闇の狩人達

「はぁ、はぁ……!」


 派手なスパンコールのコートを血に染めて、ヴェインは岩陰に隠れながら必死に逃げていた。

 辛うじてあの最後の一撃を凌いだものの、それだけでどうにかなるはずもない。一歩踏み出す度に、引き裂くような痛みが全身に走る。

 それでも、足は止まらない。止められない。

 とにかくあのから、少しでも遠くに逃げたかった。


「く、来るな……! 来るなぁ!」


 なけなしの体力を振り絞り、半狂乱になりながら矢を放つ。

 だが、それは届かない。いくら射っても、一本のナイフによって全て叩き落とされる。


「おいおい、人を化け物みてーに言うなよ。傷つくなー」


 あまりに場違いな、どこか軽薄な少年の声が路地裏に響く。やがて、そんな明るい雰囲気とは真逆の、漆黒のローブで全身を覆った人影が暗闇に浮かび上がった。


「じゃ、『霧幻の凶刃ジャック・ザ・リッパー』……!」

「その名前、あんま好きじゃねーんだよな。メッタ斬りにしてる訳でもねーってのに。本物サンに失礼だろーが」


 独特の装飾が施されたナイフを弄りながら、少年はゆっくりと近づいていく。

 刻一刻と迫るナイフの間合いが、ヴェインにはギロチンの刃のように見えてならなかった。


「ま、待って、待って! あ、アタシは何も知らないのよ! 『魔弾の射手』には、雇われただけで!」

「お前さー。あんだけ人のことバンバン撃っといて、今更許してくださいってか? そいつは道理が通らねーだろ」

「あ、あれは、所詮ゲームの中だし……」

「なら、俺もアンタに何したって構わねーよな? だって、ゲームの中だし」


 交渉の余地はないと悟り、ヴェインの頬が引きつる。


「こ……このぉおおぉぉおおおおおッ!!」


 懐に忍ばせていた銃を引き抜き、狙いをつける暇すら惜しんで必死に引き金を引く。

 そして闇雲に乱射した銃弾は、――一発もかすりはしなかった。


「悪りーな。こっちも仕事なんだ」


 声はヴェインの後ろから。それに気づいた時には、全身から血を吹き出していた。


「お勤めしゅーりょー。ったく、こんなつまんねー事で一々呼びつけんなっての」


 地面に倒れ込んだ相手を一瞥し、心底つまらなそうに少年はぼやいた。


「アンタもそう思わねーか、プラシドさん。いや、『魔弾の射手』のリーダーさんって言った方がいいか?」

「どっちでも。好きに呼べばいい」


 独り言と思われた言葉に、答える声があった。

 次いで聞こえてきたのは、コツ、コツ……と次第に近づいてくる靴の音。

 やがて姿を現したのは、ネメシスと同じデザインのコートに身を包んだ、水色の髪をなびかせる青年だ。


「覗き見とは趣味が悪りーな。アンタ、そういう性癖だったの?」

「まさか。君と同じで、その男の始末をつけに来ただけさ。手間を省いてくれて感謝するよ、ミッドナイト」

「よせよ。別にアンタの為にやったんじゃねーんだ。野郎の感謝なんてノーセンキューだっつーの」

「それは失礼」


 穏やかな会話だが、2人の間には流れる空気は一触即発のそれ。何かが切っ掛けになって、いつ爆発してもおかしくない。


「僕はこれでお暇させてもらう。長居して猟犬に嗅ぎつけられても面倒だ」

「人気者は辛いねー。あ、その前に一つ聞かせてくれよ」

「君の質問に答えるメリットが、僕にあるのかな?」

「ケチくせーこと言うなって。俺とお前の仲だろー?」

「親しくなった覚えはないけどね」


 にやにやと笑いながらそう言うミッドナイトに、プラシドはふんと息を吐く。

 何も言わないのは、了承の意味だろうか。ミッドナイトは、遠慮なく問いかけた。


「オタク等、何であの子のこと『プリンセス』って呼んでんの?」


 単なる呼称とは言え、いささか大仰な気がする。捻りはないが、ターゲットでもいいだろうに、わざわざそんな名前を付けるなんて何か意味があるのか。


「何だ、そんな事か」

「?」


 対するプラシドの答えは簡潔だった。


お姫様プリンセス。それ以外の何者でもないからさ」

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