第15話 BEAT-LAND Live alive eve 2

 〇朝霧希世


「チーム朝霧、バンドは違えど、イベントは成功さすで!!」


 じいさんの掛け声と共に。


「おー!!」


 俺達、チーム朝霧は心を一つにして。


「おやすみー。」


 各部屋へと散らばった。



 明日は、ビートランドの大イベント。

 しかも、そのラインナップを聞くと…


 おい。

 もしかして…

 事務所解散…とかじゃねーよな…?

 なんて疑いたくなるような、豪華さ。

 なんでこの時期に、こんな事を?

 と、眉をしかめた。


 だってさ…

 こんな大イベントなら、もっと前から企画されててもおかしくなかっただろうに…

 会長の高原さんは、これを今年になって提案して…

 春に全員に告知した。


 春だぜ?



 事務所関係者と家族、招待客しか入れないイベントとは言え、周年パーティーは毎年開催されてる。

 アットホームで笑える周年パーティーは、出番がなくても参加したいイベント。

 だけど…

 去年、設立40周年を派手にやったばっかなのに…

 なんで今年41周年を、比べものにならないぐらい…さらに派手に?



「あー…緊張するっ。」


 隣のベッドで、沙也伽がつぶやいた。


「……沙也伽。」


「ん?」


「…こっち来いよ。」


「やだ。」


「…即答されると軽くへこむ…」


「明日の事思ったら、大の字で寝たいから。」


「まあ、そうだけど…景気付けに…」


「景気付けに何。」


「……」


 沙也伽とは、気が付いたら隣に居た。みたいな関係で。

 同じドラマーだし…話も合うし…

 二人きりになった時に、ちょっといい雰囲気になって…

 流れでセックスした。

 そんな感じ。


 いや、沙也伽は俺を好きだったかもしれない。

 でも俺は…そこまでの気持ちじゃなかった。



 が。


「…妊娠した。」


 そう沙也伽に言われた時…

 悩んだ。

 吐きそうなほど悩んだ。

 時間を巻き戻したかった。



 沙也伽を妊娠させた。と言うと、温厚な親父に殴られた。

 あれを目の当たりにした沙都とコノは思ったに違いない。

 親父を怒らせるような事はすまい。と。



 結婚の選択しかなかった。

 親父と、沙也伽の実家に結婚の申し込みと…謝罪に行った。

 若気の至りとは言え、親父に土下座をさせた事はハゲるほどのストレスになったし。

 一生忘れないし、一生かけて親父に孝行する。



 でも。

 結果…幸せなんだよなー…

 そこまでじゃない。って思ってた気持ちも、後からどんどん育った。

 沙也伽は一緒に居れば居るほど、なんだこいつ…ホッとさせてくれるなあ…って奴で。

 そこそこにモテて、とっかえひっかえなんて自由に出来てた俺が…もう、女は沙也伽だけでいい。

 って、本気で思えたもんな…って…もう結婚してたから当然だけど。



 だけど、結婚して俺が本気になると…沙也伽の方が、のらりくらりと気持ちをかわしているように感じる。

 廉斗が生まれてからは特に…俺は眼中にないぐらい。



「…沙也伽。ちょっとだけ、そっち行っていいか?」


 もぞもぞとベッドの端に寄って問いかけると。


「ちょっとって何分?」


「な…何分って…」


「10分ぐらいならいい。」


「10分じゃ何もできない。」


「何するつもりなのよ。」


「…セックス。」


「……」


「…景気付けなんて言って悪かった。安心したいんだ。おまえを抱いて、ホッとして眠りたい。」


 沙也伽は目から上だけを布団から出してこっちを見てたけど。


「…どうぞ。」


 そう言って、スペースを開けてくれた。


「…沙也伽…」


 隣に潜り込んで、沙也伽を抱きしめる。


「希世…」


「ん…?」


「気を付けて。あたし、今妊娠しやすい時期だから。」


「……」


 顔を上げて、沙也伽を見る。


「…何。」


「…二人め…作るか?」


「何言ってんのよ。あたし、今バンド楽しいから無理。」


「…俺は…欲しいけど…」


「廉斗の時はショック過ぎて変な顔したクセに。」


「う…あれはー…まだ…その…」


「どいて。あたしが子供欲しくなるまで、セックスはしない。」


「えっ!!」


 沙也伽は俺を力ずくでベッドから押し出そうとする。


「そんなのないだろ…沙也伽…」


「しつこいの嫌い。」


「愛してるんだ…」


「……」


 沙也伽の目を見て、言った。


「…愛してるんだ。沙也伽との子供、たくさん欲しいって思ってる。」


「……でも、今夜はできないようにして。」


 沙也伽が俺の背中に手を回した。


「希世…初めて言ってくれた。」


「え?」


「愛してるって…初めて言ってくれた。」


「……」


 ああ…

 俺、ダメだな。

 沙也伽がそっけないんじゃなくて…俺がそうさせてるんだ。

 もっと、沙也伽に愛を伝えよう。

 そして…

 キッカケをくれた廉斗を、もっともっと大事にしよう。



 ……明日のイベント、これでバッチリ!!




 〇早乙女詩生


「ただいまー…」


 明日はビートランド上げての大イベント。

 デビューして五年。

 まだまだペーペーな俺達DEEBEEだけど…

 明日は、最高のステージにして、イベントと…これからの事務所を盛り上げたい。



「あ、おかえり。」


「え…チョコ、帰ってたのか。」


 イギリスに留学中の妹、チョコが、玄関まで迎えに出た。


「大イベントだもの。」


 靴を脱いでると…


「…ばあ様?」


 草履がある事に気付いた。


「うん。今夜泊まるみたい。」


「へえ…珍しい。」


 本家のばあ様は、お茶の先生。

 しかも、そんなに軽くないやつ。


 ばあ様は若い頃に大恋愛をして、親父を産んだ。

 相手は…伝説のギタリスト、浅井晋。

 一度も会った事のない、伝説のじいさん。



「ただいま。」


「おかえり…」


「おかえり…詩生…」


「おかえり…」


 リビングに声をかけると…親父とおふくろ…そして、ばあ様。

 何やら…張り詰めた空気…


「…何かあった?」


 ソファーに座りながら問いかけると。


「いや…まあ…うん…ちょっと衝撃的な話を聞いて…」


 親父が呆然とした口調で言った。


「…平気?明日…大イベントだけど…」


 俺の言葉に。


「…そうね…余計な事を言ってしまったわ…」


 ばあ様は溜息をつきながら、首を横に振った。


「いや、余計な事じゃないよ。それ…どうにか伝える方法がないかな…」


 親父はかなりの真顔。


「…話が見えないけど、明日に関係する大変な事が起きてる…と?」


 俺が問いかけると。


「大いに関わる。」


 親父は真顔のままでそう言って。


「…ちょっと、神さんに電話してくる。」


 立ちあがった。



「……」


「……」


 俺とチョコが無言で顔を見合わせると。


「詩生、明日は楽しみにしてるわ。」


 ばあ様が笑顔で言った。


「じい様は?」


「茶道会の寄り合いで、温泉に行ってるの。明日のお昼に帰って、直行するって。」


「年寄りなのに、無茶するなあ…」


 テーブルにあったせいべいを手にする。



「学も一緒に帰ったのか?」


 隣にいるチョコに問いかけると。


「うん。」


 相変わらず…いや、実の妹に言うのもアレだけど…

 チョコ、前よりずっと可愛くなったなあ…



 学は…

 その頭の良さゆえに、いつも学校や教育機関関連から、色んな事を望まれてきた。

 そのたびに、淡々とそれに応え…自分の時間をそれに割いた。

 結果…

 一緒にやってたDEEBEEから、脱退した。



 …あいつのギター、好きだったんだけどな…

 一緒にデビューできるとばかり思ってた俺は、かなりショックを受けた。

 彰のギターも好きだけど…

 彰と学のツインギター。

 これが、俺の中で最強だったから…



「…あいつも、本当なら明日一緒にステージに立ってたはずなんだけどな…」


 つい小さくつぶやくと。


「向こうで、遊び程度のバンド組んだのよ?ガッくん、大人気。」


「えっ、マジかよ。」


「うん。あたしにはよく分からないジャンルだけど…」


「どんなやつ?」


「パンク?」


「パンクか…学がパンクな…」


「でも、楽しそうに弾いてるから…いいのかなって。」


 それを聞いて、安心した。



 …いつか…

 共演なんてできたらいいんだけどな…

 思いがけず義弟になる予定の学。

 まずは…

 リビングセッションから始めるのもいいか。



「先に風呂もらうぜ。」


 立ち上がって、風呂に向かう。



 一人暮らしをしてたけど、この春…家に戻った。

 弟の園がパリと日本を行き来してるうえに、チョコが留学したのもあって、おふくろが一人になる事が多くなった。

 まあ…俺も仕事してるから、そんなに変わらないかもしれないけど…



「はー…」


 バスタブに浸かって、首を回す。



 明日…華月も見に来るって言った。

 やっと、気持ちが通じ合った俺達。

 今は、何となく…落ち着いてて。

 ガツガツした感じはないけど…明日は、華月のための曲も歌う。


 ちゃんと届くかな?




 〇東 映


 明日はビートランドの大イベント。

 うちは、父がF'sのギタリスト、東圭司。

 母は、昔シンガーだった高原瞳。


 …そう。

 会長の高原さんの娘だ。



 俺にとっては祖父にあたる高原さんだが…昔から『おじいちゃん』なんて呼んだことがない。

 一緒に暮らした事もないし…

 あの人はいつも一人で、遠巻きに我が家を見てた。


 誕生日には、いつもプレゼントをくれたし…一緒に食事に行ったりもしたが。

 何だろう…

 いつも、心ここに非ず的なイメージしかない。


 祖母にあたる、作詞家の藤堂周子は…すでに他界。

 今年は、その藤堂周子トリビュートなるアルバムの制作もあって、なんて言うか…

 ビートランド、今年はどうした?ってぐらいの忙しさだ。


 …先週、いきなり高原さんに。


「映、何曲か俺の後ろで弾かないか。」


 エレベーターの前で、さらりと言われた。

 俺はその言葉の内容が分からないぐらい…一瞬で、テンパった。


「……何を、ですか?」


「ベースだよ。」


「…俺が、ですか?」


「今、俺とおまえ以外に誰がここにいる?」


「……」


 パチ、パチ、パチ……と。

 何回も瞬きをした。


「嫌なら別にいい。」


「いっ嫌なわけないです!!光栄と恐縮で…言葉が…出ませんでした。」


 本当に。

 一瞬にして、手汗をかいてしまった。


「まだまだですが…宜しくお願いします。」


 頭を下げると。


「まだまだならダメだな。」


 高原さんは笑った。


「え…」


「自信持ってやるって言わなきゃ、弾かせない。」


「……」


 この人は、俺が孫であろうが何だろうが…容赦ない。


「弾きます。」


「…よし。今夜、マノンにセットリスト作らせるから。何人かで振り分けて弾くように。」


「はい。」


 下に降りるエレベーターが開いて、高原さんはそれに乗り込んだ。


「映。」


「はい。」


「大きくなったな。」


「……」


 ドアが閉まる瞬間そう言われて…なぜか、泣きそうになった。



「……」


 夜空を見上げる。


 デビューして五年。

 がむしゃらに突っ走って来た。


 重症と軽症の失恋もした。

 重症の方は…まだ、少し傷が疼く。

 …明日…来るだろうな。


 …千世子。



 相手が学だった。って言うのが、たぶん…俺の傷を大きくした。

 一度は一緒にDEEBEEとしてプレイした仲間。

 頭が良くて…

 本当に頭が良くて。

 ギターも上手かった。

 最初は低かった身長も、高校を出る頃には伸びてたし。

 見た目も、随分といい奴だった。



 千世子が…学を選ぶとは思わなかった。

 …まあ、いい奴だけどさ。

 俺の次が学って。

 いきなりレベル上げやがって。って…

 少し卑屈にもなった。



「……」


 俺はポケットから、お守りみたいにしている物を取り出す。

 別に何と言うわけではないが…一年半前、ここで拾った学生証。

 なぜか俺はそれをずっと…手放せないでいる。

 少し千世子に似ていると思ってみていたその写真は。

 今では全くの別人と思える。



「……」


 学生証を手に。

 俺は、足を止めた。

 視線の先にあるベンチ…そこに座っているのは…



 手元の学生証を見て、もう一度ベンチを見る。

 夜空を見上げたその顔には…涙がつたっていた。


 …立ちすくんで…それに見とれた。

 俺の存在には、全く気付いてないらしい。


 俺は学生証をおさめると、ポケットを探って…何も出て来ず。

 ベースと一緒に担いだバッグから、タオルを出した。



「…はい。」


「……」


 俺がそれを差し出すと、その子は驚いて俺を見た。


「あ…」


 そして、慌てたように…下を向いた。


 この再会は、俺に大きな意味を与えてくれた。

 何はともあれ…明日のイベントを大成功させるためにも。

 俺は…


「明日、時間あったら来てくれないかな。」


 彼女に、チケットを差し出した。


「…あなたは…?」


「俺は、東映。」


「…どうして…あたしに…?」


「前にここで会った時も泣いてた。」


「……」


 たぶん、俺は怪しさ満点だろう。

 俺を見る目も、少し怯え気味だ。

 だけど、そんなのお構いなし。

 俺は意気揚々と言った。



「ただ、君に元気になって欲しいだけだよ。朝子ちゃん。」

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