交わる2人
「これでよしっと」
ルナの傷に包帯を巻き終え、悠翔はほっと安堵する。
かすっただけだったので、家にあった救急箱で何とかなった。普段は引き出しの奥に眠りっぱなしだが、偶には役に立つ。
「上手いものね」
「5年も一人暮らししてればな。このくらいは朝飯前だ」
救急箱をしまった悠翔はそのまま台所へ向かい、カップを2つ用意すると、電気ポットで湯を沸かし始めた。
「コーヒーでいいか? まぁ、それしかないんだけどさ」
「あ、お構いなく」
「気にするな。俺も眠気覚ましが欲しかったところだ」
「そう? なら頂くわ」
ものの数分で沸いた湯を、茶色い粉を入れたカップに注いで、よくかき混ぜる。
それをルナに渡した後、2人はそれぞれ口を付けた。
「美味しいわ。いい豆を使ってるのね」
「インスタントだよ」
「インス、タント? よく分からないけど、取り敢えずごめんなさい?」
ふふふふふははははは。
気さくに言葉を交わし、笑い合う2人。うん、何とも仲睦まじい光景だ。
さて……現実逃避はそろそろ止めようか。
「「……どうなってんのコレ!?」」
「え、何コレ? ねぇ、何なのコレ? どうなってんのよコレ!? 私さっきまでカーディナルにいたわよね!? ね!?」
「知るか! 俺だってキャパオーバーなんだよ! 『目が覚めたらベッドの上に美少女、コレなんてラブコメ?』って思ったら顔面パンチだぞ!? まだ痛いよ! こっちが治療してほしいくらいだ!」
「人の胸揉んだのが悪いんでしょ! 鼻血まで出して、この変態!」
「鼻血はお前のせいだろうが! ……柔らかかったけど」
「しっかり堪能してるじゃない!」
ほのぼのした空気はどこへやら。ルナが二度目のグーパンチを放ったのを切っ掛けに、取っ組み合いの喧嘩が勃発。
服がはだけるのも気にせず、暴れること10分。
ハァ、ハァ……と息を切らして、仲良く床の上にダブルノックアウトする2人であった。
「や、止めよう。疲れるだけだ」
「そ、そうね。争いは何も生まないわ」
改めて、テーブル越しに2人は対面する。
じー……とルナは穴が開くほど見つめ、悠翔もゲ〇ドウポーズで見つめ返す。
「一応聞くけど、ルナ……なんだよな?」
「ジーク、なのよね? 髪の色は違うけど、顔とかはそっくりだし」
「正しくは、あっちが俺にそっくりなんだけどな」
ルナがあまり警戒していないのは、『ジーク』が信用に足ると位置付けされたからだろう。
リアルとほぼ変わらないアバターを作ったおかげと言うべきか。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったが。
「あと、こっちじゃ俺は大神悠翔だから、そっちの名前で呼んでくれ」
「名前が2つ……? えっと、オオガミなんて変わった名前ね」
「あぁ、違う違う。悠翔が名前で大神は姓だ。だからそっちに合わせるなら、ユート・オオガミだな」
「ユートね。分かったわ」
(名前呼びかよ)
基本悠翔は苗字で呼ぶので、ついさっき会ったばかりの、それも女子に名前で呼ばれるなんて少し気恥ずかしい。
「それで、ここはどこなの? カーディナルじゃないみたいだし」
「東京だよ。日本の首都」
「トーキョー? 二ホン?」
「何で疑問形なんだよ。ド田舎の出身だって、流石に日本くらいは知って……」
はたと動きが止まる。ガリガリと苛立たし気に頭を掻いていた手も。
まるで時間が止まったかのように動かなくなった悠翔にルナは戸惑うが、どうやら何か考え込んでいるようだ。
「……なぁ、いくつか聞きたいんだけど。まず、お前どこから来た?」
「カーディナルからだけど?」
「……アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国。このどれかに聞き覚えは?」
「ないけど、何かの呪文?」
「…………これ、何か分かるか?」
「? ブレスレット?」
全部の質問に期待した答えが返ってこないどころか、リンクスを見せてこの反応。思わず悠翔は天を仰いだ。
「まさか……いや、有り得ないだろ……」
「ね、ねぇ、ちょっと。どうしたのよ?」
「……ここがどこかって聞いたな? 色々混乱するだろうけど、これしかピッタリな答えはないと思う。聞くか?」
「え、えぇ」
物々しい雰囲気に、ルナは恐る恐る頷く。その様子に逡巡しながらも、悠翔は重い口を開いた。
「多分だけど、ここはお前がいた所とは全く別の世界、簡単に言えば異世界だ」
「……はぁ!!?」
告げられた言葉に、ただただ驚くしかないルナ。だが、次の瞬間には悠翔に詰め寄り、胸倉を掴み上げていた。
「ど、どういう事!? ここが異世界って!?」
「お、落ち着け。馬鹿げた話だってのは分かってるけど、そうとしか思えないんだよ! ってか、離して……し、絞まるぅ……!」
何とかルナを宥めた悠翔は、あの世に行く一歩手前のところで解放される。
だが、息を整える暇は与えられない。未だジト目で睨むルナに急かれされ、咳き込みつつも話を進めた。
「一つ一つ整理していくとだ。まず、さっきも言ったけどここは日本っていう国の首都、東京だ。念の為もう一度聞くけど、聞き覚えは?」
「……ないわ」
「オーケー。次にさっき言った5つの国だけど、あれは政治や軍事の面で最先端を行く五大国だ。例え山奥に住んでるインディアンだって、一つも知らない奴なんていないはずだ」
特にアメリカなんて世界の頂点だ。知らない人がいたら、『どんな田舎から来たの?』と逆に聞きたくなる。
「それと、さっき見せたこの機械。これはリンクスって言って、最先端技術の粋を集めて作られてる。これも現代社会に生きる人間なら、まず知らない人はいないような代物だ」
「これが……」
興味深そうにリンクスを見たり、つんつんとつつくルナ。この様子を見るに、リンクスを知らないというのは嘘でないだろう。
「そして最後に。俺がどこから来たって聞いたら、お前は『カーディナルから』って躊躇いなく答えた。俺にとっては全くの別世界のはずのあそこを、まるで自分の居場所みたいに」
例えば、自分が全く知らない国にテレポートしたら、『ここはどこ? 日本じゃないよな?』みたいに国の名前を言うんじゃないだろうか。
そして、ルナはまさにそれを言った。
――カーディナルじゃないわよね?
あれはまるで、本当に
「そうなると……色々納得出来ないところはあるけど、お前は
それを聞いた直後、へなへなとルナはその場に座り込んだ。最初に見せた攻撃的な態度もすっかり鳴りを潜め、がっくり項垂れている。
「信じられない……」
「俺も夢を見てるだけって思いたいよ。この痛みがなかったらな」
「確かに……ユートの指の感触は、本物だったわ」
悠翔はまだ殴られた箇所がジンジン痛むし、ルナも胸を揉まれた時の感覚が残っている。
その2つが、目の前の光景が夢じゃないと物語っていた。
「……詳しく教えて。この世界の事、ユートがフロンティアって呼んでるあの世界の事を」
やがて、意を決した様子でルナは聞いてくる。悠翔は自分が知り得る限りの事を話した。
この世界には魔法やワイバーンなどの幻獣はいない事、フロンティアがゲームの世界である事、自分達はアバターと呼ばれる仮初の肉体を使ってあの世界を楽しんでいる事、etc……。
一つ一つ聞いていく内に、ルナの眉間に皺が刻まれていく。一通り話し終える頃にはもう、ゴゴゴゴ……!とか聞こえそうなドス黒いオーラを放っていた。しかも笑顔だから怖い。
「つまり貴方達にとって、私はゲームの世界の住人って訳ね? ムカつく事に」
「そう言われてもな……」
「分かってる。けど、私が生きたあの世界をゲーム扱い、私もキャラクターの一人って思われてるなんて、分かってても腹が立つわ。私はこうして、生きてるのに」
グッパッと握ったり開いたりを繰り返すルナの声は、かなり苛立っている。
こちらの人間にしてみれば、フロンティアにいるアバター以外の存在は、モンスターかNPCの二択。どちらにしても、害を為そうが罪に問われはしない。
だからこそ、ヴェインのようなPKにも躊躇いのないプレイヤーも出てくるのだ。悠翔はそういったプレイは嫌いなので、ルナの気持ちが少し分かる。
「けど、貴方に怒鳴ったってどうにもならないのよねぇ」
「まぁ、そうだな。それに、原因は間違いなくあの女だろうし」
「でしょうね。あの裸Yシャツ、次会ったらタダじゃおかないわ」
ルナの中で怒りの矛先が、最後に出会ったあの少女に変わる。忙しい奴だな。
まぁ、いずれアイツにはたっぷりお礼するとして、今はそれよりもルナの事だ。
「それで、どうすれば戻れると思う?」
「お前な、何でも俺が答え知ってると思うなよ。こっちは魔法使いでも何でもない、平凡な高校生だぞ?」
多分30歳まで童貞貫いた魔法使いでも知らないと思う。
「う、そんな……」
帰る方法が全く思いつかず、目に見えて落ち込むルナ。次第に目尻には涙まで溜まっていく始末に、はぁ……と悠翔は溜め息を吐いた。
「……戻るだけならリンクスを使えば出来るかもしれない」
「ッ!? ホント!?」
「けど、これはあくまで意識をネット世界にダイヴさせるものだ。お前の身体ごと送れるかは分からないぞ?」
「なら、物は試しよ。ユートのそれ、貸してもらえる?」
「残念だけど、これは登録した奴にしか使えないんだ。しかも静脈認証と声紋認証のダブルロックで、そうそう偽造も出来ないよ」
「えっと、じょーみゃく……?」
「あー、要は俺が付けてるこれは、俺にしか使えないってこと」
携帯やクレジットカードと同じく、リンクスも個人情報の塊。落としたりしたら、直ぐに利用停止しなければいけないレベルだ。
その為、厳重なセキュリティでシステムは守られ、防水・防塵・耐衝撃の三点セットで破損に対してもしっかり守られている。
「けど、手に入らないって訳じゃないからな。明日学校の帰りにでも買ってくるよ」
「でも、そんなに凄いものなら、きっと高いんじゃ……」
「ところがぎっちょん。フロンティアへのアクセスは、現代人にとって生活基盤の一つだからな。お手頃プライスで、そこらの電気屋で売ってるよ」
しかもお値段、何と1万円。子供には高いが、収入がある家庭なら普通に買える値段だ。
おかげで道行く小学生の腕には、ほぼ100%の確立でこれが装着されている。
「ふふっ……。見た目は違っても、ジークは
「?」
「うーん、言葉で表すと難しいけど……自分を投げ打ってでも、困ってる人に手を差し伸べるところとか、あっちで見た貴方と全然変わらない」
どうやら、想像以上にジークは好印象だったらしい。危ないところを助けられたのもあって、ヒーローのように思われたのかもしれない。
だが、
「……そんな高尚な人間じゃないよ、俺は。寧ろずるい人間だ」
「?」
自虐的に笑う悠翔の顔は寂し気で、さっきまでの混乱しながらも冷静であろうとした姿とは真逆。酷く思い詰めているような顔だ。
「それって……」
恩人のそんな姿に言い知れぬ不安を抱いたルナは、そっと声を掛け、
くぅぅぅ……。
「……ぷ」
「ちょ!? 何笑ってるのよ!」
「わ、笑ってない笑ってない。……くく」
「完全に笑ってるじゃない!」
ツボにハマったらしく、必死に顔を背けている。シリアスな雰囲気だった分、破壊力は抜群だ!
「な、何か腹に溜まるものでも作るよ。その間、シャワーでも浴びてきたらどうだ? あんなに暴れたんだ、あちこち汚れてるだろ」
「だから違うって言ってるでしょ! ……け、けど、折角の好意を無碍にするのは失礼だからね! あ、有り難く頂いてあげるわ!」
その後、ルナにシャワーの使い方を簡単に教え、悠翔はキッチンに向かった。
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