オーバー・ザ・フロンティア

真道一

第一章:世界を越えた物語

プロローグ

 仮想と現実。

 この2つには二次元と三次元、近いようで遠い、絶対に覆らない壁がある。

 それでいて、手を伸ばせば触れるくらいに近い。

 じゃあ、もしも。

 その壁がなくなったら?

 仮想が仮想じゃなくなったら?

 虚構が現実になったら?

 世界は一体、どう変わるんだろう。

 人間は一体、どう生きていくんだろう。


 ◆


 目の前の現実に、大神おおがみ悠翔ゆうとは混乱していた。


「なっ……!?」


 上手く言葉が出てこなくて、金魚みたいに口をパクパクさせる。

 傍から見れば、かなり間抜けな姿だ。けど、誰だって同じ立場になればこうなるに決まっている。だって、どう考えたって有り得るはずがない。

 今の今まで、ベッドで横になっていたのに。

 扉に鍵も掛けて、誰も入れないようにしていたのに。

 そもそも、一人暮らしなのに。


「え、ぁ……!」


 ――目が覚めたら、美少女が馬乗りになっているなんて。


「……」


 すらりとした細身な身体に、新雪を思わせる白い肌。その中で輝く翡翠の瞳と、腰まで伸びた明るい桜色の髪。

 まるで女神のような姿に、思わず見惚れてしまった。


「ね、ねぇ」


 顔を赤くさせる悠翔に、少女が声を掛ける。

 ……何だろう、笑顔のはずなのに変な圧力がある。コレ、絶対怒ってるよね?

 すると少女は、ちょいちょいとある部分を指差し、


「いつまで触ってるつもり?」

「え、触ってるって……?」


 むにゅん。

 掌に伝わる、今まで感じた事のない温かく、柔らかい感触。

 恐る恐る、視線を少し下げる。予想はついたけど、出来れば外れていてほしい。

 そんな期待を裏切って視線の先にあったのは――豊満な少女の胸。


「い、いや、わざとじゃないんだ! ち、丁度良いところに手を置く場所があっただけで……。うん、そうだ! これは置きやすい位置に胸があったのが悪い!」


 必死に弁明する度に、少女の額に血管が浮かぶ。

 そして彼女は、ゆっくりと右腕を掲げると、掌を固く握り締め、


「つまり、『僕は悪くな――」

「この手を離してから言いなさい!」

「ずびばぜんッ!?」


 ゴンッ!

 交じり気なしの本気パンチが、顔面にめり込んだ。


 仮想と現実。その境界が壊れたらどうなるか。

 答えはきっと、誰にも分からない。でも、一つだけ言える。

 世界は無限に広がっていて、掴む選択肢も、無限にあるんだって。

 これは、世界を越えた先にある物語。


 ◆


 2050年。大幅に技術は進歩し、人々の生活も劇的に変化した。

 中でもVR技術は目覚ましい進化を遂げ、今では五感の全てがネットにダイヴ出来るVRMMOが実現。特にVR企業ノアズ・アーク・コーポレーション、通称NACが開発したブレスレット型フルダイヴマシン《リンクス》の登場は、行政や商業の面でも革新をもたらし、VRの新時代が幕を開けた。

 その躍進に一役買ったのは、同じくNACが発表した、夢のような大規模SNS型オンラインゲームの存在だ。


 『さぁ、世界を飛び越えよう』。


 この言葉を謳い文句にしたゲームの舞台は、テラフォーミングされた異星。

 人が住める環境にこそなっても、まだまだ発展途上にあるその星は、環境開発のテストケースとして自然と都市の融合を目的に都市開発が施され、様々な特徴を持つようになった。


 あるエリアは、灼熱の砂漠。

 あるエリアは、極寒の氷河。

 あるエリアは、木々が生い茂るジャングル。

 あるエリアは、険しい山岳地帯。


 遊園地やカジノなんかのアミューズメント施設に、中世ファンタジーやSF、果てにはどこかの恐竜王国を再現したエリア、何でもある。

 他にも宇宙からの侵略者を倒すという設定のクエストや、プレイヤー同士で競い合うバトルシステムが備わり、HPが0になればレベルと通貨、アイテムが減少するデスペナルティもスリルがあって、人々の心を掴んでいる。


 だが、それだけなら大して重要じゃない。

 大事なのは、これらが人々の意識によって成り立っているという事。

 本来この三次元世界では人々の意識はバラバラで、それ故に多種多様にして重厚な情報量がこの世界を構築している。


 ならば、その意識を一つに束ねられたらどうなるか。

 それも、『眠い』『腹減った』などの雑多な感情を取り除いた、高い意識だけを抽出して。

 仮に超意識と名付けたそれが統合されれば、別次元へのアクセス、つまり今まで触れる事の叶わなかった二次元への干渉も可能なのではないか。

 不可能だ。出来るはずがない。誰もが、そんなものは夢物語だと断じた。

 しかし、NACはそれを実現させた。リンクスによって人の脳波を電気信号に変換し、NACが管理するクラウドによって統合。

 ただの空想で終わるはずの夢は一点に集約され、二次元にもかかわらず本物と変わらないリアリティによって実現される。


 高さ500メートルのモンスター級の波に乗ってサーフィン?

 OK。

 水深1万メートル超えの海溝でスキューバダイビング?

 OK!

 標高8000メートルの山頂からスカイダイビング?

 全然OK!!


 その躍進は留まるところを知らず、プロやアマチュアのゲーマーだけならいざ知らず、スポーツプレイヤーにサラリーマン、主婦、学生にまで広まっている。終いには、賭博によるネットマネーの循環に大きく繋がったほどだ。

 あらゆる夢が現実になる世界は、人々をたちまち熱狂の渦に巻き込んだ。

 彼等は、その世界の事をこう呼ぶ。


 人類の新天地――《フロンティア》と。

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