第10話 桐生院家を出ると、外に…男の人がいた。

 桐生院家を出ると、外に…男の人がいた。

 あきらかに、家の中が見たいって感じで、大きな門の周りをウロウロしてる。


「…何か用ですか?」


 警戒しながら問いかけると。


「えっと…あなたは、ここの人ですか?」


「そんなもんです。あなたは?」


「あ…す…すいません。怪しいですよね…あの…俺、桐生院君の同級生で…」


「…桐生院君は二人いますが…」


「あ、華音くんの方の…」


 男の人は曽根さんと言った。

 ノンくんとは高校、大学と一緒で。

 だけど、特につるんだ事はないんだけど…と。


「その、特につるんだ事のない曽根さんが…今日は何のご用件でしょう?」


 胡散臭そうな顔をして曽根さんを見つめると。


「…大丈夫なのかな…って、心配になったんです。」


 曽根さんは、うつむいて答えた。


「それは、あの記事の事で?」


「ええ…」


「何か知ってるんですか?」


「……」


 曽根さんは、桐生院の大きな門を見上げて。


「…少し、時間ありますか?」


 あたしに言った。


「ええ…」


「話が…」


 その時。


「曽根くん?」


 振り返ると、咲華ちゃんがいた。


「と、く…」


「咲華ちゃん、知ってるの?」


「華音の友達よ?」


 …何が、特につるんだ事はない。よ。

 あたしの目が細くなって。

 曽根さんは、少しバツの悪い顔をした。



 それから…あたしと曽根さんは、咲華ちゃんに連れられて。

『あずき』という定食屋に行った。



「咲華ちゃん、こういう所来るんだ?」


 あたしが意外そうに聞くと。


「大好きなの。ここ、丼はハズレがないから。」


 どうも咲華ちゃんは常連らしく。

 お店の奥にある個室を取ってくれて。


「彼が来たら声かけるね。」


 おかみさんに、そう言われていた。


「…しーくんと約束してるの?」


「ううん。彼もここを気に入ってて、一人でも来ちゃうから。」


 そんな美味しいお店だなんて…

 それはそれで楽しみだ。



「で、曽根くん…今回の事、話しに来てくれたのよね?」


 …普段は、のんびりしてて、おっとりしてる咲華ちゃん。

 さすがに、自分の片割れの事件となると…ほっとけないらしい。

 いつになく、声が厳しい。


「キリ、何も言ってないのかな?」


 キリ。

 新鮮な気がした。

 ノンくん、友達にはそう呼ばれてたんだ。


「友達が自殺した話は聞いた事があるけど…付き合ってるなんて聞いた事なかった。」


 友達が自殺…

 それは、横山さんのお姉さんなのかな。


 …友達…ね。



「付き合うとか…キリは特定の彼女を作った事ってないんだよね…」


「え?でも、デートで出かけたりしてたような…」


「人数合わせって言うか…そう言うので呼ばれてた。」


 あたしは、二人の会話をずっと黙って聞いてた。


「まあ…確かに…モテる奴だし、女とも色々あったけど…自分を好きだって言う女とは深く付き合ってなかった。」


「…なんて言うか…それはそれで不健康な気がしちゃうんだけど…」


 咲華ちゃんは、眉間にしわを寄せて、あたしを見た。

 あたしは首をすくめるしかない…。



「キリ、ずっと好きな子がいたから…」


 曽根さんがそう言うと。


「え?華音に?」


 咲華ちゃんは目を丸くして。


「ずっとって…大学時代?」


「いや…もう、小さい頃からずっと、その子一筋って言ってた。」


「そんな相手…いたんだ…」


「あ、でも片想いって。」


「華音が片想い?絶対すぐ言っちゃうタイプなのに…」


 お腹すいて来たな…なんて思って。

 お品書きを手にしようとすると。


「…俺から聞いたってのは…内緒で…」


 男の友情って…なんて、少し笑おうとすると。


「イトコが好きなんだって言ってた。」


「……」


「……」


「え?」


 咲華ちゃんが、あたしを見る。


「い…いやっ、イトコはあたしだけじゃないし。」


「え?君…イトコ?」


「う…うん…」


「バンド一緒にやってる紅美さんって子の事だと思うんだけど…」


「紅美…」


 咲華ちゃんが、あたしを指差す。


「…え?君が…紅美ちゃん?」


「……」


 そう言えば。

 あたしは失礼な事に…

 曽根さんに会っても名乗らなかった。

 DANGERはデビューしたにも関わらず、まだ雑誌に顔は出してない。

 そんなわけで…

 曽根さんは、あたしの顔を知らなかったらしい。



「……」


 それから、変な沈黙が続いた。

 特に咲華ちゃんは衝撃を受けたみたいで…視線が定まらない。


「え…えっと…ごめん…」


 曽根さんがすごく申し訳なさそうに頭を下げると…


 コンコンコン


 引き戸がノックされた。


「はい。」


『入って大丈夫?』


 しーくんの声。


「…いい?」


 咲華ちゃんが、あたしに問いかけた。


「あたしはいいけど…」


 曽根さんも頷いてる。

 まあ…咲華ちゃん、場の空気を変えたいだろうしな…



「どうぞ。」


 咲華ちゃんが戸を開けて、入って来たしーくんは。


「紅美さん…と…」


「華音の友達。」


「…なるほど。」


 すでに記事の事を知ってるのか、しーくんは納得の顔だった。



「はじめまして。ひがしと言います。咲華さんのフィアンセです。」


 あたしが咲華ちゃんの隣から曽根さんの隣に移ると、しーくんはすぐに曽根さんにそう挨拶をした。


「あっ、は…はじめまして。曽根といいます。婚約おめでとうございます。」


 曽根さん、ちょっとしーくんに見とれてるな?

 まあ仕方ない…しーくん、二階堂の人間は常だけど…スーツをビシッと着てるし、姿勢もいいから出来る男って感じだもんな…


「ところで、何も頼んでない?」


「ええ。」


「空腹になると、マイナスな事ばかりにならないか?」


 しーくんがお品書きに手を伸ばしながら咲華ちゃんに笑いかける。


「そうだよ。何か頼もう?何がお奨め?」


 あたしもお品書きを覗き込んだ。



 結局、四人でカツ丼、親子丼、ヒレカツ丼、天丼を頼んで。


「うわ、何コレ。美味しい。」


 あたしが口に出してそう言うと。


「でしょでしょ?一人で来ると、大盛りなのよ?」


 咲華ちゃんは嬉しそうにそう言った…けど…


「…咲華ちゃん、大盛りとか食べるの?」


 なんて言うか…咲華ちゃんって、食が細いイメージ…


「俺も初めて見た時は衝撃だったな…」


 しーくんがそう言って笑うと。


「もうっ。」


 咲華ちゃんは少し赤くなりながら、しーくんの腕を軽く叩いた。



 ノンくんの話で集まったけど…

 ちょっと緊張が解けて、肩の力が抜けた。

 しーくんの登場に、助けられたかも。



 この前から…しーくんとはちょくちょく会う事があって。

 朝子ちゃんのお兄さん。って思うと…ちょっと気分は重たかったけど。

 こうして、目の前で咲華ちゃんを愛しそうに見つめてる姿を見てると…

 何だか温かくなる。


 …それが、食いっぷりのいい咲華ちゃんの姿でも…。


 ふふ。



「本当に美味しいね。あたし、次来る時は違うのにしよ。」


「あ、お持ち帰りもできるのよ?」


「えっ、じゃ、あたし買って帰ろっと。」



 咲華ちゃんは、自分のおススメを気に入られたのが嬉しいのか、ご満悦。

 なんて言うか…

 咲華ちゃんはもっとオシャレなお店のイメージだなあ。

 まさか、大盛りを食らう女子だったなんて…

 でも、そういう所も含めて、しーくんは咲華ちゃんは好きになったんだろうから…


 うん。

 間違いない。



「で…話は何か進んだわけ?」


 その問いかけに、咲華ちゃんが、しーくんに今までの事…って言っても、大した内容じゃないんだけど…

 それらを話すと。


「一途な方ですね。」


 そこかよ!!


 しーくんの敬語に曽根さんが首を傾げて。

 それを見たしーくんは…一度目を伏せて。


「…紅美ちゃん。」


 あたしを見て、呼び方を変えた。


 …なるほど。

 あたしに敬語は変だよ。



「ん?」


「昔、柔道習ってたよね。」


「え?うん。」



 あたしは…関口亮太に刺されたせいで…なのか。

 小さな頃は体が弱かったらしく。

 父さんの勧めで、本家に通って体を鍛えてた。



 その時は、だいたい…二階堂の者はいなくて。

 一般人のクラスを、昔オリンピックで優勝経験のある、早乙女さんが受け持ってた。

 あたしはたぶん、小学校5年ぐらいまでは続けてたような…(サボりがちだったから記憶が薄い…)



「…俺は、彼が紅美ちゃんを好きだったのは知ってる。」


「えっ、何で?」


 咲華ちゃんが驚いた顔をした。


 …て言うかさ…

 この話、要る?



「俺はほとんど会わなかったけど、紅美ちゃんがうちの道場に稽古に来てた頃、彼も来始めたでしょ。」


「あ。」


 そうだ。


 確か…ノンくん…

 中等部の体育で柔道があるからとか何とかって…

 三年間は来てたような…


「…でも、あたしその頃小学生だよ?」


「小学生を好きになっていけないという規則はないでしょう?」


「ないけど…恋愛対象になるかな?」


「紅美ちゃん、背が高くて小学生には見えなかったし、性格もクールで大人びてたよね。」


 しーくんの即答に…咲華ちゃんも頷く。

 すると曽根さんが。


「あー…言ってたなあ…ロリコン呼ばわりされるのが嫌で、初恋の相手が小学生って誰にも言えなかったって。」


 思い出し笑いをしながら言った。


「…で、この話って…要る?要らないよね?」


 あたしが目を細めて言うと。


「でも…あたしは衝撃過ぎて、他の話が入らないかも…」


 咲華ちゃんは、この話になると若干顔色が悪くなる。


「…あたしがノンくんの想い人だなんて、やだよね…」


「違うよ。サッカは誰が相手でもイヤなんだよ。」


 咲華ちゃんの隣で、しーくんは笑いながら言った。


「そんな事ないわよ。全然知らない、嫌な女より…そりゃあ、よく知ってる紅美ちゃんの方が安心だったりするし。」


 いや…咲華ちゃん…唇尖ってますけど…



 何とか話を変えたいあたしは。


「ノンくん…まだ噂が出てくるかもって言ってた。」


 背筋を伸ばして言った。

 すると。


「…キリ、噂だけは多い奴だったからな…」


 曽根さんは首を振りながら言った。


「しかもあいつ…否定しないんだよ。言いたい奴には言わせとけ、みたいな。だから余計尾ひれがついて…結局、キリだけが悪者になってたり…」


「…どんな噂があったの?」


 咲華ちゃんが目を細めて問いかけると。


「…何人も妊娠させて中絶させたとか…日替わりで女の家を泊まり歩いてるとか…ホテル代ケチってキャンパス内のあちこちでヤリまくってるとか…」


「どれだけレベルの低い男扱い…」


 咲華ちゃんはガックリとうなだれると。


「双子だから肩を持つわけじゃないけど、華音はちゃんと帰って夕飯は一緒に食べてたし、遅くなる時はちゃんと連絡してたし、もし女の子としたくなったらホテル代ケチるような男じゃないと思う。」


 唇を尖らせて、うつむいたまま言った。

 そんな咲華ちゃんの背中に手を添えて、しーくんが。


「分かってくれる人だけ分かっていればいいっていう精神は俺にも分かるけど…世間のイメージって物は一度つくとなかなか変わらない物で…まあ、ロックバンドには汚れた話の一つや二つある方がカッコいいと思う反面…」


「反面…?」


「ゴシップの矛先が、飛び火する可能性がないとは言えない。」


 あたしを見た。


「……なるほどね。」


 あたしは表情を変えず、口元だけで答えた。



 たぶん…ゴシップはノンくんの事に留まらない。

 DANGERのフロントにいるあたしは…万引き事件を起こして留年した。

 たぶん、そう書かれる。

 沙也伽は、高校在学中に妊娠した。

 沙都は…

 沙都は、特にないか。


 でも、きっとある事ない事書かれるんだ。



「…じゃあ…」



 最初から、イメージを壊せばいい。

 それだけだ。



 * * *


「わざわざそんな事しなくても、俺がもみ消してやるのに。」


 事務所の会長室。

 高原さんは、大きな椅子にふんぞり返って。


「俺は、お前たちに傷付いて欲しくない。」


 面白くなさそうな顔で言った。


「一度ああいうゴシップ誌に目を付けられたら、たぶんずっとだよ…だったら、こっちから話題提供してあげて、小さな事なんて気にしなきゃいいじゃん。」


「……」


 高原さんは、無言であたしを見て。


「…小さな事じゃなくなる話もあるだろ?」


 低い声で言った。


「あたしの生い立ち?」


「ああ。」


「知ってる人間が話さない限り、バレないよ。」


「そこまで人を信用していいのか?」


「あたしの周り、いい人ばっかだもん。」


「……」


「事務所のイメージ、壊してごめん。」


 あたしの言葉に高原さんは大きく溜息をついて。


「事務所のイメージなんて、どうでもいい。俺は…ここの人間が傷付くのが嫌いなだけだ。」


 吐き出すように言った。


「ずっと守られてばっかなのもねー…高原さん、いつまでもみんなを守ってないで、そろそろ一人だけを守る体勢に入ったら?」


「…余計なお世話だ。」


「ははっ。間違いないね。」



 高原さんて、いつまでたっても若いなあ。

 70過ぎてんだよね?

 全然、じじいな感じしないもんな…

 …守りたい物が、たくさんあるから…なのかな…



「でも、高原さんがみんなを守りたいって思うのと同じぐらい、あたし達だって守りたいものがあるんだよ?」


「……」



 あたしの言葉に、高原さんは何も言わなかった。

 第一線を駆け抜けて。

 若くして事務所を立ち上げて。

 色んなアーティストを、ここから世界に羽ばたかせた。


 あたし達は、まだまだヒヨッコだけど…

 高原さんの熱意に応えたい。



「ゴシップを味方につければ、怖いもんなしだよ。」



 あれから…

 本当に、ノンくんの色んな噂がネットや週刊誌にバラまかれた。

 知花姉はハラハラしてたけど…

 ちさ兄は…


「こんなに女の噂があるなんて、男冥利に尽きるな。」


 って笑ってた。



「つぶされんなよ?」


「もちろん。」


「ま…おまえらなら、大丈夫か。」


「ふふっ。まあね。」



 あたしは、あずきから帰った夜、即新曲を作って沙都と沙也伽に渡した。


「…何、このエロい歌詞。」


 もちろん、ノンくんにも復帰してもらった。


「…妄想を駆り立てるな。」


 放送コードギリギリ。

 それに合わせて…あたしと沙都とノンくんが絡む、やーらしいPVも作った。

 母さんは目を覆ったけど…

 父さんは「意外と芸術的だ」と、絶賛してくれた。



 賛否両論だったその新曲…『I'm horny』は…


「イベントの一曲目にやろう。」


 全員一致で決まって。


「おまえら、何回進行表書き直すんだ。」


 ちさ兄に、軽く叱られた。




 ノンくんのゴシップが何。


 あたし達は、あたし達の仕事をやるだけ。

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