第2話 「な…な…」

「な…な…」


 沙都さとがわなわなと震えた。


「どっどっどーして…?」


「何。」


 ストラップをつけながら、沙都さとを振り返る。

 沙都さとの手には、あたしとノンくんの写真。



「だって、紅美くみちゃんディズニー嫌いだから行かないって…」


「あーあー、やきもち妬かない妬かない。」


 沙也伽さやかが沙都の背中をポンポン。


「僕だって、紅美ちゃんとディズニーランド行きたいのに…」


 唇をとがらせてる沙都を見て、ノンくんが。


「おまえ、ジェットコースター関係だめだろ?こいつ、すごいぜ?」


 ニヤニヤしながら言った。


「それにつきあってたノンくんもすごいじゃない。」


「俺は行き慣れてるから。」


「ますます鍛えさせてしまったようね。」


「く…紅美ちゃん、次は僕と行こうよ。」


 相変わらずわなわなになったままの沙都が、泣きそうな声で言った。


「いいよ。いつにする?」


 しゃがんでエフェクターの位置を変えながら返事だけすると。


「じゃ、明日。明日の夜行こうよ。」


 沙都は両手を握りしめて言った。


「夜?今度は昼間がいいなあ。」


 立ち上がって沙都の顔を見ると、今にも泣きそうな顔。


「何、その情けない顔は。」


 あたしが沙都の頬をつねりながら言うと。


「ううん…」


 沙都は唇を尖らせて、ベースをかついであたしに背中を向けた。


 やれやれ。


 あたしは首をすくめて、沙也伽を見る。



 あんた、あたしの義弟ともデートしてやってよ。


 そう言いたそうな沙也伽。


 はいはい。分かってる。



 とりあえずは…練習開始。



 うちのバンド…DANGERは、ノンくんが加わってからというもの…かなりハードなロックバンドになった。

 以前はあたしがギターを弾きながら歌ってたけど、サイドギターに徹することで、歌に力がより入れられるようになった。

 去年の春には、一応…デビューもした。


 でも、この一年の大半…

 あたしは、アメリカに行ってた。



 …うん。

 今日も、うちのバンド、サイコーだ。

 沙也伽は見た目きゃしゃなのに、すごく力強いドラムを叩く。

 音だけ聞いてたら、とても158cmの女子が叩いてるとは思われないだろうな。



 そして…沙都。

 可愛い顔してるし、笑顔なんて天使みたいだけど…

 ベースは、鬼気迫るものがある。

 長い指で、まるでギター弾いてるのかって思われそうなぐらい…


 その沙都に上手く絡みつくような…ノンくんのギター。

 最初は控え目で、だけど正確で。

 沙都のベースを前に出す事で、その存在感をより強くした。


 ノンくんは…ある意味、ちょっとした魔法使いだ。と、あたしは思ってる。


 父親が、神千里。

 母親は、桐生院知花。


 すごいボーカリストを両親に持ってるだけあって…

 ……コーラスパートも、完璧。

 刺激されない…わけがない。



「……」


 サビのハモリで、あたしがノンくんを見ると。

 ノンくんは、アドリブでいつもより上の音を歌った。


 …マジ!?そこ出るわけ!?


 高くても、細くない声は…ちさ兄譲りだな。

 くっそ~…羨ましい!!



「あー…今日、なんか燃えた~…」


 沙也伽がスタジオから出てそう言うと。


「紅美が吹っかけてくるから。」


 ノンくんが、首にかけたタオルで額を拭きながら言った。


「はあ?自分が吹っかけといて、よく言うよ。」


 そんなあたしとノンくんを…


「…ノンくん、彼女が待ってるよ。」


 沙都は、目を細めてロビーを指差して言った。



 * * *


「大丈夫?」


 あたしは、ベンチで沙都の顔をのぞきこむ。


「う…うん…」


「全然大丈夫そうじゃないね。何か飲物でも買ってこようか。」


 沙都を残して、あたしは売店に向かう。


 ノンくんとのディズニーランド訪問から一週間。

 天気のいいオフ。

 夕べ、天気予報を見てると沙都から電話があった。


『紅美ちゃん!デートだよ!』


 別に予定も入れてなかったし…ま、いいかな。と思って二度目の来園。


 が。


「はい、飲みなよ。」


 売店で買ったジュースを沙都に差し出すと。


「ごめん…」


 沙都は、真っ青な顔でそれを口にした。

 あたしにつきあって、苦手なジェットコースターに乗った沙都は。

 今までで最高に顔面蒼白。


「無理するから。」


 沙都の隣に座って、少しだけ笑いながら言うと、沙都は両手でジュースを持ったままうつむいて。


「…無理したくもなるよ…」


 って、つぶやいた。


「何で。」


「…紅美ちゃん、最近ノンくんとばっかだし。」


「何よそれ。言ったでしょ?ギタークリニックに行ったんだって。バンドメンバーにやきもち妬いて、どうすんの?」


 笑いながら答えると、沙都は唇をとがらせて。

 不機嫌な顔のまま黙ってしまった。


 …最近、難しいよなあ。

 沙都は何か焦ってる。



「ねえ。」


 あたしは意を決して。


「沙都、あたしに何か隠してない?」


 沙都の横顔を見つめて問いかける。


「えっ…」


 あたしの問いかけに、顔面蒼白だった沙都がますます青くなる。



「もしかして、公園で会ってた女の子の事?」


 足を組んでそう言うと、沙都はあたしを見つめて…うつむいた。


「…僕…」


「うん。」


「どうしたらいいか、わかんないんだ…」


「何が?」


「……」


 ジュースを一気飲み。


「告白された子から電話があって…」


「うん。」


「どうしても会ってほしいって言われて…」


「うん。」


 沙都の横顔は、いつになく真剣。


「一度だけ、会ってみたら…」


「思いのほか、楽しかったとか?」


「……」


 沙都は無言だけど、否定はしなかった。

 答意外の何物でもない。


「つきあってみたら?」


 静かにそう言うと、沙都はゆっくりあたしを見て。


「でも、僕が好きなのは…」


 小さく言った。


「好きなのは…」


「沙都。」


「……?」


「そんな自信のなさそうな声で、好きなのは紅美ちゃんだよって言われても、あたしは嬉しくないよ?」


「……」


「あんた、あたしが辛い時、いつもそばにいてくれた。いつも支えてくれた。そのこと本当に感謝してるし、あんたを愛しいとも思う。でもさ、あたしは心のままに動いてる沙都が、一番沙都らしいなって思うんだ。」


「…心のままに?」


「うん。」


「……」


「その子といて楽しいって思うなら、ちゃんと向き合ってみれば?」


「……」


 沙都は無言であたしを見つめて。

 少しだけ血の気が戻ってきた顔を空に向けると。


「もう、僕なんかいらない?」


 空を見上げたまま、言った。


 胸が、痛む。

 いらないわけがない。

 あたしは、いつまでも沙都をそばに置いていたいって思ってる。


 でも…


「必要な時には、呼び出すわよ。」


 少しだけ無理をして、笑いながら答える。

 沙都は最近のイライラした顔を、ようやく元の素直でかわいい表情に戻して。


「…ありがと、紅美ちゃん。」


 あたしの頬にキスをした。




 * * *



「あれ?一人か?」


 プライベートルームで譜面のぞきこんでると、ノンくんがやって来た。


「うん。沙都も沙也伽も帰ったよ。」


 譜面に目を向けたまま答えると。


「まだ帰んないのか?」


 ノンくんが、あたしの背中越しに譜面を見ながら言った。


「うーん…今日帰っても一人だし、ご飯でも食べて帰ろうかと思って。」


「一人で?」


「うん。」


 背中向けたまま、答える。


「じゃ、俺も飯食って帰るとするかな。」


「え?」


 顔をあげると、ノンくんはあたしの隣に座って。


「何かあったんだろ。グチくらい聞いてやるぜ?」


 あたしの前髪を指ではねた。


「……」



 海くんが、朝子ちゃんと婚約した。

 夕べ、母さんが織姉と電話で話してた。

 …そんなの、わかってたことなのに。

 改めて聞くとショックで。


 もう…終わったことなのに。

 あたしは、今だに海くんの笑顔を思い出すだけで泣いてしまう。


 それだけじゃない。


 …沙都。


 女の子と向き合ってみれば?って言ったのはあたしなのに。

 寂しい時に、沙都の気持ちが他に行ってしまってることが…辛い。

 勝手だな…あたし。



「…別に何もないよ。」


 譜面を片付けながらそう言うと。


「そっか?じゃ、飲みにでも行ってストレス発散しようぜ。」


「ストレス発散?ノンくんにストレスあんの?」


「適度にな。」



 何だろう。

 最近、疲れてる時や面白くない時。

 いつも、ノンくんが近くにいて笑わせてくれる。



「…じゃ、飲みに行こっか。」


 あたしが立ち上がると。


「抱えて帰る元気はないからな?ほどほどにしてくれよ?」


 って、ノンくんは笑った。


「あたし、そんなに弱くないから。」


 威張ったように言う。


「言ったな?」



 二人で事務所を出た。

 いつもは持って帰るけど、家にもあるし…今日はギターは置いて帰る事にした。

 ノン君は車で来てるけど、それも置いて帰る事に。



「トリビュートアルバム、もうすぐ完成だな。」


 歩きながら、ノンくんが言った。

 事務所の会長、高原さんの亡くなった奥さん…藤堂周子さんのトリビュートアルバム。

 半年以上かけて、色んなチームがレコーディングをした。


 あたしは…

 海くんとの事があって、なかなか…恋の歌が歌えなくて…

 またアメリカに飛ばされたり…



 その時に、朝子ちゃんとも海くんとも…ちゃんと話した…つもり。

 愛してた。って…

 過去形で言って…


 …だって。

 ああでも言わなきゃ…あたし、すがって泣いたかもしれない。

 沙都がいてくれて救われたのも確かだし、思いがけず向こうでLIVEが出来たのも…自分を盛り上げるには役立った。


 …だけど…


 あの日々を思い出すと。

 忘れようとしても忘れられない温もりは、簡単にあたしを弱くする。

 触れることは出来ないと思ってた海くんの手や、唇。

 あたしを抱きしめる、力強い腕…

 柔らかい髪の毛…


 紅美、愛してる。


 そう、何度も…



「紅美?」


「…えっ、何?」


「夏の大イベントに向けて、そろそろ何か決めなきゃな。」


「あ…うん。そうだよね。」


 夏に…

 ビートランド所属のアーティスト総出演のイベントが開催される。


「すげーイベントだよな。血が騒ぐ。」


 ノンくんは本当にワクワクしてるみたい。

 確かにすごいイベントなんだけど…

 あたしは、イマイチ…盛り上がってない。



「いつもの店でいいのか?」


「うん。」



 そうしてあたし達は…


「あっはははは!!」


 居酒屋で飲んで笑って。


「あっ、空ちゃーん!!」


 ダリアで空ちゃんとわっちゃんに遭遇して…


「気持ちいー!!!」


 ノンくんと、肩を組んで公園を歩いた。



 …うん!!

 楽しい!!


 お酒とノンくんに感謝!!



 * * *



「……」


 絶句。

 生まれて初めてじゃないかなって思うほど、大きな驚き。


 どっどっどーして!?


 朝。

 目を開けると、隣にノンくん。

 しかも……あたし、裸!


 これって、これって…



「んー…」


 はっ。


「……」


 ノンくんの目が開いた。


「……」


 お互い無言で見つめ合ってると。


「…おっす…」


 ノンくんは髪の毛をかきあげながら、眠そうな声で言った。


「お…おお…おはよ…」


 あたしは、あからさまに動揺してる。


「…言っとくけど、俺は拒んだぞ?」


 ゆっくり起き上がったノンくがそう言って、あたしは目が点になる。


「こ…拒んだって、それじゃ、あたしが襲ったみたいじゃないの。」


「襲ったんだよ。」


「……」


 な・なんてことー!


「おまえ、なーんにも覚えてない?」


「…うん…」


 確か、二人でいつもの居酒屋で飲んで…

 ダリアで空ちゃんとわっちゃんに会ったのは覚えてる。



「…ダリアの後は?」


 シーツで体隠したまま問いかけると。


「へべれけんなって、公園歩いた。」


「公園…」


 覚えがない。

 頭を抱えて考える。

 ここって、どう見てもラブホテル。



「公園のブランコに座ってたら、おまえが「ホテル行こう」って。」


「あたしが?」


 眉間にしわがよる。


「眠いだの吐きそうだの言うから、休むだけならいっかと思って入ったんだ。」


「……」


「実際、おまえシャワー浴びたらグーグー寝たし。俺も眠いからシャワーだけ浴びて寝ようと思ったら…」


「…思ったら?」


「シャワーしてソファーにいたら、おまえが…」


「…あたしが…?」


「あんなことやこんなことして誘惑するし…」


「……」


 あ…

 あんなことやこんなこと!?


「そ…それって…%%%%%%?」


 小声で問いかけると。


「&&&&&&とか######で$$$$$$。」


 ノンくんも小声で答えた。


 ぎゃーーーーー!


「俺だって男だしな。そんなことされて、何もしないわけにはいかない。」


「しっ紳士じゃないな!!」


「俺、別に紳士じゃないぜ?」


「……」


 ノンくんは腰にタオルを巻いて立ち上がると。


「ま、覚えてないんなら忘れたら?」


 少しだけ意地悪な口調。


「…ノンくんも忘れる?」


 視線だけ上げて問いかけると。


「俺?俺は忘れない。」


 即答。


「……」


 何て言おうか考えてると。


「寂しかったんだろ?」


 ノンくんが真顔で言った。


「えっ?」


 ドキッとした。

 あたし、もしかして…


「…夕べ、あたし何か言った?」


「何かって?」


「……」


 意地悪だな。


 あたしが答え渋ってると。


「名前、呼んでた。」


 ノンくんは、あたしの隣に座りなおして言った。


「何度も、名前呼んでた。」


「……」


 何も言えずにいると。


「しかも、何人も。」


「は…はあ?」


「今までの男の名前を全部言ってんのかと思うと、ちょっと萎えたな。」


 ノンくんは鼻で笑いながら、そう言った。

 あたしは、頭の中で…誰と誰と…なんて考えてしまった。

 すると…


「おまえ、俺とつきあわないか?」


 思いがけない言葉。


「…は?」


「つきあおう。」


「……」


 驚いた顔のまま、ノンくんを見つめる。


 何で?どうして?


「あ…あたしたち、イトコだよ…?」


 とりあえず、小さく笑いながら言うと。


「だから?」


 ノンくんは、真顔のまま。

 戸籍上はな。って言われるかと思ったのに。


 あたしが黙ったまま考えこんでると。


「来いよ。」


 ノンくんが、あたしの手をひいた。


「えっ、あっ…」


 そして、あたしたちはバスルームで…。

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