう。

『その必要すらなかった内容です。まさに完敗です』

『し……しかしまだ一つのセットが終わっただけです。逆転劇に期待しましょう!』

 セット間のインターバルは三十秒。この時間に次の種目を選択することになるが、相手側が放棄したのでこの試合中選択権は常に偶川にある。既に次の競技は選択され、スクリーンに「スタンプ」と表示されカウントダウンは始まっていた。

 ギブアップを表明した選手は以降のセットに参加する権利を失う。悔し気な表情で試合場を下り、急ぎ足で場外で失神している仲間の所へ駆け寄った。場外ならばまだ、開始前に復帰すれば次のセットを戦える。

 試合場に残った一人は連別府に砕かれた装備を再構成すべく起動弁を鳴らし未成質量を呼び出した。だがその少なさに驚いたようだ。砕いた瞬間から連別府に回収されていたことに気付いていなかったらしい。しかもそこからの綱引きは三対一。

『もうここまでにしたほうがいいでしょうな』

 教頭の声を聞き、観念した様子で両手を頭の後ろで組まれる。その時点で試合場に残った相手選手はいなくなり、決着する。

『……勝者、〝編入希望〟チーム!』

 スクリーンに浮かんだ勝利チームの名をアナウンサーが読み上げた。続く舌打ちはまさしく勝者の余裕で聞き流した。

 試合場では連別府と愛近が景気よく手を叩き合い、何もしなかった引け目があるのか遠慮がちな偶川を抱き締め一緒に跳び上がって勝利を喜ぶ。

 三人が揃って試合場から駆け降りて来た。周囲への印象を考慮すれば平然と迎え入れるべきなのだろうけれど、ここは初勝利を精いっぱい祝福してやりたい。

「連別府、文句なしだ! 初陣を勝利で飾ったな」

「ありがとうございます! ご指導のおかげです!」

 返事と眼差しで心身が充実しているのが分かる。理想的な状態だ。

「愛近、連別府に合わせるのは大変だったろう。結局ドヤ顔は治らなかったな」

「一撃で勝ったのですから問題はありませんわ。オ~ッホッホッホ!」

 高笑いに連別府が「あ、出た。一族の掟のやつ」と呟く。あの試合内容なら調子に乗っても許される。

「偶川、最後まで油断せずに備えていたな。偉いぞ」

「ハ、ハイ! 何かあったらきちんと対応を……。ああいえ、ワタシが何かしなくちゃいけないような状況にはならないほうがいいんでしょうけど」

 この日の為に調整して来ているとは言っても、一日に四戦をこなすのはやはり辛い。それは他のチームにとっても同じなのでほぼ消耗せずに初戦を終えたことは良かった。

(気がかりは一向に解けない偶川の緊張、か)

 声をかけてほぐしてやりたいものの、ハッキリ言って私はそうした役回りに向かない。ズバリ「お前は緊張している」と言ってもうまくいかないことを予想するだけで精一杯だ。しかしながら懸念を見過ごすわけにはいかない。

「偶川、少しいいかな――」

 差し当たり体調を気遣う振りをして顎に触れ上を向かせたら、乱暴に手を払われた。偶川の顔は真っ赤だ。

「コーチはもう! すぐこういうことする!」

「えっ……? 私はただ、顔色を見つつ緊張をほぐしてやれたらと……」

 教育というのは本当に難しい。近頃は何がきっかけになっているのか頻繁にこうして怒られるのでいくらか「いつもの偶川」になったと言えなくもない。

「星南さん、次あたし! 次あたしに顎クイってしてください!」

「連別府さんにはワタクシがしてさしあげましてよ。というかワタクシがしていただきたいですわ」

 いつも通りどころか興奮して昂っている連別府と愛近の騒ぐ声は無視して、次の試合の打ち合わせの為に控室に戻った。


 第二試合。今度は愛近のチェックが入っていない生徒たちが相手だ。第一試合よりは格下、ということになる。

 観客席はさっきまでと打って変わって静まっていた。これが公開処刑ではなく対等な競技なのだとわかってアウェイの雰囲気が消えている。よく耳を澄ますと、一部の区画から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。私のファンが残っていたらしい。

 軽く手を挙げてその方向へ応えると、黄色い声援がワッと湧いた。こういう扱いは久しぶりでムズ痒くなる。だが照れて戸惑う態度を表すわけにはいかない。今私にも求められている役割の為には。

(さて、始めましょうか……)

 入場口脇に持ち込んだ折りたたみ椅子を広げ、どっかりと腰を下ろす。前屈みで膝に肘をつき凄みを利かせ、深く息を吸う。

「――いいかお前ら! さっきと同じく最初から思いっ切りだ! ただし今度は降参させる隙も与えずにキッチリ仕留めろ!」

 大声で怒鳴りつけると、試合場で偶川がピョンと跳び上がって愛近は呆れ顔になった。連別府は親指を立てている。

(コラコラ、ちゃんとこっちのテンションに合わせなさいよ)

 私がいることがこのチームの強み。アナウンサーにそう語ったのはハッタリだったけれど、それでも意義のあるハッタリだ。

 なにしろ私は新ルールに弾かれるほど荒っぽいプレイを信条とする、プロ選手の成り損ない。そんな人間に指導された生徒たちがどんな競技者か大いに想像してもらう。第一試合でその虚像を彼女たちが実像にする能力を持っていることはわかったはずだ。そこに恐怖するからこそ第一試合でも三人目はギブアップした。

 それを助長する為、場外から威圧することが今の私にできる唯一の貢献。

(そして……私があなたたちにできる、最後のこと)

 まだしんみりするのは早いと気持ちを改め、第二試合を見守る。

 今回は種目決めを譲ってもらえることもなく、そうなっても動揺しないよう散々言い含めておいたおかげで偶川は不敵な笑みを保っていた。意識し過ぎて肩が揺れるほど息が荒くなっている点は相手からすれば不気味でいい。

 公平なコイントスの結果、先行選択権を手にした瞬間「よっしゃあ」と握り拳を作ったのも良い「荒くれ感」と言える。


「ゴリラでも必要なら頭をひねりますのねえ」

 第二試合、第三試合と危なげなく連勝で飾ったあと、愛近は不満そうに息を吐いた。純粋な実力勝負で同じ結果を得られる彼女が小細工を良く思わないのもは無理もない。

「勝ってるからいいじゃないですか。内容はゴリラらしく乱暴だし」

 未だ活躍の場が無い偶川が一番疲れた顔でフォローを挟んでくれる。しかしこれはフォローだろうか。

「もちろん構いませんわ。ほとんど疲労せずにトントン拍子で来ているのはありがたいことですもの。いくら身体能力を強化できるとは言っても、普通なら三戦もこなせば精神的な消耗と緊張でグッタリですわよ」

 委縮する対戦相手に対してこちらは絶好調。ほとんど連別府と愛近だけで片は付いた。

「これなら五戦四勝どころか、全勝できちゃうんじゃない?」

 一人盛り上がる連別府を愛近が渋い顔で見つめる。楽観には付き合えないという表情で、私も同感だった。

 なにしろその原因が少し離れた所から私たちを見ている。

 プロ用のスタジアムならば分けられているのだろうが、ここは学校施設だけあって設備は比較的簡素であり選手控室は共同になっている。他のチームも休憩なり次の試合の準備をしていて時折視線をよこすことはあるが、この視線は明らかに他と種類が違った。

「……話してくる。あなたたちは休んでなさい」

 三人に付いて来ないよう言い置いて、ゆっくりと近づく。三年主席、私が吹き飛ばした男子生徒。そして次の対戦チームのエースでもある。

 目の前に立ち、まず何を話すべきか迷ったその瞬間に相手の頭が下がった。

「すみませんでした!」

 背筋を伸ばし、まっすぐに向けられた謝罪。その一言と態度に込められた様々な感情を想い、それを問わずにいる気になれた。

(本当、成長したのはうちのチームだけじゃないのね……)

 彼の真摯さに倣って、こちらも頭を下げて返す。

「私もやり過ぎたことを謝ります。あれは指導じゃなかった。すみませんでした」

 言い終わってもじっとして、相手が頭を上げる気配を待ってから体を起こす。男子生徒はもう大人と変わらない体格と顔つきに不似合いな涙目で、救われたような顔をしていた。それがなんだかおかしくて、笑ってしまいそうになるのを堪える。

「あなたも良い時間の過ごし方をしたようね。でも私の教え子も負けてはいないから、次の試合が楽しみね。……チームの指導者が試合前に他のチームメンバーと話すのはよくないことだから、この辺にしておきましょうか」

 離れるべく体の向きを変えようとしたところで、もう一度声をかけられた。

「次の試合、戦っても……いいんでしょうか」

 ぎょっとして向き直ると、苦し気に顔を歪めていた。謝ってスッキリした気持ちでいたのは私だけで、彼はまだ後悔の中にいるらしい。

 次の試合を「戦う」ことが許されるのか。自己嫌悪の風が指針を曲げようとしている。ここで私が彼を許さないという態度を取れば手を抜いてくれるのかもしれない。

「……今の頭の中にあることじゃなく、『こうなりたい』と願う将来の自分が選びそうな判断を想像して、それに従いなさい。理想に殉じるほど正しいことはないでしょう」

 衆人環視の中で八百長の相談なんてできるはずがない。それをわかっての挑発と疑う気にはなれなかった。むしろ教師らしいことを言う機会を与えてくれたことに感謝したい。

 加えてもう一つ。

「それから、私の生徒をあまりナメないことね」

 養成学校最強。彼に勝利にするインパクトは是が非でも欲しい。私が先に予想していた一敗は彼のチームにではなく、連別府たちの歯車が噛み合わなかった場合の初戦での敗北を想定していた。

 蓋を開けてみれば想定に反し、初戦から三人はとてもよくチームとして機能している。連別府と愛近は二人が長年のコンビであるかのようで(愛近の奮闘によりそう見える)見事に相手の動きを封じ、第三試合では消極的で庇われてばかりの偶川も手が出始めた。

 まったく敵わない相手ではないと、そう信じていた。


 第四試合。間違いなくこれが正念場だというのに、試合が始まってすぐに勝ち星を数えるどころではなくなった。

 コイントスで一セット目の選択権を奪われたのは三試合目と同様でも、今度の相手はまったく委縮していない点で事情が違う。そしてそれが敗因と言えた。

 一種目めはサーチ。瞬間的にバルーンの中から〝当たり〟を見分けることができる連別府にすれば大得意の種目で、私がして見せた〝新式〟で武器を呼び出し一斉に放つ戦法も会得しているから第三試合はこれで圧倒できた。

 しかし今回は首席生徒が自在に操る分銅付きワイヤー状の武器に弾かれてしまった。ワイヤーがそのまま空中に大きく広く展開して頭上を占領され、バルーンに手を出せないまますべてのポイントを奪われた。

 二種目め、スタンプ。サーチ戦で大量リードを許してしまったことからチームに焦りが生まれていた。

「落ち着け! これはスタンプ戦だ。偶川が狙われる心配はないから大胆にいけ! 偶川は流れ弾にだけ注意してとにかく撃ち続けろ!」

 粗暴な態度を取り繕う必要もなくなって、場外からあらん限りの声で叫ぶ。

 愛近は精一杯やっている。首席の他、二人の生徒が思いのほかレベルが高かった点を「誤算」と呼ぶほどではない印象に留めているのは彼女の奮闘があるからだ。

 連別府は空中制御がまだ不慣れで、フラッグを獲っても次へ移動している間に取り戻されてしまう。これは慣れが必要な飛行技術より投擲攻撃でポイントを取る戦略が的外れに終わった結果だ。完全に私の見込み違いだった。

 偶川の援護もワイヤーに阻まれ、連別府は結局一つのフラッグに居座ることに決めたようだ。必然、三人の対戦相手をほぼ愛近一人で引き受ける形になる。どうしようもない。

 唇を噛み締めていると、不意打ちに肩をポンと叩かれた。

「あれ? 一方的になっちゃってるねえ。ルールよく知らないけど、これ一方的だよね?」

 振り向くとアムリラが苦い顔で笑っている。

 彼女とロンデは毎日昼過ぎまで起きないので、出発が早い今日は宿舎に置いて来ていた。ロンデの姿が見えないところを見ると彼のほうはまだ眠っていたのか、それともどこかで飲んでいるのか知れない。

「……特別ボーナスの件、厳しくなるかもしれない」

 指導の報酬は「結果次第で増額」という話になっていた。それを言うとアムリラは気に入らなかったようで、目を細めて低い声で答えた。

「あのねえ、これでもボク神の使徒だよ。ロンデ様が社会活動してくれることが嬉しいだけで、賃金の額なんてどうだっていいんだ。そんなことよりここまで関わったら情も湧いてるんだからさ、純粋に応援したいと思ってここまで来たんだよ」

「応援……。そうだ、私にできることがまだあった。がんばれ――!」

 万策尽きて声援を上げるだけの指導者がどう思われるか、それを考慮することも忘れ繰り返し声を張り上げた。

 スタンプ戦はそしてコンフリクト戦と違い積極的に対戦相手への攻撃が行われず、バルーン戦と違い制限時間に達するまでセットが終わらない。つまり三種目のうち最も消耗が激しくなる。

 終了間際に連別府が投射した槍も敢え無く落とされ、結局は連別府が抑えていた一つだけが唯一のポイントになり他は残らず持っていかれた。大差だ。コンフリクトの結果を待たずともこの試合は既に敗北が決定した。

 ただし今日の公開試合は〝発表会〟の趣旨である為に試合が途中で切り上げられるようなことはない。最後のセット、コンフリクトに勝利さえできれば欲しかったインパクトは確保できる。

(勝利……できれば)

 セット間のインターバルに入って、次の最終種目は選択の余地がなく決定している。選手同士が直接ぶつかり合うコンフリクト。その開始まで猶予はたったの三十秒。

 愛近は膝を付いて荒く呼吸を繰り返している。表情は遠目にも蒼白に引きつっているのがわかった。これほど追い詰められた彼女を見るのは訓練中でもない。

 隣のアムリラが喉を鳴らして疑問を表した。

「養成学校の教育が正式なものだからって、こんなに差があったの? 訓練には手応えを感じてるように見えたのに」

 これまでの三試合を知らないアムリラには私が無謀な挑戦をさせたように見えることだろう。しかし、この試合も私は負けるとは考えていなかった。教え子の不出来を責めるつもりはない。

「……研究されてる。今日一日、たった三試合分のデータだけでここまで対応された」

 彼らは本気だ。私に対して引け目を感じていてもそれをさておいて真剣に勝ちを求めてくる。その姿勢は個人的にはアッパレと評価したいものの、非常にまずい。

 研究と言うならこちらもしている。

 ネットに公開されていた映像で首席がワイヤーを空中へ広げるのは牽制と制圧を兼ねた常套手段で、その際まずは決まって右側へ動く――ということに気付いて狙うよう指示してあった。だが、それさえ逆に読まれて利用された。私が今回立てた戦略は基本的に侮られていることを前提としていて、まさか対策まで用意してくるとは完全に想定外だ。

 そしてその想定外は首席が謝罪してきたことから始まっていた。私は彼を侮っていた。

「あの子たちはよくやってる。全部、私のせいだ……!」

 見くびらず居竦みもせず真剣に攻略しに来るとなると、本当にまずいことになるのはこれからだ。本来なら絶対優位のはずのコンフリクト。

 連別府の才能は貴重でも、現状は強力なだけのハンマーに等しい。ただただ振りかぶり激突するのみ。愛近のフォローが無ければ手管で長ける相手には接近さえさせてもらえないことはスタンプ戦で確認した。

 その愛近の情報は相手に知れ渡っていると考えたほうがいい。間違いなく対策を立てられている。しかもスタンプ戦で酷使され体力を使い果たしている。武装を維持していることもできなくなり、コンフリクトの開始を待たずにシステムに続行不能と見なされた。

「そんな、ワタクシはまだ戦えますのに!」

 悔しげな悲鳴が防護幕の中から聞こえる。それを競技開始のブザー音がかき消した。

「依風ちん、援護射撃よろしく。うあああぁぁ――!」

 二対三の不利を吹き飛ばすべく気合の声を上げて連別府が突撃を仕掛けた。

 いかにも考えなしに見えるが武装の強度が高い彼女にとってはやはりそれが最大の強みだ。まともに立ち向かう相手の武器は砕け、射撃は退けられる。現に主席のワイヤー分銅も弾き返し、密集した敵チームに向かって直線で迫った。

「初花の仇――」

 たまらず迎え撃ちに出たように見えた首席以外の二人が、連別府を両脇から抱えて外へと飛んだ。防護幕を越えて場外に着地する。連別府は事態を呑み込めずに呆然とする。

「えっ……? あっ……」

 非常に有効な手、と舌を巻くしかなかった。迂闊に手を出せない連別府とぶつかり合う他ないコンフリクト戦で、戦わずに二人がかりで場外へ追い出した。スタンプ戦で愛近を疲弊させたのもこれが目的だったとわかる。

「えっ、ちょっと待って……ちょっと待ってよぉ……!」

 試合場に残された偶川がうろたえて後ずさった。

 一対一。学校首席と半年に満たない詰め込み学習。能力評価を比べれば何一つ敵わずに劣る。

 会場全体が私の動向を窺う気配を感じた。

 私にはチームの監督者として試合を中断、すなわち敗北宣言をする権限がある。携行端末からの操作で試合を即刻終わらせられる。

 だが彼らの思う通りには動かない。腕組みに指を喰い込ませ、試合場へ向かって叫んだ。

「偶川、これはお前の試合だ! 他の誰が敗けようと、お前が負けない限り終わらない! 私が勝手にやめさせるようなこともない!」

 会場の誰もが「未熟な生徒を駆り立てる鬼教官」と私を蔑んだことだろう。だが対戦相手の首席だけは警戒を解かなかった。偶川自身が自分でギブアップの姿勢を取らない以上奥の手を残している。そう疑っているからこそ最も慎重な手に打って出てきた。

 近寄らず己の武器ですら接触を避け、未成質量を放射する遠隔攻撃。私が彼を負傷させたのもこれだった。一見すれば意趣返しのようだが、彼が偶川を対等な対戦相手と見なしているからこそだ。

 試合場の床パネルが砕けて破片を巻き上げ、偶川の姿が土煙に隠れる。偶川の防御では耐え切れるかギリギリのところだ。安心して見てはいられない。ただし、それは耐えるのであればの話だ。

「よいしょおっ!」

 土煙が二つに割れて偶川が現れた。無傷を確認して指の力を緩める。衝撃が届いていたなら立ってすらいられない。

 会場がどよめき、対戦相手は硬直した。

(偶川、今だ! 仕掛けろ!)

 不意打ちを声に出して指示するわけにいかず心の内で絶叫する。実力で大きく見劣りする偶川が逆転するにはこの時に付け込むしかない。あり得ないことを起こした、この瞬間にしか。


 偶川の思わぬ成長について先に気が付いたのはアムリラで、ある週末の昼食休憩に入ったところ愉快そうに「あの子、面白い育ち方してるよ」と話しかけてきた。

 養成学校との調整や他の協力者との情報交換も落ち着き訓練にはほぼ参加するようになっていた頃のことで、偶川の技量についてはよく把握しているつもりだったから何を言っているのかと疑った。

「訓練中じゃわからないことだよ。こっちに来て見においで」

 誘われて付いて行くと偶川は昼食の料理をしているところだった。

 食事の支度は初め私も手伝っていたものの「鉄板の扱いが悪い」と叱られて以来任せることにも慣れて気にしなくなっていたが、偶川はガスコンロや薪ではなく試験開発の未成質量式調理器を使っていた。

 〝新式〟で抽出した未成質量を火力に転化する器具は火力の制御が難しく、火事を起こしかねないのでずっと使用はしていないと思っていた。

 私がそこで見たのは歌を口ずさみながらその難しい制御をこなす偶川だった。

「減塩~♪ した分増量~……い~みなぁし~♪」

 炎はフライパンを熱するだけでなく発火口から横へ大きく伸びて、その先でトウモロコシを炙っている。トウモロコシの串を握る偶川は平然としていて、つまりこれは事故ではない。未成質量が引き起こす現象を彼女が完璧に操っているということだった。

 一体何があったのかその後の食事中に聞いてみると、連別府のアドバイスがあってのことらしかった。

「竜ちゃんが言うには未成質量の動きには〝線〟があるんですって。それがわかってから竜ちゃんも獲得速度を上げられたとか。あらかじめ動くところが決まっていたり選べたりするから、矢を打っても思った風に飛んで行くんですかね。ワタシは竜ちゃんみたいに見えたりはしないんですけど、なんとなくわかるようになったから……。う~ん、なんて言えば伝わりますかね……。あのコンロを通して出る未成質量も方向が統一されてないんですよ。だから調節が難しかったんですけど、あらかじめ誘導したり逆にぶつけて跳ね返したり……できるつもりでやったらできてる感じです」

 とても感覚的な説明ではあるが、擬音ばかりの連別府よりはずっと要領を得た。私はもちろん、アムリラやロンデさえ知らないことだった。


 基本的な能力は最も低い。だが偶川はチームの弱点などではけっしてない。

「行きます!」

 いつもよりも気合の増した声を上げ、偶川が首席目がけて直進する。構えた弓を引き絞るその姿に睨まれて相手も正気に戻った。半ば恐怖に駆られた様子で分銅ワイヤーを振る。

 その一撃を弓で受けた偶川の前進が止まらない。衝突のダメージを〝線の誘導〟で逃がしているようだ。それだけでなく、固い音を立ててワイヤーが砕け連鎖的に瓦解し始めた。

(力への介入だけで、ここまでできるようになったか!)

 コンロの炎を割って操るように、敵の武装を破壊した。これは連別府にもできない偶川の特殊技能だ。

 驚きと満足の相反する感情に付き動かされ実況席の教頭を見上げる。教頭も私を見て、少し渋った様子で深く頷いた。

 こみ上げてくる笑みを堪えて、私は満を持して端末を操作し試合を中断させた。


 我らがチーム〝編入希望〟は第四試合を途中放棄し、続く第五試合も辞退を決めた。

 チームからは当然反発があったが、愛近が既に戦えない状態であることと、偶川が連別府に完全に同調するほどテンションがおかしくなっていることから考えても続けさせることはできなかった。

「あの時止めなくても偶川は勝てなかったわよ。いくら武器を壊したって取っ組み合いで負けるんだから。そもそも弓が武器なのに突進する時点で冷静さが欠片も無い。……でもまあ、よくやったわ」

 つい頭を撫でてしまったものの、今回は嫌がらずに落ち着いてくれた。

 結果は五戦三勝二敗。宣言通りの四勝ができなかったことでチームに不満は残ったようだが、それも閉会式で養成学校側から編入を認める旨の通達を受けたことで晴れた。

「星南さん! あたし、星南さんと同じ養成学校で三局戦況やれますよ!」

 式の最中だというのに列を離れて私に飛びついてきた連別府を抱き留め、今は分別を忘れて振り回してやると歓声を上げて喜んだ。

「良かった。これで私に憧れさせちゃった後悔も薄まる」

「何言ってるんですか。あたし今最高にバラ色ですよ!」

 式のあとは校舎へ移動し、教職員室で正式な書面での編入手続きを受けることになった。

 連別府は一年から参加。愛近は二年に戻る。そして、偶川については、なんとなくそんな気がしていた。


「なんで? って言いますと、そんなにハッキリしてないんですけど……地元にやり残したことがあるから、ですかね。このままここで暮らし始めてもきっと楽しいんでしょうけど、それじゃ逃げたみたいになるのは……嫌かなって」

 偶川は養成学校への編入を断った。

「ワタシみたいな……あの町でなんの力も無い女の子でも自由になれることがわかりました。だったらワタシは、それをワタシで終わりにしたくはありません。だから三局戦況部は続けさせてもらいますよ」

 連別府は長いこと別れを惜しんで偶川に抱き着いていたが、最後に記念撮影をして晴れやかな表情の偶川を改札の向こうに見送った。

「依風ちん、今まで色々ありがとう! あたしきっとプロ選手になる!」

「うん、ワタシも伝説の初代部長になるね」

 ずっと沈黙していた愛近を見ると、妙に真剣な顔をしていた。

「……強力なライバルが生まれたわね」

 言葉を発さないまま愛近が頷く。もしかすると、この一連の出来事で最も大切なことを学んだのは彼女かもしれない。

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