平穏な光景

 キーンコーンカーンコーン――!

 和やかな校舎に終業を告げる鐘が響く。

 ある者は部活、ある者は委員会、ある者は勉強の為に図書室へ。放課後の過ごし方はそれぞれ自由だ。

 なので、悠翔がさっさと帰ろうとするのも自由な訳だ。


「じ、じゃあな大神。ま、また明日……くはっ!」


 千景がそれを見送るが、様子がおかしい。っというか、朝からずっとこの調子だ。

 いや、原因は分かっているのだが。


「……いつまで笑ってるんだよ」

「だ、だって……!」


「ど、どっからどう見てもパンダだろぅぼぉ!?」


 爆笑する千景に腹パンをかます悠翔の顔は、まさに今言ったパンダそのもの。

 両目の辺りに青痣が出来て、いい塩梅にパンダになっている。ちなみに原因は言わずもがな、昨夜のグーパンチと風呂桶アタックのせいだ。


「ってか、早く行かなくていいのか?」

「? 何が?」

「いやだって、今朝から付き纏われてただろ? カワイ子ちゃんに」


 あ……と今更ながらにそれを思い出す。

 もっとも、時既に遅しだが。


「お・お・が・み・くーーーーーん! あっそびましょー!!」


 暴走特急襲来!

 そう思えてしまう勢いで、雲雀が急接近。そして目の前まで来るや、ダンスにでも誘うかのように手を伸ばし、


「フロンティアで!」

「断る」

「即答!?」


 とまぁ、まだ悠翔の勧誘を諦めていないらしく、今朝からこんな感じで誘ってくるのだ。


「すっかり雲雀に気に入られたみたいだね、大神。少し嫉妬するよ」

「何なら変わってもいいけど?」

「変われると思うかい?」


 つまりは無理。高峰のイケメンスマイルで言い切られると、乾いた笑いしか出てこない。


「ちょっと、そこまで言わなくてもいいじゃん。流石に傷つくよ?」

「治療に行って、そのまま帰ってこないでほしい」

「誰か絆創膏ちょうだい! ズタズタにされた私の心を包み込んでくれる絆創膏を!」


 雲雀が大声で叫んでいるけど、そこはスルーだ。


「大体、昨日決闘は受けただろ。あれでチャラ、俺達の関係は終わったはずだ」

「もう誘わないって言ったのは、そっちが勝った時の条件でしょ? 決着はついてないよ」

「あー、これの事だろ?」


 千景が見せたスマホには、昨夜のワイバーンによる襲撃事件を扱ったニュースが映っていた。どうやら騒動の直後に、あの場にいたプレイヤーが撮影して動画投稿サイトにアップしたものらしい。

 と言っても、直ぐにほとんどがテレポートさせられたので、映っているのは暴れ始めたところだけ。戦った悠翔ジークどころか、ルナすらも人の波と瓦礫の中に紛れて全く出てこない。

 下手に目立ちたくないので、そこだけはヴェインに感謝だ。


「これってあれか。やっぱ『魔弾の射手』の仕業なのかねぇ」

「可能性としては、なくはありませんね」


 『魔弾の射手』。それは今、世界で最も有名なハッカー集団だ。

 構成員はたった4名にもかかわらず、ネットワーク世界で起こした被害はどれも甚大なもの。しかも、姿を見せて5年にもなるのに、未だその正体の一端すら掴めないのだから恐れ入る。

 その一方で、汚職政治家のプロフィールを公開したり、食品会社の品質偽装を暴いたりと義賊的な面もあるので、支持する人も多いらしいが。

 だが、彼等が有名な何よりの理由は、――レリック・ハントにおいて一つ目のレリックを獲得したチームだという事だ。


(そういえば、結局何であのオカマはルナを狙ったんだ?)


 あの騒動に『魔弾の射手』が関わっていたのかはさておき、それだけは謎のままだ。

 昨日食事中にもルナと少し話してみたところ、今までもヴェイン以外に何度か襲われた事はあるらしいが、どれも仕掛けるだけ仕掛けて理由は明かさず、何も分かっていないらしい。


(……気に入らないな)


 実は心当たりがあって、ルナが嘘を吐いている可能性もある。だが、嘘にしろ本当にしろ、無関係の人間まで巻き添えにし、あまつさえ罪悪感も感じないなんて、無性に腹が立つ。


「人気はあるんだろうけど、所詮は犯罪者共だろ? レリックを独り占めする為に、今の内にライバル達を蹴落とそうしたとかさ?」


 と、千景の声で悠翔は現実に引き戻された。


「それって意味ないんじゃないの? 何度だってログイン出来るんだしさ」

「いや、デスペナでアイテムやCは減るからね。長期的に見れば有効な策だと思うよ」

「けど、今回は違うんじゃないか? 確か、『魔弾の射手』は全員黒のコート姿だったはずだ。あのオカマみたいな趣味の悪い恰好じゃないよ」


 ――だぁれの恰好が趣味悪いってぇ!?


 ……今ヴェインの声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。


「そう言えば、あの追われてた子どうしたろ? 無事に逃げられたかな?」

「……さぁな。じゃあ、俺はもう行くよ」

「あ、ちょ!? まだ返事聞いてないんだけど!?」

「答えは決まってる。ノーだ」


 ガーン!? とわざとらしく落ち込む雲雀に、ひらひらと手を振って悠翔は教室を出た。


 ◆


 帰路に就いた悠翔は、電気屋へ直行。

 リンクスを購入した後、ついでにスーパーで食材の買い出しも済ませ、マンションのエントランスをくぐった。


(それにしても大丈夫かな。ルナにはビデオでも見て、ゆっくりしてくれって言ったけど)


 朝の内に家事は済ませ、昼食も作って、何もしなくていいようにはしてきた。

 あとは変に気を利かせて、大惨事を起こしたりしないか。こちらの電子機器には慣れているはずもないので、そこだけが心配だ。


(まぁ何か弄ってたとしても、せめて壊してはいませんように)


 ハラハラしながらも、祈るような気持ちで悠翔は玄関の扉を開けた。


「ただい――」


「ラ〇ュターーーーーッ!!!」


 ズゴーッ!!

 『おかえり』より先に聞こえたその声に、盛大にズッコケた。

 誰の声かなんて分かり切っている。起き上がった悠翔は一目散に、窓を全開にした少女の下まで走り、


「このバカチンが!」

「あだッ!?」


 思いっ切りチョップをかます。

 そしてうずくまるルナを、急いで部屋の中に引き摺っていく。


「何やってるのお前!? 小学生? ラピュ〇見終わったばかりの小学生か!?」

「誰が小学生よ!? いや、意味は分からないけど! でも、凄くバカにされてるのだけは分かるわよ!」

「だってバカだろ!? その歳で『竜の巣』とか探す奴いるか普通!?」

「貴方こそバカでしょ。天空の城なんて、男のロマンじゃない!」

「お前女だろ!?」


 どうやら一日中ビデオを見ていたせいで、すっかり日本のサブカルチャーに染まってしまったらしい。まぁ、ジ〇リならまだ許容範囲だろう。


「ったく……。ほら、買ってきたぞ。お前のリンクスだ」

「っと、とと。もう、投げないでよ」


 口を尖らせるルナの腕にリンクスを付けると、登録作業を進めていく。

 自身のプロフィールとID、パスワードの設定だけなので、5分も掛からない。そして全ての準備を整えると、


「ウェブダイヴ、《フロンティア》」


 早速ログイン。くてっとソファに身を預ける。

 その横で悠翔は、適当にスマホをいじってしばし待機する。が、


「……ダメか」


 5分待っても変化はなし。まぁ、そんな予感はしていたが。


「っとなると、夕飯は二人分か。買い足して良かったなっと」


 今晩の献立を頭の片隅に置きつつ、悠翔も後を追ってログインした。


 ◆


「あ、来た。どうだった?」


 ジークが到着すると、ルナはゲートの傍で待っていた。

 昨日はローブを纏っていたが、今日は付けていない。あの姿は何人かに見られているので、気づかれない為に脱ぐよう言っておいたのだ。


「ダメだった。お前の身体は、ソファの上でグースカ寝てるよ」

「……変な事してないわよね?」

「するか!」


 そんな節操なしに見えるのか! ……いや、前科はあるけど。


「それじゃあ帰るか。お前が戻れるか確認しに来ただけだしな」


 速攻Uターンというのもアレだが、特に用事もないからしょうがない。ビデオも今朝、ルナの為に何本か借りたばかりだ。

 さてそれじゃ、とジークはメニューを呼び出すが、それをルナが制した。


「ねぇ……もうちょっといちゃ、ダメ?」

「? 何か用でもあるのか?」

「そういう訳じゃないんだけどね。ずっと追われる生活だったから、この中とかなんて碌に見た事ないの。だから、ちょっとだけ。ね?」


 上目遣いでそう尋ねるルナに、『ふむ……』とジークは顎に手を当てて少し考える。

 当分同じ屋根の下で暮らしていく以上、これは親睦を深めるいい機会かもしれない。


「まぁ、また襲われても今度はログアウトすればいいし、別にいいぞ」

「よっし!」


 ガッツポーズを決めるルナに苦笑しつつ、ジークは彼女を連れて空中回廊へと歩を進めた。

 ちなみに、念の為にとフレンド登録をした際、


【アカウント名】ルナ

【Lv.】71

【職業】魔術師

【所属】――


(何でログインしたばっかりで70もあるんだよ!?)


 こっそりジークが嫉妬したのは別の話。

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