日常を変える誘い
激しい炸裂音と共に、真紅の液体が弾け飛ぶ。
そこは、紛れもなく戦場だった。
土は爆ぜ、木は薙ぎ倒され、岩が砕け散る。もしこの戦いに巻き込まれたら、無事で済むはずがない。
一体誰が信じるだろう。
これだけの惨状を生み出しているのが、たった2人の戦士だと。
「くッ!」
「どうした? お楽しみはこれからだぞ!?」
片や上下白黒のライダースーツに、腰に真紅の帯を巻いた剣士。武器は一切の装飾を削ぎ落した、人を切る事に重きを置いた日本刀。
片や暗い蒼のマントを翻す、ハットを目深に被った
「――《デスペラード》」
炸裂音と共に、迸るマズルフラッシュ。
まるで
だが、実際にそれは可能になって、次々に遮蔽物をポリゴンの塊に変えていく。
「あぁ。ここからが本番だ!」
次の瞬間、銃弾の嵐の中に剣士は跳んだ。
地面を揺らすほどの踏み込みは、たった一歩で音速の壁を突き破る。跳躍の余波と烈風を伴った斬撃が、死を吹き飛ばす。
そして銃戦士の懐に入り、首目掛けて剣を切り上げ、
――ガッギィイイイイイン!!!
刀身と銃底が激突し、その衝撃波が破壊を撒き散らしていく。
「よく止めたな」
「驚く事か? 大分生っちょろかったぞ」
「そうか。なら、これは!?」
言い終わるや否や、強烈な頭突きが銃戦士の顎を打つ。
堪らずよろけたところへ、鋭い一閃がお返しと言わんばかりに肩を切り裂いた。
「ハハ! これだから止められないんだよ!」
「同感だ!」
鋼鉄同士がぶつかり合い、火花を散らす。
一撃一撃が必殺足り得る殺し合い。銃弾と剣戟の応酬は10を超え、打ち合う度に衝撃で世界が軋みを上げる。
にもかかわらず、2人の顔に恐怖はない。まるで死なないのが分かっているように。
代わりに浮かんでいるのは笑み。強者と戦える歓喜の笑みだ
それでも何事にも終わりは来る。激突がいよいよ50に達したところで、反動に負けて2人は同時に大きく吹き飛ばされた。
「いいのかよ、そんなに離れて。そこは俺の距離だぜ?」
「大丈夫だ、問題ない」
『それ問題しかないだろ』という銃戦士の軽口をスルー。
剣士は、自身の得物を霞に構えた。
「――俺の距離だ」
直後、剣士の身体から紅い閃光が噴き出す。
それは炎のように荒々しく、宝石のように美しい。そんな矛盾を孕んだ紅は、剣士を覆う鎧と化す。
「なるほど。そうくるってなら、俺も応えないとな」
口角を上げる銃戦士から、蒼の輝きが溢れ出す。
それは海のように深く、大空のように澄んでいる。そんな穢れを知らない蒼は、一発の銃弾に注がれる。
どちらも必勝にして必殺。
お互いが、最も信頼する技に全霊を懸け、
「行くぞ、リボルバー」
「来いよ、ジークハルト」
紅と蒼。2つの極光が大地を駆け、激突する。
他者が介入する余地はない。周囲に並んだ木々や岩は、光に呑み込まれたそばから塵になって消えていく。
絡み付き、喰らい合う光の奔流はやがて、一際強い輝きを放つ。そして――
「ダメだ、呼吸が止まってる!」
「いいから早く救護班を呼んでこい!」
「クソ、何でこんな事に……!」
白衣姿の人間が、バタバタと忙しなく動き回る。
緊迫した様子で何かを話しているが、彼には聞こえてなかった。揺れ動く瞳は、一点に注がれている。
ベッドの上で横たわったまま動かない少年に。
ただ、一言だけ。その少年に覆い被さった女性の声だけは、ハッキリ聞こえた。
「――この人殺し!」
「ッ!」
ハッと、大神悠翔は目を覚ました。
周りを見回す。白衣の人間はどこにもいない。あるのはブレザー姿の少年少女が楽しく雑談する、どこにでもある学校の風景。それはこの私立臨空学園でも変わらない。
(……夢か。まぁ、そりゃそうだ)
時計を見れば13時。昼食を食べた後、満腹感に負けて眠っていたようだ。
「ぐっどもーにんぐ☆大神。何だよ、寝不足か?」
「まぁ、ちょっとな」
前の席に座る男子――
すると、何を勘繰ったのか千景は意味深な笑みを浮かべ、
「ふ~ん? まさか、夜な夜なエッロイ事でもぶふぉッ!?」
「その手の冗談には暴力で対抗するぞ」
「ぼ、暴力反対……」
机に沈んだ千景が何やら呻いているが、スルーして悠翔は眼鏡を直した。
(出来れば、もうちょっといい夢が良かったな。いや、そんな贅沢を言える立場じゃないか)
午後の授業まで時間はある。だが、あんな夢を見た後では二度寝する気にはなれなかった。
仕方なく、机に備え付けられた空間ウィンドウを立ち上げて予習を始めようとして、
「だ・か・ら、やっぱ誰か入れるっきゃねぇっつう話だよ」
直ぐ近くの席に集まった男女の声が聞こえてきた。
「だって難し過ぎだろ、あれ! せめてもう一人くらい、遠距離得意な奴は欲しいっつーの!」
わざわざ染めた金髪に、ピアスやブレスレットをした如何にもなチャラ男が力説する。
盗み聞きしているみたいで嫌だが、何せ席は2つ隣だ。流石にこれだけ近いと、聞く気はなくても自然と耳に入ってくる。あと、声もデカいし。
「それで、言い出しっぺのハンゾーは誰を入れるつもりなんだい? めぼしい人には声を掛けたけど、全部撃沈だったじゃないか」
「NACの発表から、もう3年経ってますからね。高校で出会った私達がチームを組めたのは、奇跡に近いですよ」
「だね。ソロでやってるのなんて、1割もいないんじゃない?」
そこまで聞いて、悠翔には大体の内容は察しがついた。
千景も同じらしく、興味津々といった様子で彼等の方に視線を向けていた。
「へぇ、ここにも勇敢なトレージャーハンターがいたとはね。けど、今更新メンバーか。どー思う、兄弟?」
「誰が兄弟だ。……案としては良いだろうけど、そうそう優良物件が見つかるとは思えないな」
何せさっき言ってた通り、3年も経ったのだ。優秀な人材は、もうどこかに籍を置いているだろう。
それ以前に、お宝探しに役立つだけの人間が見つかるかどうかすら怪しい。
(全く、勉強そっちのけでよくやるよ)
興味が失せたのか、悠翔は予習に戻った。
NAC、遠距離が得意な奴、トレージャーハンター。
ここまで単語が並べば、答えは出たようなもの。3年前にフロンティアで生まれ、今も最前線を行く話題――レリック・ハントだ。
(まぁ、関係ないか。休みの日に映画見る時くらいしか、フロンティアにはいないし)
何より、そこまでゲームに熱くなれる性格でもない。ゲームなんかの娯楽より、勉強した方が将来の為になるはずだ。
「か~っ、誰かいねぇのかね。ソロで、腕が立って、遠距離ポジションの奴!」
「こ、雇用条件が厳し過ぎますよ! まずはソロの人を探さないと」
「まぁ、腕は後でいくらでも補えるからね。だけど、ソロねぇ……」
う~ん……と考え込んでいるが、そんな都合よくお目当てのものなんてあるはずがない。
(っていうか、その考える時間を勉強に当てた方が――)
ふと。隣から視線を感じて、思考を中断する。
何だろう。あんなに盛り上がっていたのに、いやに静かなような。
「大神君、ちょっといいかな?」
「?」
そこには、一人の女子生徒が悠翔の顔を覗き込むように立っていた。
セミショートの茶髪を横で一房束ねた少女。名前は、
パッチリした瞳に可愛らしい顔立ちの上、男子女子問わず目を惹き付ける均整の取れたボディラインを持つ学園のマドンナ。親しい仲ではないが、それでもこんな情報がパッと浮かぶくらいの有名人だ。
「……何か用か?」
「うん。ちょっと聞きたいんだけど、大神君ってフロンティアやってる?」
急に話し掛けられて警戒する悠翔に対し、全く気にした様子もなく雲雀は明るく返す。これだけでコミュ力の高さが窺える。
「はいはーい! 俺、俺やってるよ!」
「日向君は知ってるよ。『
「No~~~!!?」
勢いよく立ったと思ったら、一瞬で崩れ落ちる千景。まさに急転直下。
格〇けチェックで、こんなリアクションを見た気がする。
「やってはいる。ただ、精々休みの日に映画を借りるくらいだ」
「
「誘ってくる奴も誘う奴もいない」
「って事はソロなんだね!」
バン!と興奮した雲雀が机を叩くのを前に、思わず悠翔は後ずさった。
物凄く嫌な予感がしてきた。今直ぐ逃げ出したい。その考えを読んだのか、逃がさないとでも言うように雲雀は追撃する。
「バトルの経験は!?」
「た、多少は」
「プレイスタイルは近距離? それとも遠距離?」
「き、近距離。ブレード主体だ」
「どこかのチームに誘われてたりは?」
「い、いや。そんな予定はない」
かなり食い気味の質問に気圧され、タジタジになりながらも悠翔は素直に答えてしまう。
一方、雲雀の方は満面の笑みだ。もう、キラキラッて感じのライトエフェクトが見えてきそうなレベルの。
「大神君」
期待のこもった雲雀の目が、悠翔を映し出す。
そして、
「――私達と一緒に、レリックをトレジャーしようよ!」
『……はぁ!?』
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