レリック・ハント

 突然の、雲雀からの提案。

 それに疑問符を投げたのは、悠翔だけではなかった。


「ちょ、ちょちょちょ!? いきなりなぁに言っちゃってんのさ、雲雀ちゃん!?」

「え? 『私達と一緒に、レリックをトレジャーしようよ』って」

「何て言ったか聞いたんじゃねぇっつーの!」

「あと、カッコよく言ってたけど、それじゃあ『聖遺物を宝しようよ』って意味が分からない言葉になるぞ?」

「え、嘘!?」


 悠翔の指摘に、雲雀は本気で慌てふためく。よくこれで高校に受かったな。

 若干呆れていると、雲雀と話していた4人も傍に寄ってきた。


「悪いね、大神。騒がしくして。予習中だったかい?」


 爽やかな笑顔が似合うこの男子は、高峰たかみね瑛士えいし。やや跳ねたダークブラウンの髪に優しげな瞳、そこにこのイケメンスマイルも加わって、籠絡してきた女子は数知れず。

 これだけ美点があれば欠点もありそうだが、正義感が強く、文武両道を体現していて、まるで非の打ち所がない。まさに絵に描いたような皆のヒーローだ。


「いや。始めたばっかりだから、気にしなくていいよ」

「か~っ! 相変わらずガリ勉だね。休み時間まで予習とか信じらんねぇよ」

「そーそー。だぁから『ガリ勉眼鏡』なんて言われんだぜ?」

「いつもノートを見せてもらってるお二人が、そんなこと言っていいんですか?」

「「あい……」」


 千景と一緒に項垂れるのは事の発端になったチャラ男、服部はっとり修造しゅうぞう。『ハンゾー』のアダ名で呼ばれているのは、間違いなく服部半蔵が由来だろう。

 恰好はアレだが不良という訳ではなく、寧ろクラスのムードメイカーで人気者。髪を染めたりしているのは、単にモテたいからだそうだ。もっとも、結果は芳しくないようだが。

 修造の後に続いたのは、夕凪ゆうなぎあおば。黒髪をボブカットにした小柄な少女で、おどおどした雰囲気も相まって、小動物を彷彿とさせる。

 あまりの可愛らしさにお菓子をあげる同級生も多く、『守ってあげたくなる女子』として人気らしい。


「そ・れ・よ・り! 大神君、是非とも私達と一緒に、レリック・ハントに参加してちょーだい!!」

「いきなりそう言われてもな……」


 そもそも話についていけていない。これぞまさに『寝耳に水』だ。

 そこに、高峰が助け舟を出してきた。


「そこまでだよ、雲雀。少し落ち着こうか。大神だって突然過ぎて話についていけてないみたいだしさ」

「う……」


 高峰に諭され、気まずそうに雲雀は一歩引く。

 それと入れ替わるように、今度は高峰が前に出てきた。


「と、言う訳で、話だけでも聞いてくれないかな?」

「それはいいけど。レリック・ハントって、あのレリック・ハントの事か?」

「ま、それっきゃねーわな」


 全ての始まりは、3年前のあの発表からだ。


 ◆


「諸君、私シルヴィオ・ヴィッツィーニはフロンティアの運営権を他者に譲渡する事を決定した」


 その日、ロマンスグレーの壮年男性が、携帯やテレビの画面の中に、フロンティアの空に現れた。


「突然の事に驚く者も多いだろう。詳しい説明はこれからしていくが、知らない者も多いと思うので、まずは自己紹介を。私はシルヴィオ・ヴィッツィーニ、NACの社長を務めている」


 『本物か?』『冗談だろう』。

 世界各国の言語に訳されたその言葉に、誰もがヒソヒソと疑問の声を上げる。

 対して空に映った男の巨大ホログラムは、彼等の反応を見て面白そうに笑った。


「疑うのも無理はない。私が君達の立場なら、全く同じ反応をしただろう。だが、私は間違いなく本物であり、これから語るのは紛れもない事実だ。発表が終われば公式サイトにも詳細を載せるので、確認してほしい」


 そこまで言われると疑いの余地はなくなり、人々は一様に耳を傾けた。


「では本題だ。まず、私が何故フロンティアの運営権を他者に譲渡すると決めたのかだが、その答えは私のこの姿が物語っている」


 よく見えるように、その場でターンをしてみせるシルヴィオ。だが、妙にぎこちない動きだ。

 そして元の位置に戻ると、やれやれといった様子で彼は肩をすくめた。


「私も、もう年だ。若い若いなんて言われるが、これでも50は超えている。まだまだという者もいれば、引退を考えるべきという者だっている。そして、私が選んだのは後者、つまり引退だ。これを機に、私は私が作った世界で、第二の人生を謳歌させてもらうとするよ」


 あと10年もすれば定年と考えれば、そういう道もアリだろう。

 下世話な話だが資産はいくらでもあるし、生活には困らない。ある意味で羨ましいくらいだ。


「だが、そうなると問題は、誰がフロンティアを運営していくか。ウチの人間も候補には入っているが、如何せん頭が固いし古い」


 『あれなら古くて固くなったチーズの方がまだ有用だ』と続き、何人かが吹き出した。


「私が求めるのは、柔軟な考えを持ち、想像力豊かで、そして何より熱意ある人間だ」


 その言葉に触発されて、プレイヤーの間に熱気が充満していく。


「私はフロンティアの中に、7つの聖遺物レリックを隠した。それら全てを揃えた者にこの素晴らしい宝を授ける訳だが、そう簡単にはいかせない。諸君には7つの試練に挑んでもらう。その試練を乗り越えた本物の勇者にだけレリックは授けられ、天上の世界に通じる門は開かれるという訳だ。実にシンプルだろう?」


 パン!

 話を締めくくるように両手を合わせた音が、フロンティア中に響き渡る。

 さながら、レースの開始を告げる号砲だ。


「さぁ、探せ。老若男女問いはしない。それを持つのに相応しき者の前に、レリックは現れる」


 ――今こそ、世界を飛び越える時だ!

 両手を広げて宣誓した瞬間、誰もが一斉に走り出した。


 ◆


 シルヴィオの発表は瞬く間に世界に拡散し、その日を境に約9割のプレイヤーがフロンティア中を駆け回る事になった。

 だが、流石は世界最高のゲームの運営権を懸けたレース。一筋縄ではいかない。

 3年前から始まったにもかかわらず、未だ優勝者はいない。今日に至るまでに発見されたレリックも、あるチームが獲得した一つだけだ。


(最近2つ目の試練が出たっていうのは聞いたけど、まさか自分が関わるなんて)


 関わると決まった訳じゃないけど。いや、絶対関わらない。


「話は聞こえてたけど、もう少し考えた方がいいんじゃないか? 確かに今時ソロなんて少ないけど、俺がそっちのお眼鏡に適うとは思えないしさ」

「えー。いいじゃん、一緒にやろうよ。ちょっとだけ、さきっちょだけでいいから!」

「諦めろなって、雲雀ちゃん。ソロの奴をみすみす逃すのはアレだけど、丸一日映画三昧のボッチじゃ、お荷物になるだけだって」

「言い返すべき場面なんだろうけど、その通り過ぎて反論出来ない……」


 あと『さきっちょ』って何だ、『さきっちょ』って。微妙に気になる。


「しっつもーん。そもそも新メンバーを入れなきゃなんないほど、今度の試練って難しいの?」


 千景の質問ももっともだ。

 確かに第一の試練も難しかったと聞いているが、クリアしたチームのメンバーは、今の高峰達と同じ4人。攻略組にいるならレベルはそれなりに高いはずなので、クリアは簡単なようにも思える。

 それが急に戦力増強を考えるなんて、一体どんな試練なんだろうか。


「これを見れば、分かると思うよ」


 そう言って高峰は携帯の画面を見せてくる。画面に映っていたのは、どこかのチームがサイトにアップした、第2の試練にチャレンジした時の動画らしい。5人ほどのプレイヤーがブレードや銃を使って、何かを袋叩きにしている。

 だが、その標的が劣勢とは思えない。寧ろ、5人の方が苦戦を強いられているようにしか見えない。

 まずサイズからして違う。獰猛な肉食恐竜のような身体は小山ほどあり、人間がマッチ棒に見えてしまう。そして何より、その怪物じみた身体から伸びた9つの首が、何者も近づく事を許さない。

 鋭い牙の並んだ口を広げ、合計18個もの目を爛々と輝かせるそれの正体は、


「ヒュドラか」

「神話に描かれてる通りの能力持ちのね」

「っつーと、毒?」

「プラス再生・増殖ときた。ったく、切っても切っても、また新しい首が2本も生えてくるってなんだよ。アン〇ンマンか」

「アンパ〇マンって、そんなダークな生き物だっけ?」


 もしそんなのがお茶の間に流れたら、子供は絶対泣く。100%泣く。


「ここまで神話通りだと、多分弱点も同じなんだろうけどね」

「真ん中の首を切らないとダメなんだっけ。でも、これは」

「あぁ、数の差がデカ過ぎ。とてもじゃねぇけど、あそこまでは辿り着けなかったよ」


 どうやら挑戦した事はあるらしい。結果は残念だったようだが、笑ったりは出来ない。

 実際、いくら周りを倒しても数を増やして復活してくるのを、どう倒せというのか。【猛毒】のデバフでHPがゴリゴリ削られる中、そんな厄介者の相手なんてしていられないだろう。

 高峰達のパーティの構成がどうなっているかは知らないが、確かにこれなら後方支援が欲しいのも分かる。


「そう考えると、ますます俺なんていらないな。ポジションが違うし、何より火力不足もいいところだ」

「でも、力押しだけが全てじゃないでしょ? 大神君っていつも勉強してるし、何かこうすっごいアイディアとか思いつくんじゃない?」

「なるほど、軍師として入ってもらおうって訳か。それもアリかもね」

「ないよ。リアルのお勉強とゲームは別物。人外相手なら尚更だ」


 それに勉強してても、学年のテストでは30から50位の間を行ったり来たりしてる程度だ。とてもじゃないが、軍師なんて務まらない。


「大体、何だって俺なんて誘うんだ? ソロを探してたのは分かるけど、それでも俺なんか誘うくらいなら、もう少し粘ってもっとマシな奴を入れた方がいいんじゃないか?」


 さっき悠翔が言った通り、フロンティアを利用するのはビデオをレンタルする時と、それを一人で見る時くらいなもの。とてもじゃないが、ずっとクエストに精を出してきた彼等には及ばない。

 その質問に対し、雲雀は『ん?』と可愛らしく首を傾げ、


「面白そうだったから!」

「……は?」


 カクン、と。

 まるで漫画のように悠翔の肩がずり落ちた。


「い、いやいやいやいや。それこそないだろ。こんな年中机にかじり付いた、『コミュニケーション?何それ食えんの?』なガリ勉ボッチのどこをどう見たら、一緒にして面白そうなんて思えるんだよ」

「自虐的過ぎだろ、大神」

「ここまで自分をボロカス言える奴、俺初めて見たよ」


 周りは笑ってるけど、これは事実だ。

 今は高校2年の5月。クラスメイトの顔と名前をようやく覚えて、ちょっとした雑談もするようになった。だが、悠翔は誰かと遊ぼうとはせず、その必要性も感じていない。

 そんなコミュ力0の人間と一緒にいても、楽しいはずがない。


「うーん、何でって言われると困るなぁ。勘としか言えないし」


 でも、と雲雀は言葉を区切り、


「折角同じクラスになったんだもん。仲良くしないと損でしょ?」

「ッ!」


 ――折角同じクラスになったんだ。仲良くしないと損だろ?


 雲雀が言った、そして脳裏を過った言葉に、悠翔は胸を締め付けられる。

 そうして言葉を詰まらせている内に、話はどんどん先に進んでいく。


「ってな訳で、今日の夜10時、ユグドラシルの根元に集合!遅れたらアレね、アレ!しっぺ!」

「何だ、その緩い罰……って、待て!俺はやるなんて一言も――!」


 キーンコーンカーンコーン――!

 予鈴が鳴り響き、食い下がる悠翔の声は遮られる。

 話は自然とお流れに。高峰達はさっさと離れ、雲雀も『じゃあ、また夜にねー』とにこやかに席に戻っていった。


「……嘘だと言ってよバーニィ」


 頭が痛いと言わんばかりに、教師が来るまでずっと悠翔は天を仰いでいだ。

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