第24話 「DANGERの課題は、アメリカデビュー。」
〇二階堂紅美
「DANGERの課題は、アメリカデビュー。」
プライベートルームで、ちさ兄が発表した。
あたし達四人は、パチパチと瞬きをして。
「…アメリカデビュー…」
小さく、繰り返した。
「ま、デビューっつっても、移住するほどの話じゃない。一年半ぐらいかな。」
「って…沙也伽も向こうに行かなくちゃなの?」
沙也伽は主婦であり母だ。
アメリカデビューはすごく魅力的な課題だけど…手放しで喜ぶわけには行かない。
「沙也伽、どうしたい?」
ちさ兄が沙也伽の問いかけると。
「行きたい。です。でも…あたし一人で決めるわけには…」
沙也伽はわくわくを抑えられない顔で言った。
「…だな。じゃ、朝霧家の家族会議の結果でって事で。」
ちさ兄はそれだけ言うと、ルームを出て行った。
「……」
「……」
「……」
「……」
あたし達、顔を見合わせて…
「アメリカデビュー!!」
ハイタッチをした。
「こうしちゃいられないぜ。新曲作らないと。」
「ほんとだ。今までの曲も、少し見直してみようよ。」
「向こうでツアーとかもあるのかな~。楽しみ~。」
「…沙也伽、行く気満々はいいけど…大丈夫なの?」
あたしの問いかけに、沙也伽は満面の笑みで。
「だって、アーティストならこれがどんなすごいチャンスか、解るはずよ?」
顔に力を込めて言った。
「まあ…確かに…」
「きっと、みんな行って来いって言ってくれるよ。」
義理の弟である沙都もそう言って。
あたし達は、早速気持ちをアメリカに飛ばしてたんだけど…
翌日、沙也伽は泣き腫らした顔で登場した。
その隣で、沙都が申し訳なさそうな顔をする。
「……あたし、先にスタジオ入って叩いてる。」
沙也伽は空きスタジオをチェックして、一人でエレベーターに乗り込んだ。
「…どうなったの?」
沙都に問いかけると。
「それがさあ…」
沙都の話は、こうだった。
まずは、おじいさんの朝霧真音さんは…アメリカ行きを大賛成したそうだ。
続いて、義理の父の朝霧光史さんも。
若い内に行っておけ。と。
女性陣も、廉斗の事は気にせず行って来い、と。
ところが…
希世が、大反対。
「まだ小さな廉斗を置いて、一年半も家を空けるつもりか?」
「そんな…帰って来れる日には帰るわよ。」
「ちょっとそこまでの距離じゃないんだぞ?」
「…じゃあ、廉斗を連れてく。これでいいの?」
「仕事中はどうするつもりだよ。」
「……」
「浮かれてんじゃねーよ。ちゃんと現実見ろ。おまえは母親なんだから。」
その希世の言葉に切れた沙也伽は…
「…沙也伽ちゃん、ポロポロ泣きだしちゃってさ…」
「沙也伽が?」
「うん…自分がいるからってDANGERがアメリカデビューできなくなるなら…」
「……」
「自分が脱退するって。」
「……何バカな事言ってんだか…」
「家族全員が希世ちゃんに『みんなで協力するから行かせてやれ』って言ったけど…希世ちゃん聞く耳持たなくてさ…」
「…希世、もしかして…あたしらのアメリカデビューが気に入らないんじゃ?」
あたしが声を潜めて言うと。
「うん…たぶん…そうだと思う…」
沙都は拗ねたような唇で。
「僕とも…全然目合わさないし…」
落ち込んだような声で言った。
「詩生ちゃん。」
夕方、ロビーで詩生ちゃんを見付けて。
あたしは駆け寄った。
「おう、紅美。」
「あのさ…」
「ああ、アメリカデビューらしいな。おめでと。」
詩生ちゃんはそう言って、あたしに拳を差し出した。
あたしは少しためらって…だけど、笑顔でそれに拳をぶつける。
「まだ、決まってないけどね。」
「え?なんで。」
詩生ちゃんは…何も聞いてないのかな。
「…何て言うか…」
「うん。」
「希世が反対したみたいで、沙也伽が行けそうにないんだよね。」
「え?」
あたしの言葉に、詩生ちゃんは丸い目をした。
「あり得ねー…なんで反対なんか?」
「子供を置いて行くつもりかって。」
「いや…それはまあ…分からなくもないけど、朝霧家は子育てに関して、結構な充実ぶりだよな。」
「うん…詩生ちゃん、何か聞いてないかなって思ってたんだけど…」
「いや、俺は何も聞いてない。」
「そっか…」
ロビーで立ち話してると。
「希世からしたら、面白くないだけだろ。」
後ろから声がして。
振り向くと、映ちゃんがいた。
「映。希世から何か聞いたのか?」
「いや?聞いてはないけど、そうだろうなーって。」
「まあ…気持ちは分からなくもないけど…」
あたしは小さくつぶやく。
希世んちは、おじいさんも、お父さんも…アメリカで成功してる。
次は自分だ。って…希世は息巻いてたんじゃないかな…
なのに、弟と嫁が先に行っちゃうとか…
「けど、もしそうだとしたら…つまんねープライドだな。」
詩生ちゃんは、あっけらかんとして言った。
「俺はDEEBEEより、紅美たちの方が向こうに合ってると思う。」
詩生ちゃんがそう言うと。
「同感。」
映ちゃんも腕組みしながらそう言った。
プライド…なのかなあ…
できれば沙也伽には笑顔でいて欲しいから、無理矢理行く形はとりたくないんだよね…
でも、まさか希世が反対するなんて…
「俺達からも、さりげなく言ってみてやるよ。」
詩生ちゃんが髪の毛をかきあげながら言った。
…いい男だなあ。
華月ちゃんと並ぶと、ほんっと、美男美女だよ…
「ありがと…詩生ちゃん達、課題なんだったの?」
あたしが問いかけると。
「五ヶ月連続シングルリリースだよ…しかもミリオン出せってさ…」
詩生ちゃんは目を細めながら言った。
…五ヶ月連続シングル…
しかもミリオンって…
このCDの売れない時代に…
「…ハードだね…」
同情しながら言うと。
「俺は楽しみだなー。力量問われるの好きだから。」
謎多き人物。とか、変わり者。って言われてる映ちゃんが。
何だか…すごく楽しそうにそう言った。
「紅美。」
家に帰って部屋に上がろうとすると、キッチンにいた母さんに呼び止められた。
「ん?」
「ちょっといい?」
「うん。」
あたしはそのままリビングに行って、ソファーに座る。
「何?」
「アメリカ…どうなりそう?」
昨日の時点で、あたし達にアメリカデビューの課題が出た事を母さんには話した。
父さんは事務所で聞いてたから、さほど驚かなかったけど…母さんは、少し複雑な顔をした。
「んー…沙也伽次第だけど、まだちょっとわかんないかな。」
「そう…」
「…母さんは、あたしに行って欲しくないんだよね?」
あたしがそう問いかけると。
「…どうかなあ。」
母さんは苦笑い。
「学もいないし、寂しくなるなあとは思うけどね…でも、紅美の頑張る姿を応援したいのも確かよ?」
そう言って…苦笑いを笑顔に変えてくれた。
「あの大イベント…幕が下りて飛び跳ねた紅美を見た時は…涙が出ちゃったわ。」
「えっ?泣いたの?なんで?」
「元気で楽しそうで…ああ、紅美だなあって思って。」
「……」
母さん…ずっと、まだ不安だったのかな。
あたしは生い立ちを知って、すごく…病んでたと思う。
心も閉ざしたし…
そして、海くんとの恋が終わった後も…ずっと上手く笑えなかった。
誰かに壊して欲しくて…
「ごめんね。ずっと…心配かけてさ…」
あたしが母さんの手を取って言うと。
「母さんこそ…肝心な時に頼りなくて…」
母さんはあたしの手を握り返して、そう言った。
「…アメリカに行ったら、海くんがいるけど…平気?」
「あはは、するどいな。実は…ちょっと気になった。」
「ふふ…そうよね。婚約も解消したし…気になっちゃうわよ。」
「…でも、もうないよ。海くんはカタブツだから…あっちがダメだからこっち、みたいにはできない人だもん。」
あたしが小さく溜息をつきながら言うと。
「ほんと…カタブツよね。二階堂の血があるなら、陸さんぐらいあちこちしてもいいのに。」
母さんは首をすくめた。
「…父さん、そんなにあちこちしてたの?」
「結婚してからはないけど、独身の時は、そりゃあもう…」
「えーっ。信じたくないなあ。その血が学に引き継がれてなきゃいいけど。」
「引き継いでるわよ。何人この家に連れ込んでたか…」
「えっ!?あいつ、そうなの!?」
「本人バレてないつもりだったでしょうけどね。浮気はしないって早乙女さんに何回も書かされてた所を見ると、早乙女さんにも、陸さんの血が濃いそうだって知られてるに違いないわよ。」
「あはははは。」
母さんと手を繋いだまま。
そんな話をして笑った。
来春には学とチョコが帰って来るけど…あたしが行ってしまうと、母さんは半年と少し…一人の時間が出来てしまう。
父さんも何かと忙しく動くのが好きな人だからな…
「もしさ、あたしがあっち行ったら、母さん遊びに来てよ。」
あたしがそう言うと、母さんは意外だったのか。
「…行っていいの?」
丸い目をして言った。
「なんで遠慮するの?」
「…そうね。じゃ、行っちゃおうかな。」
「来て来て。」
こうして…あたしのアメリカへの夢は膨らむばかりで。
後は朝霧家の問題が…どうなる事やら。
でも、課題には期限があるから。
あと二週間で決定しなくちゃならない。
希世は、どう決断するのかな…。
30th 完
いつか出逢ったあなた 30th ヒカリ @gogohikari
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