世界を越えた物語

「『魂に刻みし星の記憶、ここに捧げん。7つの鍵よ、神の居城に至る道を拓け』……。どういう意味なんだろうな、これ」

「気になるの、ユート?」


 土曜日。5日間の学校を終えた悠翔は、近所のスーパーにルナと共に来ていた。

 食材も買うが、今回の主な目的はルナの生活用品の買い出しだ。どのくらいこちらにいるかは分からないが、流石に同じ服をずっと着せる訳にもいかない。

 そんな訳でこうして買い物に来た訳だが、女子と2人で買い物というシチュエーションに、流石の悠翔も少しドギマギしてしまう。


「お前の口から出た言葉だぞ? しかもレリックに触った瞬間にだ。気にならない方がおかしいよ」


 もっとも、今は頭の中にこびりついた言葉の方がずっと重要だが。


(7つの鍵、7つのレリック……まさか、レリックがルナの記憶に関わってるのか?)


 そう、ルナがレリックに触れた直後に言った7つの鍵。そして、レリックの数も7つ。

 これを偶然と片付けるのは、些か無理がある。聖杯がルナの記憶を呼び起こして、あの言葉を口にしたといった方が、まだ現実味がある。


(……俺は一体、何に巻き込まれたんだ?)


 いや、そもそも本当に巻き込まれただけなのか。


『ホント、二人ってばあの頃から全然変わってなーい!」』


 あの銀髪少女の声が、頭の中で何度も繰り返される。

 仮にもっと昔から関わっているのだとしたら、あの頃とは一体、いつの事を言っているのだろうか。


「――。……ぇ。ねぇ、ユートってば!」

「ッ! あ、あぁ、悪い。ボーっとしてた」

「見れば分かるわよ。それより、ぶつかりそうよ」


 おっと、と前から来たカートを引くおばちゃんを避け、スーパーの通路を進む2人。

 その時、ふと今のルナの声が、妙に元気がなかった事に悠翔は気づいた。


「どうした? 具合でも悪いのか?」

「……ごめんなさい」

「?」


 突然の謝罪の意味が分からず、悠翔は疑問符を浮かべる。

 そしてルナは、項垂れながらも言葉を続けた。


「ユート、あの姿になるの嫌だったのよね? 貴方が何を抱えてるかは知らないけど、辛い事を思い出させたんだとしたら……ごめんなさい」


 あぁ、と悠翔は納得する。

 ジークハルトのアバターは、二度と使うまいと封印したものだ。それでも削除しなかったのは、自分の罪の証だったから。

 それを再び使ったのは、まるであの過去を蔑ろにしているような気がして、相当の苦痛だった。それでも、


「……バカだな、お前」

「な……!? だ、誰がバカよ!?」

「バカだよ、バカ。大バカだ」

「何回言うのよ!?」


 この少女は、自分よりも他人の事を思い過ぎだ。ここまでくると、もう笑うしかない。


「思い出すのが嫌なら、最初から関わらなければよかったって話だ。お前にも、あの世界にも。なのに関わったって事は、知らず知らずのうちに俺にも未練があったって事だ」

「でも……」

「じゃあ聞くけど、俺が一度でも『お前のせいで面倒に巻き込まれた』とか、そんな感じのこと言ったか?」

「い、いいえ」

「なら、そういうこと。痛い目を見ようが、辛い事を思い出そうが、それは全部自分のせいだ」

「でも、私がいなかったら、そもそもこんな事には」


 尚も謝ろうとするルナ。その頭に、ぽんと悠翔は手を置いた。


「俺がああしたのは、誰かに指図された訳でも、罰ゲームでもない。お前を助けるって決めたのは、俺自身の意思だ。だから、どんな目に遭っても、絶対にお前のせいになんてしない。胸を張ってこう言ってやる。――これは俺が選んだ道だってな」

「ユート……」


 掌から伝わってくる温かさに、ルナは心に刺さった棘が溶けていく感覚を覚え、その顔に笑顔が戻る。

 その時、ピーンポーンパーンポーンと何とも気の抜ける音楽が流れた。


「ヤバ! 早く行くぞ、ルナ! 急がないと卵がなくなる!」

「ッ! えぇ!」


 駆け出した悠翔を追って、ルナも走り出す。

 世界を飛び越えるような、力強さを感じさせる足取りで。

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