比翼

 やがて辿り着いたのは地下。ユグドラシルの真下を掘って作られた、巨大な立方体が乱雑に並んだ空間だ。


「今日はそんなに混んでないみたいね。ん~、どの部屋にしよっかな?」


 ここは訓練室。仮に死んでもデスペナは受けないので思う存分戦える。おまけに勝てば少ないながらに経験値が手に入るので、ちょっとした小遣い稼ぎ感覚で利用されている。

 それでも大人気とまではいかないらしく、ジークとアラウは割とすんなり空いている部屋に入る事が出来た。


「さて。準備はいいかな、ジーク」

「よくなくてもやるんだろ?」


 はぁ……と溜め息を吐きつつ、ジークはウィンドウから武器を取り出す。

 一見すると、それはただの棒状の機械。だが起動させた瞬間、その先端に光が集束していき、やがて長さ1メートルほどの刀身を形作る。

 フロンティアにおける一般的な武器――ARMSだ。


「まぁね」


 対するアラウが取り出したのは、二振りの実体剣。中華風の意匠が特徴の二刀一対の剣は、明らかにジークが持つものとは格が違う。


(双剣って事は、〈武双剣士ファイター〉か。で、肝心のARMSは……)


 ジョブに当たりを付けたジークは、じっと剣に視線を向けてカーソルを合わせる。そうして視界の中に、ARMSの情報が浮かび上がる。


《干将・莫邪》

 ランク:B

 神の加護を得た双剣。魔の力を退ける力を持つ。


 その後にも装備補正やらスキルが書いてあるが 、取り敢えず一言。


「……身体は剣で」

「出来てないからね!? 偶々だからねコレ! 正義の味方なんて目指してないからね!」


 盛大にツッコむアラウと、面白そうに笑うジーク。その2人の頭上に、電光掲示板のシグナルが投影される。

 停止を意味する赤い光は、全部で10個。それが一つ、また一つと青に切り替わっていく。


「けど、コスプレとか思わないでよ? 私にとってはもう相棒みたいなものだし。おかげで、今じゃ『比翼』なんて呼ばれてるよ」

「お手柔らかに頼むよ、『比翼』さん?」


 軽口と共に、迎え撃つ態勢を取るジーク。

 対するアラウは、両腕をだらりと下げ、完全に肩の力を抜いている。


「う~ん、それは約束出来ない――」


 そして遂に、全てのシグナルが青に染まり、


決闘開始バトル・スタート!』


「かなッ!」


 たった一歩で、ジークの懐に飛んだ。


(速……!)


 驚く暇もなく、逆手に握られた双剣が両側から迫る。さながら鋏のようだ。

 そして、無防備な首はそのままぶつ切りに――ならなかった。


「ッ!?」


 消えた。今の今まで目の前にいたはずが、まるで煙のように。

 だが、そうではない。バク転のように頭から後ろに飛んで、ギリギリのところで凶刃を躱したのだ。予想外の動きに、アラウは一瞬固まる。

 その間にジークは一度地面に手を付くと、腕の力だけで再度飛んで距離を取った。


「ふッ!」


 短い呼吸と共にアラウは追い縋り、勢いを殺さず剣を突き出す。刀身の上を滑らせて軌道を逸らすジークだが、続け様に左の《干将》が襲い掛かる。

 身を捻ってそれを躱すと、遂にジークが攻勢に出た。連続で剣を振るい、一撃、ニ撃と押し込んでいく。だが、ほぼパターン化された動きに、アラウは難なく対応した。


(ここだ!)


 直後、剣の動きが変わり、胴を薙ぐような一閃が走る。


「あっぶな!?」


 口ではそう言いつつ、難なく後ろに引くアラウ。そこにすかさず、追撃の剣閃が見舞われ、

 ガギィイイイン!!

 振り下ろされた光剣と、クロスさせた双剣がぶつかり合い、火花を散らす。


「にっひひ」

「? 何がおかしいんだ?」

「違う違う、嬉しいの。バトルの経験は少ないって言ってたけど、意外と楽しめそうだな~って思って」

「お褒めに預かり光栄だよ」


 一際強く打ち込み、衝撃を利用してジークは後ろに下がった。

 それでも安心は出来ない。さっきやったように、この距離は直ぐに詰められる。

 何より、


(多分アイツは、まだ本気を出してない)


 でなければ、真面に受け止めた直後に壁まで吹き飛ばされていたはずだ。

 そうならないのは、いたぶりたいからか。いや、短い付き合いながら分かったアラウの性格からして、


「さぁ、もっと私を楽しませてよ!」

(バトルを楽しみたいからだ!)


 《干将》の連続突きを躱し、いなす。息つく暇もなく首を狙ってきた《莫邪》を弾くが、その刃は下から掬い上げるような軌道で戻ってくる。

 避けようと身を引こうとする。だが、その目は再び飛んでくる白刃の切先を捉えた。


「チッ!」


 攻防一体が主な〈ファイター〉とは思えない猛攻。

 間に合わない。そう判断したジークは、咄嗟に肘を打ち込む。


「えッ!?」


 当然柔らかい肉で剣を止められるはずもなく、浅くだが切られる。それでも受けた衝撃は、アラウの方が大きかった。


「肉を切らせてでも骨を守るってやつ? 今のはやったと思ったのに。やるね、ジーク」

「実際は何ともないにしても、刺されるのは御免だからな」


 僅かに言葉を交わした後、2人は同時に飛び出し、お互いの得物を振るう。

 10合、20合……、打ち合う度に起きる衝撃波が、壁や床を揺らす。


(くそ、人の間合いにズカズカ入ってきて……! ノックくらいしてもらいたいな!)


 互角のように思えるが、実際はジークの防戦一方。

 だが、未だ無傷にもかかわらず、アラウも表情は浮かなかった。


(凄い……! これだけ打ち合ってるのに――!)


 ジークがやっている事と言えば、躱し、いなし、弾いているだけ。その上、少しずつだが確実にHPを削っている。

 なのに、


(全然、押し切れない!)


 チラリと頭上に表示された制限時間を見れば、もう5分経っている。

 普通これだけのレベル差があれば、文字通り瞬殺で片が付く。それが、防ぐだけでここまで粘られるなんて。


「……しい」

「ん?」


 微かにアラウの口から漏れた言葉に、ジークは反応し、


「絶対欲しい! EXCエクス発動!」

「ちょ、アラウちゃん!?」

「――《相克の契りデュアル・クロス》!」


 EXC。その宣言に驚くギャラリーを余所に、状況は加速する。

 一方でジークは、ほんの一瞬硬直してしまう。それが命取りとなった。


対象ターゲット:クレイヴ、接続開始コネクト・オン!」


 ドッ!


「がッ……!?」


 何が起きたか分からなかった。

 気づいたら切られていた。気づいたら、全身を切られていた!


「これが、お前のEXCか……!」


 EXCとは、プレイヤーに与えられる特殊能力。

 リンクスが読み取った対象者の深層意識を形にしているらしく、一人ひとり能力は異なり、同じものは存在しない。唯一の共通点と言えば、どれも強力な事くらいだ。


「よーやく真面にヒットしたね。あー、すっきりした。チマチマやるのって性に合わなかったし」

「だからってここまでするか? 俺、EXC持ってないんだけど」


 とは言っても、誰でも持っている訳ではない。ジークもその一人だ。

 こうなってくると、完全に弱い者虐めになりかねない。ダメ元でお願いしてみるが、


「ってな訳で、EXCはなしにしてもらえると」

「本気でやるのが、戦いのマナーってやつでしょ?」


 却下でした。しかもマナーとまで言われた。


「ほら、どんどん行くよ!」


 一気にヒートアップしたアラウの剣が、上下左右から縦横無尽に襲い掛かる。

 発動直後に比べれば遅い方だが、それでも目で追うのが難しい速さ。4回の内、1回でも防げればいい方だ。


敏捷性AGIアップのEXC……?いや、でもさっきクレイヴがどうのって言ってたな。チームメイト、いや……人がいないと使えないのか?)


 アラウの言葉、そして一挙手一投足、全てを思い出そうとするジーク。

 必死に抵抗しながら、何とか突破口を探し出していく。


 ――……ン。


(ギャラリーに攻撃は出来ない。なら、バランスを崩して自滅させる!)

「取る!」


 《干将》を投げて先手を打ち、アラウも《莫邪》を片手に超速で距離を詰める。

 ジークも刀身に手を添えていなす態勢を取り、真っ向から勝負に出る。


 ……ォン。


「上等!」


 そして、その意気や良しと笑ったアラウが剣を薙ぎ――


 ゴ、バッッッ!!


 両者共に、爆煙に呑み込まれた。

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