第16話 BEAT-LAND Live alive

 〇朝霧沙也伽


 朝からガッツリ緊張していたあたしは。

 プライベートルームで二度泣きそうになった。


「何涙目んなってんだよ。」


 ノンくんは絶対神経がおかしいんだと思った。

 こんな大イベントでトップバッターで、しかもノンくんはあのDeep Redの面々とセッションみたいなステージも展開しちゃうらしいのに。

 緊張どころか…

 楽しみで仕方ないとか言ってる。


 おかしい。

 絶対おかしい。



「カウントはハイハット一つね…」


「もう億万回聞いたな、それ。」


「億万回も言ってないし。それオヤジみたいだし。」


「ははっ。沙也伽がこんなにテンパるとは思わなかった。」


「ノンくんの神経がおかしいだけよ!!だってほら!!沙都と紅美だっておかしくなってるじゃん!!」


 楽しそうにギターを弾いてたノンくんは、あたしの言葉に後ろを振り返った。

 そこでは、沙都と紅美が肩寄せ合って変な顔をしてる。


「…何だ?おまえら…」


 ノンくんは眉間にしわを寄せて二人に近寄ると。


「あたっ。」


「いてっ。」


 ギターを弾きながら、立て続けに頭突きをくらわした。


「ライヴだぜ?楽しまなくてどーすんだよ。」


「そー…なんだけどさー…」


「楽しみは楽しみなんだけど、幕が上がった途端に見える面々の事を想像したら…」


 あ…

 ダメだ。

 今の紅美の言葉…

 あたしも同感。


 あの大御所が、そして、あの大御所が…

 あたし達のステージを見ちゃうなんてさー!!



「俺ら、そんなヤワな練習して来なかったと思うけど。」


 ノンくんは、I'm hornyを弾いてる。



 感じる事がしたいの。

 ただそれだけなの。

 気持ち良くなりたいの。

 それって誰も同じでしょ。



「…うん。あたし達、イケるよ。」


 今のノンくんの言葉と…弾いてるフレーズを頭の中で歌ったら。

 いきなりスッキリした。


「あたし達、ライヴ経験はカプリだけだけど…練習は他のバンドの何倍もやったよ。」


 そうだ。

 紅美が家出してる時も。

 あたしが産休の時も。

 みんなでカバーしながら、ずっと練習して来た。


 沙都と紅美を見ると…二人は伏し目がちに小さく笑って。


「…そうだね。僕ら…全然外に出してもらえなかったけど…このためだったのかもって今なら思える。」


「うん…知られてない分、他のバンドよりインパクト与えられるね。もしかして、あたしら超ダークホースじゃん。」


 いえーい。なんて言いながら、沙都と紅美がハイタッチする。


 …ふふっ。

 単純な奴ら。



「ぶちかますぜ?」


 ノンくんがサビを弾くと、紅美も弾き始めた。

 つられて沙都も弾き始めて…

 あたしは、スティックを持って、椅子を叩く。



『BEAT-LAND Live alive、開始時間が迫りました。館内のアーティストは全員会場に向かってください』


 館内放送がかかって。

 あたし達は会場に向かう。

 ステージは、もうバッチリとセットが組まれてて。

 その壮大さに、あたし達は少し尻込みもしたけど。


 うん。

 楽しむしかない!!



「円陣でも組む?」


 紅美がらしくない事言ったけど、夕べは朝霧家でもらしくない事したもんね。


「うん。組む組む。」


 あたしが紅美と肩を組むと…


「……」


「……」


 位置的に、ノンくんが、紅美の隣にいるんだけど。


 それを沙都が恨めしそうに見てる。


「もうっ。ほら、沙都、こっちおいで。」


 あたしは沙都の手を引っ張って、紅美の隣に入れた。


「これで誰も文句なし。さ、誰か何か言って。」


 あたしがそう言うと。


「う、うん。ありがと、沙也伽ちゃん。」


「そんなんじゃなくて!!」


「ははっ。沙都らしいなあ。」


「ノンくん、譲ってくれなかったクセに…」


「まーまー。さ、何かガツンと。」


「ガツンと?」


「……」


「……」


「紅美、おまえ行け。」


「えっ、あたし?」


「うん。紅美ちゃんよろしく。」


「早く早く。」


「……」


 紅美はあたし達の言葉に少し悩んで…


「やーらしく激しく、あたし達『DANGER』らしく…」


「イク時の声がいいか?」


「もう!!ノンくん!!おー!!でいいじゃん!!」


「ふー!!とかにする?それとも、あおぅ!!とか…」


「沙也伽ちゃんまで…」


 ステージ袖で笑って。

 結局…


「やーらしく激しく、あたし達『DANGER』らしく!!」


「Yeah!!」


 ハイタッチをかわして。

 あたし達は、ステージに向かった。




 〇朝霧希世


 沙也伽がドラムをしてる『DANGER』のステージが始まる。

 俺はそれを客席の、指定されたテーブルの席でドキドキしながら見守っている。

 今日は前方三ヶ所にステージがセットされていて。

 オープニングは、幕の閉まっている真ん中のステージ。


 転換の時間なんかには、大きなスクリーンに昔のミュージックビデオが流れたり…まさにトイレにも行けない楽しみの連続。



 大丈夫かな…沙也伽。

 ライヴ経験、ほとんどないしな…

 夕べも今朝も、緊張のあまり手が冷たくなってる。なんて言ってたし…



「…何だよ、希世。緊張してんのか?」


 彰が隣で笑った。


「俺の出番に緊張してるわけじゃない。沙也伽が…」


「あー、そっか。あいつら、ほぼ初めてだもんな。」


「…プレッシャーだよな…」


 会場の灯りが落ちて。

 緊張感が高まった。


『BEAT-LAND Live alive…Ten,Nine,ignition sequence start』


 ロケット打ち上げのカウントダウンが流れ始めて。

 会場は少しざわついた。

 これ…DANGERの案か?


『Six,Five,Four,Three,Two,One,all engine running,Lift off!!』


 その瞬間、幕が落ちて…

 紅美と沙都とノンくんが飛び跳ねた…!!


 …鳥肌が立った。

 三人ともタッパがあるし…何より…

 音が…厚い…!!



「…あいつら、とんでもないルーキーだな…」


 彰も隣で眉をしかめた。

 イントロだけで十分印象付けた。


 一曲目は…色々噂になって注目を浴びてる『I'm horny』

 ギターをかき鳴らしながら、紅美が歌い始める。

 …今まで何度か聴いた事はあるけど…

 ライヴとなると…やっぱり、違う。



「…うめえな。」


 めったに人を褒めない映ちゃんが、腕組みをして言った。

 うん…上手い…

 特に…

 ノンくん。

 あの人、こんなに弾ける人だったのに、どうしてずっと隠してたんだろ。


 ノンくんが上手い具合に、みんなを引っ張ってる。

 …沙也伽も、上手くなった。



 ハンパないインパクト。

 これが目的だったとしたら…DANGERをトップに持って行った作戦は大成功。

 後のバンドはかなり刺激されたはず。

 もちろん…俺達も。



 沙也伽…

 おまえが今は二人目が欲しくないって言った理由…

 すげー分かる。



「嫁に負けてらんねーな。」


 詩生くんに振り向いて言われて。

 笑いながら頷く。

 全くだ。

 沙也伽…

 めっちゃ刺激されたぜ!!

 サンキュ!!



 〇桐生院華音


 あー…

 めちゃくちゃ楽しい。

 め…っちゃくちゃ楽しい!!


 今日を…この瞬間を、ずっと楽しみにしてた。

 ギター始めた頃は、自分が音楽の道に進むなんて、思いもしなかったけど。

 …ほんと…ばあちゃんに感謝だな。



「……」


 客席を見ると…ちゃんと、曽根が来てた。

 最初は申し訳なさそうな顔してたけど、それはすぐにワクワクした顔になった。


 どうだよ。

 俺、カッコいいだろ?

 おまえに見せたかったんだ。

 いつも応援してくれてたからさ…。


 ソロ弾いてると、紅美が来た。


 楽しいね!!


 ふっ。

 大口開けて言うなよ。



 …紅美。

 ずっと、おまえが好きだった。

 だけど、紅美のそばには常に沙都がいて。

 お互いしか見えてないぐらいに思えた。

 紅美が俺の物になる確率は、1%もない。

 と、しても。

 それでも、好きだった。



 …こうして、紅美の笑顔を間近で見れて。

 紅美の歌を聴けて。

 紅美の声をきれいに響かせられるよう、俺はギターを弾く。

 酔っ払った紅美に付け込んで、舞い上がった時期もあったけど…今は…このままでもいいと思う。

 紅美の隣にいるのが、沙都だろうが…海さんだろうが。

 近くで笑っていてくれれば…それでいい。



 最後の曲が終わって。

 客席からは大歓声。

 このまま、ステージ袖に…のはずが。

 俺は、マイクを持って言った。


『曽根!!』


 客席の曽根は、ビクッとして立ち上がった。


『どうだよ、俺カッコ良かっただろ?』


 最初は茫然としてた曽根も、コクコクと頷いた。


 ふっ。

 バカだな。


『一発殴らせろ!!』


 そう言って、マイクを紅美に渡すと。

 俺は客席に走って…


 ガツッ!!


 曽根を殴った。


「いて…」


 わあ!!と、周りで歓声が上がる。

 そして…


「ほら、来いよ。」


 俺は、自分の頬を指差す。


「え…」


「おまえが今まで悔しかった分。」


「……」


 ガツッ。


「いって!!おまえ、俺より強く殴りやがって!!」


「んなことない!!おまえのが酷かった!!」


「……」


「……」


 何と無く、抱き合ってしまった。

 すると…


『そこの大バカ者たち、次が始まるからいい加減にして。』


 ステージ上から、紅美が低い声で言った。


「……」


「……」


 顔を見合わせる。


「…超カッコ良かった。しびれた。」


「俺、おまえの自慢の親友になれたか?」


「…ごめん、キリ。ほんと…ごめん…」


 曽根は、ポロポロと泣き始めた。


「何だよそれ。」


「俺に親友の資格なんて…」


「おまえに親友やめられたら、俺、友達いなくなんじゃん。」


「……」


「着替えて、また来る。」


 意気揚々とステージ袖に向かうと。


「バカかおまえは。まだステージあるのに、顔に傷作りやがって。」


 親父にゲンコツをくらわされた。

 だけど。


「…サイコーだったね。」


 紅美が、肩を組んできた。


「気持ち良かった。ステージも、今のも。」


 沙都も肩を組んで来て。


「やるなら最初に言ってよね。加勢したのに。」


 沙也伽が力こぶを見せた。


「…サイコーだな。俺達。」


 最年長なのに、ガキみたいな事して悪かった。

 …と、口には出さずに頭を下げた。

 すると三人は同時に俺の頭を撫でて。


「DANGERを代表して、Deep Redでも頑張って!!」


 とびきりのエールをくれた。




 〇早乙女詩生


「……」


 俺はしばらく目に力が入った。

 久しぶりに…こんなバンドを見た。

 と言うか、聴いた。


 紅美が歌が上手いのは…何となく知ってた。

 デビューして、CDを聴いて…まあ、上手いよな。って感じではあった。

 だけど、ノンくんのゴシップが出始めて。

 それを機に発表した『I'm horny』のCM用ミュージックビデオ。


 …衝撃だった。

 映像もだけど…

 紅美…表現力がダントツに良くなった。

 そして…


「…すげーな。」


 周りにいる面々からも、声が漏れる。

 ノンくんも、沙都も沙也伽も…コーラスが上手い。

 特に…

 ノンくん。

 神千里と桐生院知花の息子。


 ボーカリストとしても、サラブレッドなのは間違いない。

 音域、広そうだ。

 さっきは沙都より下を歌ってたのに、今は紅美より上を歌ってる。

 しかも、ちゃんとバランス考えて…マイクから離れたり近付いたり…


 上手いな…

 音程も外れない。


 何で今まで隠れてたんだ?

 すげー秘密兵器だよな。



 ノンくんの腕のせいか…他のメンバーもかなり上達してる。

 以前、沙都とはセッションをした事があるが…あの時とは比べ物にならない。


 ふと映を見ると…やはり気になるのか、沙都のステージングに釘付け。

 映は…かなりキテるベーシストだ。

 同世代にライバルはいないとまで言われてる。

 だが…

 この…沙都のステージングは、かなり映に刺激を与えそうだ。



「…こいつら…ゾクゾクさせてくれるな。」


 俺が小さくつぶやくと。


「全くな。気が引き締まった。」


 彰も真っ直ぐな目で言った。



 ずっと…ビジュアルだけだ。なんて言われ続けて。

 悔しくて悔しくて…必死で頑張って来た。

 今思えば…

 あの批判がなければ、ここまでこれてなかったかもしれない。



 DANGERのステージが終わった。

 ノンくんが、ちょっとした余興のような物を見せてくれて。

 それはそれで、笑えた。

 こんな時に、肝の据わった人だ…。



「俺達は、俺達のステージをしよう。」


 四人で、顔を見合わせる。


「今日は、学も来てる。」


「え…マジかよ。」


「ああ。だから…見せてやろうぜ。俺達、学の分もここまでやって来たって。」


 俺がそう言うと、みんなは優しい顔をした。

 スクリーンには、俺達がデビューした時の映像が流れ始めて。


「よし。行くぜ。」


 俺達は席を立って、ステージに向かう。


 さあ…

 ショーの始まりだ。

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