『魔弾の射手』
「なッ……!」
「何だぁ!?」
「今のは……!?」
討ち取れる寸前で割って入った事から、明らかに味方からの援護ではない。
突然の乱入者に、その場にいた全員が目を白黒させていると、
「あーら! どっかで見た顔ばっかじゃない!」
まるで昨日の再現のように、上から聞こえてくる声。
ハッと顔を上げれば、そこにはいつの間にか2人分の影が。そして、その内の一人は知っている。
紫のモヒカンに、スパンコールが入ったコートを身に纏う、
「昨日のオカマ野郎!」
「ヴェインよ! 失礼なガキね! それから、そこのモノトーン! 昨日はよくもやってくれたわね!」
「も、モノトーンって……」
「もう少し何かなかったのか?」
当ってはいるけど。
「でも、丁度いいわ。また邪魔されたらたまんないもの。モノトーン野郎や白馬の王子、目障りな連中を一度に潰せるなんてラッキーだわ」
「出来ると思うかい? 同じ手はもう食らわないよ」
「アタシがそんなつまんない女に見える? もぉっとイイコトしてあげるわよ」
チュッと投げキッスを飛ばすヴェイン。男性陣の全身に鳥肌が立ったのは言うまでもない。
「それに、今日はどうしてもいいトコ見せなくちゃいけないの。何たって、アタシの雇い主様が来てるんだから!」
「ッ!」
雇い主。つまり、ルナを狙った張本人。
「ルナ。いつでも逃げられるようにしておけ」
「そ、それは……!」
「いいから」
やや強い口調になりながらも、咄嗟にルナを背中に隠す。そして、もう一つの人影に視線を向けた。
「あれが俺のワイバーンを落とした男か。そんな風には見えないけどね」
全身を黒のコートで包み、フードを目深に被った人物。口調は大分男っぽいし、顔も見えないが、声からして多分少女だ。
(けど、何だこの感じ。こう、胸が締め付けられるような……)
彼女は、観察するように眺めているだけ。なのに、その目から言い知れぬ危険な色が見て取れる。そのくせ、声音だけは落ち着いているので不気味だ。
「それにプリンセスまで。これはトンだラッキーデーだ」
「えぇ。アタシにとっても、ネメちゃんにとってもね」
ルナを見据えた少女の喜悦を孕んだ声に、ヴェインは自分に運が回ってきたと実感する。
(これで奴等を倒して小娘を捕まえれば、アタシはリベンジが叶うし、この間の失敗は帳消しに出来る! 正規メンバー入りも夢じゃないわ!)
相手はヒュドラとのバトルで瀕死状態。これを全滅させるなんて簡単だ。まさにいい事尽くめ、喜ばない訳がない。
ヴェインは弓を取り出し、番えた矢をジーク達に向けて構える。
「さぁ見ててちょうだい、ネメちゃん! 今度こそアイツ等を――!」
そして、矢の豪雨で彼等を串刺しにしようとし、
――ドン!
背後から蹴り落とされる。
「へ……?」
バランスを崩し、間抜けな声を上げるヴェイン。
何が起きているのか分からない。ただ、一つだけ確かなのは、自分が崖から落ちようとしている事だけ。
「あ、ああぁぁああああああッ!?」
咄嗟に崖の淵を掴めたのは、奇跡と言ってもいいだろう。危うく下でのたうつヒュドラの餌になるところだった。
だが、ほっとしたのも束の間、ガッ! とその手を踏み付けられる。
「おーおー、生き汚いこって。まぁ、諦めの早い奴よりかは好きだがな」
「ね、ネメちゃん? これって、一体……?」
「だーかーらー、俺はネメシスだって言ってんだろ! 何回言ったら分ーかーるーんーでーすーかー!」
ぐりぐりとヴェインの手を踏みにじる姿からは、さっきまでの落ち着きは見られない。
まるで癇癪を起した子供、いや。そのレベルの小さな悪意がいくつも合わさり、凝り固まって生まれたような邪悪さが感じられた。
「ったくよぉ。盛大に暴れて危うく俺達の存在を広めかけるは、ワイバーンを使い潰すは、色々やってくれやがって……。ホントにテメェは俺をイラつかせる事しかしねぇな」
だけど、
「喜べ。テメェもようやく真面に俺の役に立てるぜ?」
「ちょ、待……!? ネメちゃ――!?」
「ネメシスだっての」
ガッ……!
一切の躊躇いなく、崖を掴んでいた手を引き剥がす。
悲鳴すら上げられず、重力に従って落下するヴェイン。その先に待つのは、未だ悶え続けるヒュドラの巨体。
それはもはや、一種の毒沼。だが、分かっていても取っ掛かりのない空中ではどうにもならず、ヴェインの身体は――抵抗なく沈んでいった。
「あー、うざってぇのが消えて清々したぜ。こいつももう邪魔だな」
ネメシスと名乗った少女はフードを外し、コートの前を開ける。
そうして見えたのは、肩口まで伸びた銀髪と狂笑を浮かべた少女の顔、そしてコートの中に見えたライトグリーンのデザイン。
それをジークは、いや。ルナを除いた全員が知っていた。
「お前、……『魔弾の射手』か!」
「ごっ名答ー! 何も景品は出せねぇが、そいつはご勘弁願おうか」
ふざけた事を言っているが、今はそれどころではない。
以前ニュースで見た限り、あのアバターの恰好は統一されたものなので、名前を騙っていない限り、ネメシスが『魔弾の射手』なのはほぼ確定と言っていい。
そして何より、ネメシスという名前には聞き覚えがある。
「って事はまさか、ネメシスって……『国崩し』のネメシスか!?」
「『国崩し』?」
「あぁ、ルナは知らないか。レリック・ハント第一の試練で付いた、アイツの二つ名だよ」
有名な話だ。第一の試練、その内容は迷宮の攻略。
直径10キロにも渡る巨大迷宮は、その広さもさることながら、一定の時間が経つごとに道も変化してしまうのでマッピングも意味を成さず、とても一日では終わらず、多くのプレイヤーが数日籠ってしまい、リアルの方ではちょっとした社会問題が起こったほど。
だが、ネメシスはそれを一日も掛けずにクリアした。配置されたモンスターも、プレイヤーも、迷宮の壁も、全てを悉く破壊する事によって。
いっそ清々しささえ感じさせるほどの惨劇に、多くのプレイヤーが畏怖した。『国崩し』の名が付けられるのも、当然と言えるだろう。
「ったくよぉ、この間ハッスルしちまったから当分は大人しくしてようと思ったらこのザマだ。やっぱ他人に任せていい事なんざ一つもねぇな」
なるほど。ルナを狙った理由は分からないが、わざわざヴェインを雇ったのは、以前の試練のせいもあって動けば話が大きくなってしまうから。
それで失敗した挙句、結局大々的に取りざたされてしまった事から、ネメシス自身が出て早期解決に出たという訳か。
「……それで、俺達に一体何の用でしょうか?」
「あぁん? 自惚れんな、ガキ。テメェ等なんぞに用はねぇ。俺が用があったのはコイツさ」
くいっと顎で示したのは、ようやく起き上がり始めたヒュドラ。
その毒の皮膚にもみくちゃにされている奴の呻き声が隙間から聞こえるが、まさか処刑の為にわざわざ来たのか。
(それとも、レリックを横取りする為か? いや、コイツが強いって言っても、それならヴェインと二人掛かりの方が良かったんじゃ……)
「さて、面倒は嫌いだからな。手っ取り早くいかせてもらうか」
ジークの困惑を余所に、ネメシスはヒュドラの方に向き直る。
その視線を感じ取ったヒュドラも彼女の方を向き、直ぐ様臨戦態勢に。そして、目の前の餌を丸呑みにしようとして、
「――《
ビタァッ!! とヒュドラの動きが止まる。突然の事に、当のヒュドラ自身も何が起きたか分かっていない様子だ。
だが、変化はそれだけに留まらない。突如、空気が破断するような爆音と共に、ヒュドラの巨体が光に包まれる。
「な、何だ!?」
目を覆いたくなるほどの強烈な閃光。それでも、何が起きているのか見ようと必死に目を開ける中で、光の中で動きがあった。
グチャネチャボキベキキ――!
粘着質な音と何かが砕ける音が響き度に、光の中のヒュドラの姿が変わっていく。より禍々しく、より醜悪に。
やがて光が収まった時、そこにあったのは、
「あ、は……あぁぁああははぎゃははははひぃはははははッ!!」
野太く、それでいてどこか女性的な高笑い。その声を出しているのは、ヒュドラに押し潰されていたはずのヴェイン。
だが、果たして本当にヴェインと言ってもいいのかは分からない。何故なら、足が一つに纏まり、肌は鱗状の皮膚が覆っている。
そして何より、その束ねられた足の先からは――いくつものヒュドラの頭が伸びていた。
「こ、これは……!」
「《千死万魂》。言っちまえば融合スキルだな。対象にしたモンスターやプレイヤーを融合させ、そいつ等のスキル・ステータスを合計した一体のモンスターを生み出す。何ともこのEXCにピッタリの名前じゃねぇか?」
クラン・カラティン。それはケルト神話において、大英雄クー・フーリンと戦った怪物の名前。
27人の息子達と融合してまで英雄と戦った怪物。今目の前にそびえ立つのは、それを同等と言っても過言ではない脅威だ。
「あー……ね、ネメちゃぁああん?」
「おーおー、まだ話せるのかよ……っと!」
ゴッバァ!!
ヴェインの足先から伸びたヒュドラの首の一つが、ネメシスに襲い掛かる。
それを軽々と跳んで避けるネメシスの顔は、実に楽しそうだ。
「よ、よくもぉ、アタシを騙したわねぇ、えぇぇ……!」
「騙した? テメェが勝手に自爆っただけだろうが。自業自得ってんだよ、バーカ」
「な、何ですってぇえ、ええ……!」
声をどもらせながらも、目だけはしっかりと標的を見据えるヴェイン。
これには流石のネメシスも感心してしまう。
「ハッ! そんなに俺を殺してぇのか? なら、先にそいつ等を片付けてみせな。そしたら、俺自ら相手してやるよ」
「……そう、ねぇ。アイツ、にも恨みが……あるし、まずは、こっちからよ……!」
直後、さっきまでネメシスの方を向いていたヒュドラの首が、一斉にジーク達の方を向く。
「おいおい……! どうするよ、クレイヴ」
「ちょぉっとこれはマズいかも」
「いや、結局あれを倒さないといけない事に変わりはないんだ。このまま続けよう。ジークは大丈夫かい?」
「解毒ポーションは飲んだ。まだやれる」
ここで逃げるのは流石に後味が悪い。何より、ここで倒せなかったとして、今後もログインする度に追いかけ回されたのでは溜まったものじゃない。
「ルナ、お前はログアウトしろ」
「え、でも……」
「アイツの狙いはお前だ。ここならいくらでも仕掛けてこれるけど、向こうに戻れば手出しは出来ない」
ハッカー集団である『魔弾の射手』がその力を振るえるのは、あくまでこの世界の中だけだ。
リアルの身元が割れていない以上、ルナにまで手が回る事はない。
「バァカが! 逃がす訳ねぇだろうがよ!」
そんな考えを嘲笑い、ネメシスは空中に何かを投げる。一瞬見えたのは、小さな立方体のアイテムだ。
「発動しろ、D・スフィア!」
宣言と共に、そのアイテムが眩い光を発する。だが、起きたのはそれだけ。
直ぐに光は収まった上、特に変化は見られない。あくまで表面上はだが。
「これは……ログアウト出来ない!?」
「コイツはD・スフィア。データ、ディメンション……意味はまぁ色々あるが、発動した地点から半径5キロ圏内でのログアウトを封じる、『
やはり、そう簡単に逃がしてくれる訳もなかったか。
だとすれば、残された道は一つ。ジークは改めて、ARMSを構え直す。
「あれの効果圏外まで逃げろ。妨害されるのがログアウトだけなら、それで行けるはずだ」
「あ、ちょ――!」
後ろでルナが叫んでいるが、それを無視してクレイヴ達と共に怪物に切り掛かる。
姿形が変わろうと、攻撃のパターンまでは変わらない。なら、さっきまでと同じパターンで攻略出来るはず。
「《アクセル・スラッシュ》!」
「《サーキュラー・エッジ》!」
銃弾が飛び交う中、クレイヴとアラウは襲い掛かる首の群れを次々に落としていく。
それを背後から襲おうとする首は、ジークとハンゾーで対処する。
「チッ。言うだけあって、パワーは上がってるみたいだな!」
「口よりも手を動かせ!」
突っ込んできたヒュドラを、《スパイラル・シュート》で迎え撃つ。
確かに、ハンゾーの言う通りパワーは上がっている。ヴェインとの融合でHPもいくらか回復しただろうが、所詮はそれだけ。
ジークなら上手くいなせるし、クレイヴ達のような上級レベルなら押し返し、圧倒する事も難しくはない。それは、ガトリングで援護するリーフにも言える事だ。
「何ですかぁ? 大口叩いてたくせに、全然大した事ないですねぇ!」
GYYYYAAAAAH!!
集中砲火を浴びせれば、ヒュドラは顔を背けて一旦引き下がる。そのまま浴びせ続ければ、撃破だって出来る。
リーフの言う通り、口ほどにもない。だが、
「バカ、ねぇ!」
バグン!
その余裕は、一瞬にして崩れ去った。
「がッ!?」
「リーフ!?」
鳴り止む銃声。その引き金に掛かっていた指は、腕ごとなくなっていた。
――地面から飛び出した、ヒュドラの頭によって。
「地中を使っちゃ、ダメ、なんてルール……なかったわよね、ぇえ?」
「くッ、嘗めないでちょ――!」
「じゃあね、ぇ」
新たな銃を取り出す暇もなく、リーフに向かって無数の首が殺到する。
〈砲手〉である彼女が食い尽くされるまで、一分と掛からなかった。
「リーフちゃん!? くそ……!」
「アンタも、鬱陶し、いのよぉ!」
ヴェイン本体を叩けばと忍び寄ったハンゾーだが、死角なしのヒュドラの目に捉えられる。
即座に放たれる、猛毒のブレス。一つどころか10もの数に晒され、ハンゾーは毒に侵される間もなく、瞬く間に焼き尽くされて消滅した。
「リーフ! ハンゾー!」
「くッ! まだ!」
「無闇に突っ込むな! あっという間に食われるぞ!」
仲間の仇と言わんばかりに走り出そうとする2人を、ジークは諫める。その間にも群がってくる首を何とか捌いているが、とてもじゃながい手が足りない。
それでも、まだマシな方だ。レベル70を超えた、フロンティアでも数少ない領域に達したクレイヴ達のおかげで、辛うじて保っている。
「こうなると、俺って邪魔じゃないか!?」
「そう言いながら、同士討ちさせてるじゃん!? めっちゃ有能じゃん!?」
「で、何か攻略法は思いついたかい!?」
「俺が何でも答え知ってると思うなよ!」
やはり動きを封じる術を持つ分、ルナを下がらせたのは痛かった。
だが、策がない訳でもない。
「俺がアイツのヘイトを全部集める。その間にアラウが援護、クレイヴが本丸に突っ込め。少し打ち漏らしは出るけど、そっちは自分で対処しろ」
「ちょ!? それは流石に無茶じゃ……」
「誰かがやらなきゃいけない事だ。元々持ってるアイテムも少ないんだ。なら、デスペナ食らっても一番ダメージが少ない俺がやるべきだろ」
バトルにもクエストにも興味がなく、どうせこの件が終わったらまたビデオ三昧の毎日だ。ここで多少アイテムがなくなったところで、何も惜しくはない。
「あ、らあら、何よ。何の相、談? アタ、シも交ぜて、ほしいわぁ」
「ダメ。怪物は入店お断りだ」
「あぁん、いけ、ずぅ」
ヴェインが腰をくねくねさせると、ヒュドラまでそれに合わせて首を振る。
ハッキリ言って気持ち悪い。
「けど、アンタ、達如きの策で、これ、を止められ、るかしらねぇ」
ブチブチブチブチ……!
何かが裂けるような嫌な音が、あちこちから響き渡る。
(何だ、この音。一体どこから……?)
その疑問の答えは、直ぐに見つかった。
音の出処は、ヒュドラの首。それが次々に自ら縦に裂けていき、分かれた分だけ新たな首が生まれていた。
「ち、ちょちょちょっと!?」
「増殖も、自由自在なのか……!」
「流石にこの相手は、無理だぞ……!」
10が20に、20が40に。見る見るうちに数は増え続け、気づいた時には100を超える数の頭がこちらを睨んでいた。
「さぁ、こっからは、競争よぉ。アンタ達、の攻撃が勝つか、アタシの防、御が勝つかぁ」
「デスレースか。今直ぐ回れ右したいな」
「いいよ別に。こんな状況だし、私は怒らないよ?」
「契約してる身だからな。これでクリアしたら解放される訳だし、そっちが逃げない限り、俺も逃げないさ」
気は進まないけど、と嘆息しつつ、ジークは誰よりも早く前に出る。
そのスピードは、ハッキリ言ってしまえばクレイヴとアラウには劣る。それでも、一番弱いながらも通りすがり様に斬撃を放たれ、自然とヒュドラの視線が集まった。
(そうだ、それでいい)
出来るだけヘイトを集め、クレイヴ達から遠ざける為に動き回る。
だが、この時ジークは忘れていた。先程と違い、今はこの群れを束ねる司令塔がいるという事を。
「残、念!」
ボゴォッ!
正面の地面が砕け割れ、その奥から新たに増えたヒュドラの首が飛び出す。
突然現れた障害物に、慌てて方向転換しようとするジークだったが、一歩遅かった。
出現した首が、ジークの前で大口を開ける。その中で輝く紫の光は間違いなく、猛毒のブレスだ。
しかも、逃げ場を奪うように背後から別の首が迫っている。
「チッ!」
「死に、なさぁい……!」
ヴェインの宣告と共にブレスが放たれ、あわや絶体絶命――という危ういところで、後ろの首が体勢を崩した。チラッと見た限り、どうやら落盤に巻き込まれたようだ。
そのチャンスを見逃すはずもなく、咄嗟に後ろにジークは後ろに飛び退く。直後、今までたっていた場所をブレスが粉砕した。
「危なかったね、ジーク」
「アラウディ、今のはお前か」
「そ。感謝のあまり、ウチに入ってくれてもいいよ?」
「断る」
「おぉう、辛辣……」
秒で拒否されてガックリと項垂れるアラウだが、今は目の前に集中してほしい。
「けど、援護はもういらない。主力はお前とクレイヴなんだ。それがこっちに来たら、本末転倒だろ」
「うーん、そうは言っても、身体が勝手に動いちゃって……」
言葉の途中で、遂に痺れを切らしたのか、ヒュドラがタックル同然に首を叩き付けてきた。あの大質量をまともに喰らえば、毒に侵される以前に全身の骨がバラバラになる。
2人が身構える中、新たに飛び出す影が一つ。黄金の鎧を纏ったクレイヴだ。
恐ろしいスピードで迫り来る首に対し、《デュランダル》を一閃。ヒュドラの巨体は、地面に沈んだ。
「悪いけど2人共、お喋りはそこまでにしてもらえるかな? あれを一人で相手にするのは、流石の俺でもキツいんだけど」
「分かってるよ。俺は俺の仕事をしてくる」
実際にはジークがまさに一人で相手をする訳だが、面倒なので黙っておこう。
やれやれと肩をすくめたジークは、再び一人でヒュドラの前に躍り出る。今度は先程のような直線的な動きではなく、洞窟の壁を使ってピンボールのように跳ね回り、徹底的に翻弄する。
「う、うろちょろと、鬱陶し、いわねぇ……!」
撃ち落とそうと一斉にブレスが放たれるのを、ジークはギリギリのところで避けていく。
いくつかかすりはしたが、事前に買った解毒ポーションのおかげで【猛毒】の脅威も薄れている。もっとも、それは残りのポーション次第だが。
決定打を与えられない事に苛立ったヴェインは、全ての首をそれぞれ違う方向に向けて警戒を強める。だが、この時点でジークの術中だ。そちらに気を取られているせいで、まるで見えない鎖に絡め捕られたかのように、ヒュドラの首は今の位置に固定される。
「こ、この、クソ雑魚がぁあああッ!!」
更に首を増やして、物量によって追い込もうとするヴェイン。だが、それは悪手だった。
ただでさえ洞窟という狭い空間の中で数を増やせば、その巨体で動けるスペースなど限られてくる。ジークを追う首の群れは、やがて首同士が絡まって身動きが取れなくなった。
「ナイス、ジーク! それこそ私が惚れ込んだソロプレイヤー!」
「おい、変なこと言うな! 手が滑ったら、お前のせいだからな!?」
漫才のような掛け合いをしながら、アラウが果敢に挑みかかる。
《干将・莫邪》による容赦ない連撃は、動きを止めたヒュドラを満遍なく切り刻み、数匹が苦痛にのた打ち回った。
「クレイヴ! 大将首は任せた!」
「了解!」
続けて、力強く地面を蹴ったクレイヴが跳躍する。
2人のおかげでヒュドラの首は動きを封じられている。本丸であるヴェインを倒すのは、今しかない。
だが、目的の場所があまりにも高過ぎる。地面からでは、例え強化された身体能力でも、20メートルもある巨体には届かない。
「クレイヴ!」
下から呼びかける声が、クレイヴの耳に届く。
そちらを見れば、まるでバレーのレシーブのような体勢で空中に跳んだジークの姿が見えた。
直ぐにその意図を察し、クレイヴは一度落下。そして待ち構えていたジークを踏み台にし、再び跳び上がった。
「ここまでお膳立てされたら、応えない訳にはいかないな!」
「ッ!?!」
まさかここまで来るとは思ってもおらず、ヴェインの顔が引きつる。
咄嗟に新たに増やした首を身代わりにして事なきを得たが、正直かなり危なかった。
(これ、もしかして行ける!?)
守られはしたが、今確かにあと一歩のところまでいった。
まだ勝った訳ではないが、戦況はこれ以上なく最高。もしかしたら、この3人だけでクリア出来るかもしれない――。
「バァカが」
その期待は、嘲りを孕んだネメシスの声に断ち切られる。
まるで、『それを待っていた』と言わんばかりに。
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