いつか出逢ったあなた 30th
ヒカリ
第1話 「あたし、あきらめないから。」
「あたし、あきらめないから。」
女の子が、
あたしは人の色恋沙汰に出くわすのが得意なのか、ことに
ここに立ち止まったままでも仕方ないけど、二人の前に姿を現すのも…
公園の街灯は電球が切れかかってるのか、少しだけ薄暗い。
あたしは、その薄暗さに助けられて二人からは見えないらしい。
「あの…」
「わかってる。
「……」
「あたし後悔したくないから。」
「…でも、僕は君を好きになれない。」
…結構ハッキリ言うなあ…
「それでもいい。あたし、
女の子はそれだけ言うと、あたしとは反対方向に向かって走って行った。
「……」
小さくため息をついた
「うわっ…く、
あたしに気付いた。
「いや…いつって、今よ。」
「……何か聞いた?」
「何かって?」
「……」
あたしはあえて知らない顔。
そんな言い方をした…って事は…さっきの女の子、
あ。
三年の時は、あたしも同級だったか。
留年しちゃったもんんな。
ははっ。
「…
「ん?」
少しだけ
「デートしない?明日、オフだし。」
「……」
後ろめたいわけだ。
さっきのことが。
「あたし、明日はノンくんとデートなんだよね~。」
髪の毛をかきあげながらそう言うと。
「えっ…ノンくん?」
沙都は驚いた声で、あたしの顔をのぞきこんだ。
そんな沙都の肩ごしに、三日月が光る。
「な…なんでノンくんとデート?」
沙都の狼狽ぶりがおかしくて、小さく笑う。
「
あたしの答に、沙都は少しだけ間を開けてため息をついた。
「なんだ~…」
「何、あたしとノンくんがデートって、心配?」
「いや…だって、僕とデートしてくれないのに、何でノンくんとって。」
「沙都とだってデートしてるじゃない。」
「してる?いつ?」
沙都はまるで子犬のように、あたしの周りをウロウロしながら。
「デートなんて、したことないじゃん。」
唇を尖らせた。
「やきもち妬いてんの?」
ギターを担ぎ直して問いかけると。
「…だって…」
沙都は尖った唇のまま。
「最近、ノンくんとばっか一緒だから。」
って、足元の小石を蹴飛ばした。
…可愛いなあ。
クォーターの沙都は、ハーフであるお母さんよりもハーフっぽい顔立ち。
あたしの弟の
昔は沙都と学が二人して『半外人』なんていじめられて、沙都は泣いてたけど、学は『カッコいいだろ』って威張ってたなあ…
ははっ。
懐かしい。
「…紅美ちゃん。」
「ん?」
「…ううん、やっぱいい。」
あたしは…知らなかった。
優しい沙都が、あたしのために…
ある、面倒事を抱えているのを。
* * *
「紅美ー、ノンくん迎えに来てるわよー。」
「はいはーい。」
母さんの呼びかけに大声で答える。
久しぶりに髪の毛を結んでみると、何だか顔が変わって見えて自分でも新鮮になった。
ふむ…よくここまで伸ばしたな。
「お待たせ。」
階段をゆっくり下りると、リビングではノンくんと母さんが笑ってる。
母さんは笑わない人じゃないけど、相手を選ぶところがある。
…ま、ノンくんの事はオムツしてた頃から可愛がってたって言ってたし、気を許してて当然か。
「何、楽しそう。」
母さんの横にバッグを置いて、襟元を直してると。
「…おめかししてるのね。」
母さんが、少しだけ意味深に笑った。
「そ?」
「だって、いつも色気のない結び方してるのに。」
「失礼なっ。」
眉間にしわを寄せて腰に手を当てると。
「今日の紅美は、充分年頃の女だな。」
ノンくんまでが、あたしを冷やかした。
「何それ。おっさんくさっ。さ、行こ行こ。」
バッグを肩にかけて、ノンくんの腕を掴む。
「じゃ、
「はいはい。」
ノンくんと母さんの、そんな言葉が耳に入って。
「父さんに秘密って?」
車に乗り込んだところで、問いかける。
「何。」
ノンくんは、ウインカーを出しながら、さりげない返事。
「さっき母さんに言ってたことよ。」
「ああ、あれか。」
ノンくんは小さく笑うと。
「今日のことだよ。俺らが早乙女さんのクリニックに行ったって知ったら、やきもち妬くだろうと思って。」
って、あたしを見た。
…なるほど。
父さんは、意外とやきもち妬きだ。
きっと、今日のことも知ったら。
「何で俺の時に来ない?あ?」
って、しつこく言うはず。
弟の
しかも、早乙女さんちのチョコと婚約までして。
最初は『センと親戚になれる!!』って喜んでたクセに…ずっとうちにいた学がイギリスに行く日が近付くと、いよいよ寂しくなったのか…
「学。やっぱりイギリスじゃなくて、アメリカにしないか?」
なんて言い始めた。
…アメリカなら、うちの事務所があるもんなー。
父さん、学の事、本当は可愛くて仕方ないクセに。
「俺は親に育てられてないから、育て方が分からないんだ。」
なんて、変な言い訳して。
とにかく…
今は留学に向けてまっしぐらな学にフラれて、寂しん坊な父さんは。
矛先をあたしに向け始めた。
…が。
幸い、父さんは現在ちさ兄とアメリカに行っている。
父さんのクリニックなんて、家でも受けられるのに。
それでも、きっと納得はしてくれない。
早乙女さんのクリニックは、すごく上達した気分になるんだよねー。
すごくなごやかな雰囲気で、ギターを弾けるし。
あの人特有の空気なんだろうな…
黙って座ってられると、ギタリストには見えないもん。
「今日、終わったら飯でも食いに行くか?」
ふいに、ノンくんが意外な言葉を出した。
「へえ…あたしとでいいの?」
従兄弟であり、バンドメンバーではあるけれど。
あたしたちは、オフの日に一緒に食事…なんてことはない。
ギタークリニックに一緒するのは三回目だけど、初めての食事のお誘い。
「何で。」
「最近ちょっとゴキゲンじゃない?彼女でも出来たのかと思ってた。」
あたしの言葉にノンくんは少しだけ考えて。
「今日の紅美は連れて歩きたくなるくらい、いい女だなーと思って。」
って、人差指であたしの頬をついた。
* * *
「早乙女さんのテクって、歳とっても落ちないよね。」
サラダのミニトマトを、パクッ。
「昔と音が変わんないってのも、何か安心なんだよな。」
ノンくんがワインをついでくれた。
「あ、サンキュ。」
今までメンバーや事務所の友達と食事って言ったら、ダリアか居酒屋だったけど。
今日は、なぜかイタリアン。
ノンくん、オシャレなとこ知ってるんだな。
ギタークリニックが終わって、あたしとノンくんは車で海辺を走って。
ノンくんが行き着けらしい、この店にたどりついた。
「ここ、よく来るの?」
ワインを口にしながら問いかけると。
「いや?そんなには来ない。」
優しい声。
「オシャレなお店じゃない。デートとかで来るのかと思った。」
「陸兄が昔よく来てたらしいぜ。」
「父さんが?」
意外な言葉に、目を丸くする。
「ああ。うちの親父はデートコースたって何も知らないし。陸兄とか朝霧さんに色々聞いてあちこち行ったな。」
「へえ…」
確か、母さんが言ってたな。
「父さんはね、遊び人だったのよ。」
あれ、本当だったんだ。
ノン君の父である、ちさ兄は…カッコいいしモテそうだけど…
もう、奥様である知花姉一筋。
あたしが小さな頃から、そのメロメロぶりは変わらない。
…愛がある家庭って、いいよなあ…
「デートか…」
何の気なしにつぶやくと、ノンくんがあたしをのぞきこんで。
「何。」
小さく笑った。
「あ、ううん…」
頬杖ついて、窓の外に目をやりながら。
「そう考えると、あたしってデートらしいデートの経験ないなーって。」
苦笑い。
「おまえの経験したデートって?」
ノンくんが生ハムを取りながら言った。
「あたしの経験したデート…」
思い浮かべる。
慎太郎の時は、家出中だったから…あまり外に出られなくて。
「まずは、ゲーセン。」
唯一の、お出かけ。
海くんの時はー…
「でも、まあ…車で遠出したり食事に行ったりはしたかな。」
まだ、辛い。
今も気を抜くと…あたしは深い闇に飲み込まれそうになる。
仕方の無いこと。
そう割切ろうとして、帰国を早めたのに…結局…同じ国にいないってだけ。
少しでも地震があると、過剰に反応したり。
なんであたし…って考え込んだり。
物分りのいいフリしなきゃ、やってられなかったけど…
…憎くて…たまらない…
…朝子ちゃんの事…
「紅美。」
「…何…」
少しだけテンションが下がってしまった。
そんなあたしを、ノンくんはジッと見てる。
怪訝そうな顔でノンくんを見ると。
「おまえ、今夜予定ある?」
真顔。
「は?」
「今夜だよ。」
「いや、別に何も…」
キョトンとしたまま答えると。
ノンくんはフォークを置いて。
「じゃ、今夜はデートしよう。」
今まで見せたことのない顔を、あたしに向けた。
* * *
「…何。何かいいことでもあったの?」
弦を張り替えてると、後ろから
「は?」
顔だけ振り返ると。
「鼻歌なんて歌っちゃって。」
沙也伽はそう言って、あたしの前に座った。
「歌ってた?」
「歌ってたわよ。それも、あんたの大嫌いなディズニー。」
「え。」
沙也伽の言葉にキョトンとしたあと。
「あっははははははは!」
思わず、大口を開けて笑ってしまった。
「あたし、ディズニー歌ってた?今?はははは!」
「…紅美?」
涙目になって笑うあたしを、沙也伽はうさんくさそうな顔して見てる。
「あー…笑った…て言うか、あたし別にディズニー大嫌いじゃないし。」
「えー。何か苦手。って言ってたじゃない。」
「そんな事言ったっけ。」
ディズニーが嫌いだなんて言った事ないけど…苦手だって言ったとしたら…
アレだ。
昔、桐生院家で咲華ちゃんと華月ちゃんとでディズニーの映画を観ようとしてるとこに、ノンくんと聖くんと学が。
『紅美はディズニーってガラじゃないだろ。外で遊ぼうぜ。』
って…。
シンデレラが観たかったけど、似合わないと言われて若干傷付いた。
そりゃー、小さな頃から背が高くて可愛げはなかったけどさ。
外で遊ぶのも好きだったけど、女の子は誰だって夢見がちな年頃ってあったのに。
…あいつらのせいだ…!!
「昨日さ…」
あたしは、弦を張りながら笑顔で。
「ディズニーランド行ったんだ。」
小さくつぶやく。
「……え?」
当然、沙也伽は眉間にしわ寄せてる。
「ディズニーは嫌いだ。あんな子供じみた所なんて行かない。って、中等部の時の遠足も行かなかったあんたが?」
うわー。
あたし、そんな事言ってたんだ。
尖ってたんだなあ。
沙也伽の言葉に首をすくめる。
「何で。どういう心境の変化?」
「何でかなあ。あたしにもよくわかんない。」
「誰と行ったの?」
「ノンくん。」
「ノンくん~?」
沙也伽の眉間のしわが、よりいっそう深くなる。
「何でノンくん?」
「昨日、早乙女さんのギタークリニック見に行ってさ。」
「うん。」
「そのあと、イタリア料理の店行って。」
「イタリアン?ノンくんと?何か…いつもと違うじゃん。」
「でしょ?で、そこでいろいろ話してたら、連れて行かれた。」
「へえ…」
とりあえず、沙也伽の眉間のしわが消える。
「で?楽しかったわけだ。」
「まあね。」
パレードを間近で見よう。
そう言って、ノンくんは使い捨てカメラを買って来た。
そして、前の方に出て…
「…何笑ってんのよ。」
沙也伽が、あたしの額をつく。
今までのあたしなら、想像もつかない。
ミッキーやミニーに囲まれて、写真に写るなんて。
ガラじゃない。って言われた昔を思い出して、似合わない事はしたくない!!って、突っぱねたはず。
「おーっす。」
相変わらず怪訝そうな沙也伽の視線を受けてる所に、噂のノンくんがやって来た。
「おはよ。」
そう挨拶するあたしと、ギターを下ろしてるノンくんを。
なぜか沙也伽はとぼけたような顔で見比べる。
「…何なの。」
「別に。」
「その顔気に入らない。」
「うわ、腹立つ。生まれつきですが。」
「あ、紅美。これ。」
「?」
沙也伽とのやり取りの合間に、ノンくんが封筒を差し出した。
あたしはそれを開けて…
「あはははは。」
「いいショットだろ?」
後ろから、ノンくんがのぞきこむ。
「何?」
それにつられて、沙也伽があたしの手元を見た。
封筒から出したのは、夕べ撮った写真。
あたしとノンくんが、ディズニーキャラクターに囲まれて破顔で笑ってる。
「あははは!すごい貴重な写真だねえ!」
「だろ?どっか飾ろうぜ。」
「やめてよ。」
相変わらず笑いながら言うと。
「あたしも
沙也伽が、ちょっぴり意味深な口調でそう言った。
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