竜殺しの円舞

「ッ!?」


 原因は、未だ額から流れる血。

 急いで拭うが、一瞬だが速度が落ちた。そんなチャンスを見逃すほど、相手も馬鹿ではない。


「もらった!」


 ヴェインの指示が飛び、動きの鈍ったジークに向けてブレスが放たれ、


「《マナ・シールド》!」


 寸前、両者の間にあの少女が割って入り、展開した半透明の盾で真正面から業火を受け止めた。


「お前、何でまだここにいるんだ!? さっさと逃げろよ!」

「逃げられる訳ないでしょ! こうなったのは、私のせいだっていうのに……!」


 必死に持ち堪えながら少女は叫ぶが、徐々に障壁に罅が入っていく。

 力の差が大きく、このままでは数分と保たないだろう。


「貴方の方こそ早く逃げて! 私なら大丈夫、隙を見て逃げるから!」


 それなのに、彼女が心配しているのは自分の身ではなく、ジークの方だ。その真っ直ぐな瞳からは、これ以上誰も傷つけさせないという力強さが感じられる。


(コイツ……)


 だからこそ、ジークには分かってしまった。彼女が取ろうとする行動が。


「さぁ、早く――!」

「お前。わざと捕まるつもりだろ?」

「ッ……!?」

「何でなんて聞くなよ。さっきだって周りを巻き込まないように、躊躇いもなく飛び出したからな。これ以上被害を出したくないなら、お前がどう動くかなんて誰だって分かる。それこそ、あのオカマにもな」


 実際、さっきの無差別攻撃もそれを見越してのものだろう。

 嫌らしいが、彼女みたいな人間にはかなり効果的だ。


「それが分かってるなら……」

「分かってるからだよ」


 ここで見捨てるなんて、後味が悪過ぎる。

 何より、


「嫌なんだよ、目の前で誰かが消えるのは」

「?」

「何でもない。それより、《マナ・シールド》を使ったって事は、お前〈魔術師ソーサラー〉だよな。ちょっと耳貸せ」


 ………………


「そんな……それじゃ貴方が!」

「生憎、お互いに納得出来る作戦は、これしか思いつかなくってな」


 告げられた内容に少女は驚くしかないようだが、提案したジーク本人も無謀なのは分かっている。それでもやるしかない。


「5分だ。それくらいまでなら保たせる。この数分、お前に命を預けるぞ」


 そう。これからするのは、怪物相手に5分間の耐久レース。文字通り死の鬼ごっこだ。

 ハッキリ言って超逃げたい。今直ぐ帰って寝たい。


(だけど、やっぱり見たくないんだよな。もう二度と)


 これだけは、何があっても譲れない本心。だから、自分はそれに従うだけだ。


「じゃあ、俺はもう行くから。精々無事を祈って――」

「お前じゃない、ルナよ」


 ……これは、信頼してくれたという事だろうか。

 絶体絶命の状況下で、ついさっき会ったばかりの、本当に味方かも分からない相手に名乗った少女――ルナに、思わず笑ってしまう。

 単純だとも思うが、何だろう……こういうのも悪くない。


「……ジークだ。さぁ、失敗すれば2人共アウトの一発勝負だ。任せたぞ、ルナ!」

「無茶苦茶言って……! 4分で終わらせるわ!」


 その宣言を号令に、ジークは右に、ルナは左にそれぞれ走り出す。


「右よ! やっちゃいなさい、ワイバーンちゃん!」


 二手に分かれた獲物に一瞬の躊躇を見せるワイバーンだったが、その主であるヴェインの標的は決まっている。事情も知らずに乱入してきた忌々しい男、ジークだ。


「別れの挨拶は済んだのかしらぁ?」

「あぁ、おかげ様で!」

「なら、さっさと死になさぁい!」


 本来の標的ルナを無視し、感情のままにワイバーンに指示を出すと、ヴェイン自身も光矢を射る。

 ジークがルナを守ろうとする以上、どっちにしろ始末するべきなのは変わらない。順番が遅いか早いか、それだけの違いだ。


「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるか!? でも、銃弾より早く動けるならどうだろうな!?」


 猛攻を潜り抜ける中、一つのカプセルを噛み砕くと、黄緑色の燐光が身体を覆う。

 直後に加速。残像を描くほどの速さで飛び回り、ブレスも矢も的確に避けていく。恐らく、今のジークには銃弾も止まって見えるだろう。


「AGI強化のアイテム? ふぅん、スピードで翻弄しようってワケ? そんな浅知恵、通じると思ってんのかしらぁ!?」


 蟻が戦車に挑むような戦力差があるのだ。前者の攻撃なんて豆鉄砲にも満たない。逆に、戦車ワイバーンの一撃はかすっただけで致命傷を与えられる。

 戦況は未だ、断然ヴェインの優勢に変わりない。


「残念。半分正解で半分外れだ」

「《ワイルド・タービュランス》!」


 そんな考えは、荒れ狂う風によって覆された。

 ルナの手を起点に発生した突風。だが、狙ったのはワイバーンでもヴェインでもなく、ジーク――の背中。

 それを避けずに敢えて受け止めると、ジークの身体は浮かび上がり、そのまま登っていく。悠々と天を舞う、ワイバーンの下へ。


「ッ! ワイバーンちゃん、避け――!」

「遅い、《スパイラル・シュート》!」


 ドリルのような高速回転を伴った刺突が、空を突くように放たれる。

 《ワイルド・タービュランス》の威力も合わさったそれは、ワイバーンの硬い鱗を穿ち、肉を抉り、血を噴き出させた。


「Guoooooo!?」

「ちょ!? 落ち着きなさいって……!」

「余所見してていいのか?」


 ジークの攻勢は、傷を付けるだけに留まらない。悶えるワイバーンの手や皮膚を蹴り、あろうことか背中に飛び乗ったのだ。

 どうやっても、首も手も届かない、ワイバーンの背中に。


「お邪魔しますっと」

「な!? あ、アンタ……!?」

「どうやら親密度は大分低いみたいだな。命令通りに従ってるだけなら、いくらでもやりようはある」


 親密度は、〈魔獣使いビーストテイマー〉にとって重要な要素で、数値が高ければ高いほどモンスターは従順になり、また主人の為に自らの考えで行動する。

 だが、このワイバーンにそんな素振りはない。あくまで命令に従うだけの忠犬のようだ。


(いや、そもそもコイツは本当に〈ビーストテイマー〉なのか? ARMSも弓だし)


 このジョブに就いたプレイヤーの大半は、躾けも兼ねて鞭を装備している。勿論それ以外だって装備出来る事は出来るが、ヴェインの場合は何か違う気がする。

 まぁどちらにせよ、ブレードしか持たないジークが不利なのは変わりないが。


「ふ、ふん。バカね。直ぐに振り落とせば済む話――」

「出来るならな」


 もっとも、そんなものは関係ない。

 ヴェインの声を遮ったジークは、ブレードを――


「何を……ッ!?」


 得物を捨てる行為に、一瞬ヴェインの目がそちらに移る。その一瞬で十分。

 ワイバーンの背を強く蹴り、ジークは跳躍。その意図に気づいたヴェインは咄嗟に防御を試みるが、勢いを殺さずに放たれた蹴りによって、大きく吹き飛ばされる。


「ぐぅ……!」


 寸でのところで落下を堪え、踏み止まるヴェインだったが、ジークの追撃は終わらない。

 もう一度跳んで宙を舞っていたブレードを掴むと、今度は落下の勢いをそのままに大上段から叩き付ける。

 咄嗟に弓で受け止めるヴェイン。だが、ぶつかった個所を軸にジークは身体を浮かせ、頭の上を跳び越えた後、振り返り様に一閃。ヴェインの胸元を浅く切り裂いた。


「くそッ……!」


 痛みに顔をしかめつつ後ろに飛びのくヴェイン。だが、ジークはしつこく食らいつき、切り上げた斬撃が今度は頬に傷を付ける。


「振り落とそうにも、お前の命令が必要だ。なら、お前に命令を出す暇を与えなかったら?」

「この、調子に乗るなぁ!」


 碌な装備も持っていない格下からの見下す言葉に、堪らず激昂。出来る限り距離を取った後、まるで機関銃のように連射する。

 確かに、近接戦主体のジークはヴェインにとって鬼門だ。だが、足場の悪く、それどころか地上ですらないこの場所なら思うように動けないはず。

 逆にヴェインはどこからでも打てるので、土俵こそ同じでも未だ優勢。だというのに、


(何、何なのよコイツ! 何でこうもアッサリ防げる訳!?)


 追い詰められているのは、ヴェインの方だ。

 アイテムを使って強化していたようだが、それだって時間制限があり、普通に考えればもう切れている頃合い。にもかかわらず、ジークは飛んでくる矢を一本一本、全て叩き落している。


「何も不思議じゃないだろ。俺が動ける範囲が限られてる以上、お前が攻撃する範囲も限られてくる。フェイントなしで真っ直ぐ飛んでくる攻撃なんて、落としてくださいって言ってるようなものだ」


 理屈としては合っているかもしれない。ジークが動ける範囲はほぼ直線なので、自然とそこにしか打てなくなる。

 もっとも、だからと言って1秒の間隔も開けずに襲い掛かる矢を打ち落とせる理由にはならない。


「アンタ、一体レベルいくつよ!? 60とかの動きじゃないわよ!?」

「……53。前に知り合いからはゴミとか言われたな」

「はぁ!?」


 それなりにクエストや決闘をしていれば、大抵は60には達する。現にヴェインだって65だ。

 なのに、目の前の男は53。システム上、仕方なくジョブに就いているだけでバトルには参加していない素人同然のプレイヤーに、10以上もレベル差がある自分が追い詰められている。


「ふざけるな……! このアタシが、たかだかレベル50そこそこの雑魚に押されるなんて!」

「ッ……!?」


 余裕を捨て去ったヴェインの強力な一射。これはマズいと直感したジークは、慌てて身体を逸らす。だが、その一瞬が隙となった。


「ある訳がねぇ!」


 怒号と共にヴェインは距離を詰め、その武骨な骨組みの弓で殴りかかる。

 これまでと違う動きに完全に虚を突かれ、受け止めはしたものの、足がもつれてしまう。そしてここは、ワイバーンの背中。

 そんな所でバランスを崩せば当然、


「マズッ……お、おおぉぉおおおおおおッ!?」


 地上に向けて真っ逆さまだ。


「は、はは。ははは! やった、やったわ! ざまぁみなさい! さぁ、ワイバーン! 止めを――!!」

「大事なこと忘れてないか?」


 絶賛紐なしバンジー中で、このままだと大惨事は免れないジーク。絶体絶命の状況のはずなのに、その声は喜色に満ちていた。

 まるで、勝ったのは自分だと言うように。


「即席とはいえ、俺達はタッグだぞ?」

「4分30秒。何とか、間に合ったわ」


 ハッと横を見れば、まず視界に入ったのはルナの姿。そして、上空に展開された魔法陣だ。

 すっかり頭に血が上ってしまい、攻撃魔法を打たせる隙を与えてしまったらしい。


「けど、それが何よ! 攻撃魔法の一つや二つで、このワイバーンを倒せると」

「あら。誰が一つや二つなんて言ったかしら?」


 チカ……と視界の隅で光が瞬く。それも、あちこちでだ。

 咄嗟に浮かんだのは、ジークが奇襲を仕掛ける可能性。慌ててヴェインはその出処を探し、――無数に設置された魔法陣を見た。その数は、優に10を超える。


「これって……トラップ魔法!? ま、まさか、アンタ!?」

「精々5、6個だと思ってたのに、倍以上か」

「ご期待に沿えたかしら?」

「さぁな。それは結果次第だ」

「それもそうね」


 驚くヴェインを尻目に、ルナは準備を終えた。


「トリを譲ってやるんだ。盛大にかましてやれ!」

「えぇ、とびっきりキツいのをね!」

「ま、待っ――!?」


「――《ライトニング・ボルテックス》!!」

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