第11話 イベントまで、もうすぐ。

 イベントまで、もうすぐ。

 事務所全体が、浮かれてる感じで楽しい。


「紅美。」


 帰ろうとすると、ノンくんに呼び止められた。


「ん?」


「飯、行かね?」


「あー、いいねー。」


 相変わらず、ノンくんは悪く書かれてるけど。

 もう、誰も気にしない。

 ビートランド初のゴシップに、最初はみんな戸惑ったけど。


「有名税だと思え。」


 って、ちさ兄に言われたのと。


 記事のおかげなのか、DANGERを気にかけてくれる人が増えて。

 CD発売前に無料動画サイトにupした『I'm horny』のCM用ショートバージョンのPVは


「閲覧回数週間トップだって…」


 いきなり、大反響。


「あれ、エロいから見たいだけじゃねーか?」


「それでも話題はかっさらってるよね。」


 並んで歩きながら、そんな会話をした。



 あたしとノンくんは…

 寝る前の関係…より、もっと。

 密な感じがする。



「ここ、咲華ちゃんに連れて来てもらったの。」


『あずき』の暖簾をくぐりながら言うと。


「へー…俺好みだな。」


 ノンくんは、少し嬉しそうだった。


 二人で中に入ると…


「あ。」


「あれっ。」


 曽根さんがいた。


「もしかして、常連になった?」


「いや~…ここのカツ丼が忘れられなくて…」


 って、曽根さんは苦笑い。


「…え?なんで、曽根…紅美と?」


 ノンくんが眉間にしわを寄せる。


「あ。」


 …そうだった…

 色々…オフレコだったよな…

 う…だ…大丈夫かな…あたし…



「え…えっと、いつだったか、桐生院の前でバッタリ…ねっ。」


「う…そ、そう。」


「……まあ、いいけど。」


 ノンくんが曽根さんの前に座った。

 …そこに座る?

 あたしは少し悩んで…ノンくんの隣に。


 ノンくんはお品書きを見て。


「俺もカツ丼にしよ。それとビール。」


 オーダーを取りに来たおかみさんに言った。


「じゃ、あたしはー…天丼とビール。」


「あ、じゃ俺も追加でビール。」


 そんなわけで…

 何となく、三人で乾杯をした。



 曽根さんがいると、ノンくんは…なんて言うか…

 すごく、普通の男の人みたいだった。

 音楽の話は一切出なくて。

 反対に、車とか、カメラとか…競馬の話なんかになって。

 普段あたしが触れる事のない会話は、新鮮で楽しかった。



「キリ、実は俺…結婚するんだ。」


「えっ!!」


 普段あまり驚くような事のないノンくんの大声に、あたしが驚いてしまった。

 …曽根さんて、大きな存在なんだなあ…



「何だよ!!いつそんな相手見つけたんだよ!!」


「ははっ。いーだろ。」


「いつか紹介しろよ?」


「当たり前だ。」


 そうやって、三人で少し笑顔になってると…

 ふいに、ノンくんが頬杖をついてあたしを見た。


「ん?」


「……」


「…何よ。」


 その顔が…何だかすごく穏やかで。

 少し…ドキッとしてしまった。



「紅美。」


 頬杖をついたノンくんは、穏やかな…優しい顔であたしを見て。

 何だか…ちょっと、いい声であたしを呼んだ。


「…何。」


 照れくさくて、すごくそっけなく低い声で答えると…


「愛してる。」


「……」


 …これまた…いい声で言われてしまった…


「ぶふっ。」


 ビールを噴き出したのは、曽根さんだった。


「…おまえ、人が告白してる時に、それか?」


「いや…だっておまえ…そんな…告白なんて…いきなり定食屋で…そりゃないだろ…」


 曽根さんはおしぼりで口元やテーブルを拭きながら…真っ赤になってる。


「なんで曽根さんが真っ赤!?」


 あたしがケラケラ笑いながら言うと。


「いや…あまりにも、キリの声…カッコ良かったからさ…」


「あー、あたしも思った。」


「ふざけんなよ…人のマジ告白を…」


「酔ってる時に言われてもねえ…」


「じゃ、次は素面ん時に言う。」


「曽根さんの結婚に感化されて言っただけじゃん?」


「あー…否定できねー…」


「キリ…そこは否定しろよ…」



 楽しかった。

 結局、ビールやおつまみを追加して、深夜まで居座ってしまった。



「じゃあねー、曽根さーん。またねー。」


「おーう。紅美ちゃん、キリをよろしくー。」


「それはどうかなー?」


「冷てえな…おまえ…」



 表通りに出た所で曽根さんと別れて、あたしはノンくんと並んで歩き始める。



「おまえ、タクシー拾えば?」


「え?いいよ。歩いて帰る。」


「俺が疲れる。相乗りしようぜ。」


「じじいめ…」



 タクシーを拾って、なぜか先にノンくんが乗った。


「白井まで。」


「え。」


 ノンくんちの方が先なのに。


「なんで、うち?」


「早く帰って風呂入って寝ろ。」


「何それ。ノンくんのが近いのに。」


「じゃ、うち来て泊まるか?」


「帰る。」


「だったらそれでいい。」


「でも」


「心配なんだ。」


「……」


「年頃の女だからな。仮にも。」


「…仮にも、は…余計だよねー…」


 なんか…変な感じ。



「あいつはさ…たった一人の親友なんだ。」


 ふいに、ノンくんが小さく笑いながら言った。


「…うん。見てて思った。」


「あいつだけは、昔から俺を特別扱いしなくてさ。」


 酔ってるせいか、ちょっとおしゃべりなノンくん。

 男の友情って、いいなあ…。


「曽根さん、いい人だね。」


「ああ。雨の日は湿気で前髪が乱れるとかって、うるさいけどな。」


「ははっ、女子かってツッコミ入れたくなるね。」



 平日の夜中って事もあって、タクシーはすいすいとうちの前までたどり着いた。


「…ありがと。」


「また明日な。」


 タクシーを降りて、ノンくんに手を振る。



 …愛してる。



 急に、ノンくんのいい声思い出してしまって…

 胸が、ギュッとなった。

 な…何だろこれ。


 いやいやいやいや…


 別に…

 こういう言葉って、誰に言われてもドキドキしちゃうんだよ!!



 そして、数日後…


 あたしとノンくんのツーショット写真が。


 ゴシップ誌の表紙を飾った。



 * * *


 あたしは…

 久しぶりに、腹の底から怒りまくっていた。

 それは…咲華ちゃんも同じだった。



『紅美ちゃん!!曽根の奴…!!』


 ゴシップ記事には、イトコ同士の長年にわたる秘められた愛、と。

 どう考えても、リークしたのは…曽根だ。


 ノンくん…大丈夫かな…

 曽根の事…あんなに親友だ…って…



「おっす。」


 あたしの心配をよそに、ノンくんは普通にプライベートルームに入って来た。


「……」


 続いて…

 かなりうなだれた沙都も。



「…二人とも…あの記事…本当?」


 沙都の、今にも消え入りそうな声に。


「そうか。沙都は記事を信じるんだな。」


 ノンくんはギターを磨きながら言った。


「…紅美ちゃん…っ…」


「沙都は記事を信じるのね。」


「……」



 事務所のあちこちで、真相はどうなのか。と聞かれたりした。

 そのたびに、違う事を答えた。

 みんなも本気で聞いちゃいない。

 何なら、若干羨ましがられてるぐらいだ。



「紅美ちゃん、どこ行くの?」


 今日は夕方には上がりで。

 あたしが小走りで事務所を出ると。

 沙都がついて来た。



「…あたし、どーしても許せないんだ。」


「何?」


「ノンくんとの記事の事。」


「……」


「あのネタ売った奴の所、行って来る。」


「え…」


「あんたはイベントの事、ちゃんとやってて。」


 ついて来たそうな沙都を置いて、あたしは駆け出す。

 本家の助けと言うか…しーくんに頼んで、曽根の居場所を突き止めてもらった。

 曽根が居るのは…横山薫のマンション。

 たぶん、全然自分になびかないノンくんに腹を立てた薫さんが、昔の事件を掘り起こした。

 そして…ノンくんと仲の良かった曽根に…何かいい話でも持ちかけたのか…色仕掛けだったのか…


 それにしても…よ!!


 …ノンくんは…

 本当に、曽根の事を親友として認めてたのに…


 なんで釣られるんだ!!曽根!!



『あいつは、たった一人の親友なんだ』


 …ノンくんの言葉を思い出すと…

 泣けちゃうぐらい、怒りが湧いた。


 何なのよ…

 絶対許せない!!




「えっ…」


 しーくんに聞いた通り、曽根は横山薫のマンションにいた。

 出掛けようと外に出た所で、あたしと鉢合わせて。

 曽根はあたしを前に、絶句してる。



「どういう事か、説明してもらおうかしら。」


 あたしが低い声で言うと。


「な…何の事かな…」


 曽根はしらばっくれた。


「あんたしか知らないような事が、雑誌に出てたけど。」


「…俺は何も知らない。」


「ふーん。じゃ、あんたと結婚するって言ってるけど、たぶんしない横山薫に聞いてみるか。」


「なっ…‼︎何を言うんだ‼︎彼女は俺と結婚する‼︎」


「それで釣られて情報流したのね?」


 曽根はわなわなと震えて。


「…キリが…いけないんだ…君の事を好きなら、他の女なんて相手にしなきゃいいのに…」


 吐き出すように言った。


「…ノンくん、あんたの事…すごく信じてたのに…」


「……」


「たった一人の親友だって…言ってたのに…」


 怒りで…涙が出そうになった。


 曽根と一緒に笑ってたノンくんは…本当に、自然体だった。

 大きな声を出したり、変な声で笑ったり、顔をクシャクシャにしたり…

 今まであたしが見たノンくんの中で、一番人間らしくて…素敵なノンくんだった。


 なんだ。

 あたしには見せない顔、曽根さんには見せるんだな。


 なんて…

 ちょっとヤキモチみたいな気持ちも湧いた。


 そんなノンくんを…

 裏切るなんて…‼︎



「さあ、説明してよ。何がどうなって、こうなったわけ⁉︎」


 何なら軽く手も出してしまいたいぐらい、あたしは怒ってた。

 だけど…



「紅美。」


 背後から、聞き慣れた声。


「ノンくん…」


「キリ…」


「なーに大声出してんだよ。通報されるぞ?」


 ノンくんはあたしの腕を引いて除けさせると…


「‼︎」


 曽根の胸ぐらを掴んで…壁に押し当てた。


「曽根。」


「な…何だよ…」


「……」


 ノンくんはポケットから…


「おら、やる。」


「…ひぇ…?」


 殴られると思ってたからか、曽根は変な声。

 ノンくんが曽根に差し出したのは…


「もうすぐ、うちの事務所を上げての大イベントがあんだ。」


 曽根の前に突き出されてるのは…そのチケット。


「招待客しか入れねーからな。超プレミアムチケットだぜ?」


「な…な…ん…」


「…いつかおまえには、俺のステージ見て欲しいって思ってたからな…」


「……」


「絶対来いよ。」


 それだけ言うと、ノンくんは曽根をドン、と離して歩いて行った。


「な…んなんだよ‼︎なぜこんな事したのかって聞けよ‼︎」


 曽根がノンくんの背中に叫ぶ。


「必要に迫られたからだろ。そんなの、いちいち気にしてられっか。」


 は…はあ⁉︎


「……」


「それ、絶対来いよ。」


「行かないよ…」


「…来なかったら…」


 突然、ノンくんは声を低くして。


「あの事…薫にバラすぞ。」


 斜に構えて言った。


 その言葉に、曽根は目を見開いて…


「…分かった…行く…」


 小さくつぶやいた。


「帰るぞ。」


 顎で促されて、あたしはノンくんに続く。



「なん…なんで?なんであれだけ?しかもチケット…」


 あたしは、何が何だか…

 ノンくんのした事に納得がいかなくて、まるでキャンキャン吠える犬みたいだ…って自分で思った。


「ったく…こんなとこまで来やがって…」


「だって…ムカついたから…」


 あたしが唇を尖らせると。


「必要に迫られたら、意に反した事をする奴だっているさ。」


 ノンくんは首をすくめて言った。


「…そんなので、許せるの?親友だったのに…」


「勝手に親友じゃないみたいに言うなよ。あいつだって悩まなかったわけじゃないと思うし…人間誰だって弱い所はあるさ。」


「……」


「弱みに付け込まれるなんて事、誰だってあんだろ?」


「それは…」


「俺だって、酔っ払ったおまえに付け込んだし。」


「……」


 ノンくんは空を見上げて両手を上げると。

 んー。って伸びをして。


「紅美。」


「…ん?」


「ありがとな。」


 優しい顔であたしの頭を撫でた。

 だけど…


「…やっぱ、考えるとムカつく。」


 どうしても納得いかないあたしに…ノンくんは言った。


「じゃ、考えるなよ。」


「だって…」


「曽根のやつ、ずっと薫を好きだったんだな…気付かなかった。」


 …なんて言うか…

 当事者のノンくんは、のほほんと…し過ぎ!!


「…薫さんも薫さんだよ…ノンくんの事、同期だの友達だの言ってたのにさ…」


 あたしの怒りは…静まらない!!


「今日、初めてしっかり記事読んだ。」


「え?」


「今までのやつ。それで、薫と曽根だったんだなって気付いてさ。」


「…なんで?」


「大学一年の時にさ…」



 ノンくんの話は、こうだった。


 大学一年の時、一学年上の軽音の先輩たちに。


「おまえ、学祭に出ろよ。」


 と、命令されたノンくんは。


「やだね。」


 キッパリ断った結果…


「まるでガキのいじめさ。ある事ない事噂流されて、背中にも貼り紙されたりさ。」


 毎日、色んな嫌がらせをされた、と。


 それを救ってくれたのは…

 これまた、一学年上の横山よこやま しおりさん。

 薫さんのお姉さんで…一年の時にミス桜花に選ばれた人らしい。



「あたしと居れば、嫌がらせされないから。」


 そう言われたノンくんは、噂や貼り紙ぐらいならどうでも良かったが、物がなくなったり壊されするのは忍びないと思い…

 栞さんと、一緒に居る事が増えた、と。



「でも、別に付き合ってるわけじゃなかった。俺には好きな女がいるってちゃんと言ってあったし、栞もそんなつもりはないって言ってた。」



 だが。

 栞さんは、何かにつけて…ノンくんを呼び出した。

 他校の友達とのダブルデートや合コン。

 気が付いたら、周りからは恋人同士扱いされてた…と。



「…周りから固められちゃったパターンだよね。」


 あたしが目を細くして言うと。


「でも、誤解されたくないから手を握った事もない。」


 ノンくんは、あっさりとそう言った。


「それに…栞の好きな男は俺じゃなかったよ。」


「え?それって…本人から聞いたの?」


「いや…」


「…なのに、なんでノンくんと会ってたの?」


「まあ…その辺は俺には分からない女心ってやつなんだろうな。」


「……」



 時を同じくして。

 ノンくんと同期の薫さんが。

 ノンくんに急接近。



「薫は男となら誰とでも遊びに行くような軽い奴でさ。」


 …納得。


「悪い奴じゃないけど、信用できなくて。大勢でつるむぐらいの仲だった。」


「…薫さん…お姉さんに嫉妬してた…とか?」


「正解。話しててもすぐに『栞とどこに行ったのか』ってしつこく聞いてきてた。」


「…栞さんて…本当に自殺したの?」


 恐る恐る問いかける。


「ああ…」


「ノンくん、本当の理由…知ってるんじゃ?」


「……」


 だけどノンくんはそれ以上何も言わなかった。

 ただ、あたしが慎太郎と再会した日…薫さんと約束してたのは…栞さんの命日だったそうだ。

 毎年一人でお参りしてたけど、今年は薫さんからの執拗な誘いに折れた…と。



「死んだ人間の話を持ち出すなんて、薫はバカだな。」


 少しだけ空を見上げてつぶやいたノンくん。

 もしかすると、そこに見えない栞さんを見ながら…言ったのかな。



「…曽根は…いい奴だよ。」


 ノンくんのその言葉に、あたしは大げさに嫌な顔をした。


「…ブス。」


 そんなあたしの顔を見て、ノンくんは眉間にしわを寄せた。


「だって…あんな事されたのに…」


「俺がおまえを好きなのは本当だし、別にどうって事ない。」


「今までの記事も?」


「たぶん曽根は今回が初めてだよ。それまでのは薫だな。」


「……それでも…」


 自然と唇が尖ってしまう。

 それでも、親友のする事じゃないよ…って。


「俺としては、ライバルが減るからラッキーって感じだ。」


「…ライバルって。」


「沙都、相当へこんでたな。」


「…あいつ、しぶといと思うけど。」


「ま、それは今までを見てれば分かる。」


「……」


 ノンくんは…本当に、よく分からない人だ。

 たった一人の親友って言ってた人に、こんな事されたのに…

 いいの?

 許せちゃうの?



「…そう言えば、曽根さんに言った、『あの事』って何?」


 あたしが問いかけると。

 ノンくんは小さく笑って。


「適当に言ってみたら、思い当たる節があったんだろうな。あの時のあいつの真っ青な顔…はははっ。」


 ……敵にしたくないタイプだな…


 って。

 本気で思った。


 ―――――――――――――――――――

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