第13話 「ばあちゃん。」

 〇桐生院華音


「ばあちゃん。」


「ん?」


「俺、高原さんの後ろでギター弾く事になった。」


 俺がそう言うと、ばあちゃんは一瞬キョトンとした後、パアッと明るい笑顔になって。


「すごい!!すごいじゃない!!」


 俺の両手を持って、大喜びした。


「俺もビックリした。今朝言われてさ…冗談じゃないよな?って、帰りに親父んとこ行って進行表見たら、ちゃんと名前入れてあった。」


「今夜はごちそうしなくちゃ!!」


「ははっ。何だよそれ。」



 俺は…ばあちゃんが大好きだ。

 だから、ばあちゃんを喜ばせたい。と、いつも思う。



 俺の父親はF'sのボーカル神千里。

 母親はSHE'S-HE'Sのボーカル桐生院知花。

 母さんを好き過ぎて、婿養子に入った親父。

 うちは…大家族で。

 しかも、愛に溢れていて。

 俺としては…居心地がいい。


 だけど…

 そろそろ、ばあちゃんに幸せになってもらいたい。



 ばあちゃんは、その昔…高原さんと大恋愛をした。らしい。

 本人は何も話さないから分からないけど。

 決して人前で…いや、たぶんどこでも、二人きりになる事のない高原さんと、ばあちゃん。

 じいちゃんが亡くなって、葬儀が終わった瞬間から。

 みんなが…切望した。


 高原さんと、ばあちゃん…結婚してくれないかな。



 その願いは、なかなか叶えてもらえないんだけど…

 来週に迫った、ビートランドの大イベント。

 そこでは…

 かなりの物が観れると思う。


 その時に…

 何とか二人には幸せになってもらえるといいんだけど…



「華音。」


「ん?」


「周りがなんて言おうと、あたしは華音の味方よ?」


「…サンキュ。ばあちゃん。」


 俺は…大学時代のあれこれを。

 ばあちゃんにだけは話してた。


 栞が自殺した時…便箋10枚に渡る遺書を見せられて…

 すぐに、栞の字じゃないと気付いた事も。

 栞の本当の遺書は…郵送されてきた。


 だが、それを公開する気はない。



「ばあちゃん、イベント、楽しみだな。」


 ソファーに座って、ギターを取りだす。

 あまりリビングでギターを弾く事はしないんだけど…今日は、ばあちゃんの前で弾きたくなった。


「うん。そうね。楽しみ。」


 ばあちゃんは、向かい側に座って…笑顔。


「…ばあちゃん。」


「なあに?」


「…俺に、ギターを教えてくれて、ありがと。」


「…興味を持った方が偉いのよ。」



 あれは…小学六年生の時だった。

 誰も家に居ない夏休み。

 確か俺は、一人だけ体調を崩して、部屋で寝てた。

 夢うつつな中、聴こえて来たのは…アコースティックギターと、聴き慣れない歌。


「……」


 ゆっくりと目を覚ました俺は、部屋を出て、声がする方に向かった。


 庭に面した広縁の、大きな藤の椅子。

 そこに座って、母さんのアコギを手に弾き語りをしてたのは…


「…ばあちゃん…」


 俺は、熱が引くほどの衝撃を受けた。

 音楽なんて、全然興味ない。

 そんな顔してたクセに…ばあちゃんが、弾き語りしてる。



 朝起きたらさ、あなたが隣に居るの

 おかしいな…これはリアルかな?って

 毎朝そんな気持ちになるなんて…夢みたいな幸せって事だよね


 もしあなたに悲しみが訪れたら、あたしがあなたを殺してあげる

 あなたを悲しませない

 あたしが苦しむとしても


 それは愛なの?って、誰もが言うんだけど

 あたしは笑顔で、全力で言うわ

 愛よ

 ううん

 愛以上よ

 愛以上なのよ



 もしあなたに苦しみが訪れたら、あたしがあなたを殺してあげる

 あなたを苦しませない

 あたしに罰が与えられるとしても


 それは愛なの?って、誰もが言うんだけど

 あたしは笑顔で、全力で言うわ

 愛よ

 ううん

 愛以上よ

 愛以上なのよ




「……」


 とりあえず、親父方の祖父母がイタリアにいるおかげで…俺達はイタリア語と、これからは必要だから…って事で、英語は小さな頃から学ばされていた。

 だから…ばあちゃんが歌っている歌が、ラブソングなのも分かった。


 だけど…聴いた事のない歌…


 しばらくそのまま立ちすくんで聴いた。

 衝撃だったけど、新鮮でもあったし…

 何より…

 ばあちゃんが、すごくカッコよく思えた。



「…ふう。」


 歌い終わったばあちゃんが、アコギを置いて立ち上がった。

 そして…


「はっ…」


「……」


「か…華音…」


「…ばあちゃん…」


「……」


「ギター、教えて。」


「…え?」


「今の、みんなには内緒にしとくから。だから…ばあちゃんも、みんなに内緒で僕にギター教えて?」



 あれから…俺のギター人生が始まった。

 中等部に入ると、お年玉を貯めて、こっそりエレキギターを買った。

 買いに行く時は、もちろんばあちゃんと行った。


「最初はストラトがいいと思うの。」


「うん。これ、カッコいい。」


 ばあちゃんは、エレキギターにもやたらと詳しかった。

 弦の張り方はもちろん…故障した時の修理方法まで教えてくれた。



「…ばあちゃん。」


「ん?」


「俺、ばあちゃんが歌ってるのを初めて見た時の事…たぶん一生忘れらんねーや。」


 ギターで、あの時の曲のコードを弾きながら言う。


「…覚えてるの?」


「ばあちゃん譲りかな。耳はいいんだよなー。」


「……」


 ばあちゃんは、優しい顔。


「…それは愛なの?って…誰もが言うんだけど…」



 小さく口ずさむ。


 たぶん…

 みんな、そう思ってんだろうな…

 ばあちゃんと、高原さんの在り方。


 だけど…きっとお互い…

 ずっと一途に想い合ってたんだろうな…

 だからこそ、余計に…周りからどうこう言われても、大きく変える事が出来ないっつーか…



「…俺、それも、愛だなって思う。」


 俺の勝手なつぶやきを聞いて。

 ばあちゃんは…ゆっくりと目を閉じた。


 もう二人とも年寄りなんだからさ。

 素直になって、余生は今までの分を取り戻すぐらいの勢いで…幸せになって欲しいんだけどな…



「ばあちゃん。」


「ん?」


「…大好きだよ。」


 俺の告白に、ばあちゃんは目を開けて優しく笑うと。


「そういうのは、彼女に言わなきゃ。」


 とか言いながら、嬉しそうな顔をしてくれた。



 * * *


 〇二階堂紅美


「う…うわあ…なんか…足が震えて来た…」


 あたしが猫背になって言うと。


「珍しいな。紅美がそこまでの緊張って。」


 ノンくんがピックをくわえたまま言った。


「ぼ…僕も…実は…」


 沙都があたしに並んで猫背になると。


「実は…あたしも…」


 沙也伽までが、その隣に来て猫背になった。


「……」


「……」


「……」


「…飯食って帰るか。沙也伽、家に電話して、許可もらえ。」


 ノンくんはチューニングしてたギターを立てかけて、沙也伽に言った。


「そそそーだよね…明日だもん…もっとしっかり打ち合わせしたいし…」


 沙也伽はバッグから携帯を取り出すと。


「あっ、もしもしお義母さん?沙也伽です。今日、晩御飯食べて帰っていい?うん…うん。廉斗の事、よろしくです。」


 あっさり了解を得たようだ。



 明日は…いよいよ『BEAT-LAND Live alive』

 あたし達は…トップを飾る。

 その緊張感は……


 もう、ハンパない!!



「ノンくん、緊張しないの?」


 沙也伽が歩きながら問いかけると。


「ワクワクしっぱなし。」


 ノンくんは、ゴキゲンな様子…


 …ふむ。

 神経が太いのか…

 自信があるのか…

 それはそれで、すごい。



 何となくな流れで、あずきに行った。

 個室の座敷を取ってもらって、みんなでお品書きを眺める。



「大変だったねー!!」


 水を持って来たおかみさんが、そんな事を言って。


「…は?」


 あたし達がキョトンとすると。


「だって、ここの帰りだろ?あの写真撮られたの。」


 あたしと、ノンくんを指差して言って。

 …当然…沙都の目が細くなった。



「じゃ、カツ丼二つと天丼二つね。」


 おかみさんがオーダーを繰り返して。

 パタン。と、戸が閉まった途端…


「…ぶー。」


 沙都から、低いブーイングが…


「まあまあ…ほら、沙都。席代わってあげるから。」


 沙都の様子を見た沙也伽が、あたしの隣から立ち上がって沙都と代わった。


「何のブーイング?」


 隣に来た沙都に問いかけると。


「…二人で来てたんだ?ここ。」


 唇が尖ってる。


「二人じゃないよ。他にもいたし。」


「誰?」


「沙都、そういう詮索はカッコ良くないよ。」


 沙也伽が助け舟を出したけど…


「別に僕はカッコ良くなくてもいいもん。」


 沙都はふくれっ面。


 …やれやれ。



「明日のオープニングなんだけどさ。」


 まるで…

 今までの会話が耳に入っていなかったのように。

 おしぼりで手を拭いてたノンくんが、話を切り出した。


「…え?」


「板付きスタートじゃん。やっぱSE要らなくないか?」


「あー…確かに。でも、今更変更できるのかな?」


「それだけは変更がきくって言われてる。」


「ふーん。じゃ、なくてもいいかもね。あたし達だけ、幕があるんでしょ?」


「そそ。だからMCのスタート合図と共に…で、どうかな。」


「うん。それで行こう。」


 ノンくんと沙也伽とあたし…三人で盛り上がってる所に…


「…って、ノンくん、僕の話は無視?」


 相変わらず、沙都はふくれっ面…


「あ?」


「……」


「何の話だ?」


 ノンくんが、あたしと沙也伽に問いかける。

 …この男…

 頭の中、ずっと明日の事だったんだな…?



「ここの帰りに写真撮られた事よ。」


 沙也伽がノンくんに言うと。


「あー…でもその話って、明日とは関係ないから。」


「ぷっ…」


 つい、笑ってしまって。

 沙都の目がさらに細くなる。


「…そうだね。明日には関係ないね。僕のコンディションには関係あるかもしれないけど。」


「沙都。何が気に入らないの?」


 あたしが沙都の髪の毛に触れようとすると…


「紅美、やめろ。」


 ノンくんの…低い声。


「…え?」


「甘やかすな。」


「……」


「沙都、おまえもすぐに紅美を試すような事を言うな。」


「なっ…!!僕は…」


「僕は、何。」


「……」


「俺達は、プロなんだぞ?」


 ノンくんのその言葉に、沙都は唇を噛みしめた。


「明日のイベントは、何があっても…成功させなきゃいけないんだ。」


 …今までのノンくんと、少し違う気がした。

 そう感じたのは、あたしだけじゃなかったみたいで…


「…ごめん。」


 沙都は不機嫌そうではあったけど…素直に謝った。

 そんな沙都を見たノンくんは、小さく笑って。


「バトルは飯食った後、男同士でな。」


 少し斜に構えて言った。

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