蠢く影

「あんのクソガキがァ!」


 ガン!

 カーディナルの地下。不要なデータをゴミ処理場消去システムまで流す為の下水道のようなエリアに、怒号と共に壁を蹴りつける音が響く。


「クソ、クソ! クソクソクソ! あの正義の味方気取りが! 忌々しいったらありゃしねぇ!」


 いつものオカマ口調はどこへやら。ただ怒りに身を任せ、その男――ヴェインは壁に鬱憤をぶつけ続ける。


「おまけにワイバーンまで失うし……。こんなのアイツに知られたら」

「知られたら、どうなるのかな?」


 だが、憂さ晴らしは唐突に止まる。止められる。

 暗闇から浮かび上がるようにして現れた人影によって。


「あ、あら。いたのね、ネメちゃん。こ、声くらい掛けてくれれば良かったのに」

「そう固くならなくていい。ただ、その呼び名は止めてくれ。俺の名はネメシスだ」

「えー、可愛いのに」


 もっとも、本当に可愛いかは分からない。何せ、黒地にライトグリーンのラインが入ったフード付きのコートで、全身をすっぽり覆ってしまっているのだ。

 身体の起伏まで隠れているので、声を聞かなければ女性だなんて分からなかっただろう。その唯一性別を判断出来る要素すらも、大分男勝りな口調だが。


「さて、何があったかはもう把握してる。随分派手にやったじゃないか」


 ネメシスが左手に装着したリンクスに触れると、いくつもの映像が映し出された。

 フロンティアの出来事を流す番組、無料動画サイト。種類は様々だが、扱っている内容は一つ。ヴェインとワイバーンが起こした、ユグドラシルの破壊騒動だ。

 ジーク達以外は強制的にテレポートさせたので、映っているのは騒動の最初辺りだが、それでも既に10を超えるメディアに取り上げられていた。


「けど、収穫はなし。それどころか、折角貸したワイバーンまで撃破されるとはね」

「あ、あれは……」

「まぁ、それは別にいいさ。まさかあのレベルのモンスターを落とせる奴がいるなんて、予想してなかった。完全に俺の誤算だ」


 2人の関係は、一言で言えばビジネスパートナー。依頼人がネメシスで、請け負ったのがヴェインだ。


(まぁ、この子達のネームバリューに惹かれて近づいたのはアタシだけど)


 隠密に済ませるよう指示を受けていたので、これだけ大事にした叱責、最悪ワイバーンを失った件も併せて賠償を求められると思っていた。だがそれも、ネメシス本人が非を主張してお咎めなし。

 デスペナでほとんどのアイテムを失っていたヴェインには、正直有り難い話だ。


「けど、プリンセスを確保出来なかったのは痛い」

「ッ……!」


 投影した映像を握り潰すようにして消すネメシスに、ヴェインは思わず息を呑む。

 肌に突き刺すような空気は、明らかにさっきまでとは違う。にもかかわらず、声は変わらず粗暴でありながら落ち着いていて、逆に不気味に感じる。


「あれが長時間同じエリアにいるなんて滅多にない。だから、ようやく補足したこのチャンスを活かしたかったんだが」


 口では惜しんではいるものの、やはりそこに悔しさはない。ただの事実確認だ。


「それと今回乱入したあの男、いや女かもな。どっちにしても、結構腕が立つみたいだし、次も邪魔してくるとなると面倒だな」

「はぁ!? 何言ってるのよ、ネメちゃん! アイツはレベル53の雑魚よ! そんなのに、アタシが手こずるワケないじゃない!」

「その雑魚にいい様にやられたのは、一体どこの誰かな?」

「う……!」


 図星を突かれ、言葉を詰まらせるヴェイン。

 言い訳なんて出来るはずもない。トドメを刺したのはターゲットだったとしても、あの男にいい様にされたのは事実だ。


「しかし、あれで53か。それであの身のこなし……。有力候補は一通りチェックしたつもりだったが、世界は広いな」

「それはアタシも思ったわ。明らかにレベルと動きが合ってなかったし……ひょっとしたら、前は別のアバターでプレイしてたんじゃないかしら? ほら、よく一人二役やってる人っているじゃない?」

「フロンティアでは禁止されてるけどね。まぁ、裏技を使えば有り得ない話じゃないし、一応調べとくか」


 俺がやる訳じゃないけどね、と悪戯っ子のようにネメシスは舌を出した。


「まぁ、今回は無視でいいだろう。ただの通りすがりみたいだったし、そう何度も巻き込まれたりはしないはずだ」

「そ、そう。借りを返したかったから、ちょっと残念ね」

「仕事の後にいくらでも返してくれ。ただし、やる事はやってもらうよ」

「はいはい、分かってるわよ。けど、肝心のお姫様の居場所が分からなくちゃねぇ」

「そこはウチのスキャンに引っかかるのを待つしかない。その間に、俺達は次の手を講じるとしよう」

「次の手?」

「使えるものは何でも使うって話さ」


 彼女が、彼女達がそれを言うと妙に説得力がある。

 ここは彼等のテリトリー、使えないものなんて有りはしない。


「君にも手伝ってもらうよ、ヴェイン。このまま依頼失敗でタダ働きなんて嫌だろう?」

「分かってるわよ。全く、前払いにしとけば良かったわ」

「話が早くて助かる。そのくらい、仕事もスムーズにこなしてくれると助かるんだけどね」


 さっきのヴェインの敗因を言っているのだろう。つくづく痛いところを突いてくる。


「い、言わないでよもう! 今回は油断しただけ。次こそは――!」

「心配してないさ」


 名誉挽回に燃えるヴェインに、あっさり返すネメシス。

 その時、ずずず……と奥の暗闇が蠢く。そこから感じられる気配は、一つや二つじゃない。

 得体の知れない何かがいるのは明白。だが、ネメシスは気にせずに暗闇の方へと進み、


「次は俺も出るからな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る